田舎の廃駅に灯る
この暑いのにわざわざこんなところまで、記者さんも大変だね。いや、話くらいなら構わないよ。
そう、あれは去年の夏期休暇で実家に帰った時に起きた不思議な出来事だった。
実家は山に囲まれた盆地にあってさ、近くには大きな川が流れているんだ。そのせいか湿度が高くてね。しかもエアコンが壊れてるせいで、なかなか寝苦しい日が続いていたよ。まいっちゃうよね。
それでさ、その日は昼に墓参りを済ませて夕方は家でくつろぐつもりだったんだけど、やっぱり蒸し暑くてさ。仕方がないから河原でも散歩しようと家を出たんだ。
ぶらぶらと堤防を歩いていると、山に沈んでいく夕日がすごくキレイでね。思ったより遠くまで来ちゃってたみたいで、辺りは結構暗くなっちゃってたんだよ。とはいえ懐中電灯は要らないくらいの暗さだから、急いで帰れば大丈夫だと思ったんだ。
来た道を戻りながらしばらく歩いていると、急にキッという何かが擦れる高い音が響いて、
「誰だ!」
って後ろから声がしたんだ。振り替えるとパッと一瞬目の前が真っ白になった。驚いたさ。でもよく見ると、それは懐中電灯を持ったお巡りさんだった。
さっきの高い音は自転車のブレーキの音だったみたい。どうやら不審者と思われてしまったみたいだ。そういえばこの辺りは俺も通学路として使ってた記憶があるし、この時間は部活帰りの子供たちだって通るだろう。そこに見慣れない男がいたら警戒されても仕方がないね。
そんなことを考えてるうちに少しだけ目が慣れてきたみたいで、懐中電灯の向こうにある顔がはっきりとしてきた。するとさ、また驚く羽目になったんだ。
「お前、コータローか?」
そう、そのお巡りさんの名前は山下孝太郎。何を隠そう幼馴染みだったんだ。
「あ?……もしかしてタケか?」
向こうも気がついたみたいでさ、自転車から降りて嬉しそうに駆け寄ってきたよ。
「久しぶりだな、コータロー。中学卒業して以来じゃないか?」
「ああ、なんだお前、帰ってきてたのかよ」
こいつとは小中学校とよくつるんでいたよ。別々の高校に進んでからは疎遠でさ、こうして久しぶりに顔を見たんだけど、全然変わってないように見えた。昔から童顔だったけど相変わらず若い。二十歳を越えて年相応に老けた俺から見たら羨ましい限りだよ。
それからコータローは自転車を押しながら、並んで一緒に歩いた。河原から交番に向かう道、今はシャッター通りとなってしまった寂れた道で昔話に花を咲かせたよ。そしてそろそろ交番に着こうかというときに、急にコータローが立ち止まったんだ。
「おい、どうした?」
声をかけたらさ、その返事のつもりなのか、コータローは声のトーンを下げて怪しく笑いやがった。
「なあ、タケ。明日の夜、肝試しにいかないか?」
ああ、始まった。俺はコータローの言葉につい呆れてしまったよ。
なんでも肝試しに行く場所は、数年前に封鎖された隣町の廃駅だという。封鎖の理由は表向きは利用者の減少といわれているらしいと聞いてたんだけど、実はそれは嘘なんだと。封鎖の前年にあった脱線事故が原因だと言うんだ。
「ああ、そういえばニュースで見たな。倒木にぶつかったとかで、何人かの死者も出た結構酷い事故だったみたいだけど」
「お、さすがに知ってるか。実はあの時さ、俺もその電車に乗ってたんだよ」
「は?大丈夫だったのかよ」
「俺は後ろの方に乗ってたからな。でも、何人か病院に運ばれてったし、知り合いのじいちゃんはそれで亡くなったよ」
そこまでいって、コータローはさらに声を落として顔を近づけてきた。その声は徐々に熱が込められだしたんだ。
「実は、あの辺りの地盤が緩んでるのを役所は把握してたらしいぜ。でも、利権だなんだで補強工事をしなかったんだと」
しかも、と続けながら声を落として、ほとんどひそひそ話になっていてね。
「その事故を幸いといわんばかりに、一気に駅の封鎖計画が決まったらしいんだよ。で、その封鎖された駅でさ……」
俺も引き込まれるように聞いていたせいか、生暖かい風に頬を撫でられて思わずぐっと唾を飲み込んでいたよ。
「まるで電車の窓から漏れるみたいに、ぽおっと灯るんだと。その見えない電車は、死者の魂を運んでるんじゃないかって噂されてるんだ」
ひとしきり話したコータローの表情は熱に浮かされているようだった。
こいつは昔から、やれお化けだの未確認生物だのが大好きなんだ。こいつに付き合って夜のお寺や廃墟なんかによく肝試しに連れ回されていた。まあ俺も文句をいいながら、そういうことが好きなんだけどな。
