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聖ウェヌス女学院  作者: Paddyside
第1章 不思議のメダイ -Mysterious Medal-
83/215

#083 跳梁跋扈

樋口ソフィアはウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂の扉に触れると世界巡廻の術で元の世界へと戻った。

そしてその足で春日結菜の安否を確認するためにカフェテラスに向かい,CLOSEと張り出された看板を見て一瞬焦りながらも店の奥にある厨房の電気が点いている事に気が付き,窓ガラスに張り付いて店内の様子を確認する。

そこには春日結菜がスイーツを造る真剣な後ろ姿があった。それを見た樋口ソフィアは彼女の邪魔をしてはいけないと感じ,新しいスイーツの誕生を楽しみにしながらカフェテラスを後にした。


「さてと‥‥‥どうしようかしら」


一安心した樋口ソフィアは次の行動をどうするかを悩む。彼女の当初の目的は達成してしまった。

そして今さらヤルダバオトの創造した世界に渡るにしても学長室を通らないといけないのだ。それはソピアーから聞いた話の中にあった。あの部屋には馬場学長をはじめ学年主任の高坂先生,場合によっては内藤副学長や担任の山県先生も居る可能性がある。

そんな所に飛び込めば今までの経緯を考えればお小言ではなく説教すら受けるのではないか‥‥‥


「そうだ。100周年記念館に行って情報を取るのもありかな‥‥‥」


あそこなら本庄真珠をはじめクラスメイトたちが居るはず‥‥‥だと。

菩提樹の遊歩道を100周年記念館に向かって歩き始める。

ふと何気なく見上げると菩提樹の樹々の隙間から晩夏の強い日差しが差し込んで樋口ソフィアの額を照らす。思わず眩しさのあまり目を細めていき瞼を閉じてしまった。

そして目頭に熱を感じるものの強い光を感じられなくなったところで双眸で視界を捉えるとそこは聖ウェヌス女学院の敷地内ではなかった。


「なぜだろう‥‥‥」


初めて訪れた見覚えのない場所のはずなのに‥‥‥でも頭の片隅にこの場所の記憶があるのを彼女は何となく感じる。


「やっと見つけたわよ‥‥‥」


樋口ソフィアは背後から聞こえた声に少しビクッと震えながらも振り返って,声の主の顔を見据えていた。

そこに立っている女性は明らかに彼女の母親に何から何までそっくりなのである。ただ違う所を捜せと言われれば髪と瞳の色だけだった。


「お母さん?」


母親ではないのは頭では理解しているのだが,視覚から入って来る情報に混乱を来し始めている。


「ええ,私は貴女のお母さんではないわね‥‥‥でも‥‥‥私の遺伝子を貴女は持っているわね。」


樋口ソフィアはその母親に似た女性の言葉を,情報を聴覚に受けて頭で処理しようとするが,視覚からの情報ですら処理しきれていないのでさらに混迷を極めてしまう。


「じゃあ‥‥‥誰?」


暫くの間の後に樋口ソフィアから絞り出された言葉‥‥‥いまいち会話が噛み合っていない様相もあるのだが,それも致し方ない事だろう。もうやっとなのである。

母親に似た女性はクスクスと笑いながら樋口ソフィアに近づいて来る。しかし近づいて来るのを拒否するように樋口ソフィアは腕を胸の前で交差させて後退りをする。

そして後退りをした時に目の前の女性から一瞬目を離した隙にその女性の髪と瞳の色が母親と同じものになっていた。


「おかあ‥‥‥」


樋口ソフィアはそこまで言葉にしかかったが,手で口元を押さえて塞ぐ。視覚は目の前の女性を母親だと認識してしまっているが,彼女の深層意識は明らかにそれを拒絶しているのだ。葛藤に苛まされて首を振る。

目の前の女性は樋口ソフィアの意識が拒絶している何かを感じ取ってさらに修正を掛けてくる。でもその修正が入れば入るほどより彼女の拒否反応は増していく。そして目の前の女性はその事に気付いていない?いや,ここまで来るとわざとやっているようにも思えてくる。


