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【書籍化】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる(Web版)  作者: 合澤知里
続編

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13.激高

(……おかしい)


 差し入れをしてくれたサラ達が帰った後、俺は森を調査した報告書に添付されていた、サラのまじないに違和感を覚えていた。


(破れ方が妙だ。それに、こんな模様だったか?)


 森で見つかったサラのまじないは、二つに破れていた……まではいい。効果を使い果たすと、二つに破れることは知っている。問題は、以前同様綺麗に真っ二つに破れているのではなく、まるで手で適当に二つに破ったような断面になっていることだ。

 それに、模様の細かい部分も何だか違うような気がする。俺は軍で保管されていた、未使用のサラの魔除けのまじないを取り出し、森で見つかったものと見比べてみた。


(よく似ているが……若干異なるか……?)


 まじないを作ったサラなら、もっとはっきり分かるだろう。差し入れが終わった後、サラを早々に帰してしまったことを少し悔いる。


(まあいい。家に持って帰って、サラに聞いてみれば分かることだ)


 その後、森に調査に行っていた部下達が帰ってきた。どうやら、今日も魔獣の討伐で精一杯だったようだ。彼らを労い、サラからの差し入れを渡すと、皆目を輝かせて喜んでいた。


「どう考えてもおかしいぜ! 今までこんなに魔獣が出たことなんてなかったのによ!」

 ジョーが大口でサンドウィッチを頬張りながら、苛立ちを隠さずに声を荒らげる。


「しかも相変わらずこの近辺だけ、か。もはや偶然で片付けられるものではないな」

 俺の言葉に、皆も頷く。


「森で一体何が起こっているのでしょうか……」

「それさえも調べられないなんて、歯痒いですね」

 困惑するラシャドに、悔しそうなジャンヌ。


「明日は俺も調査に加わろう。必要最小限だけ砦に残し、大規模な調査隊を編成する」

「はい。キンバリー総司令官がいてくださるなら、心強いです」

「よし! 明日こそは魔獣を根絶やしにしてやるぜ!」


 話が纏まりかけていた、その時。


「失礼致します! お話し中申し訳ございません、キンバリー総司令官に火急の知らせが!」

「何?」

 ノックするなり部屋に飛び込んできた兵士に、全員が視線を向ける。


「キンバリー辺境伯夫人が攫われたと、ハンナさんが知らせに!」

「何だと!?」


 その言葉を聞くや否や、俺は激高し、椅子を蹴倒しながら立ち上がった。


「ハンナは何処にいる!?」

「下の門です! 今こちらに案内している最中で!」


 部屋を飛び出し、廊下を走りながら、兵士から説明を受ける。階段を飛び下りて移動していると、途中の踊り場で兵士に連れられたハンナに遭遇した。


「ハンナ!」

「旦那様! 奥様とアガタが、馬車ごと攫われて……!!」

「詳しく聞かせろ!」


 涙ながらに叫ぶハンナの足に巻かれた布からは、血が滲んでいた。気が急くが、まずはハンナから話を聞き出す。話を聞きつけたのか、部下達も続々と集まってきた。


「砦から帰る途中、馬車が急停止して、フィリップの姿が見当たらなくなり……。様子を見に私が外に出ようとしたのですが、その隙に何者かが馬車に乗り込みました。馬車から転げ落ちた私は取り残され、奥様とアガタを乗せたまま、馬車は北へ向かいました。足を怪我してしまって追いかけられず、申し訳ございません……!」

「いい。お前の責任ではない」

 泣きながら謝るハンナの背を撫でて落ち着かせる。


「馬車が走り去った後、フィリップが頭から血を流して倒れているのに気付いたのですが、私では運べず、応急手当てをしてから急いでここに戻りました。先程門番の方にお伝えしたら、すぐにテッド様に向かってもらうと……」

「そうか。テッドが行ってくれたのなら、フィリップは大丈夫だ」


 救護班班長を務めるテッドは、少しだが治癒魔法が使える。フィリップが生きてさえいれば、テッドが何とかしてくれるはずだ。


「ハンナ、敵の人数は分かるか?」

「ええと……少なくとも一人、馬車に乗り込みましたし、御者席にも一人はいるはずです。ですが、それ以上は分かりません」


(ならば、敵は少なくとも二人。いや、途中で合流する可能性も考えれば、それ以上はいる)


 俺はすぐに持ち歩いていたクラヴァットピンに魔力を流す。サラに常時身に着けさせることにした、家宝の首飾りと耳飾りに反応して、すぐにサラの居場所はここよりもずっと北、森の奥を移動していると分かった。


(おのれ……!!)


 ただでさえ魔獣が出現する森に入り込むなど、自殺行為だ。しかも今は、おびただしい数の魔獣で、調査もまともにできないくらいなのに。

 早く助け出さないと、サラが危ない!


