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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

しっかり短編

わたしが守るから

作者: 閑古鳥

「だいじょうぶだよ。まーくんはわたしがまもるから!」


 泣き虫で優しい男の子にわたしはそう誓った。私の3つ下でまだ5歳になったばかりの小さな小さな男の子。あーちゃんあーちゃんとわたしを呼びながら後ろを着いてくるわたしの一番大好きな男の子。わたしの一番大切な男の子。




 魔物の襲撃があったのは長雨の続くある暑い日の事だった。襲撃直前までわたしとまー君は森の中にある大きな湖の近くで、いつものように一緒に遊んでいた。雨だと言っても辺鄙な田舎の村では子供が遊ぶ所は外にしかなく、雨が落ちてこない木の傍で2人一緒に木の枝でお絵かきをしていた。

 空を裂くような轟音が響いたのはわたしたちが互いの似顔絵を描いている時だった。この音は魔物がこっちにやって来た時に鳴る音だと子どもであるわたしやまー君でさえ知っていた。わたしは怖がるまー君の手を引いて大きな木へと向かう。きっとあそこなら隠れる場所があるはずだから。


「まーくん。ここにかくれて。」

「あーちゃん!!あーちゃんはいっしょじゃないの?」

「うん。でもだいじょうぶだよ。まーくんはわたしがまもるから!!」

「あー……ちゃ……」


 まー君を大きな木の洞に入らせ覚えたての魔法で眠らせる。見つからないように木の葉で隠し魔法でさらに結界を張った。これでたぶん大丈夫。どれだけ結界がもつかわからないけど魔物をおびき寄せて大人が来るまでの時間くらいは稼げるはず。

 急いでまー君の居る木から離れ魔物がわたしの方へ来るようにわかりやすく移動する。まー君の居る木から少しでも離れられるように必死で走る。

 後ろから大きな羽音が聞こえてくる。追いつかれてもいい。殺されてもいい。まー君の所に大人が来るまでの時間さえ稼げれば。だから1分でも1秒でも長く走ってここから離れないと。

 大きな木から離れるように必死で走っていると突然大きな羽音が背後から聞こえた。振り向いたその目の前には蜂のような蚊のようなけれどわたしより大きい化け物が居た。思わず口から小さな悲鳴が零れてしまう。怖い。怖い。怖い。怖い。その化け物はわたしの方へ手を伸ばしてきた。怖くて体が動かない。目を瞑ることすらできない。

 その化け物はわたしの体を掴んで宙へと浮いた。地面から離れていく。村から離れていく。まー君から離れていく。嫌だ。嫌だ。嫌だ。まー君。まー君。まー君。叫んでも祈っても暴れても、それでもどうにもできなくて。ただわたしはその化け物の腕に抱かれて空に浮かぶことしかできなかった。




 急に化け物の腕から振り落とされたのは随分と村から離れてからだった。空に投げ出され、驚いたまま真下の湖に落下する。水面に叩きつけられて痛む体を誤魔化しながら何が起きたんだろうと上を見上げる。

 上空ではおとぎ話に出てくる竜のような姿の化け物がわたしを連れ去った化け物を食べていた。ああ、あの化け物が来たからわたしは落とされたんだ。助かったのだろうか。それともあの竜のような化け物に再び連れ去られるのだろうか。不安を抱えながらも死にたくなくて必死で陸地に這い上がる。竜のような化け物はわたしを連れ去った化け物を食べて満足したようでこちらに見向きもせずに空の向こうへ去っていった。

 生きてる。ただそれだけを噛みしめる。ここがどこかもわからない。近くに食べ物があるかもわからない。近くに村があるかもわからない。ここから何日生きていけるかわからない。それでも生き延びることが出来たことにただ感謝した。そしてまー君が助かっていますようにとただそれだけを祈った。 




 数日歩いた頃だろうか、森の外れに一つの村を見つけた。けれどそこに居たのは人ではなく、様々な形をした異形の化け物達。そう、ここは魔物の領域だった。

 魔物は人を喰らう。そんな事は常識で、このまま村へ行ってもただ食料にされるだけなんてのはわかりきっていた。けれどわたしはまだまだ子どもで、一人きりで生きていくことなんてきっとできやしない。だったらどうすればいい?ああ、そんなのわかってる。わたしが人ではなく魔物になればいい。

 人は魔力を持たず世界に漂う魔力を練り上げて魔法を使う。魔物は自身の内側に魔力を持ちそれによって異形の姿を取る。なら人が魔力を喰らったら?きっと魔物へ近づくんじゃないだろうか。