「本当に何なの‥‥‥いったい貴女は‥‥‥何をしたいの‥‥‥!」


イライラが頂点に達して沸々と込み上げてきた怒りをぶつける対象を目の前に立つ女性に定めた樋口ソフィアは感情を抑えるのを辞めた。

人間の理性や感情というものをよく理解していれば直ぐに分かる事もその女性には読み解く事が出来なかった。それは取りも直さずその女性が人間ではない証拠だった。

彼女の名前はアーテー。破滅や愚行,妄想の語源ともなり,道徳心を失わせ盲目的な狂信を司る者だった。女神ではあるが,その世界では神界から人界に堕とされ神界に戻る事を禁じられたために力の大半を喪失したとも言われていた。


「ちょっと難しいかしら?」


アーテーは諦めかけていた。そして手を引こうとしていたその刹那‥‥‥


「うちの娘に随分と面白い事をしてくれているようですわね。アーテー。」


いつの間にかアーテーの真後ろにもう一人の女性が立っている。

もう樋口ソフィアは傍観者として無言のまま立ち尽くしているしかなかった。


「ソ,ソピアー‥‥‥」


アーテーが名乗った名前に樋口ソフィアはドキッとした。でもここは神同士が駆け引きをしているのだから自分が余計な事は言わない方がいいだろうと思い,ゆっくりとソピアーの背後に移動して見守る事にした。


「アーテー。それでこれはどういう事かしら?貴女の箱庭の人間は貴女が弄んで随分昔に滅ぼしたのでしょう?何しているのかしら?」

「ソピアー。その娘はうちの娘よ。それをどうしようが私の勝手ではないの。だってここは私の箱庭なのだから。」

「何時からここが貴女の箱庭になったのかしら?アーテー。」

「それはそうでしょう。だって私がここに存在できているのがその証拠じゃない。ソピアー。」

「あら?だったら何で私もここに存在できているのかしらね。アーテー。貴女はいつもどうしようもない妄想や愚行ばかりしているから頭の中身がいつまで立ってもお子様なのよ。その身体だって本来貴女の物ではないのでしょう。それはここに居る樋口ソフィアが証明してくれるわ。ねぇ。」


樋口ソフィアはソピアーの言葉に戸惑った。証明しろと言われても同証明したらいいのか理解できていない。その刹那,ソピアーが肘で脇腹を突いてきた。


「その身体は私のお母さんのものです。貴女の物ではありません。」


樋口ソフィアの口から思わぬ言葉が出た瞬間,アーテーの精神体が身体から追い出されるように立ち昇る。ソピアーはその機を見逃さず,あっという間に間を詰めて軽くジャンプするとその精神体の,尾のように伸びた部分をグッと掴む。


「うっ!」


アーテーが呻き声を上げた。


「止めて!私に触らないで!」


さらにアーテーは悲鳴にも似た大声を上げるがソピアーは動じない。アーテーの精神体を逃がさないようにどこからともなく取り出した瓶の中に詰めて蓋をした。


「お仕置きは後にしましょうね。アーテー。みんな,貴女の悪戯にはほとほと困っていましたからね。いい機会です。他の方とも話し合いの上,処罰を決めましょうね。」


瓶の中を覗き込みながらソピアーはニコッと微笑む。精神体のアーテーは瓶の中で妖精のような形を取ったところでブルブルと震えている。そして樋口ソフィアの方に向くと泣きながら懇願し始めるが,ソピアーは瓶をクルッと回す。


「それ以上,うちの娘を惑わしたり,誑かすような真似をするのならこの場で復活できないように止めを刺しますけど‥‥‥いいのかしら?」


ソピアーは瓶に封印の紙を貼り,黒い布袋に仕舞うとさらに封印の紐で口を縛る念の入れようだった。


「このアーテーはね,道徳心のない狂信を糧に生きているの。それで衝動的に動くものだから行動を予測しづらくてね。なかなか尻尾を掴めなかったのよ。本当に助かったわ。ソフィア。色々とお話したい事もあるからちょっとお茶でもいかが。」

「はい。」


ソピアーは黒い布袋をどこかに仕舞うと樋口ソフィアの手を取り空間移動をした。

ただただ広いとしか言いようのない雲海が広がり,目の前には丸テーブルがあって4人分の椅子が用意されていた。

ソピアーは樋口ソフィアに座るように勧めて椅子を引く。ソピアーの思わぬ所作の美しい流れに乗ってしまい,樋口ソフィアは椅子に腰掛けてしまったが後になって神様によって椅子に座らされたのだと考えた時は心臓が止まる思いだった。

