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第3話 テンセイキッチン

 私のお店『テンセイキッチン』は街の大通りからは少し外れ、小さな路地の角地にある。クリーム色の壁のこじんまりとしたお店だが店の外のスペースにも余分があり、テーブルを準備すればテラス席が用意できそうだ。

 もう少し落ち着いたら準備をして、ウチのお店の目玉の一つにしたいなぁ。


 まずは私が常駐できる間だけの短時間営業から始めたお店の中はそれなりに活気づいていた。なんせほとんど素人集団の新規開店。しかもたいした宣伝もしてないひっそりとした開店だったからお客の入りもパラパラとしたものだけれど、今はそれでいい。

 一人一人に丁寧な接客と対応を。スピードは慣れればいくらでも付いてくる。


「へえ、いつも食べてるヨーレロ魚の塩焼きだけど一味違うな」

「特に変わった食材を使ってるわけでも無いのに妙に美味いんだよ」

「ああ、本当に美味いよな。また来よう」


 うまいうまいとお客様達が喜んでいる様子をみて、私の中に魂がじーんと震えるような満足感が湧いた。これよ、これ!何かをしたら喜んでもらえる、笑ってもらえる幸せ!いつも澄ました顔で「そうか」「わかった」だけだったライリー様とは天と地の差。これぞ頑張る甲斐があるってものでしょうっ!!

 おっと、ぼんやりしてる暇はない。厨房に戻ろうとする私を、顔色を変えた厨房担当のマルコ君が呼び止めてきた。


「大変っス!!従業員の一人が親父さんが急病で倒れたとかって……とりあえず今日からしばらく休むそうっス!」

「な、なんですって!?」


 前準備もほとんどなく、見切り発車でスタートしたこのお店の従業員の人数はかなりギリギリだ。別のお店との交流だって無いので、とても近隣から臨時で店員を貸してもらえるなんて人脈はない。ああ、やっぱりいきなりお店をもつなんて時期尚早すぎた?ううん、もう始めてしまったからには多少入店を制限してでも営業を維持しなきゃ。ああ、しかしどうしようかな。本当に猫の手も借りたい……。


(と、とにかく今日一日を無事に乗り切らなくちゃ。はやく厨房に戻って仕事をすすめよう)


 持ち場に戻ろうと頭を引っ込めようとした時、私はそこにあるはずの無いものを目撃して硬直した。



「いらっしゃいませ、お客様一名様でいらっしゃいますか?」



 衝撃を受けている私の胸中など知らないウエイトレスが、愛想よく出迎えようとしているその人物。幻視でないのなら、元婚約者がいつもの調子で入り口でふんぞり返っていた。学校帰りに直接こちらに来たらしく、制服姿のままなので余計に目立つ。



(な……なんでぇ!?なんでこんな所に……!!)



 しかも……最悪な事に、頭を覗かせていた私とバッチリ目が合った!誤魔化しようがないくらいはっきりと、まぎれもない厨房服をきっちり着こんだ私と!残念ながら他人の空似とも思ってもらえなかったようで、私を指さし驚愕の表情でわなわなと震えている。


「まずい……知られた……終わった……」


 私はその場にへなへなと座り込みそうになった。あれ?婚約破棄して他人になるんだからもういいのかな……。


(いやいや、やっぱり伯爵令嬢が金儲けにはしって商売しているのを知られるのはマズイ!!お父様に知られたら取り潰しされる!!)


 そう思った瞬間に私は厨房を飛び出し、ずかずかとライリー様の前に立ちはだかった。常に彼の三歩後ろをついて歩いていた私が進路に立ちはだかるだなんて、初めての事だ。だけどせっかくここまで育ててきたお店を潰されるのだけは絶対に嫌だった。

 覚悟を決めて見上げると、ライリー様もわずかに驚いたような顔で、これまた初めての事だが私の言葉を待っているように見えた。



「ライリー様……ちょっとこちらに来て頂いてよろしいですか?」



 思ったよりずっと低い声が出た。


 返事も待たずにその手を掴むとバックヤードの方へとぐいぐい引っ張っていく。従業員たちが顔を見合わせているが、説明は後だ。以前の私ならライリー様に何か意見するだなんて考えもつかなかっただろうに、恐ろしいほど心が凪いでいる。ライリー様の婚約者ではなくなった今、このお店は私の全てだったから。


(もうなんでこの場所を知っているんだとか、私をつけてきたのかとか、そんな事はどうでもいい!)


