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アマカケルツバサ -読切版-

作者: にゃらふぃ


 西暦2041年12月1日、東京のとある高校に通う空木翔琉(うつろぎ かける)、18歳は大学へ進学か、就職か、はたまた浪人かで迷っていた。


 高校3年の12月は既に就活をするか、受験に勤しむ大事な季節のはずであるが彼は違う。未だに進路を決めていなかった。


「いい加減に決めなよ」


 早朝、通学のため神奈川にある自宅から駅へと向かう途中で、幼なじみの九十九春子(つくも はるこ)が話し掛けてきた。


 春子は翔琉よりも15センチほど身長が低く、茶髪のショートカットが似合う女の子だ。しかし肝心の胸は小さい。


 彼女も翔琉と同じ高校に通っている。中学も小学校もだ。


 彼からしてみればストーカーであるそう。しかし実は両思いなのだ。


「うるさいな。まだヴィジョンが見えないだけだ」

「なにカッコつけてんのよ」


 肘で腹をつつく。地味に痛い攻撃だ。


由子(よしこ)ちゃんはもう内定貰ったって」

「へぇ」


 正直どうでも良いことだ。


 とにもかくにも、彼曰くやりたいことがまだ決まっていない。故に先が見えないそうなのだ。


「わ、私と一緒に進学ってのは……どう?」

「今度は俺がストーカー役かよ」

「イイじゃん。何か問題あるの?」

「別に」


 膨れっ面の彼女を気にも止めずポケットに手を突っ込んで駅へ歩いていく。


「まったくもう」


 腕を組み、後ろ姿を見つめる春子は少し淋しくなる。


「別に一緒に進学でも就職でも良いのに」


 そんなことを呟く彼女の脇を猛スピードの3輪自動車が掠めていく。


「なにっ!?」


 目で追った時には翔琉よりも遥か遠くの交差点まで進んでいた。


「おぉ、珍し。今時オート3輪なんて」

「危なすぎよね、アレ」


 万が一衝突でもしていたら怪我では済まされない。


 事故にならなくて良かったと思い、ふたりは高校へ通う。



「空木、お前まだ進路決めらんないのか」


 学校でも教師に咎められる。さらに休み時間中は同級生にもネタにされる。


「翔琉、俺のトコに来いよ。まぁ受かればだけどな」

「こいつには無理だよ」

「バイト先に就職しちまえよ」


 学校が終わるとバイト先のスーパーへ向かった。


 土日や祝日以外は毎日欠かさずに出勤している。高校1年生の6月から働き続けている。


 そのお陰か店長や古参の従業員には気に入られている。


「空木、ウチで働けよ。俺が上に掛け合って正社員にさせてやる」

「遠慮します」


 仕事は楽しい。だが長く働くことや責任のあるポストに就くことを考えると、それは自分がしたいことではないと考えてしまう。


「お前、このままじゃ浪人どころかニート。下手したら人生、なぁんもないままで終わっちまうぞ」


 自宅に帰るとやはり、

「あんた、もう決めたの?」

 母親に突っ込まれる。無視しようとするが父親にも突っ込まれる。


「翔琉、悪いこたあ言わねぇ。働け」


 この父親、二浪して希望の大学へ進学したものの2年で中退。その後、2年のニート生活を経て土建屋に就職。今もそこで働いている。


 母親とは気が付いたら結婚してたという。


“人生なんて、そんなもんだ”


 父親の好きな言葉。しかし母親は二の舞にさせたくないらしく、耳にタコが出来るくらいしつこく進学を推す。


「もうすぐお婆ちゃんの命日だから、良い報告してあげなさい」


 仏間に向かう。部屋の明かりを点けると代々引き継いできたと言われる三面鏡の横の仏壇に近付いた。


 にっこり微笑む祖母の遺影を前にし、正座をすると手と手を合わせ瞑想に更ける。


 佐々木ゑゐ子、これが祖母の名前だ。享年は117歳、大往生だ。


 生前は様々なことを彼に教えて来たが祖母亡き今は見るも無惨なダメ勇になってしまった。翔琉にとって祖母は生きて行くのに重要な存在だったのかもしれない。


「お婆ちゃん、俺……テキトーに生きるわ」


 そんなことを報告すると母親に頭を叩かれた。どうせロクなことを言ったのだと分かったらしい。


「母、マジ恐すぎ」


 こうして今日も1日を終える。


 どうせ明日も同じことの繰り返しなのだろう。



 翌日、学校へ登校中に春子は珍しく別の話題を話してきた。


 昨日に危険な走行をしていた3輪自動車のことだ。


 運転するのは中村匡(なかむら ただし)という120歳の男だ。町では3輪自動車の運転だけでなく収集家としても有名らしい。


 そんなことすらどうでも良い翔琉は聞き流しながら登校した。


 学校ではいつものように聞き流していると進路よりも難関なことが起きてしまう。


「今月末のテストは作文の提出に変更する」


 その作文はある企画に送られ厳正なる選考の末、大賞を授与された暁には首相による食事会と記念番組の出演、書籍化などが約束される。


 栄誉ある企画とは、“太平洋戦争とは”である。


 1941年12月7日、日本は真珠湾を攻撃し太平洋戦争に突入した。今年は開戦100周年にあたり、そのような企画が立ち上がったそうだ。


「本校も是非栄誉ある生徒を輩出したいと四方田(よもだ)校長も言っている」


 作文の投稿は電子か紙で形式は特に指定がない。


 翔琉はよく祖母から戦中の暮らしを聞いていたため戦争は愚かで無意味なことだというテーマを基に適当に纏めようと目論んだ。


「戦争について、なんて書けば良いかなー」


 下校中、春子はそればっかり考えていた。


「翔琉は何書くの?」

「テキトーに」

「真面目に考えてよ」

「写す気?」


 その言葉で黙ってしまう。参考にしたいという気持ちはあったようだ。


 いつもとは違う話題でなんだか退屈な翔琉は空を見上げる。


 夕焼けに染まるその美しい空に青年は息を呑む。


 だがそれは長くは続かない。


 彼の背後からクラクションが聴こえる。後ろに振り向くと今にも歩道に突っ込む3輪自動車がいた。


 このままでは春子ともども巻き添えになる。そう判断した翔琉は精一杯の力を振り絞り春子を針路から押し出した。そして目の前が真っ暗になる。


 次に目を覚ましたときには泣き崩れ必死に声を掛ける春子と大量の血だ。


「俺、死ぬんだ」


 直感した翔琉は春子に別れの言葉を告げたかったが声は出なかった。


 間もなくして救急車が到着。ふたりは病院に運ばれた。


 移送中、彼の体は中空を浮遊している感覚があり、第三者の視点から自身の光景を見ている感覚に陥った。


「これが幽体離脱ってやつか。すげーな」


 病院に到着後、直ちに手術室へ。春子は一緒に立ち会いたかったが、それは叶わない。


「3輪自動車の吹っ飛んできたタイヤに轢かれた男子高校生です」

「あれ? 車に轢かれたんじゃないんだ」


 よりにもよって高速で走行していた3輪自動車から外れたタイヤがふたり目掛けて突っ込んできたという。運転手はクラクションで危険を知らせていたが、結局翔琉が犠牲になったという顛末だ。


「整備不良かよ」


 彼は嘆くも、生きていてもロクな生き方をしなかっただろうと自分に言い聞かした。


「心拍数低下」

「脳波に異常あり!」


 翔琉は最期に春子を見たい、そう思うと彼女の元へ向かう。だが体が思うように動かない。


「遂に……俺は、死……ぬ」


 目の前が真っ白になっていく――。



- - - - -



 どれくらいの時間が経ったのだろうか。翔琉は再び目を覚ました。


「お、俺!?」


 起き上がり体のあちこちを触り確かめる。


「生きてる……」


 生の感じを掴むと声を上げて喜んだ。その束の間、ここは何処なのだろうかと辺りを見回す。


 薄暗くひっそりとした処置室のような場所。直感的に翔琉は霊安室だと思い出口を探す。


「あった。開けてくれ!」


 扉を押したり引いたりしたがびくともしない。思い切り叩くも反応がない。


「なんか寒いぞ」


 ますますここが霊安室だと錯覚するほどに空気が冷たく感じる。


「開けてくれよぅ……」


 扉に腰を掛ける。寒くて体を震わせると扉が横に開く。


「引き戸かよ!」


 急いで外に出ると今度は頼りない電気が点いたり消えたりしながら照らす長い廊下が現れた。


「マジかよ……」


 最近話題のアクションホラーVRゲーム、ゾンビ・ハザード6を思い出す。目が覚めたら知らないベッドの上に寝かされ、外へ脱出しようとするがゾンビが迫ってくるVRゲームだ。


