第2話 かみあわない二人
レストランをスタートさせるまでには色々あった。
ありがたい事に、開業するための店舗はすぐにいい場所が見つかった。
さてお店を開くといってもまだ学生の身分だし、貴族令嬢として大ぴらに店に出ることは出来ないので、お店は基本は人を雇ってまわさなければならない。現実的に割ける時間は限られているので、私の担当は主に市場調査とメニュー開発。都合のつく限り夕方や土日は直接お店を手伝ったり技術指導をしようと考えた。
前世の料理知識があるとはいえ、この国の食材の扱い方については改めて研究が必要だし、やる事はいっぱいだ。お店の名前だってもう『テンセイキッチン』に決めてある。この国の言葉ではないので意味は誰もわかるまい。
ちなみに得意とするのは究極の食材を使用した至高料理ではなく、ごく当たり前の食材をテクニックで美味しくさせるアイデア料理だ。なにせ前世は遥か辺境の国だったため、食材が非常に限られていた。それをどうにかこうにか美味しく出来ないかと苦心を重ねてきたのだ。野菜の芯まで美味しく食べさせるのが私のポリシーです!
ハッキリ言って忙しい。めちゃくちゃ忙しい。ついでに人生で一番楽しい。だから、余計なことにかまっている時間は無いのである。
「おい。お前、毎日毎日いったいどこをほっつき歩いてるんだ!」
「ふがっ?!」
充実しまくった毎日を送る私に、突然幻聴が聞こえた。
「朝はギリギリまで登校してこないし休み時間は爆睡、授業が終わったら即居なくなってまったく捕まらないじゃないか!」
幻聴と幻覚の合わせ技でなければ、いつもの調子でプンプンした元婚約者のライリー様が目前にいる。え……なんでライリー様が昼休みの私の秘密の隠れ場所に……?
なん……で……。
ぐぅ。
「寝るな!」
「んがっ?!」
気合の入った大声に、一気に眠気がさめた。あ、本物だコレ。
「し、失礼致しましたライリー様。昨日は思わずシュトリレミー理論に書かれた本に夢中になってしまいまして、ほほほ。ところで何かご用ですか?」
もちろんそんな理論は存在しないし、寝不足なのはお店の仕事が忙しいからだ。朝は仕込み、夕方からはお店を開店して夜は家で一人反省会とレシピの作成。なんとかこの勢いで私が常駐しなくてもやっていけるように軌道にのせなくては。
キーンコーンカーンコーン……
せっかく探し出してもらって申し訳ないが、いいタイミングでチャイムが鳴った。
「くそ、見つけるまでに時間がかかり過ぎたか。まさか施錠されている屋上にいるとはな」
「鍵がちょっとバカになってまして、うまい具合にひねると開いちゃうんですよね。ライリー様もよく気が付かれましたね」
「いや俺は普通に壁をよじ登った」
剣聖様の普通がおかしい。
「仕方ない今は授業に出るが、放課後は必ず話し合うぞ!」
だから婚約破棄は親同士で話し合ってくれればいいのに。授業開始5分前行動を厳守するとか無駄に真面目すぎる。そして私はもちろんライリー様の命令をガン無視し、終業チャイムと共に猛ダッシュで帰宅した。
「だから!放課後話し合うと言っただろうがっ!」
……つもりだったのだが、ライリー様に見つかってしまった。ちっ。
「よく思い出してください、私は返事してないです。というかいつまでついてくるんですかね。」
いつも通り速攻で学園を飛び出したのに、一度私のクラスまで回ったであろうライリー様に捕まった。足の速さが勝負にならない。ちくしょう、無駄に長い足をしおって。このままではお店に着いてしまう。
「あっライリー様!今一瞬、ご老人がしゃがみ込むのが見えました!発作か何かでしょうか?」
「何だって?それはマズイな、どのあたりだ!」
「あっちの一番遠くの木の物陰です」
指をさすが早いかライリー様はさっとそっちの方角に走っていった。うわ、めっちゃ早い……。
うん。前からわかっていたけど基本的に悪い人では無いんだよなあ。やたら私に話しかけるようになったのも、お互いに話し合ったうえで円満に婚約を解消したいからなのだろうけど。そこに関してはちょっと、有難迷惑なのは否めなかった。
(……というかですね。私達最初から全然かみあって無かったですよね?)
いつでも一方的にライリー様が物事を決めて、私はただなんでも頷いて。公爵令嬢の件は本当にショックで辛かったですけど、なんなら今でもやたらに噂を耳にしては無駄に傷ついてますけど、でもやっぱり思うんです。どっちにしろこういう結果になっていた。それがちょっと早かったか遅かっただけ。だったらもういっそ、これ以上傷つく前に断ち切りたい。
だから何卒、私が元婚約者だったことは脳内から消し去って二度と話しかけないで下さいね。