「ジョー! ラシャド! 暫く不在にする! 後を頼む!!」

 俺はすぐさま厩舎に向かって走り出す。


「セス!? おい待て! まさか今から一人で森に入る気かよ!?」


 ジョーが追いかけてくるが、無視してひたすら厩舎を目指す。軍馬を引き出そうとしたら、その隙に追いついてきたジョーに腕を掴まれた。


「おい待てってば! 落ち着けセス!」

「何をする! 離せ!!」

「落ち着けっつってんだろ!!」


 力ずくでジョーを振り払おうとしたら、頬に衝撃が走った。どうやら俺は、ジョーに殴られたらしい。


「貴様……!!」

「冷静になれよ、セス!! 見ろよ、もう日が暮れる! 夜の森に一人で入るなんて、それこそ自殺行為だぞ!」

「だったらサラを見捨てろと言うのか!?」

「違う! 一晩で十分に体制を整えて、明日猛追するんだよ! お前は俺よりも頭良いだろ! サラちゃんを攫って北に向かった奴らの目的は何だ!? ただ魔獣に襲われて心中する為だけに森に向かった訳ねえよな!? 俺には分かんねえけどよ、お前なら分かるだろ!?」

 ジョーの言葉に、俺は我に返る。


(そうだ。森に入ってからも、サラは真っ直ぐ北に移動している。魔獣に襲われた訳ではなさそうだ。だが、何故襲われない? 魔除けのまじないを大量に持っているとしか……)


 そう考えた時、全てが繋がった気がした。

 サラの母親の親戚を名乗る男達、異常出現する魔獣、サラのまじないへの違和感、そしてサラを誘拐し、北に向かった馬車。


(ヴェルメリオ国の北には、かつてネーロ国が存在した。ネーロ国の生き残りがサラに目を付け、攫って国の再建の為に利用する腹積もりか!?)


 そう考えれば、全ての辻褄が合う。

 恐らくサラの誘拐犯は、フォスター伯爵領に現れた二人の男達。サラを調べてこのキンバリー辺境伯領にまで辿り着き、森に仕掛けてあったサラのまじないを回収、偽物を置いて俺達を撹乱した。魔除けのまじないを十分に集めた所で、森に魔獣を集めて俺達の注意を逸らし、隙を見てサラを誘拐、ネーロ国に戻る最中、という訳だ。

 俺達を足止めする為の魔獣をどうやって集めたのかは知らんが、魔獣を追い払うまじないがあるくらいだ。サラも知らない、魔獣を集めるまじないがあってもおかしくはない。


 ジョーの後から続々と集まってきた部下達を前に、俺は命令を下す。


「今から総員を二手に分ける! ジョー副司令官と第二隊総員は、明朝俺と共に森に逃亡した誘拐犯を追跡! 砦はその他の者に任せる! ラシャド第一隊隊長の指揮に従え!」

「「「はい!!」」」

「ラシャド、俺の留守を任せられるのはお前しかいない。頼んだぞ」

「お任せください!」

 力強く答えるラシャド。


「お……おいセス、普通二手に分けるなら、総司令官と副司令官で分けて、それぞれのトップにするんじゃねえの? いや別に反対って訳じゃねえけどよ」

 戸惑いの表情を浮かべるジョーを、俺は一瞥する。


「今回誘拐されたのは、俺の妻だ。万が一サラの身に何かあった場合、俺は冷静ではいられない。その場合、俺を殴ってでも止められるのは、お前しかいない」

「セス……! おお、任せとけ! 何があっても、俺がお前を正気に戻してやるからよ!」

「ただし」


 俺はジョーの頬を一発殴る。


「いってえ!? 何すんだよ!?」

「反撃しないとは言っていない。お返しはきっちりさせてもらうぞ」


 先程ジョーに殴られた分の一発を、きちんと返しておく。当然、正気に戻してくれた礼も兼ねて、手加減はしているが。


「セス! てめえ!」

「止めときなジョー!」


 再度俺に殴り掛かりそうなジョーの腕を掴んで止めたのは、ジャンヌだ。ジャンヌに叱責されて、ジョーが不服そうに腕を下ろす。


「そして、あらゆる意味で暴走しがちなジョーを止められるのは、ジャンヌだけだ。悪いが頼んだぞ、ジャンヌ」

「お任せください」

 呆れ果てたような表情で、ジョーを見やりながら答えるジャンヌ。


 これで布陣は整った。

 夜が明ければ、全速力で誘拐犯を追跡する。俺の妻を誘拐した愚か者共を、地獄の底で後悔させてやる。


(待っていろ、サラ。必ず俺が助けてやる!)

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