「臨場感MAXだな、おい」


 暫く歩くと目前に取っ手の部分がハンドルの寂れた扉が現れた。


「如何にもっていうオーラを醸し出してるな」


 ハンドルを回し、扉を開けた。


 すると最初に飛び込んできたのは体を吹き飛ばされるかと思うほどの強い風だ。


「な、なんだあ!?」


 次に現れたのは打ち付ける波と潮の香りだ。


「どこだあ! ここは!」


 扉を開けると小さな通路を挟んで錆びた鉄柵の奥に広がる真っ暗な海。


「研究所? それともホラゲーの中か!?」


 だがひとつ気付いた点があった。この建物、地面に建っているわけではない。


 否、建物ではない。船だ。今、翔琉は海に浮かぶ船の中にいるのだ。


「まさか俺、生きたドナーとして海外に売られた?」


 脳死、または心停止した患者を死亡判定としてそのまま臓器を生かした状態で国内外のドナー患者に送るという話を耳にしたことがある。


「ウッソやろ……」


 愕然とする青年は次に人を見付け自分がまだ生きているということを知らせようと決める。あわよくば日本へ帰国し、春子と幸せに……などと妄想に更けつつ足を早める。


 来た道を戻り、霊安室を通り過ぎると複雑な通路を抜けると目の前に扉が現れる。


「庫納……なんじゃそりゃ」


 ひどく重い扉を開け中へ入ると我が目を疑った。


 そこにはずらりと並ぶ古めかしい飛行機の姿があった。


「なんだ、なんなんだ、これは!?」


 近付いて見るとその大きさが窺い知れる。実体するようで夢ではない。


「これ……どこかで見たな。確か、去年行った資料館で――」


 それは学校の課外授業として戦争資料館の訪問で見た戦闘機のようだ。


「あれか、ゼロ戦とか呼ばれるあれか。ありゃ、零戦(れいせん)だっけ」


 とにかくそんなものだろうとその場は流した。


 飴色のボディにややふくよかな足、ふたり乗りか銃のようなものが後ろ向きに飛び出ている。


「これがゼロ戦か……ってなんでこんなのかこんなとこにあるんだ?」


 すると耳を(つんざ)くほどの低い声が鼓膜に響く。


「うわぁ!?」


 振り替えるとひとりの青年が腕を組んで彼を凝視していた。


「誰かと思ったらカケルじゃんか」

「は?」


 彼にとっては知らない人だ。誰だこの男と思いながらも近付いてくる彼に作り笑いを浮かべる。


 祖母に教えてもらった世渡りのひとつ、取り敢えず笑顔を忘れない。


「なんだァカケル、そのアホ面は」

「は?」

「起きたんならオレんとこに来いよ」


 腕を掴まれ引っ張られる。すぐに振り払うと男は眉を細目彼を見る。


「どうした」

「お前は誰だ……ここは、どこなんだ」

「はぁ?」


 男も意味のわからない質問をされたせいか混乱している様子。


「お前大丈夫か? 取り敢えず先生ンとこ行こか」


 無理矢理連れてこさせられた先は彼が最初に目覚めた霊安室のような部屋だ。


「先生、カケルがバカになった」

「元々じゃろ」


 辛辣なコメントは置いておく。それよりも再び霊安室に戻されたということは、やはり殺してドナーの待つ患者の元へ送られるのではないか、そう考えた。


「俺をどうする気だよ」

「どうしたね、いつもと様子がおかしいじゃないか」「そうなんスよ。こいつ、やっぱりあの事故で頭を打って……」


 その事故について詳しく訊いた。彼が死んだ要因となった“3輪自動車・タイヤで轢死事故”を。


 だが訊かされた話は全く以て事実とは異なっていた。彼は再び混乱、気が狂いそうだ。


 その事故とは、艦載機による着艦ミスで機体は横転。翔琉は男によって助け出されたが頭を強く打って、今の今まで眠っていたというもの。


「艦載機? 着艦ミス? なんなんだよ、それ」


 冗談なのか、本気で言っているのか分からなかった。


「キミは眠っていたんだ、この医務室のあのベッドで、天野カケル(あまの かける)一飛曹(いっぴそう)

「天野……カケル……!? 俺は、空木翔琉……」


 先生と呼ばれる男の後ろに写る鏡にはまさしく空木翔琉ではない、別の青年が顔面蒼白にして立ち尽くしていた。


「俺は……、はっ!?」


 ふと思い出す。最近話題になっていた漫画の数々を。


 2010年代に人気を博した異世界転生ブームが2030年代後半から再ブーム化したというもの。


「これが噂の異世界転生……いやまぁ良いや。これはこれで逆に好都合かもしれねぇ」


 不安や狂気は消えた。前世ではやりたいことも消え失せていた彼が掴んだ新たな未来。


「チャンス到来。新しく生まれ変わった人生に万歳三唱だ!」


 急に大声で叫ぶ翔琉にふたりは驚き青ざめる。互いに顔を合わせ苦笑する。


「こいつは……」

「キチってるな」


 ただひとつ確認しておきたいことがあった。


「おい、着艦事故と言ったが、ここは一体どこなんだ?」


 そう。この世界は一体どこの世界なのか。あわよくば、どんな世界かも知りたかった。


「やはりキチったか」


 先生と呼ばれる男は頭を抱えて溜め息を吐く。


「あのなぁ、ンなことも忘れたのか。ここは加賀の中だろ」

「加賀!? ってなんだ?」

「なんだと!!!」


 青年は突然声を荒らげ胸ぐらを掴んできた。


「貴様、そこまでも忘れたか。それでも大日本帝国軍人か!」

「だ、大日本帝国!?」


 聞いたことはある。かつて天皇を主導として名乗っていた国名で戦争に敗れ今は帝国ではなくなった。


「ちょっと待て。となると俺はその軍人ってこと?」

「さっき先生が一飛曹って言っただろ」

「戒名かと思った」

「はぁ?」


 掴むのをやめると今度は肩に手を置いて深呼吸。


「お前は、大日本帝国海軍第壱航空戦隊航空母艦“加賀”所属、第一波攻撃中隊、四方田(よもだ)飛行部隊に配属された天野カケル一飛曹。そしてオレ様、四方田翼(よもだ つばさ)の相棒だろ。しっかりしてくれよ」


