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聖ウェヌス女学院  作者: Paddyside
第1章 不思議のメダイ -Mysterious Medal-
76/215

#076 因敗為成

正直,長尾智恵は馬場学長が発した現在の生徒会室が旧伝承研究会の部室だったという言葉に驚きの表情を浮かべた。

でも思い返してみるとおかしなところはあった。初めて生徒会室に訪れた時,とある壁の立体的な模様に違和感を持った。でもそれは模様ではなく鍵もノブもない引き戸で,手をグッと押し当て動かそうとしてもピクリともしなかった。

よくよく見ると宮大工の匠の技を駆使した木組み技術によって,がっちりと動かないようにされている感じに見えた。


『こういうのテレビで見た事がある‥‥‥』


確かに聖ウェヌス女学院の中には教会以外にも寺院や神社の建築物もあるから宮細工の技術を他の建物に使用していてもおかしくはない。開かないのを無理して開けると何か問題が起きるといけないし,それで内申書に影響が出ては意味がない。あの時はそう思っていた。


「学長先生‥‥‥まさか‥‥‥あの引き戸の奥に‥‥‥」

「多分そうだと思います。」

「多分‥‥‥というのはどういう事ですか。」

「詳しい事が分からないのです。何せあの奥は当時の梶原学長によって封印されて,その後の歴代学長には一切引継ぎされていません。それに当時改築に関わった工事関係者ももう生きていないでしょう。だから設計図などもどこにあるのか‥‥‥いや設計図自体も全て回収されてあの奥にあるのかもしれません。」


馬場学長の話では何度も高等部校舎の建て替えの話が出たが,それだけは頑なに拒否するようにと引継ぎだけはされているらしい。そのため他の建物が建て替えされていく中で高等部校舎だけは耐震補強をするのみで唯一70年前の建築として残っているという。


「それはこの謎が解ければこの校舎も建て替えという事になるのですか?」

「その可能性が高いですね。でも今はそんな事は些細だと思いますが。」

「そうですね。」

「それに長尾さんは山県先生たちの救出がありますよね。」

「そうでした。」


長尾智恵の頭の中には山県先生たちの救出よりも生徒会室の謎の方が今は気になって仕方がない。


「もう少し山内さんたちからも聞き取りしてみますから生徒会室については後にしましょう。」

「はい‥‥‥」


長尾智恵は渋々馬場学長の意見に賛同して気持ちを切り替えて,今は山県先生たちの救出に全力を傾ける事にした。






長尾智恵はウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂の前に戻ると扉に目を瞑り手を翳して山県先生と一条日向,そして春日結菜の事を頭に思い浮かべて祈りに入った。徐々に目の前の空間が歪むのを感じる。

彼女は1歩進む。押し返してくる空気の壁が肌に触れた。それでもグッと圧し込むようにしてまた1歩進む。これは前回世界巡廻した時には感じなかった感触だった。明らかに何かが違う。それでもまた1歩と足を出す。パッと何かが弾け飛ぶと先ほどまでの空気の壁が無くなったのが分かる。

そして瞼を開けるとそこは草木の1本もない荒野のど真ん中に居た。


「あれっ?」


自分は絶対に3人をイメージして世界巡廻をしたはずなのに何故こんな荒野に飛ばされたのかが分からなかった。グルッと周囲一帯を見回すとひたすら平たい大地に遠くには富士山らしき山の頂きが見えた。それに手前に見える山は丹沢山地だろう。長尾智恵には見覚えがあった。


「まさか‥‥‥ここが東京なの?」


いや3人の居た時代なら東京ではなく江戸だった。でも江戸のどこに居るのかは分からないけど自分の知る東京の土地が地平線までこんなに平坦だったとは思えない。特に富士山の見える方は武蔵野台地との境目だから尾根や谷が入り組んでいて崖や坂も多いはずなのに‥‥‥いったいどの辺に自分が居るのかすら掴めないでいた。

もしかしたら自分がまた違う世界に飛ばされてしまったのか‥‥‥そう思って他の方向にも目を凝らして何かないかと探す。遥か地平の果てに,眺望できる山の稜線とは別に石で出来たドームのような出っ張りが見える。気になった長尾智恵はその方向に歩いていく。