「で、それを見に行こうって? いいのかよ警官がさ。見回る側だろ?」
「いいんだよ。明日は非番なんだから」
俺の皮肉に軽く返されて、この日は別れることにしたんだ。もちろん、翌日の約束をしてね。
そして次の日の夜、コータローの車で件の駅に向い、懐中電灯片手に駅に忍び込んだ。辺りはとっぷりと暗くなって、懐中電灯の光だけじゃ足元くらいしかわからないほどだった。
「なんだよ、灯りなんてないじゃないか」
なんてコータローに文句を言って、ひとつ息を吐いたときだった。
カンカンカンカン……
少し離れたところから踏み切りの音が鳴り出したんだ。ここは使われなくなった駅だし、こんな夜遅くに電車なんか入ってくる訳がないはずなのにおかしいなと思っていたんだけど、しばらくするとガタゴトと線路を走るような音が微かに聞こえてきたんだよ。
するとその音の方向から淡いいくつもの光が近づいてくるじゃないか。それは奥に向かって等間隔に並んでいて、そこに見えない電車があるようだった。
俺もコータローも言葉を失ったまま、その光が少しずつ大きくなるのを見つめていたよ。ホーム脇の線路上にガタリガタリとゆっくり入ってきて、プシュー、と空気の抜けるような音がしたその時だった。まるでドアが開いたかのように目の前の光が広がったんだ。
「おい、これがお前の言ってた灯りってやつかよ?」
震える声でコータローに話しかけたけれど返事がなかった。その横顔は恍惚というか、魅入られているというか、俺の声も聞こえていないようだったんだ。
「おい! コータロー!」
耳元で叫んでも肩を揺すっても心ここにあらずといった様子でなんの反応もないまま、なんだか光に引き込まれるようにゆっくりと歩き出したんだ。
何がなんだかわからないが、とにかくヤバイ。そう思って腕を掴んで引っ張ってみたんだけど、まるで止まろうとしない。ずるずると引きずられてしまっていたが、俺も全力で腕を引き続けた。すると、コータローは電車に片足を乗せた時にピタリと動きを止めたんだ。
よかった。乗り込んだら何があるかわかりゃしない。直前で気がついたみたいだ。
なんて思ったその時だった。
コータローは体の向きを電車に向けたまま、ぐるりと、首だけがぐるりとこちらを向いて、怒りとも悲しみともわからない恐ろしい表情で俺を睨み付けたんだ。
そして俺の手を振り払い、今度はこっちの腕をガッとつかんできた。折れるんじゃないかってくらいの強さで、到底人の力だなんて信じられなかったよ。
そして、腕を引きちぎる気じゃないかというくらい思い切り、電車に引き込もうとしてくる。生気のない友人の顔とそのねじれた首の不気味さもあって、このまま引きずり込まれたらきっと殺されるんだと思って全力で抵抗したよ。必死に暴れたさ。
すると、フッと握られてた腕が軽くなった。腕を振り回しているうちに、掴んでいた手が離れたみたいだった。
そして俺はその勢いのまま体勢を崩して、近くのベンチに思い切り頭をぶつけてしまった。痛みだかなんだかわからないうちに、目の前がぼんやりとしはじめた。そのぼやけた視界の向こうでコータローの白い顔が恐ろしい表情のまま、口元だけがニヤリと笑ったような気がしたんだ。
どれくらい意識を失ってたかわからないんだけどさ、俺は誰かに肩を揺すられて目が覚めたんだ。ゆっくりと目を開けると、そこには警官姿の男がたっていた。
コータローか? と思ったけど、知らない顔だった。その警官に支えられて立ち上がると、そこは駅じゃなくて真新しい道路のど真ん中だった。実はここにあった駅はさ、俺が帰る半年以上前に解体されて、すでに道路になってたんだよ。
その日の夕方にさ、気になってコータローの家にいってみたんだ。家にはお母さんがいて、昨晩のことを話してみた。するとお母さんは少しだけ寂しそうな顔をして、俺をある部屋に連れていってくれた。
その部屋には仏壇があって、コータローが写真立ての中で笑っていた。
なんでもコータローは例の脱線事故の時に、頭の打ち所が悪くて亡くなっていたそうだ。そう教えてくれたお母さんは、少しだけホッとしていたように見えたよ。
やっぱりあの電車はさ、死者の魂を運んでるのかもしれないな。
これで、俺が去年の夏に体験した出来事の話はおしまい。
え? 結局俺が出会ったコータローは何者だったのかって?
まあこの時期はほら、お盆だしさ。幽霊もこっちに帰ってきてるんじゃないかな?
記者さんも気を付けないとね。きっとすぐ近くにも幽霊はいるはずだよ。
俺みたいに、電車に乗り損ねてさ。