 情報量の多い長いセリフを言われちんぷんかんぷんな翔琉。


「――ってことは……お前はツバサってことか」

「どこまで端折ってンだよ」

「で、その加賀とやらは何しに行くんだ?」

「貴様、何者だ?」


 先生の目付きや声色が変わる。ツバサも肩に置いていた手を話すと腕を組み冷たい眼差しで彼を睨む。


「ちょ、教えてくれたって……。ほら、俺この世界に……じゃなくて、事故で記憶が欠けちまってるらしいんだよ、あはは」


 殺される。直感的にそう思い嘘をついた。


「どうだかな。事故って記憶が飛んだのは本当かもしれないがスパイの線もある」


 引き出しを開けて何かを探る先生とやら。取り出したのは注射器。


「陸軍から失敬したものでな、自白剤というらしい。これで貴様が誰か――」


 話を遮るようにツバサが彼の前に立ち塞ぐ。


「記憶が無いならそう言え」

「ツバサくん。どうするつもりだね」

「記憶が無いなら叩き込ませるだけだ。オレはいつでもこいつを殺せる立場にあるからな」


 懐から拳銃を取り出し、翔琉の額に銃口を向ける。


「ひぇ……」


 本物か偽物か、判断が付かなかったが重厚感はあった。銃口を向けられただけに。


 畏縮する翔琉に先生は自白剤を引き出しに仕舞う。それから腕を組んで目を瞑り唸っていた。


「君がそう言うのなら君に任せよう」

「感謝します」


 拳銃を下ろし懐に仕舞う仕草を見て彼はひと安心。


「ところでよ。今は何年の何月なんだよ」

「はぁ、今年は2601年で12月7日だろ」

「2601年!?」


 彼のいた世界は西暦2041年。つまり560年後の世界に来てしまったということか。


「西暦2601年とか、ありえねーだろ!」

「西暦? 皇紀だバカモン」


 先生は西暦に直して補足してあげた。それを聞き声を震わせる。


「西暦1941年……しかも12月7日って、真珠湾攻撃前日じゃねぇか!」

「なんだ、分かってるじゃないか」


 翔琉は未来でもなく異世界でもなく過去の、それも日本が太平洋戦争に突入する前に転生してしまったことに気が付いた。


「なんで、なんで……こんなところに転生しちまうだよ……」

「どうした、そんなに落ち込んで」


 無理もない。彼はこの先、日本がどうなってしまうのか知っているからだ。


「この戦いをやめさせないと!」


 突拍子もないことを口走る彼にふたりは顔を合わせる。


「何バカなこと言ってんだ」

「今更撤回など出来るわけなかろうて」

「このままじゃ俺たち……いや日本は負けちまう」


 まだ戦ってすらいない状況で寝言を言う彼に鉄拳の制裁が下される。


 それと同時に扉を叩く音がする。ツバサが何者であるか訊ねる。


「私だ」


 その声で場の空気が一瞬にして重くなった。元々重苦しい雰囲気だったがそれとは違う空気だ。


「敬礼!」


 扉を開き初老の男が入ってくると同時にツバサが号令を掛ける。


「直れ。どうやら快復した様子だな」

「はい。この通りピンピンしてます」


 翔琉の頭を何度かはたくツバサに腕を振り払う。


「誰だこいつ」

「なんだと?」

「あ、いえ、今まだ頭が混乱しているようでして」


 再び鉄拳を食らわせ誤魔化した。


「まあ良い。生きているのなら構わん。あと数時間で出立だ。怠るなよ」

「はい!」


 男は立ち去った。


 最初から最後まで彼が何者か分からなかった。しかしツバサの異常なまでの焦りと動揺で彼が上司かそれ以上であることは明白だ。


「貴ィ様、艦長に向かって失礼な物言いを!」


 最初に口を開いたのは先生だ。激怒して殴りかかるところでもあった。


「か、艦長?」

「当艦の艦長、山岡定作(やまおか ていさく)大佐だ。やはり覚えていないようだが、これで覚えたろ」


 もし間違ったり失礼なことをした場合は都度鉄拳制裁を下す旨を伝える。


「じゃあ先生。色々ありがと」

「本当に良いんだな」

「はい。必ずや記憶を戻させます。この拳に賭けて」

「やめろ……」


 顔の形が変わってしまうことを恐れる。


 医務室から去り際に翔琉はまだ聞いていなかった先生の名を訊ねる。


「私は徳井勝利(とくい かつとし)だ」

「徳井先生、一応ありがとな」


 手を降って治療してくれたであろうことに感謝を述べておく。


「本当に彼は記憶が無くなっただけなのか。まるで別人になった……いや、そんな妄想はいけないな」



 翔琉はツバサの私室へ連れられた。ここがふたりで使う部屋らしい。


「狭いな」

「士官ならそんなものだ。とはいえ艦長であれここより少し広いくらいだ」


 畳2帖あるかないかの狭い空間に小さな机とベッドがあるだけだ。


「それよりも、お前さっき日本が負けるとかなんとかホラ吹いてたよな」

「嘘じゃねえ。真珠湾攻撃のあと、日本は連戦するが途中から連敗。無条件降伏するんだ」


 信じられなかった。まるで夢で見たことをそのまま話しているかのようであった。


「ンなバカなこと言ってると営倉行きだぞ」

「営倉?」

「牢屋のことだ、バカ」


 狂言じみた彼の妄想はこれから始まろうとする戦いにとって害そのものだ。排除するのは当然だろう。


「相棒なら信じてくれよ」

「今のお前は相棒ですらない。ホントにどうしちまったんだよ」


 落ちぶれた翔琉の姿を見て残念がるツバサ。溜め息をついて椅子に腰掛けようとすると扉を叩く音がし、男の声が聞こえた。


「失礼します。四方田少尉、最終の作戦会議を開くようで至急会議室にお集まり下さい」

「分かった。すぐ行く」

「少尉って偉いのか? すげぇ丁寧に喋ってたけど」


 しかし返事はなく引き出しから手拭いを取り出すと突如彼の口に嵌める。そのまま猿轡のようにしたあと、椅子に座られ手足を縄で縛り付ける。目隠しまでもされ、完全に自由を奪われた。


「なにすんだおー!」


 と言いたかったが猿轡のせいで何を言っているのか分からない。


「今のお前は害虫だ。死にたくなかったら大人しくしてろ」


 そう言うと扉の開閉音が聴こえ静かになった。


「くそぅ。なんで……なんで分かってくれないんだよぅ」


 悔しくて堪らない。だが非力な自分にはなにも出来ないのであった。


 暫くしていると外が慌ただしく聴こえる。何事かと考え、思い浮かんだこと。それは出撃準備ではないだろうか。


「攻撃の前日で出立が近いって艦長が言っていたから間違いないだろうな」



 そして、どれだけの時が流れただろうか。扉の開閉音が再びする。


 何やら布か何かが擦れる音が聞こえた。服を着替えているのか。


 そして覆われていた視界が解放された。目前に立つツバサは戦闘服に着替えていたのだった。


「翔琉、いよいよ出立の時だ。覚悟を決めろ!」


 そんなことを言われてもどうしようもない。口は聞けない上、手も足もでない。


「お前も帝国臣民ならば分かるはずだ。オレもお前も戦わねば護らねばならん人や愛する人を救えない」


 熱く語っているが現代っ子の翔琉は宗教勧誘の様に聞こえた。


「もしお前が行かぬというのなら――」

「行きたくねーよ」


 心の中で叫ぶ翔琉。しかし次の言葉で口に出さずに良かったと思う。


「――オレはお前をこの場で殺し、ひとりで行く。それがオレの覚悟だ」


 色々言ってやりたかったがやめた。何を言っても無駄だと思ったからである。


 この世界を受け入れ一兵卒として戦い抜き、この世界で暮らして天寿を全うする。それが運命(さだめ)だと。


「一度死んだんだ。もうやけくそだな」


 翔琉は覚悟を決めた。それを感じ取ったのか縛り付けていた縄と猿轡を解く。


「分かってくれたか」

「理解は追い付かないが、俺なりの覚悟は決めたつもりだ」

「良し、お前も戦闘服に着替えろ」


 こうして翔琉は覚悟を決めたもののやるせない気持ちで臨むのであった。


「着替えたか。なら甲板に出るぞ」


 ツバサのあとに連れられて薄暗い廊下を歩いていく。まるで処刑台へ続く死の道の如く。歩いたことはないが。


「オッス、隊長」

「鈴木か」

「おっ翔琉、元気だったか」


 スキンヘッドが輝く男が話し掛けてきた。鈴木というらしい。取り敢えず無視した。


「なんだよ、無視かよ」

「虫は無視ってか」

「佐藤さん……」


 鈴木の相棒の佐藤が現れた。どうやら翼の部下らしい。


「こいつ何も言わねーんだ」

「事故の衝撃で口が利けなくなったか、バカとは話したくないかだな」

「後者だな」


 距離を取るためにもここは敢えて相手を貶した。これでお互い口が聞けなくなれば、自分が転生した影響で記憶がないことを感付かれたり説明しなくて済むはずだ。


「バカで悪かったな。だが生きててくれて良かった。内地に戻ったら飯に付き合えよな」


 どうやら逆の効果があったらしい。ツバサにも鼻で笑われた。


「安心したぞ。ダンマリを突き通すかと思ったらあいつと仲良く話してくれた」

「ダンマリで正解だったのか」

「記憶が無いのは本当らしいな。記憶があればもっとマシな返しをしているからな」


 翔琉は思った。この世界で生きていた天野カケルという青年を少しだけ知りたいと。



「出撃準備!」


 この号令とともに飛行甲板上に並べられた航空機に搭乗員が乗り込み始める。


 第一派戦闘機隊の安田部隊、第一派攻撃隊の四方田隊、第一派雷撃隊の轟木隊の順で並んでいた。


 翔琉にとって映画やマンガで見たことはあるものの実物を見る各飛行機は男心に熱く語り掛けてくるようだ。


 この作戦に参加する空母加賀の編成は以下の通りであった。


・第一派戦闘隊:安田部隊―零式艦上戦闘機二一型×12機


・第一派攻撃隊:四方田隊隊―九九式艦上爆撃機一一型×15機


・第一派雷撃隊:轟木隊―九七式艦上攻撃機一一型×15機


 これらの編成で真珠湾攻撃に赴く。無論加賀だけではなく、赤城や蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が参加する。