ソピアーが椅子に座りテーブルに置いてあるベルを手に取り,チリーンと鳴らすと突然樋口ソフィアの真正面の空いている椅子の向こう側に扉が現れて開かれた。そして扉から現れたのはサービスワゴンを押す春日結菜と見知らぬ女性だった。しかし,その見知らぬ女性は明らかにオーラを抑えておらず樋口ソフィアは雰囲気から神なのだと感じ取っていた。


「さあ。ポモナもお座りになって。結菜は申し訳ないけどお茶とスイーツの準備をして頂けるかしら。」

「はい。ソピアー様。」


ポモナと呼ばれた女性が自分の,ソピアーとは反対隣に座り柔らかな笑みを浮かべてくる。正面では春日結菜がスイーツスタンドをテーブルの中央に配置して4人分の紅茶を淹れ始める。


「あっ!私も手伝いますよ‥‥‥」

「いえ,ソフィア。貴女は座っていて。今日はお客様ですし,貴女は私の眷属で結菜より格は上なのですからね。」

「えっ?」


思わぬソピアーの発言に樋口ソフィアは理解が及ばず固まってしまう。

ポモナがその様子を見てクスクスと笑っている。


「まあ。可愛らしい事。ソフィアと言ったかしら。貴女はともかく座っていればいいのよ。」

「はい‥‥‥」


椅子から腰を浮かせていた樋口ソフィアは下ろし直す。


「それでは‥‥‥御茶を戴きましょう。」


ソピアーの宣言で女子4人の御茶会が始まった。

樋口ソフィアが一口含むと香りが鼻に抜け舌の上には絶妙な苦みと甘味とともに温かさが広がる美味しい紅茶。

スイーツスタンドの上に並ぶ数々の今までになかった見た目のスイーツを1つを皿に取り,フォークで切って食すると口の中を幸せが満たしていく。これを口福と云うのだろう。砂糖などの甘味料を使わずに果実の甘味だけでこれだけの甘さが出せるのか‥‥‥不思議で仕方がない。そして噛んでも噛んでもいつまでも滲み出てくる甘い果汁‥‥‥そのうちに少しばかりの酸味が含まれて絶妙なバランスの深い味わいを醸し出す。

気が付けば樋口ソフィアは独り黙々とスイーツを食べていてテーブルを囲む3人がジッと彼女を見詰めていた。その視線を感じた樋口ソフィアが顔を上げて恥ずかしそうに頬を紅く染める。

樋口ソフィアはまるで自分以外の3人が既に何回も御茶会を一緒に催しているように思えた。


「ところでこのスイーツ‥‥‥失礼だとは思いますが‥‥‥今までに春日さんのスイーツを何度も食べてきましたが,あまりにも出来が違い過ぎると思うのですが‥‥‥」

「樋口さん,それはね,このスイーツの材料がこちらのポモナ様の果樹園などで栽培された神果と呼ばれるものを使っているからですよ。」

「ポモナ様‥‥‥神果‥‥‥?」

「そうそう。まだちゃんと自己紹介していませんでしたね。私はポモナ。貴女たちの世界では果実とその栽培を司る神と呼ばれていますわ。ローマの近郊にある聖森ポーモーナルの管理者でもあります。」


自己紹介の後,ソピアーからごく簡単にこの宇宙の成り立ちと世界の有り様について説明を受けた。その中で既に人類と呼ばれる存在を持つ箱庭と呼ばれる世界を持つ神はソピアーの世界と他にはもう指折りで数えられる程しか残っていないと聞かされた。その中で最近ソピアーの神域とポモナの神域の統合された話も出てきた。

そしてソピアーは思い出したようにどこからか黒い布袋を取り出す。


「ポモナ。私は漸くアーテーの捕獲に成功しましたよ。」

「えっ?アーテーを捕らえたのですか?」

「ええ。この中に封印してあります。彼女の処遇に関しては彼女の所為で箱庭を壊された者を集めて決めたいと考えておりますの。」

「それでいいと思いますわ。」


ソピアーはまたどこかに黒い革袋を仕舞った。


「ところでソフィア。貴女は随分色々な世界を見て来たようね。私たちは行く先の神が認めてくれないとその世界に出入りする事が出来ないの。だから見て来た世界を教えてくれれば嬉しいのだけれど‥‥‥」