 魔力を取り込む事は禁忌だから、どうなるかなんてわからない。けれどこの場所で生き延びるためにはこれを試すしか方法はない。それで死ぬかもしれないけれど何もしないで死ぬよりはよっぽどまし。このまま死ぬか足掻いて死ぬか運良く生きるかなら生きる可能性があるものを選ぶ。神様お願いします。


「わたしをたすけて」


 疲労で動くのも億劫なまま、少しずつ少しずつ魔力を練り上げる。木の根元に座り込みながら木や地面や空気や水から魔力を貰って一つの魔力塊を作り出していく。魔法を使えるようになっててよかった。どうにか魔力の制御ができる。

 そうして疲れた体を少しでも休めながらただひたすらに魔力を練る。ぐるぐる。ぐるぐる。渦を巻くように様々な魔力が塊となっていく。その塊をゆっくり心臓へ近づけて魔力を体へ取り込ませようとした。けれど魔力が体に触れた瞬間、心臓に激痛が走り、喉の奥からは胃液の味が這い上がってきた。げほげほと口の中に溜まったものを吐き出して口を拭う。

 ああ、やっぱり魔力はこの体にとって毒でしかない。でも毒を飲まなければ生きられないなら飲むしか道はない。私は生きたい。まー君にまた会うまで死にたくない。




 2度目に魔力を取り込もうとした時は少しの間息ができなくなった。3度目は血を吐いた。4度目と5度目は全身に激痛が走り数時間動くことができなかった。5度目が終わった時、森の色をしていたわたしの髪は炎の色に変わっていた。

 6度目7度目と繰り返す度に少しずつ体が変わっていくのを感じた。8度目で爪の長さを自由に変えられる事に気づいた。9度目の時には羽を生やせるようになった。10度目で牙が生え、11度目で肌の色が変わった。12度目で魔力が完全に定着した。

 もうわたしの姿はただの人には見えなかった。唯一残ったのはまー君が「あーちゃんのめってみずうみをみたときとおんなじだね」と言ってくれた瞳の色だけだった。




 そうして人の姿を無くしたわたしは魔物の村に入り込んだ。魔物達は自分以外にあまり興味はないようだったが子どもが生きるだけの生活基盤だけは整っているみたいだった。魔力が渦巻く体はうまく動かせない事も多かったが死ぬことだけはなかった。

 そうして数年が経った。わたしは少しずつ魔力の使い方を学び、村の中で負けないほど強くなっていた。人間の領域に行くためには力をつけないといけなかったから。もう一度まー君の姿を見たかったからそのためだけに力をつけた。

 けれど強い力は災いを呼ぶ。わたしは強い力を持っていたからという理由だけで魔王に連れ去られた。


「幹部が1体居なくなったんだ。その時お前の噂を聞いてな。ちょうどよかった」


 ただそれだけの理由でわたしの生活は壊され幹部として無理やり活動させられた。強大な魔力を操る魔王の指令に魔力のあるわたしの体は逆らうことができなかった。嫌だと言う事すら禁じられてただ動く人形のようになりながらまた数年を過ごした。

 そんなある日人間の領域へ行けと指令が出た。魔王を脅かそうとする人間が居るから殺せと。そうしてわたしは成長したまー君を見た。

 その人間はまー君だった。懐かしくて愛しくて涙が出そうだった。まー君の手助けをしたかった。わたしの生活を奪った魔物も魔王も許せなかった。一緒に魔王を殺したかった。けれど指令に逆らうことはとても難しかった。まー君を見ると殺そうと体が動いた。それだけ魔王がまー君を危険視しているという事だった。

 だからわたしはまー君を守ろうと思った。きっとわたしが死んでもまた新しい幹部が派遣されるだけ。だったらまー君に魔王を倒せる力を持ってもらうのが一番いい。わたしは作られた殺意に身を委ねてまー君と戦った。まー君が死にそうになると心臓に魔力を流して強制的に離脱できるようにした。それを何度も何度も繰り返す。まー君の目にはわたしへの殺意が見えて、それが嬉しくて悲しかった。




「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」

「あなたにわたしが殺せると思ってるの?そんなに弱いただの人間のくせに。」


 挑発してまー君の敵意をわたしに向ける。まだだめ。まだまー君に魔王は倒せない。この強さではまー君はきっと魔王に負けてしまう。そんなの許さない。まー君が絶対に魔王に負けないくらいの力をつけるまではわたしは倒されてはいけない。それがわたしの誓い。それがわたしの願い。誰にも邪魔なんてさせない。わたしはわたしのためにまー君の敵になるって決めたんだから。