「ツバサ……」

「言うな。戦争は避けられない」


 ふたりは黙ったまま乗機へと向かう。多くの搭乗員が愛機に搭乗する。その中にふたりの姿もあった。


 翼の付け根からツバサは操縦席に、翔琉はその後ろに反対側を向いた座席に座る。目の前には大きな機関銃があった。


「出撃30分前!」


 号令と信号旗、手信号などで搭乗員に知らせる。


 操縦士がエンジンを掛けると排煙と同時にプロペラが勢い良く回る。


「もう間もなくだぞ」

「やるっきゃねえ!」


 とは言ったものの生まれて初めて銃座に着いた翔琉。何をしたら良いか分からない。


 そこでツバサに操作方法を簡単に教えて貰うことにした。


 暫く講習を受けていると艦構造物のスピーカーから号令が掛かる。


「各員、戦闘周波数を12.7に。部隊周波数を7.7に。臨時周波帯番号を0に設定せよ」


 各機が一斉に無線機の周波数を設定。これにより機内に設置された無線機から音声が聞こえるようになった。


「四方田隊、準備は?」

「2番機、篠田完了」

「3番機、堀田完了」

「4番機、佐藤完了」

「5番機……、近藤完了」

 その後6番から15番まで無事の確認をし、ツバサは上層へ報告。


「出撃5分前!」


 もう間もなく加賀とは暫し別れの時。だが二度と戻らない可能性もある。


「おいカケル、お前の名前は?」

「へっ?」

「お前の本当の名前だよ」


 ツバサはある仮説を立てていた。徳井軍医が考えていたある種の妄想だ。無論他者に聞こえぬよう無線は切っていた。


「お前が変になったのはオレが着艦に失敗して事故ってから。目覚めてからお前は一度も自分のことを小生(しょうせい)と言ってないだろ」


 どうやら天野青年は自らを小生と言っていたらしい。彼は武士の家計であったらしく、佇まいも物腰もそれだったようだ。


「妄想染みたことだが、お前は天野カケルとは違うと思ってな」

「オレは空木翔琉だ。信じらんねぇと思うが、西暦2041年から転生してやってきたらしい」


 持てる全てを話した。自分が元いた時代で何をして、どうやってここに至ったのかを。


「けっ。前のお前はそんな与太ったことなど言わん」


 溜め息を付くツバサ。立ち上がると操縦席から降り、銃座に居る翔琉の横へやってきた。


「うおっ、なんだよ」

「信じてやる」

「マジかよ」

「マジだ」


 ツバサ曰く、これから出撃し空の上で一番信じられるのは背中を護る機銃手の翔琉だけだ。


「相棒を信じてやらにゃ、オレの背中を預けられん」

「お、おう!」


 ふたりの絆は少し結ばれた。


「ところで空木翔琉。お前の名はどう書くんだ?」

「飛翔の翔に……、左が王で右が流れるのさんずいが無いやつだ」

「はっはっはっ」


 大笑いするツバサ。周りの整備員が驚いて視線が集中する。


「偶然か……はたまた必然か」

「なにがだよ」

「天野カケルも同じ、翔琉なんだよ」


 これは最早運命としか言いようがない。だがここで翔琉はあることに気が付いた。


「俺がこの身体に転生したわけだけど、転生じゃなく乗っ取りなのでは……」


 確かにその通りであった。


 彼の元いた世界で流行していた異世界転生物では姿形が変わっても誰も存在を知らず、パッとその世界に現れ攻略する。例え知っていても誰かから生まれた子供として物語が始まる、など乗っ取った作品は少なかった。


