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4.押し掛けて来た女

(全く……。従兄殿のお節介にも程がある)


 仕事を終えた帰宅途中、屋敷が見えてきた所で、未だ寝込んだままのフォスター伯爵令嬢の事が頭を過ぎり、俺は盛大に舌打ちした。


 ***


 十日程前に、従兄である国王陛下から手紙が来ていた。要約すると、『お前の悪評が広まり過ぎて嫁の来手が全く無いようなので、こちらが貴族に呼び掛けて何とか一人確保した。今度こそ上手くやれ』と。即座に断りの手紙を出したものの、どうやら行き違いがあったようで、令嬢がこちらに到着してしまう方が早かったようだ。

 従兄殿は何も分かっていない。キンバリー辺境伯領には、都会に馴染んだか弱い貴族令嬢など不要なのだ。


 どうせ今度のフォスター伯爵令嬢とやらも、他の女達と同類に決まっている。おまけに国王陛下が一枚噛んでいるとは言え、こちらの返答を待たずに押し掛けて来るなど言語道断、絶対に碌な女では無い。さっさと追い返さなければ。

 そう思っていた俺は、フォスター伯爵令嬢と対面するなり、『直ちにお帰り願おう』と拒絶の言葉を叩き付けた。


「……と言いたい所だが、流石に今日はもう遅い、明日の朝一番で……」


 喋っている途中で、フォスター伯爵令嬢の身体が揺らめいたかと思うと、そのままドサリと床に倒れ込んでしまった。


「おい、どうした?」


 よく見ると、彼女の顔が赤く、身体は小刻みに震えている。呼吸も浅くて早い。もしやと思って額に触れると熱かった。恐らく旅の疲れが出たのか、もしくは北の地の気候故か、風邪でも引いてしまったのだろう。


「ハンナ、彼女の世話を頼む。どうやら熱があるようだ」

「はい、畏まりました」


 ハンナに必要な物を取りに行かせ、俺は彼女をベッドに運ぶ為にその身体を抱え上げて目を見張った。


(軽い)


 彼女の身体は異様に軽かった。違和感を覚えた俺は、客室のベッドに運んで寝かせると、改めて彼女を観察する。

 身体は細くて肉付きは薄く、手首は骨ばっている。手は荒れてかさついている上に、所々あかぎれが見受けられた。これが伯爵令嬢の手だとは俄かには信じ難い。働いている者の手だと言うなら理解できるが。

 長い黒髪は艶も無く、きちんと手入れされている様子も無い。唇も荒れてひび割れている。着ているドレスは、辺境の地に住まう故に流行り物に疎い俺でも分かる程、明らかに流行遅れのもの。しかも何回も着たものと思われ、生地が部分的に薄くなっている。初冬の北の地にこんな薄手の服でいたら、それは風邪も引くだろう。


(……この女、本当に伯爵令嬢なのか?)


 あまりにもみすぼらしい姿に眉を顰めた所で、戻って来たハンナに彼女を任せて部屋を出る。家令のリアンに、まずは医者を呼ぶよう指示した。


「それから、王都の屋敷の者に連絡して、サラ・フォスター伯爵令嬢の事を調べさせろ。ついでにフォスター伯爵家の事もだ」

「畏まりました」


 まさかそんな愚かな真似はしないとは思うが、国王陛下に恩を売りたいが為に、フォスター伯爵が偽者の娘を伯爵令嬢に仕立てて送り込んできた可能性はある。


(まあその時は、我がキンバリー辺境伯家に喧嘩を売ってきたものと見なし、容赦なく潰すだけだがな)


 とは言え、フォスター伯爵令嬢を名乗る彼女が本物であろうと偽者であろうと、俺にとっては面倒事に変わりはない。本当に余計な真似をしてくれた、と俺は内心で従兄殿に毒づいた。


 彼女を診察した医者の見立ては、やはり風邪だった。軽い栄養失調にもなっているので、目が覚めたら十分な栄養を取らせるようにとの事だ。

 ますます怪しい。フォスター伯爵家は代替わりしてから金遣いが荒くなったと聞いている。その家の娘がそう簡単に栄養失調になどなるものか。彼女が回復し次第、事情聴取をせねばなるまい。

 厄介事になる予感しかせず、俺は溜息を吐き出した。


 ***


 帰宅した俺は、ハンナから彼女が起きたとの知らせを受けた。


「話はできる状態なんだろうな」

「はい。気が付かれてからは、しっかりと受け答えをされておられますし、食欲もお有りのようです。ですが……」

「何だ?」

 言い淀むハンナに、続きを促す。


「……少々気になる事がございまして。お医者様のお言い付け通りに、病人食をお出ししたのですが、『こんなご馳走、久し振り』と呟いておられまして……」

「ご馳走だと?」


 病人食が豪華だと言うのであれば、今まで碌な食事を摂ってこなかったという事だろうか。フォスター伯爵家はどうなっているのだと思いながら、俺は客間の扉をノックした。


「失礼する」

「キンバリー辺境伯!」

 俺が部屋に入ると、彼女はすぐにベッドから身を起こそうとした。


「そのままで構わん。病み上がりだろう」

「お気遣い、ありがとうございます」

 ハンナが介助し、フォスター伯爵令嬢は枕をクッション代わりに背中に当てて凭れる姿勢を取った。


「この度は、大変ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした。看病していただき、本当にありがとうございました」

「大した事ではない。まさか病人を叩き出す訳にはいかんからな」

「お世話になってばかりで誠に恐縮ではございますが、キンバリー辺境伯に一つお願いがあるのです」

「何?」

 俺は思わず顔を顰めた。


 多少回復してすぐに注文を口にするなど、随分と面の皮が厚いようだ。こういった類の女のお願いなど、どうせ碌な事ではないと苛立ちを覚える。


「どうか私に、仕事を紹介していただけないでしょうか!?」

「何だと?」


 勢い良く深々と頭を下げたフォスター伯爵令嬢の予想外の要望に、俺は度肝を抜かれたのだった。

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[一言] 気に入られる事間違いなし な展開だな(*´∀`*)
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