「ああ、まだまだね。そんなのじゃ魔王様なんて倒せやしない。せいぜいボロ雑巾のようにここで朽ち果てるといいわ。」


 思ってもいない嘘を吐いてまー君から離れる。近くに他の人が居ることはわかってる。少し音を立てながら去ればすぐに見つけて治療してくれるだろう。そこまで見守ったらまた戻らないと。まだ、負けるわけにはいかないから。魔王を倒せるまでまー君を行かせる気はないから。そしてまー君を死なせるつもりもないから。

 大きな羽音を出してそこから少し離れる。今の音でまー君の近くに居た人がまー君を見つけられたみたいだ。簡単な治療もしてもらえているみたいで安心してさらに遠ざかる。治療されたまー君の感知に入らない場所まで。絶対にわたしに気づかれないように。

 気を抜いた瞬間、胸から激痛がして森の途中にふらふらと落下するように不時着する。げほっと口から血を吐いて体が崩れ落ち、血を気にする余裕もなくそのまま地面に伏した。

 もう魔力がずいぶん身体を侵食してきた。人間のわたしが魔物のように振る舞うためには魔力を無理やり使って体を変化させるしかなかった。まー君を殺さないためには動けないくらい自分に負担をかけるしかなかった。その代償は自分の生命という形で支払われた。でもあと少し。あと少しでまー君は魔王より強くなる。


「大丈夫だよ。まー君はわたしが守るから。」


 小さく呟いて眠りに落ちる。わたしの命もあと少し。それまでにはきっとまー君は強くなってくれる。だからまー君は大丈夫。まー君は死なせない。

 ごめんね、まー君。わたしが魔王を倒せればよかったのにね。魔力を受け入れたわたしの体じゃ魔王は殺せないんだ。だからわたしはこうやってまー君を人間を強くするしかない。お願い、早く強くなって。それでわたしを……早く殺して。



「もう大丈夫だね。まー君をわたしは守れたかなぁ。」


 まー君への殺意から醒めることのないままわたしは倒れ伏した。ああ、よかった。まー君はもうわたしより強くなった。じゃあきっと大丈夫だね。まー君はもう自分で生きていけるね。魔王を倒して世界は平和になって。だったらわたしが居なくてもまー君は死なないね。

 ごめんね。あの時攫われてちゃって。ごめんね。帰れなくて。ごめんね。1人にしちゃって。ごめんね。ずっとずっと痛めつけてしまって。ごめんね。こんな守り方しかできなくて。ごめんね。最後まで守れなくて。ごめんね。ごめんね。謝られるのも嫌だろうけど。それでもごめんね。

 まー君。まー君。ずっとずっと大好きだよ。どうかわたしを思い出さないでね。どうか私を忘れてね。幸せになってね。泣かないでね。笑っていてね。わたしの大好きな泣き虫だった男の子だった君。ねぇ、わたしはまー君を守れてたかなぁ?





 やっと、やっとだ。敵の女幹部をやっと殺せる。何度も僕の前に現れて殺す寸前までいたぶって嘲笑うようにして去っていく。自分を殺すなどできないだろうという自信に見合うような強い奴だった。

 けれどもう僕の方が強い。こいつを殺すために沢山鍛えて実力をつけた。そうして漸くこいつに勝つことができた。もう息も絶え絶えになった女幹部は地に伏して何かを言っている。その顔が笑っているように見えるのは、きっと気のせいだろう。


「も…だ…じょ………ね。ま…君……た……ま…れ……な…。」


 まー……君…………?女幹部が最期に零したどこか聞き覚えのある響きは懐かしいような哀しいような苦しいような気持ちになるもので、頭を振ってそれを考えないように心を閉ざす。

 もう意思のない女幹部の湖を覗き込んだような瞳がどこか記憶を刺激する。脳が思い出すなと警鐘を鳴らし心が全てを拒絶する。思い出すな、思い出すな、思い出すな。

 なにかに取り憑かれたようにその言葉をただただ繰り返す。考えないように、何も考えないように意識を空っぽにする。そのまま剣を振り下ろし女幹部の首を切り落としてトドメを刺した。ごろりと首が転がって小さな血だまりが地面に広がる。

 こいつ……魔物のくせに人間のような見た目のやつだったな。なんてふと思ったけれどそこから何も考えず何も気付かないよう目を逸らす。ああ、これで残ったのは魔王だけだな。さあ、最終決戦を始めよう。この世界に平和をもたらすために。あの子の仇を討つために。



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