「そういえば乗っ取り物の作品って乗っ取る前の身体の持ち主ってどうなったっけ」


 ある作品は身体の中に宿り、またある作品では事故や病気で死ぬ。


 ではこの天野翔琉青年は事故で死んだのか、それともまだ身体の中に宿っているのか。


「乗っ取り系で怖いのは自分ではない元の持ち主が再び現れて身体を奪い返したり、良からぬことをしたりすることだな」


 身体を奪い返されたりでもすれば翔琉の魂はさ迷うことにもなろう。


「どうしたカケル?」

「俺はもう空木翔琉じゃない。天野翔琉として生きていくんだ。だから――」


 カケルは決心する。深呼吸をし大声で叫んだ。


「俺は天野カケル。これより相棒のツバサとともに真珠湾へいざ行かん!」

「なんだよ急に!」


 周囲の視線はもちろん、出撃を見送りに来ていた山岡艦長も目を向ける。


「俺は天野カケルだ。空木翔琉は死んだんだ」

「さっきと言ってることが違うぞ!?」


 困惑するツバサをよそに出撃の号令が掛かる。それと同時に安田部隊の戦闘機が順番に発艦を始める。


「ツバサ、この戦い……勝とうぜ! 勝って、勝ちまくって、生き抜こうぜ!」


 豹変したカケルに動揺を隠せないでいたが、今まで消極的だった彼がやる気を見せた。それだけでも充分だ。


「よし、良くぞ言った。さすがはオレ様に仕える男だ!」


 ツバサらの乗る爆撃機の前方にいた安田隊最後の戦闘機が飛び立った。


「四方田隊、発艦を許可する。発艦後、高度500を維持し編隊集結後、高度3000に上昇。第1合流地点にて赤城隊と合流のち、作戦空域まで向かえ」


 無線機から作戦航空司令部より命令が下された。


「四方田隊1番機、四方田ツバサ、発艦! 行くぞ、カケル」


 スロットルを全開に、エンジンが轟々と音を立て回る。ブレーキペダルを離すと機体は一気に加速する。


「おぉ!?」


 飛行機に乗ったことの無いカケルは行く末を知らない。心臓が早鐘の如く打ち付け、手に汗がぐっしょりと濡れるのを感じた。


「おほッ!」


 ふわっと浮いた感覚がすると飛行甲板を離れ、艦首付近の赤い丸がはっきりと見えた。


「と、飛んだる!」

「言葉がおかしいぞ」


 機体はそのまま上昇し、高度が500になるまで続いた。


 安定に飛行が出来る高度まで辿り着くと風防を閉める。


「なぁに驚いてんだ!」


 無線機から機内に響く声の主は鈴木だ。


 遠くからでも驚いていた様子が見えたようだ。全く目の良いやつだと呆れるカケル。


 しかし天野カケルの身体も空木翔琉の身体と違い視力や持久力が断然に違っていた。


「乗っ取り系転生術さまさまだな」

「なんか言ったか?」

「なんでもない」


 その後編隊が集結するまでの間、カケルはその様子を見ていた。本当に今、自分が先の戦いに関わるひとりになろうとは思ってもみない様子だ。


「これがばあちゃんのいた世界か」


 ふと亡くなった祖母が生前に話していたことを思い出す。戦争は哀しく、惨い。


 自分が今から手に染まろうとしている。祖母が見たらどう思うのだろうかと。


「静かだな」


 急に声を掛けられ反応する。


(ふね)にいたときはギャースカピースカ喋っていたのに今は静かだなって」

「ほっとけ」

「なぁ、お前がその転生者? ならこの先、負けた日本はどうなったんだ?」


 真実を告げてしまって良いのだろうか。少し葛藤することになったが、ツバサ自身大切なことは変える力だとして聞くことに決めたのだと言う。


「日本はアメリカに占領されたけど、そのあと何度か戦争が起こったけど日本は国として認められ、今は――」


 話の途中で割って入るツバサ。笑っていた。


「アメリカに占領されるのか。まだマシじゃないか」

「マシって……確かにロシア、じゃなくてソ連だったか。共産主義にならなくて良かったとは思うが」

「ソ連でもまだ数段マシだろ。あいつらに比べればよ――」


 “あいつら”とは。アメリカでもソ連でもない、あいつらとは。


「どういう意味……」

「隊長、アメリカ軍が接近!」


 その言葉で大きく心臓が鼓動するカケル。周囲を見渡し存在を確認する。


「いよいよなのか……っ」

「結構早かったな」

「アメリカ軍はどんなやつだ」


 機体の特徴を訊ねる。ツバサは詳細に伝えようとしたが分かりやすい方が良いと判断したのか簡潔に説明した。


「胴体と翼に青丸の中に白星が描かれた機体だよ」

「おっし」


 発艦前に受けた講習を思い出す。覚えは良いのか直ぐに撃てる準備が出来た。


「ツバサ……お前の背中、護ってやんよ」

「は?」


 頭上で何かが光る。それを見逃さないカケル。


「あっちか」


 銃口を向けるやトリガーに指を掛ける。


 黒く見える点のような物が段々と大きく飛行機の形になっていく。


「見えた」


 アメリカ軍の飛行機を確認。見た目は九九式艦上爆撃機とは違い、飛び出た主脚も無いがふたり乗りは間違い無かった。


 何故ならば機銃が後ろに突き出ているからだ。


「アメリカのマークも確認。あれがアメリカ軍か、くそったれめ」


 左から近付いて来たアメリカ軍機に対し、カケルは引き金を引く。


「だぁ、何やってんだ!」


 ツバサは機体を右に傾け降下する。焦るカケルは必死にしがみついた。


 撃たれた方のアメリカ軍機もあとを追う。


「くぅわっ!」


 水平に戻そうと機体を引き上げる。その際にGが掛かり、カケルは身体が潰れる思いを経験。


 助かったのも束の間、頭上にアメリカ軍機。機首部分から機銃掃射を受けた。


「ぎゅわぁぁぁ……あ?」


 死んでいない。機体にも穴は開いていなかったが、代わりにオレンジ色の塗料が付いていた。


「Yeah!」


 無線機から歓喜の声が聞こえた。


 頭上を通過するアメリカ軍機は風防を開けると手を降る人物がいた。


 ツバサも風防を開けるや否や、

「どういうつもりだ!」

 と怒声を撒き散らす。


「お互い様っしょ」


 無線機から女性の声が聞こえた。


「そっちも撃ってきたし。しかも実弾」

「それはそうだが、お前はペイント弾を持ってきたのかよ」


 するとアメリカ軍機が突然機首の機銃を前方に撃ち始めた。


「むっ、ペイント弾から実弾に……」

「最初の30発だけペイント弾なのよ」


 ということは30発で仕留めようとしていたことになる。


「結局8発で勝負あったようだけどね」

「何がどーなってんだ!?」


 カケルは狂乱状態に陥る一歩手前だ。何しろ、敵同士で会話をしているからだ。


 ツバサに聞こうとする前に怒声のみならず、罵声をも浴びせられた。


「エミーたちは味方だ! こんの、すっとこどっこいの表六玉が!」

「はぁ?」



 凄まじく早口で言われたことを再度頭で整理しようとするカケル。


「えぇと、アメリカ軍は味方だけど真珠湾は攻撃するってことでおk?」

「ホントに理解してンのか?」


 ツバサの代わりにエミーというアメリカ軍機パイロットが説明した。


 要約すると、アメリカのみならず国際連合という巨大な組織に加盟する各国の軍隊が未知なる敵と戦うため、選ばれた最初の目標がハワイの真珠湾なのだという。


 未知なる敵とは1912年に突如としてハワイ諸島周辺やインド洋沖、南極大陸周辺、大西洋上に出現した謎の大陸と人類に対して敵対意識を持つ勢力のことである。


 彼らはそれぞれ独自の文化や進化を遂げていた。


 ハワイに現れた大陸、その名もパシフィスではタコ型の生命体パシフィスニアンが支配し、インド洋に現れた大陸、レムリアではイカ型の生命体レムリアンが支配していた。


 さらに南極大陸を覆うように現れた大陸、メガラニカではグレイ型の生命体メガラニアンが支配している。


 大西洋上に現れた大陸、アトランティスには人間にそっくりな生命体が支配していた。


 パシフィスニアンとレムリアン、メガラニアンはノーア連合という人類を滅ぼし征服する組織を結成。


 それが1914年に起こった第一次世界大戦の原因ともなった。


 結果としてノーア連合が優勢となり、それぞれの大陸周辺の海域は奪われた。


 この戦いで唯一アトランティスのみ不参加であったが大陸近海を航行する船舶は悉く海中に没した。


 それはノーア連合に対しても同じで、彼らは中立の立場を貫いている様子でもある。


 人類側は可能な限りの議論や交渉を交わしたが結果は変わらなかった。


 そこで人類は国際連合を組織。各国で軍事同盟や技術提供により第一次世界大戦時には無かった航空機や空母を開発。


 その初陣がパシフィス大戦中心部、ハワイの真珠湾攻撃だったのだ。


「ちょ待てよ、そう簡単に人類が手を結べるのか?」

「一次大戦で痛い目見たし、結ばないと国家存亡の危機だから半ば強制なんじゃないかな」


 ツバサの推測は強ち間違いでは無さそうであるが、信じられなかったがカケルが転生者だと理解してくれたからには信じる他あるまい。


「そういや、敵がアメリカなんて一言も言ってなかったな」


 今更ながら思い出した。しかし後の祭り、エミーに対して謝罪した。


 当人は構わない様子だった。寧ろ人格が変わったカケルに興味津々だ。


「話せば長くなるから、この戦いで生き残ったら話すわ」

「じゃあ競争ね」

「なんでそうなるんだよ」

「なんとなく」


 ふたりの関係は睦まじく思える。ツバサの方は振り回されている気が歪めないが。


「全機に告ぐ、現在帝国海軍第一特別攻撃部隊“朱雀隊”が北方空域に集結、アメリカ陸軍第1突撃部隊“チャレンジャーズ”が南方空域に集結。カナダ空軍第I航空部隊“ディグニティ”が東方空域に集結」