1時間ほど歩くとそこにあったのはオーストラリアのウルルのような高さはないものの周囲は10キロ以上はありそうな岩のドームだった。

1枚岩ではなくまるで人工物であるかのように組積造と呼ばれる煉瓦やコンクリートブロックを組み上げたような造りだった。


「これって‥‥‥もしかして‥‥‥」


長尾智恵には見覚えがあった。それは戸田愛乃たちが閉じ込められていた石室の空間。それと一緒のように見えた。

でも確認できる範囲には明り取りの窓のような隙間はなく,もちろん中に入るような入口も見当たらない。それでも彼女にはここに戸田愛乃が居ると確信があった。


「周囲を見て回るにしても数時間は掛かりそうね‥‥‥」


未だに戸田愛乃から救助して欲しいという強い意志は感じられない。でもその意志を感じられたら直ぐに助けられるように出入口の確認だけはしておこうと長尾智恵は思った。

結局半日は掛ったものの入れそうな場所は見つけた。でもこの場所がどこに繋がっているかは分からない。少なくとも彼女たちの居た場所の周囲は明り取りはあっても出入口はなかったのだから。ウルル程じゃないにしても高さは100メートルはあるだろうからもしかすると上の方に明り取りのある場所があるのかもしれない。でもそれを確認する方法は持っていない。


「ともかく今掴める情報はこんなものだものね。」


既に夕方だったので長尾智恵は野宿すると明くる朝目印を残して石のドームを後にした。太陽の位置を確認しながら山県先生たちが居る妙義山を目指して歩き始めた。江戸からだと150キロくらいはあるから最低4日は見ないといけないだろう。この世界は空腹も喉の渇きもないから飲食の必要はない。疲労すら感じないから睡眠も必要はないが,夜になれば真っ暗になるので移動はしない事にしている。


「それにしても‥‥‥」


長尾智恵は得られた情報から推測を立てていく。

あの石のドームの中に戸田愛乃が閉じ込められているのならこの世界に居たはずの住民たちもあの中に居る可能性はある。ただ物音一つしなかったから生存しているかどうかは分からないだろう。

そういえば,戸田愛乃の言葉に不老不死を実現するために記憶を記録媒体として保存するという話があったが,この世界の人間は意味も分からずに既にそういう状況になっているのかもしれない。戸田愛乃の生きていた1980年初頭はまだパソコンなどなく,マイコンと呼ばれるものが世に出始めた頃だったと聞いた事がある。

記録媒体もカセットテープやフロッピーディスクというアナログなもので容量もさほど大きくはなかった。国の研究機関や大企業などではパンチカードやもっと他のものも記録媒体として利用されていただろうが,現在のような大容量のRAMなどはなかったはずだろう。

もし人間の記憶がそう云ったものに記録,集約されていれば肉体を必要としない永遠の生命を得る事になるだろうし,この時代の人間にしてみたらそれは神の所業を考えるだろう。実際に神やそれに近い存在が絡まなければこんな事は出来ないだろうし。


「ただ変なんだよね‥‥‥」


長尾智恵は足を止めると口に手を当てて考え込む仕草をしながら道から少し外れた場所にある雑木林を見つめる。

植物はあのように残っているのに動物は根こそぎ居ないというのが気になる。記憶というのは取りも直さず情報であるはず。生物にとっての情報はDNAであるからそれを持つ存在は全てこの世界からなくなっていてもいいはずなのに‥‥‥

この世界に来てから人は疎か獣も鳥も魚も虫も何も見ていない。微生物は目視出来ないから分からないけど,でも植物に関しては木や草は生えている。


「いったいこの差は何なんだろう‥‥‥」


また長尾智恵は歩き始めた。


「絶対に変なんだよね‥‥‥」


そしてまた足を止める。


「いや‥‥‥変ではないのかも。」


自分は物心が付いた頃からテレビ番組でも警察の科学捜査などでDNA鑑定というものがあり,言葉に接する機会がたくさんあった。でも戸田愛乃が高校生の頃はどうだろう。そもそも学生がDNAという言葉に触れる機会すらなかったのではないか。遺伝子という言葉はあってもその実態が何なのかまで詳しい学生なんて大学で研究している人間くらいだったのではないか。

