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第7話 剣聖様の実力 Ⅱ

 やっぱり、今日という今日こそはライリーの手伝いを断ろう!


 いくらスタッフが足りない上に元手がタダだからって、ずるずると甘えすぎていた。いい加減向こうも気が済んだろうし、今日こそはちゃんと言おうと決意して店のドアを開ける。



「お前の店のせいでウチの店は客を取られたんだ!どう落とし前付けてくれる!!」



 ……うん?なぜかお店が修羅場になっている。


 店の中で怒鳴っているのは一見するとただのゴロツキ、その実態は飲食店経営のゴロツキ。たしか名前はヴィリーさんだったかな? 後ろにはずらりとヴィリーさんのお友達……ヒャッハー系男子が勢ぞろいしている。

 いっておくが確かにウチが開店して以来、ろくに来客が来てなさそうだけど、それはウチのせいではない。その前からずっとあそこはあんなもん。例え今日ウチが潰れても来客数は全く変わらないだろう。


「だからそれは言いがかりだ!第一、もしそうだとしてもお互いの営業努力の差ではないのか。こんな風に難癖をつけにくるより、宣伝なり味の研究なりしたらどうなんだ」


 そして対峙しているのは他でもないライリーただ一人だった。


(えええええええ!?ほ、他のみんなは……あ、駄目だ。全員すみっこの方で震えてる)


 ヴィリーさんは身長190㎝は越えてそうな上背にモリモリの筋肉が乗ったいかにもなゴリマッチョだ。たしか元冒険者で、足を負傷して転職したんだとかなんとか。性格は荒っぽく、この近辺の共同組合の人達もちょっと遠巻きにしている要注意人物。普通の一般人が太刀打ちできる相手ではない。普段は威勢のいいことを言ってるマルコ君も青い顔で壁に張り付いている。当然だ。


 厄介な事にヴィリーさん達は本気で何か改善や謝罪を求めている訳ではない。ただこうやって時々他の店を荒らしまわっては恐怖心を植え付け、この辺りで幅を利かせているのだ。通り三本離れているし、なんとなくやり過ごせないかと思っていたけど来てしまったか。

 これはもう、交通事故のようなものだ。



(最悪だ……。こうなるともう、街の警備隊を呼ぶしかない……はぁ……)


 警備隊を呼べば当然だが責任者の私は事情聴取されるだろう。まさか恥ずかしいから顔出ししません、身元は明かせませんじゃ通らない。つまり……お父様達にバレるって事だ。当然お店は辞めなくてはいけなくなるだろう。もちろん従業員達に怪我をさせるわけにはいかないが、それは私にとってかなり苦渋の決断だった。

 せめて代わりのオーナーを探して、私が手を引いた後もこのお店自体は続けられるようお願いしなくては。そう決意してその場を離れようとした時だった。



「お前もこのリンゴみたいにしてやろうか!?」



 言い争いの果てにそう言いだしたヴィリーさんが、店内に置かれていたリンゴの一つをわしづかみにした。そしてなんと、軽々と片手で粉砕した!?


(うわ!勿体ない……じゃない、現役引退してるくせになんて馬鹿力なの!)


 すみの方で震えていたスタッフ達の振動が倍増し、泣き出す子まで現れた。ライリーも同様に顔を曇らせる。


「勿体ない……。次は皿の上でやれ、煮ればジャムにも出来るぞ」


 あああ、ライリーの思考が私に染められてるぅ……。カスティール伯爵家の皆さん本っ当にすみません!


「もしくは割っても問題ないものにしておけ。これなんかどうだ?」


 そういってライリーはこともなげにガッチガチに固そうな……おいおいそれクルミですけど、どうなさるおつもりで!?



 バキィ!!



 その場の全員が凍り付き、時が止まった。



 え……嘘でしょ?ライリーの手の中から粉砕されたクルミの殻がパラパラと落ちていく。


(ひええええ……人間ゴリラ……?)


 クルミというのはリンゴどころではない固い表皮に覆われ、専用の器具を使わなければ開けられない種である。間違っても片手で割って開けるような代物ではない。人間には無理。そのはず。あれれ?




 ……結局冷え切った空気の中ヴィリーさん達は完全に戦意を喪失し、すごすごと帰っていってくれた。こうして無事、警備隊を呼ぶこともなく穏便に事が済んだ。


「やれやれ。こういう裏通りの店は、たまにああいう奴等が来るからな。やっぱりこっちに顔出しといて正解だった」


 ライリーが何かを呟いたけれど、私にはよく聞こえなかった。

 しかし……まさか警備隊を呼ぶことなく乗り切れるとは!これでお店の強制終了が回避できたと店の入り口で感謝感激を捧げると、本人と目が合ってしまった。


「こ、こんにちは。えっとその……うまく穏便に解決して頂いたみたいでありがとうございます」

「なんだ見てたのか。ふふん、惚れ直しただろう」

「えー……。アアハイソウデスネー」


 一応助けて貰ったことに変わりはないので、最大限の優しさで乗り切った。はあー、こういう事言わなければもっと素直に感謝できるのに、本当に残念な剣聖様だ。

 そんでもってこの残念さに気が付かなかった過去の自分にさらに落ち込むっていうね。あの頃の私だったらライリーが残念な事を言いだす前に駆け寄って凄いですとか最高でしたとか、止められるまで息つく間もなく絶賛し続けて……



 ガン!ゴガンッ!!