 無線機から聞こえる通信を耳にしたカケルは本当に世界が協力して未知の敵を一掃しようとしていることに気付かされる。


「本当に俺は異世界に転生しちまったんだな」



 その後、四方田隊とエミー指揮下の爆撃隊“ドンウォリー”は赤城から発艦した部隊と合流。一路真珠湾へと向かう。


「エミーの機体ってなんだ?」

「あれはSBDドーントレスだよ」


 九九艦爆と同時期に製造されたアメリカ海軍の主力急降下爆撃機。


「俺たちの機体より飛行機飛行機してるな」

「は? 意味分からん」


 固定脚が無い分、現代機に近い飛行機だと言いたいらしい。現代でも固定脚の機体が存在することをカケルは知らない。


「だがどちらも真珠湾攻撃が初陣だ。性能が勝るか技量が勝るか」

「俺らのはどうなんだ?」


 SBDの方がやはり性能が良いらしい。しかし急降下爆撃に特化した方は九九艦爆らしい。あくまでもカタログスペックでの話だが。


「あとさ、エミーって女だよな?」

「今更かよ。あいつが男に見えるか?」


 やはり異世界だからなのかと思ってしまう。


 戦時中の航空兵は殆どが男だ。陸の戦場でも女性より男、男、男だ。


「悪い……ツバサ」

「なんだよ急に」

「俺は別の世界の未来から転生してきたらしい」

「その様子じゃ、そうらしいな」


 なんとなく分かっていたようだ。しかし、これでひとつ分かったことがある。


「ということは、日本が負けることはないってことだ」


 人類が勝つ。日本やアメリカなどが未知の生命体に屈服する世界でなく、人類が勝利する世界にしていこうと互いに決心する。


「なぁ他になんかこの世界に存在するのか?」

「なんかってなんだ?」

「魔法とか超科学とか」


 するとツバサの口からとんでもない言葉を聞かされる。


「この飛行機……いや、軍用機には魔思核(マシカク)っていう思念性伝達術を用いた特別なコアが埋め込まれてる。それによって弾薬や爆弾が上限はあるがそれなりに使える」


 この魔思核を用いることで既に搭載済みの弾薬や爆弾に加え、後から必要数分精製出来るという。


「ちょ待てよ……お前、魔法使いなんか!?」

御伽噺(おとぎばなし)にあるような代物じゃないぞ。決められた術式を思念すれば誰でも出来る」


 夢を見ているかのような話だ。魔法と錬金術と科学が交錯する世界に来てしまったことにカケルは胸踊る。


「くぅ、せめて平和な世界であってほしかったぜ」


 喜んでいるのも束の間、悪い報せが飛び込んできた。


「インド洋沖に展開していたイギリス艦隊のプリンス・オブ・ウェールズとレパルスが撃沈されました。また、帝国海軍遠藤艦隊が交戦状態に入ったとのこと」


 さらにレムリアンが国際連合に宣戦を布告。これによりパシフィスニアン、メガラニアンとの戦争が開始された。


 第二次世界大戦の幕開けである。


「こちら第一派戦闘機部隊の安田だ。これよりハワイ諸島へ新入する」

「諒解、武運を祈る」


 先発していた戦闘機隊がいよいよハワイ島内へ進軍するようだ。


 既にカケルらからもハワイ諸島が目前に迫っていた。


「各戦闘機部隊に告げる。目標は敵の通信施設並びに港湾施設だ」

「諒解ッ」


 ここに来てカケルが再び質問する。


「パシフィスニアンってどんな敵なんだ?」


 その問いに答えるツバサ。


 生命体自体、頭部は人間の頭がタコになったような外見をしており、髪の毛は蛸足のような形をしている。メデューサの蛇のような髪が蛸足になったと思えば良いだろうか。


 その髪は触手のように伸縮し象のように重い物でも持ち上げることが出来るという。


 手や脚自体は人間と変わらないが皮膚はヌメヌメとしており、口からは酸のように溶かすスミを吐くという。


 陸上では人間と同等くらいだが、水中では時速100キロほどで泳ぐらしい。


 彼らの技術力は人間の進化よりもやや劣っており船舶はタコ型で気球に蛸足が生えた様である他、戦車や航空機を持たない。基本的な戦術は各個撃破。


 彼らを倒すには容易であるが少数でいると瞬く間にやられてしまう。


「なんか火星人より恐ろしそうだな」

「お前のいた世界では火星人はタコなのか?」

「いや創作物でタコみたいのがいたなぁって」

「そりゃウェルズの描いたフィクションだろ」


 その通りである。しかしパシフィスニアンがタコ型生命体だったとは誰が予想しただろうか。


「他の種族は? レムリアンとかメガラニアンとか」

「それはだな――」

「全機、攻撃体勢!」


 エミーが下令する。


「あと数分で湾上空だ。戦闘機部隊との交信が取れない。恐らく厚い雲のせいだろうな」


 話は早々に切り上げ準備に取り掛かる。


「オレは敵艦の攻撃と回避に集中する。お前は機銃で地上のパシフィスニアンを攻撃しろ」

「分かった」


 カケルの運命が決まる戦いが今、始まろうとしていた。


「第一派攻撃隊、突入!」



 分厚い雲に入った攻撃隊は速度、高度、針路を維持しつつ目的地まで突き進む。


 無線機が使えなくなり、また雲の中は暗く互いの機体が見えないほどだ。


「不気味な感じだな」


 だが、やがて辺りが明るくなってきた。


「雲を抜けるぞ」

「オッケー」


 雲を抜けると眼下に真珠湾が広がる。既に交戦状態にあり、各所で黒煙が上がっていた。


「無線機確認、エミー!」

「ツバサ、聞こえるわよ」

「どうやらこの雲が外部との通信を遮断してるみたいだな」

「そうね」


 ふたりが会話をしている間に部隊は体形を整える。


「四方田より攻撃隊各機へ。作戦総指揮はエミー・ルインズ大尉が行う。副官はオレが担う。撃破や進捗報告はオレらか赤城隊の五井辰夫(ごい たつお)中尉か観測部の松本清美(まつもと きよみ)少尉へ」