 くるりと向きを変え、覚悟を決めて対峙した。


「ライリー様、知ってしまいましたね。この店を、この店で働いている私の姿を」

「……まさか、本当に労働をしているのか?貴族令嬢のお前が?」

「…………」


 私はすぐには返事を出来ず黙ってしまった。するとすぐにライリー様のお叱りが始まってしまう。


「はあ。まったく、そこまで常識が無いとは思わなかった!こんな事が噂好きな社交界の連中に知れたらどうなると思ってるんだ!?」

「す、すみません。ですがライリー様……」

「まさか伯爵家はそこまで金に困っていたのか?だったらこんなおかしな事はせずに俺に相談すればよかったんだ。黙ってこんな事を始めるだなんて何を考えている!」

「……」

「とにかく今すぐにこんな店止めるんだ!いいな、わかったな」


 ……イラッ……



「…るさい」

「うん?何か言ったか……」

「うるさああいっ!こんな店で悪かったわね!一体何様よアンタ!」

「は!?…な、なな???」


 ライリー様は面白いほど狼狽まくって口をぱくぱくさせていた。今まで口ごたえ一つしなかった令嬢が突然怒鳴り出してきたんだから、その衝撃たるやいかばかりか。しかし今日の今日までストレスと我慢を溜めまくっていたうえにこんな店扱いされた爆発は、とてもそんなものでは収まらないのだった。


「ええ、今さら否定しても仕方ないですし認めますよ。私は貴族令嬢にも関わらず飲食店経営に興味があってお店まで開いたんです!でも、それってそんなに悪い事ですか!?」


 感情が高ぶり、喋っているうちに思わず本音が漏れ出ていく。令嬢が労働をするなどとんでもないという常識はあるものの、それのどこがいけないのだと居直る気持ちもあった。なんといっても、ライリー様の、いやもう様とかも付けたくない、ライリーの態度が腹立たしかった。


「いいですか!まず第一に婚約破棄したからには私と貴方は他人!関係ないのだからあれこれ言われる筋合いはありません!第二にどんな店であろうと懸命に働いて真っ当な商売をしてるのだから、誰であろうとこんな店などと馬鹿にされる覚えもありません!第三に!他人に対して大声を出すのはそれだけで充分暴力になりえるんです!そして無礼なのは貴方です!わかったら回れ右してとっとと帰って下さい!!」

「こ、婚約破棄だと?!お前……」

「最後に私の名前はエレノアです!お前ではありませんから!さようなら!」


 やたらに動揺しまくったライリーは、ちょっと強めに押しただけでヨロヨロと店の外に押し出されてくれた。塩持ってこい、塩!ついでに腹立ちまぎれに思いっきり目の前でドアを閉めてやった。ふん、いい気味。

 そう、私はお前でもおいでもない。エレノア・ボンネフェルトという名前がちゃんとあるのだ!



「エレノアさん、い、今の人大丈夫なんスか…?」

「知らないわよあんな人!、私は間違った事言ってないわ」


 カッカとしていた私はぐいっと腕まくりした。昔の私は彼の顔色だけを伺って生きてたけれど、二度とそんな事はしないんだから!


「さ!無駄な時間過ごしてしまったわ。みんな、残りの時間もよろしくね」

「「はい!」」






 ……ところが、その仕事終わり。

 裏口のカギを閉め、ようやく帰途に就こうとする私に近づく影があった。わ、不審者?!


「遅い、遅すぎる!護衛の一人もつけずにこんな時間に帰る気か」

「ええー……。嘘でしょ……」


 ライリー、貴方まだいたの???

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