「お、おいおま……エレノアさん!なぜ突然無言でテーブルに頭を打ち付けはじめるんだ?!」

「すみません。どうしても過去を贖罪するために、思考を中断できるほどの痛みを受ける必要がありまして。大丈夫、もう悪魔は去りました」

「そ、そうか。色々大変そうだな……?」


 人は己の過去をどこまで許すことが出来る生き物なのでしょうか。その深淵の一端を覗いた気がします。


「それにしても、よく素手でクルミなんか割れますね?中身ゴリラなんですか?」

「ああ、あれはコツがあって意外と簡単なんだ。くるみを二個用意してうまいこと合わせると割れる」

「えっ、そうなんですか?てっきり握力だけでいったのかと思っちゃいましたよ」


 良かった、人間だった。私は心の平安を取り戻した。


「はは。インパクトあるだろ。昔、弟の前でやったら面白いぐらい驚いてた」


 そういって悪戯が成功したかのように笑うライリーは、いつもよりずっと素の感情を見せてくれているようで。今度のは、ちょっとばかしだけ心臓に悪かった。


 念のため私はもう一度テーブルに頭を打ち付けておいた。



 ◇◇◇




 で、今日も当然のようにライリーが私を送ってくれる。


 はあ、ここまで気まずくなると予想できてたら、いくら人件費がかからないといっても送ってもらうこと了承しなかったのにな。……うーん、しなかったかも。……いや。してたな。

 彼に対するもやもやが無くなったわけではないが、さすがに昼間助けられたばかりの身としては、『あ、ご苦労様。そうそう明日からもう来なくていいから』とは言えなかった。……それにまあ、単純に夜道を送ってもらえるのはやっぱり安心だし。王都は比較的治安がいいとはいえ、やはり女性の一人歩きは安全とは言い切れないわけで。


(あれ、私、人の厚意を食い物にしてる?)


 というか私達の婚約破棄って結局どうなってるんだろう。いくらなんでも正式に婚約破棄が決まれば両親からなにかしら言ってくるだろうに、いまだにそんな気配はなく。最近、放課後は騎士団か私のお店にしか来ていないみたいで公女様と会っている様子もないし。おかしく感じることが増えるにつれて、私はだんだん一つの疑念を感じ始めていた。



 ……そもそも事のはじめのあの時、私は本当にライリーに婚約破棄を言い渡されていたのかな?



「うん?どうかしたのか」


 ライリーはいつもの尊大な調子で聞いてきたけど、それだって後ろめたさや隠し事があるような様子じゃ全然ない。倒れる直前の時は気持ちが追い込まれてわからなくなっていたけど、よく考えたら私が知っている彼は裏で何かを企むタイプには思えなかった。むしろド直球に『好きな人ができた、別れよう』って言われた方がずっとライリー様だ。



(もしかしてあの時私を無視したのだって、何か別の理由や事情があったんじゃ……?)



 多分、今、聞けば答えてくれる。

 でも今はその勇気が持てなかった。だって彼が学園内で噂になるほど公女様と仲がいいことには変わりが無いし、それに……。もし全部が私の勘違いで、やっぱり婚約破棄はされていて公爵令嬢が恋人だったらとても立ち直れない。


 ……立ち直れない?なんで。

 私はもうライリーの事なんてどうでもいいんじゃなかったのか。だから未練を断ち切るためにも彼をコテンパンにしてやろうとしたんじゃないのか。


(未練……?未練って結局私は……)


「い、いや、えっと。そ、そういえば、いつも一人歩きは危険だからって送ってくれるわりにいつも手ぶらみたいだけど、いざという時本当に大丈夫なのかなって。剣聖っていうぐらいだから、剣が無いとあんまり強くなかったりして?」


 言ってから、いくらなんでも失礼すぎたかとハッとした。


(わあああ!なんてこと言ってるんだ私は!)


 だけどライリーは特に気を悪くした様子は無さそうに笑った。


「もちろん強い、と言いたいが残念ながら素手ではとても騎士団長殿には勝てないな。この間はお前は剣を持つしか能が無いと言われたし……」


 ほほう、さすが騎士団長様。剣を持つしか能が無いとは、なかなか辛辣ですね。大丈夫、下働きとしてもとっても優秀ですよ!


「あとはラロック様、イーサン卿、フォログア、ハルト、リー、エンデリア、ブマーフ、エステール嬢……」

「勝てない相手意外と多い!しかも最後、女性が居なかった!?」


 とてつもなく栄誉ある称号を得ていた彼を、ずっと遥か彼方の人間のように思っていた。

 だけど実際は貴族令嬢が血生臭い暴力を見るなんて、と咎められていたので直接剣を振るったところを見たことは一度も無い。周囲には騒がれているし、よくわからない物凄い事なのだろうと思ってたのに、実情はこんなものなのか。なんだという力が抜けたような気持と、意外とそんなものなのかもしれないという可笑しみが入り交じる。


 ふと、彼が静かな様子なのに気がつき顔を上げた。



「……俺は、お前を失望させてしまったのか?」



 そんなことはないけど、と言いかけてドキリとした。


 思っていたより立ち位置が、近い。

 月光に照らされたライリーの顔が私をじっと見下ろしている。その瞳は私の中に失望や軽蔑がないのか不安そうに探っているように見えた。……不安?あの『ライリー様』が?


(失望させたっていうのは、剣聖としてってこと?それとも……)


 なんで、そんな切ない眼差しで私を見るの。

 この国で一番強い剣聖様が、まるで私の言葉一つ涙してしまいそうなほど儚くみえた。いつもあれほど自信満々にみえていたはずの人が。

 戸惑う私に気が付いたように彼は視線をはずした。



「まあ残念ながらまだまだ修行中の身だという事だ。けど、いずれは必ず勝ってみせる!」



 そう言って自信満々に笑った彼は、もうすっかりいつもの調子のライリー様だった。


※リンゴは赤い皮の酸味の効いた果物ですが林檎とは別物です。クルミは(以下略)

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