「観測部?」


 カケルが聞き返す。


「オレらの後ろにいるだろ」

「あ! いつの間に……」


 攻撃隊の後方を飛ぶ水上飛行機がいた。艦隊の目ともなる帝国海軍第六偵察艦隊所属の偵察機だ。


「危なくなったらあたしたちは逃げるんで宜しくお願いします~」


 なんとも軽い言葉で応答する。


「日本軍にも女がいたんだな」

「性差別か?」

「ばっ、(ちが)わい」

「男でも女でもなりたいものになる。それが我が国日本の政策だ」


 時代錯誤も甚だしい。まるで現代意識が過去の世界に干渉しているかのようだ。


「でもよ」

「話はあとだ。まっ、生きてたら……だけどな」


 攻撃隊の存在に気付いたのか地上や水上艦から対空砲が飛んできた。


「全機散開!」


 回避すべく機体を右へ左へ傾ける。


「ぐぅ、酔いそ……」


 口を押さえるカケル。吐瀉物が外へ漏れだしそうだ。しかし砲弾の爆発で機体が揺れると飲み込んでしまう。


「おげぇ」

「しっかりしろ!」


 進むに連れ砲火が苛烈になる。だが引き返す機体はいなかった。


「大和魂を見せろ」

「佐藤、降下します!」


 機首を落とし降下する佐藤機。鈴木は笑っている。


「あいつ、良くこんな状況で」


 理解できないカケル。が次の瞬間、佐藤機の間近に砲弾が着弾。


 黒煙が機体に降りかかるとみるみる内に溶けていった。


「なんだ、ありゃ!」

「奴らの砲弾はなんでも溶かすスミ入りだ。着弾煙でも効果は絶大だ」


 揚力を失った佐藤機は切りもみになり急激に高度を落としていった。


「なんてこった」

「次はオレらかも――おっと」


 寸でのところで回避する。


「早く攻撃して帰ろうぜ」

「決められた目標があンだよ。それを探してる」


 ツバサは一際大きな船舶、旗艦を狙うのだ。とはいえ1機では撃破しきれないためエミーと共同するはずだったが見失ってしまった。


「どこ行った」

「ちょ、ちょ、ちょ!?」


 すっとんきょうな声を上げるカケル。何かを発見した場合には正確に報告をと言われていたが、開いた口が塞がらないほど余裕がないようだ。


「なんだ、カケル」

「タコが、飛んでる!」

「何を寝惚けたことを」


 機体をやや右上方に傾け振り向き、彼の視線を追うツバサは驚愕した。


 普通乗用車ほどの大きさのタコがまるで海中を泳ぐかの如く大空を翔んでいた。


「撃て! 奴らを撃て、カケル!」

「そ、そうか。そうだった」


 トリガーに手を掛け、目標に照準を定める。


「喰らいやがれ!」


 残弾数28発全てを撃ち尽くすと弾の装填をする。が、やり方が分からない。


「弾はどうやって換えるんだ!」

「そこに予備の弾倉があるだろ!」


 回りを見ると確かに弾倉が転がっていた。


 直ぐに掴み交換しようとするもやはり仕方が分からない。


「おい、これどうやって!」


 突然機体が右に倒れると宙返りしてそのまま急降下。


「し、死ぬぅぅぅ! ぅわっぷ」


 機体を上昇させるとタコ型航空機に向け機首の固定機銃を撃つ。


 撃墜こそ出来なかったが敵は赤い煙を吹いて遠ざかる。


「さ、サンキューな」

「っ……疲れる」


 息を整え深呼吸をしたあとの言葉にカケルは悔しがる。


「もし俺が転生しなければ、最高のパートナーとともに戦えたはず」

「カケル、余所見してンじゃねえぞ!」


 まるで後ろに目がついているかの如く、肩を落としていた彼に叫んだ。


「まだまだ敵は来る。失敗を成功に変えろ」

「つってもよ、装填の仕方が分からねぇんだよ」

「魔思核に念じろ」

「だーからよー」


 一か八か、カケルは心の中で思いを込める。


『弾薬装填してくれー』


 すると銃器の縁が暖色系に光り輝いた。FPSゲームのリロードの効果音が鳴り銃弾が装填されていることに気が付いた。


「マジかよ」

「出来たか?」

「多、分……」


 試しに軽くトリガーを引くと銃弾が発射された。


「どした! 敵がいたか」

「わりぃ、試し撃ちだ」

「ビックリさせんな」


 だが試し撃ちをしたことにより周囲の敵がふたりの方へ迫ってきていた。


「やべぇ……」

「くそ。今度こそ撃ち落とせよ!」


 みるみる内に迫ってくる敵機。その数は凡そ10機。


「来るぞ」


 複数のタコ型航空機がスミを噴射。直撃は免れたが主脚が吹き飛んだ。


「速度が……」


 固定脚が無くなったことにより増速。これにより主脚が無くなったと気付いたツバサ。


「また来たぞ」


 左に大きくバレルロールを行う。


「狙える敵を狙え!」

「オッケー!」


 視界に入った敵に対して銃を乱射。何機かに銃弾を喰らわせることに成功した。


「ちっ、落ちねー」

「やっぱ豆鉄砲じゃ落ちねーか」


 嘆くツバサ。大戦前から九九艦爆に搭載されている機銃は攻撃はもちろん、防御面で落ちていると議論されていた。


「SBDの方がまだいい」

「さっきと言ってることが違うぞ?」

「機銃はSBDの方が上だ。爆撃面が九九艦爆の方が圧倒的なんだ」

「あぁ、そうなのねぇ」


 興味なさげに答える。だがまだ敵は残っており、無駄口を叩いている場合ではない。


「あー、来た来た来たァ!」


 ふたりの機体と同高度に敵機が上がるとゆっくり迫ってきた。


「喰らえ!」


 再び機銃を乱射する。弾が無くなると魔法で装填をする。


「魔法の力ってすげぇ」


 しかし敵機を撃ち落とすことは未だ叶わず。


『敵機よ、落ちれー』


 何も起こらない。やはり魔法は万能ではないようだ。


「ならば!」


 思い付くままの言葉を並べて試してみた。


『銃撃アシスト!』

『威力向上!』

『弾速向上!』

『弾薬自動補充!』

『防御シールド展開!』


 息をするのを忘れるほど言葉を並べ上げる。


「どうだ!」


 銃撃を開始。すると弾速は早くなっている他、弾薬も自動で次々に補充されていく。


 しかしながら威力は上がっていない。アシスト機能も付いていない。


「ダメか。でもこれで弾切れには困らないな」


 弾幕を張り、自機に敵を寄せ付けさせない。


「とっとと落ちれ、カトンボがぁ! だっけか」


 昔どこかで聞いた台詞を言ってみる。まだふざけている気力があるようだ。


「各機に告げる。複数の爆撃隊による作戦が開始された。攻撃の終えた者は直ちに帰投せよ」


 司令部からの指示に従いたいが敵機に追われている身のふたりは先ず敵から逃れることを優先した。


「何機やった?」

「なんもやってない」

「ヘタクソ!」


 言い返せない自分が腹立たしく思うカケル。だがこればっかりは致し方ない。


 唇を噛み締めていると横に黒い影が映る。


「うわっ、化け物!?」

「誰が化け物だ!」


 ツバサだ。翼の上を歩いてきたのだ。だが操縦は。


「お前が操縦しろ。オレが撃つ」


 滅茶苦茶なことを言われた。飛んでいる飛行機から翼を渡って操縦席に。しかも操縦をしたことがないときた。


「無理無理無理無理無理無理無理」


 1秒間に無理と言う言葉を7回も発した。


「落ちなきゃ良い」

「無理言うな! つか、操縦席に行くことすら困難だっちゅうの!」


 しかしつべこべ言う暇もなく胸ぐらを掴まれるカケル。


「さっさと行け!」


 機外に放り出されてしまった。


「ヒトゴロシ!」


 だがいつの間にか腰にロープが括り付けてあり助かった。


「ロープを辿ってさっさと操縦席につけ!」

「くそぅ、こうなりゃヤケだ」


 敵のスミや対空砲弾が飛び交う中、必死の思いで操縦席に辿り着いた彼は今にも心臓が張り裂けるほど高鳴っていた。


「覚えてろ」

「生きてたらな」


 早速カケルは操縦をしようと機内を見回す。映画では操縦桿なるものを操作すれば取り敢えずは大丈夫だという覚えがある。


「これか?」


 棒のようなものがピクピク動いている。


 恐る恐る握ると確かに機体を操縦する感覚を掴んだ。


「良いぞ。上手いじゃないか」


 様々な計器があったが機にすること無くただひたすら感覚だけで飛ぶよう言われた。


「お前が念じたのか、防御障壁が効いているな」


 どうやらシールドの効果があるようで敵弾を防いでいた。


「反撃の時だ」

「やったれ、ツバサ」


 お調子者も良いところである。だがカケルよりも技術は数段も上だった。当たり前ではあるが。


「1機撃墜!」

「早ッ!」

「もう1機!」


 瞬く間に2機を撃墜。ツバサが言うには弾の威力が上がっているらしい。


「マジかよ」

「いや、もしかしたら命中した時に致命傷を与えやすいのかもしれん。知らんけど」


 つまりカケルが念じた術は弾の威力自体を上げず、命中時に致命打を与えやすくするアシストが付いたということになる。


「なんだか分からんが結果オーライだ」

「結果オーライ? とはなんだ」

「知らん。オッケーみたいなもんだ」


 結果オーライ、紆余曲折あったものの最終的に何事もなく終わるという意味。オーライは“all right”である。


「やったれい!」


 自らの戦果ではないが有頂天なカケルに頭を抱えるツバサ。せめて自分で撃墜し、誇らしく思ってほしいものだ。


 どれだけ飛び続け、どれだけの弾を浴びせたのだろう。


 気が付けば真珠湾を離れ、大海原の上を飛行していた。


「追い払ったようだな」

「ところでここはどこなんだ」


 再び場所を交換し元に戻る。ツバサは周囲を見回し、海図を広げ確認する。


「分かったぞ」

「どこらへんだ」

「分からん」

「はぁ?」


 分からないことが分かったらしい。話にならない。


「どうすんだよ」

「取り敢えず無線で呼び掛けるさ」


 何度か呼び掛けるが応答がない。雑音がするだけだ。


「こちら大日本帝国海軍空母加賀第一派攻撃隊四方田部隊隊長の四方田翼少尉である。現在地が不明であり、至急応答を求む」


 どのくらい呼び掛けただろう。遂に無線機から雑音交じりの声が聞こえる。


「こちらは大日本帝国海軍空母加賀に所属する四方田少尉である。応答を求む」

「こちらアメリカ海軍空母レキシントン。四方田少尉、無事を歓迎する」


 応答したのはアメリカ海軍の空母レキシントンだった。


 ツバサの記憶が正しければレキシントンとサラトガはウェーク諸島海域に展開していたはずである。


 つまりふたりの位置はウェーク諸島近海であろう。


「漸く味方の声が聞けた」

「四方田機、こちらも無事が確認できて嬉しいよ。現在、空母レキシントンはウェーク諸島の北部海域にて分散した味方機を収容中」

「当機も着艦を希望したい」

「着艦を許可する」


 ツバサは座標を受け取ると太陽の位置から方角や針路を決める。


「よし、行くぞ」

「は、おう」


 戦闘に疲れたのか集中力が切れたのか、元気のない返事を送るカケル。そんな彼に怒ることはなく、逆に誉めるツバサ。


「よくやったな。休んでいろ。あとは着艦だけだ」

「やっと降りられる……あれ?」


 今更ながらにふと思う。天野カケル青年はなぜ事故に遭ったのだろうか。


「そいやよ、カケルって……あー、天野の方のカケルな。コイツって何で事故ったんだっけ」

「着艦」

「え?」

「オレが着艦でドジってケガさせた」


 もう一度聞き返しても同じ答えだ。


「もしかしてお前、着艦苦手か?」

「ンな分けない。偶々だ、偶々。あン時は横風が強かったから煽られてひっくり返っただけだ」

