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目てにをは

作者: 大西洋子

百聞は一見にしかずというけれど、リモートばかりで目がおかしくなったと、愚痴をこぼす俺に、幼馴染みの和がそれをやってみせた。

「目の保養は、こうするのだよ」と、小さな容器に保養液を満たし、指先で己の眼球を取り出し、その液体に沈めるのを。そして和の取り出された目の窪みから、万華鏡のように色が変わる眼球が現れ、やがて普通の眼球になる様を。


「ふむ、それでこの眼科を紹介されたと」

和とのオンライン呑みで見た光景を口にした途端、眼科医の目の色が文字通り変わった。

「失礼」

眼科医は席を外し目薬をさす。席に戻り、俺に向き合うときには、すでに元の目の色に戻っていた。

「このように、目に関する言葉に遭遇するたびに目に変化が起きてしまう。また、目を外してから半日経つと、目の下の目はなくなるので、それまでに外した目を入れ直さなくてはいけない。それでもこの手術を希望するのかね?」

「はい。他の眼科で受診した際、このまま放置していると、失明の危険があると告げらたので」

その事実は和に語っていない。なのに和は目を保養させる様を見せ、この眼科医を紹介してくれた。

「なるほど。とりあえず今日のところは目薬を出しておこう」

短髪の受付嬢が目薬と共に、次の診察までに目に関する言葉を調べておくといいわと言っていたけれど、まるで国語の宿題だと、後回しにしてしまったのは言うまでもない。


それから半月後、俺は手術を受け、最初に気づいたのは、処方された保養液の他に、美しいものなどを見て楽しむ事で、同等の保養効果を得られることだった。

そこで山に海に展覧会に美術館と、今まで足を向けなかった場所へ赴くように心掛けた。

目が喜び、目を肥やすことで、日に日に視力が回復していくのと同時に目利きになっていくのは、思わぬ誤算でもあった。

ただ、保養液に浸けた目を入れる前に使うよう指示された赤い目薬は、副反応で可愛らしいものを見ると、目頭が熱くなったり、目が細くなってしまうのが玉に瑕だ。

そうそう、目が回るほど仕事を抱えた夜の出来事は面食らってしまった。

保存液に目を漬けようと目を外したら、奥から現れた目もぐるぐる回ってしまい、短髪の受付嬢から、異変が起きたときにさすようにと処方された目薬を一夜で使い果たし、翌朝、和に連れられて眼科へ駆け込むはめになった。

診察を終え、俺の代わりに会計を済ませて、あきれ顔の和の目をうかがうと、短髪の受付嬢とデートの約束を取り付け、飛びあがって喜びたい考えているのを、読み取れることに驚いてしまった。

それを和に告げると、目がおかしくならずにすむ方法を、今までの経験を交えて教えてくれた。

驚いたり、あるいは興味を強く抱いてしまったときは瞬きを繰り返し、予期しない形で、嫌な気分に目の当たりにしたときは、目を逸らし、目を背ける。

毒、塞ぐ…… 失明の怖れに繋がる言葉を使わないよう気をつけた。

こうして目の手術を受け、二年が過ぎようとする頃、和は短髪の受付嬢と結婚する。そして、結婚の前に普通の目に戻す手術を受けるよ。と宣言した。

眼科医もいつの間にか普通の目に戻っており、定期健診を受けるたびに、手術で得た目と本来の目を一体化させる手術を早く受けるようにと急かすようになってきた。

だが、俺は今のままがいいと拒んだ。確かに寝る前に目を外し保養液に漬ける様は異様だと感じる。だが、偽りを見抜く眼力は、俺に賃金と役付を上昇させ、副業をも潤し、今や何事も代えがたい目になっている。

今宵もパソコン越しに和と呑む。

和を呼ぶ声と共に、和の婚約者、つまりあの眼科の受付嬢が顔が映り込む。

えっ、あの短髪の受付嬢だよな、眼科の薬剤師として何度も会っているがまるで別人ではないか。

早く目を元に戻せよ。という和の声を合図に、今宵のオンライン呑み会は終了した。

テーブルの上を片付け、ノートパソコンを閉じようとしたとき、俺の双眸が目を外していないのに、目を外した状態になっていることに気づいた。

持っていた目薬全部を使っても、目は外したまま。この状態で半日が過ぎるとどうなるのだ?

俺は夜更けの街を駆け抜け眼科を目指す。灯りがつき、開いたままのそこへと駆け込み、誰もいない受付を通り抜け診察室に進む。そしてそこには、両眼が窪み虚ろな表情で座る眼科医と、

「探し物はこれかしら?」

和の婚約者であり、受付嬢が。

「あなたから奪い、婚約者から盗み、医者から奪った目よ」

両手の指と指の間に挟み、六つの目を俺に見せびらかせる。

「……返せ……」

「あら、あなたには、まだ目があるじゃない。──あたし、貪欲な目に目がないのよね~」

受付嬢の血のような唇が開き、犬歯が覗く口の中へ眼球が次々と運ばれていく。

耳障りな咀嚼音と共に、俺の目は闇に落ちていく……



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