空いた心に風船を。
ヤマガミは強い男である。
ずば抜けた身体能力を買われ、ある国で殺戮兵器として育てられていた過去を持つ。老若男女、問わず、任務のためならその命を絶っていた。
今日も任務のためにヤマガミは古びたテーマパークに来ていた。ターゲットが孫と一緒に遊ぶ情報を入手したためだ。
ポケットの中に仕舞っている神経毒の入った注射器を確認する。気味悪く発光する液体が出番を今か今かと待っている。
ヤマガミはため息をついた。
ヤマガミを殺戮兵器として育て上げた国は既に滅び、ヤマガミはただ金のためだけに殺人を繰り返していた。
心に、大きな穴が空いているのを最近は特に感じる。
「おにーさん、元気ないね?」
隣から聞こえた声に、ヤマガミはビクリと肩を揺らした。
全く気配を感じなかった。
ヤマガミは隣を見る。ヤマガミより頭一つ分ほど背の低い男が立っていた。
手には色とりどりの風船が握られており、ニコニコと愛想のいい笑顔を浮かべている。青色のオーバーオールには『コウジ』と名札が付けてある。どうやらテーマパークの従業員のようだ。
「さっきから面白くなさそうに立ってるから気になったんだ。ほんとは僕から話しかけちゃダメなんだけどね」
「……」
ヤマガミは無言を貫く。コウジは気にせず喋り続けた。
数分間、コウジのマシンガントークは続いたが、満足したのかコウジはヤマガミの前に立った。
「全然笑わないね、おにーさん」
ドキリとした。
コウジは続ける。
「僕、人が笑ってるのが好きなんだ。怒るより泣くより、見ていて気持ちがいいでしょ?でも、おにーさんは泣いてるんだよね。だから笑わせたいんだ」
「誰が泣いて」
「涙は出てないけど、泣いてるよ。だから、また明日もここに来てよ。僕、おにーさんの笑った顔が見たいんだ」
「はい、これ」といって、コウジは真っ赤な風船をヤマガミに渡す。
「とりあえず鏡見てよ。厳ついスーツに真っ赤な風船がアンバランスで笑えるかも!」
コウジはそう言って、走ってどこかに行ってしまった。でたらめを言う生意気なガキだとヤマガミは苛立ちを覚える。
さっさと任務を終えようと、歩き出そうとしたとき、大きな鏡に目が止まる。
テーマパークにそぐわない服装の男が、難しい顔をして、風船を持って立っている。
「……ふふ」
ヤマガミは少し笑った。
お題メーカーで出た「過去」「風船」「最強の殺戮」をテーマにしました。
評価していただけると嬉しいです。