「重大事故だな」


 歴史は繰り返すの如く、もう一度起これば元に戻るかもしれない。そんな夢物語を考えているカケル。


「例え元の世界に戻っても……やることなんてないし。春子には逢いたいかもだけど……って俺はタイヤに跳ねられて死んだんだ。もう火葬されてるさ」


 自己解決とそう思わせることで自らを納得させる。


 暫く飛行していると今まで快調だったエンジンが急に変な音を立て始める。


「マズイ」

「どした?」

「燃料切れに近い」

「は?」


 魔思核でなんとかなるのではなかったのか、そう問い詰めると術を唱えすぎて既に核が無くなりかけているそうだ。


 さらに本来どちらか一方で良かった魔思核と燃料を同時に消費していたらしく、それも相まって現在危機的状況に直面している。


 この原因はツバサがカケルに燃料の切り替えを教えなかったことが原因だ。


「すまない。忘れていた」

「良いよ。で、燃料は持つのか?」

「ギリギリかもな」


 エンジン出力を抑え、機体を軽くすべく魔思核の効果を無くした状態で弾薬や残っていた予備弾倉を投棄。さらに機関銃も投棄させた。


「やれるだけのことはやった。あとは祈るだけだ」

「神様仏様ミヨコ様ぁ」


 ミヨコとはカケルが生前好きだった人気アイドルグループのリーダーらしい。


「ミヨコって誰だよ」

「気にすんな」


 祈ること数十分。無線に久しく交信が入る。


「こちらレキシントン。四方田機を黙視。合図を求む」


 翼を左右に揺らしバンクで彼らに返答する。


「当機は燃料が少なく一発勝負での着艦を希望する」

 諒解の合図が送られたあと、着艦をする予定だった他機に対して周回命令を下す。


「四方田機の着艦を確認するまで待機せよ」

「感謝する」


 レキシントンのシルエットが近付いてきた。着艦体勢に入っていた他の機体がランディングギアを仕舞い上昇するのが見える。


「すまないな」


 ツバサが呟いた。それからカケルに着艦体勢に入ることと衝撃に備えるように伝える。


「なんでだよ。着艦ミスは偶々じゃないのかよ」

「主脚がないから胴体着艦する」

「マジかよ」


 速度を殺し、着艦フックを出す。


「こちらヤング、四方田機のランディングギアが降りていない」

「ヤング、諒解。四方田機へ――」

「こちら四方田、固定脚がぶっ飛んだ。胴体着艦を敢行する」


 その言葉によりレキシントンからの応答が張り詰めた空気へと変わる。


「四方田機へ、消火班と救護班の準備は出来ています」

「諒解!」


 レキシントンへの着艦軌道へと入った。失敗は許されない。


「カケル、覚悟しろ!」

「もうしてる!」


 速度が若干早かった。機体は甲板に向け突き進む。


 甲板の末端部に胴体が当たるとプロペラがケーブルを巻き込み大破する。


 そのまま甲板上を滑るように走行すると艦中腹の艦橋部分に翼が衝突。そのまま機首も艦橋へ衝突し横転。


 ふたりは機内に取り残された。エンジン部からは出火し、消火班がホースで水を掛けている。


「ツバサ! カケル!」


 誰かがふたりの名を呼んでいる。


「カケル! しっかりしろ、カケル!」


 意識が混濁するカケル。火災の影響で周囲が黒煙に包まれている。


「カケル!」


 座席から強引に引っ張り出していく。


「ツバサぁ」


 意識が戻ったのか、嬉しいのか抱き締める。だがそれどころじゃない。背後では炎上する愛機の姿があった。


「兎に角離れろって」

「おう」


 ふたりは離れ、燃え盛る愛機を前に立ち尽くす。


 やがて消火班によって鎮火すると牽引車の力を借りて海中に投棄された。


「良いのかよ、ツバサ」

「言い分けないだろ。でも……使い物にはならないし、それに――」


 視線の先には着艦を待機する航空機が周回していた。


「オレたちのせいで迷惑が掛かってる。仕方ないんだよ」

「そういうもんかよ」


 甲板上の破片などを除去すると直ちに残りの艦載機の収容作業に取り掛かる。


 空母レキシントンにはツバサ以外の四方田隊の隊員が収容されていた。


「エイコ、キヨコ」

「ツバサ!?」


 田上ゑゐ(たがみ えいこ)一飛曹と下倉清子(しもくら きよこ)二飛曹である。


「ホントに女の子がいたんだ」


 因みにエイコは17歳、キヨコは15歳である。


「無事で良かった」

「そっちこそ」


 再会を喜んでいるとブロンドのロングヘアーに碧眼、スラッとした体型の女性が近付いてきた。


「Hi,Tsubasa! Kakeru! Good to see you're safe!」

「は?」


 突然英語で話し掛けられて驚くカケル。取り敢えず現役高校生だったことを活かして会話を試みる。


「アイアムファイン。ぐっじよぶい!」

「エイコ、持ってる?」

「持ってるわよ」


 取り出したのは小型の無線機のようだ。


「言語設定を“0”にして……」

『ツバサ、カケル。良く無事だったわね』


 すると英語で話してきた女性の言葉が無線機を通して日本語になる。


「なんじゃこりゃ」

「カケル、どうしちゃの?」


 キヨコが心配そうに声を掛けるもツバサがフォローしてカケルが転生者だということを防いだ。


「オレもコイツも激しい空中戦で疲れた。ちょっと休んでくる」

「お大事に」

『お大事に』


 ふたりは彼女らから見えないところまで来るとツバサは彼を労った。


「異世界転生者にしては良くやったな。お前がオレの相棒でとても嬉しかった。本当に感謝している」


 誉められまくりのカケル。嬉しくて赤くなる。


「よせよ……。俺はお前の相棒だったカケルのためにやったんだ。俺が転生してこなければもっと良い結果に」

「死ぬ運命だったかもしれない」


 それは神のみぞ知ることだ。だが生きている。それだけは確かなことだ。


「俺もお前が相棒で良かったと思う。これからも宜し……」

「ダメだ。お前は国に帰れ」


 相棒としてこれからもやっていこうとした矢先だった。まさかの反対に動揺するカケル。


「お前はここに、この戦場()にいちゃいけない。だから……」


 転生者のことを思っての言葉であろうが彼にとっては絶望よりも重い言葉であった。


「俺に価値は無いってことかよ」

「そうは言ってない……けど、お前は国に帰って元の世界に戻れる道を探すべきだ」


 ならば何故共に戦おうと焚き付けたのか。何故に相棒という言葉を使って誘導したのか詰問する。


「戦争の開始前や後では違うんだ。もし開始前なら営倉行きや最悪、銃殺もあり得る」


 息を飲むカケル。確かに戦争開始の直前に反対の声を挙げれば重罪かもしれない。


「戦争開始後、それも最前線で戦った後ならば印象は全く異なる」

「何かと理由をつけてやめさせられる……というわけか」

「まぁそうだね」


 耐え難い屈辱だった。共に相棒として今後も尽くそうと思っていた次第であるからだ。


「俺はお前が必要なんだ。俺のことを知っているのはこの世界ではお前だけ。だからお前と共に生きたいんだ」

「うぐっ……」


 唾が掛かりそうなほど接近して会話をする。その言葉はプロポーズにも受け取れた。


「わ、分かった。だからその恥ずかしい言葉でオレを煽るのはやめろ」


 意外にも早く落ちた。だが先程の言葉を取り消し、今まで通り相棒として共に在ることを約束した。


「だけど……よく無事に生きて帰ってこれて良かったぁ」


 今更ながら膝が震えだすカケル。肩を貸すツバサ。


 ふたりはレキシントンの奥へと消えていった。



 時は西暦1941年12月8日、世界は未曾有の危機に直面していた。


 1912年に突如現れたパシフィス大陸のパシフィスニアン。レムリア大陸のレムリアン。メガラニカ大陸のメガラニアン。そしてアトランティス大陸のアトランティス人。


 この内のパシフィスニアン、レムリアン、メガラニアンは人類の敵となり領土や領海を拡げていった。


 当初は共存共栄を掲げていた国々だが事態を重く見て国際連合を結成。


 国家間を越えて軍事提供を初め交流を増やした結果、航空機や翻訳機などの技術を獲得した。


 さらにこの世界には魔法が存在し、原動力ともなる魔思核(マシカク)を兵器や道具に組み込むことで更なる進化や発展を生む。


 そしてアメリカ、イギリス、カナダ、日本の4国が結集したABCJ艦隊が真珠湾を攻撃。これに成功した。


 最新の偵察結果によると、真珠湾は形骸化しパシフィスニアンの軍事拠点をひとつ葬ったこととなる。


 だがこの行動によりレムリアンやメガラニアンの意識を煽り、彼らはパシフィスニアンと同盟を結び人類に宣戦布告をした。


 レムリア大陸へ向かうイギリス艦隊、プリンス・オブ・ウェールズとレパルスは全長100メートルを超える巨大なダイオウイカ数体の攻撃に遭い敗北。


 ニュージーランドやソロモン諸島、フィジー諸島ではメガラニアンによる進攻で陥落した。


 しかし人類は生きるため、取り戻すために邁進するのであった。



 翌日、レキシントンから母艦である加賀に帰って来たツバサとカケル。


 生き残った戦友や上官のありがたい言葉を聞いて自室に戻ってきたふたりは互いに改めて感謝と今後のことについて決意を固めていた。


 そしてカケルは新たなる世界でまた一歩前に進むのであった。


「さて、シャワーでも浴びるか」

「シャワーなんてあるのか?」

「あるよ、士官室共同だけど」


 飛行服を脱ぎパンツと下着姿になるツバサ。それを凝視するカケル。


「な、なんだよ恥ずかしいな」


 華奢な体つきに小さな膨らみのある胸は筋肉で出来た大胸筋ではないようだ。


「お、お前……もしかして」

「女で悪かったな。言ってなかったか?」


 今まで掛けた言葉が走馬灯の如く甦る。


「さあっ、カケル。裸のお付き合いでもして、これからを語らおう」

「うっそやろ!?」


 ふたりの物語は今始まったばかりだ。


【アマカケルツバサ -読切版-】

[あとがき]


 ここまで読んで下さいまして、誠にありがとうございます。


 アマカケルツバサは当初連載小説として投稿したかったのですが、他に書きたい作品があり同時進行で進めていました。


 しかしながら、2022年末にライフワークでもある【The ARK 第4章】の投稿が差し迫っていたため、急遽読切版として書き上げました。


 他にも少年少女が紡ぐハードゴア戦争モノ小説【Peaceful-dayS】や、ある作品にインスピレーションを受けた【タイムトリップ】。自身が学生時代に書いていた小説『西南07ズ!』のリメイク版など、兎に角書きたいものがたくさんあって、もう時間が足りない。


 てなわけでありまして、色々おかしなところを残してこの読切版を書き上げ、いつか完成させたいと思い投稿しました。


 余談でありますが実は、アマカケルツバサは何度か執筆をやめようと思っていました。


 それは敵であるタコやイカがグレイなどが某地球を守護する兵隊ゲームに出てきてしまったからです。


 まさかイカまで出るとはイカがなモノかと。


 でも書きたいから、という理由で書きました。後悔は未完成であることだけです。


 またいつか完成させます。


 今後とも宜しくお願い申し上げます!


 ここまでご高覧頂きありがどうございました!!!

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