御茶を飲みながら樋口ソフィアは見て来た世界の話をした。


「そうですか。既に神の存在もない世界も出始めてますのね。それに神が滅んで人しか居ない世界もあるようですわね。なかなか興味深いですわ。」

「それにしてもソピアー。今回の宇宙は随分と今までものとは違うようですね。」

「私もそう思いますわ,ポモナ。」


ソピアーとポモナが言うには今回この宇宙の発生した経緯自体が過去の宇宙発生の形態とかなり異なるらしい。

基本的には宇宙が出来て,その中に無数の世界が出来,そこに管理者たる神が神域を創造する。その後に神が箱庭を創造して,人類をはじめとする様々な始まりの動物や植物をそこに誕生させるのが手順らしい。

そして箱庭の中で生物たちが営みを繰り返し,進化や退化,誕生や滅亡を自然に行う。もちろんただ見ているだけではなく神が意図的に手を加えて,新しい種が生まれたり,古い種が消えたりもする。

そこに居る生物たちがその中で無意識のうちに本能で神の存在を直観し,時に敬い,時に畏れ,時に顕現を感じる。それが神の力ともなり,さらにその世界は発展し繁栄していくのだという。だから死などを司る神の世界は生物の発展などないために直ぐに滅び,箱庭は失われ,神も基本的に力を失う。

だが,今回の宇宙ではそういった事象が観測されていないのだという。

特に樋口ソフィアにちょっかいを掛けてきたアーテーやその一族たる神たちの世界は箱庭はおろか神域すらとっくに喪失しているはずなのに彼女たちは未だに存在している。

そして他の神の世界にまで手を出して本能の赴くままに壊そうとしているのだ。こんな事は今までにはなかったのだと言う。


「何か明らかに異常事態が起きていますわね。ポモナ。」

「そうですね。ソピアー。」


2人の神はもう放っておけない事態なのだとヒシヒシと感じており,さらに他の神へもこの事を伝えた方がいいだろうと考えていた。


「ところでソフィア。貴女は先ほどアーテーに手を出される前におかしな体験をしていたと言いましたが,それをもっと詳しく教えて頂けませんか。」

「あっ,はい。別に構いませんが‥‥‥」


樋口ソフィアはヤルダバオトに因って時間がループする始業式の日と同じ,実際にはもっとスパンが短くもっと強烈な事故体験をさせられたのだと詳しい描写を加えて話した。途中,胃の中のものが込み上げてくるほどの嫌悪感もあったが,ポモナの持っていた神薬のおかげでそれを凌いだ。


「ソピアー。これってまさか‥‥‥」

「もしかするとあり得ますわね。ポモナ。」


ソピアーが椅子から立ち上がると樋口ソフィアの背後に着いて,頭頂に手を翳した。ソピアーは樋口ソフィアに瞼を閉じて無心になるように指示をする。そして自分自身も目を閉じて掌に力を込め始める。

実際にはものの数秒程度だったが,樋口ソフィアにとってはそれがまるで数時間にも感じられる程だった。


「やっぱり‥‥‥」


ソピアーが呟き,ポモナは頷いた。

ソピアーは樋口ソフィアの体内にある者の残滓を捉えた。


「まさか。あの者たちまで関与していたとは‥‥‥」


そしてソピアーは覚悟を決めた。


「ポモナ。貴女には1つ大事な事を教えておきます。ここに居る樋口ソフィアは私の分霊を持っています。」

「えっ‥‥‥」


本来は自分の存在自体も危うくしかねない情報をソピアーはポモナに教えたのだ。ポモナも驚き絶句しても仕方がない。


「彼女の中には私の分霊が宿っているのです。そしてそれを感じ取り狙ってきたのはモイライたち3人の女神です。」

「モイライが‥‥‥」

「ポモナ。私は貴女を信用してこの話をしました。でもこれを知って貴女がこれからどう行動するかは貴女自身に委ねます。モイライよりも先に彼女を殺し,私の力を削ぐのも貴女次第です。それはあの3人の女神に何かされるよりはましだと私は思ったからです。」


今までの優雅な喋り方とは打って変わり強い決意を秘めた眼でしっかりとした口調で話すソピアーにポモナはその決心を無駄にはすまいと考えた。


「ソピアー。私は貴女に協力しますわ。そして貴女と貴女の世界に住むこの者たちを夫ウェルトゥムヌスとともに守りますわ。」


テーブルを挟んでお互いの手を伸ばし合い,ソピアーとポモナは固い握手を交わした。


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