そう考えた時に戸田愛乃の知識の中で記憶を持つモノと持たぬモノの区分がこの現状を生んだのではないか‥‥‥そしてその知識を基にこの世界が構成された‥‥‥


「うーん‥‥‥そういえば‥‥‥」


馬場学長は元の世界に戻るのに色んな世界を見て来たと言っていた。そしてその世界は文明が滅び,動物も植物もない世界もあれば,動物だけが存在しない世界,辛うじて動植物が細々と生存する世界があったという。

それが事実ならば,戸田愛乃が考えたものを実現できる一番近い世界の神に望まれて飛ばされたという事は考えられないだろうか。無数の世界が存在するのであれば彼女が考えるものに近い世界があったっておかしくはないし,それで彼女の知識や願望を基に少し改変を加える事だって可能だろう。


「でも‥‥‥何かが引っ掛かるんだけど‥‥‥」


何故,山内円佳と水野紫苑が戸田愛乃の渡った世界に行ってしまったのか‥‥‥2人は別に不老不死を望んでいた訳ではないはず。戸田愛乃を捜してはいたが,それだけの理由だけで引っ張られたのだろうか。戸田愛乃の不老不死に対するのと同じくらいの強い気持ちが2人にあったのだろうか。見た感じ,話を聴いた感じだとそこまで強い想いのようには思えなかったけど。


「何だか解せないんだよね‥‥‥」


それとも何か別の理由でもあるのか。あるとすればそれが何なのか‥‥‥

戸田愛乃の方から引き寄せた?いや,戸田愛乃を引き寄せた神に因るものなのか?

それほど3人を結び付けるような強い縁でもあるのだろうか。

馬場学長の話では3人は初等部に入学する前から友達だったと聞いているがそれ以上詳しい事は分からないらしい。

自分だって本庄真珠や加地美鳥たちとは入学試験で会ってからの仲だし‥‥‥


「色々考えても推測の域を出ないし,答えは出なさそう‥‥‥」


ともかくはっきりしているのはこの世界に人間をはじめとする目に見える動物が一切存在していない事。でも街道は整備されているし,田畑も街並みも人工物が実在している以上,つい最近まで人類が居たのは確かで戸田愛乃が飛ばされて40年経っているのにこの様子はおかしいという事だ。


「どうみてもここ1,2年というのならまだ分かるんだけど‥‥‥」


長尾智恵は周囲を見回しながら歩く。どうしても確信が持てない。真実の追及はここまでにして今はとにかく山県先生を救出する事に専念するために足を速めた。






結局三日三晩歩き続けて山県先生と一条日向とお屋敷で無事に出会う事が出来た。というよりも発見した‥‥‥という方が近い。彼女たちは起き上がる事も出来ずに寝込んでいたからだ。

再会した彼女たちは数日前とは大きく違い疲労困憊しており,目の下には隈が目立ち頬は痩けていて,頗る健康的だった様子は見る目もなかった。


「いったい,どうしたんですか?」

「私たちにも‥‥‥さっぱり‥‥‥」


一条日向は喋る事すら出来ない状態で山県先生も喋るのですら辛いという感じだった。


「長尾さんが‥‥‥居なくなった‥‥‥晩から‥‥‥急に‥‥‥身体が‥‥‥重くなって‥‥‥起き上がるのも‥‥‥やっとで‥‥‥」


長尾智恵が居なくなった翌朝はまだ何とか動いて食べ物を口にする事も出来たが,次の日になるともう動く事も出来なくなっていたという。さらに翌日にはまるで重力が大きくなったように手足を動かす事が出来ず,気力と体力が奪われていく感覚があったらしい。

やっとの思いで山県先生の話を聴いた長尾智恵は嫌な予感がした。

石のドームに戸田愛乃,山内円佳と水野紫苑が居たとして,そのうちの2人が居なくなり,その所為で山県先生たちに影響が出たと考えるのがこの場合妥当なんだろう。

それは取りも直さず,山内円佳と水野紫苑が石のドームにエネルギーを供給していたのならその供給先が山県先生と一条日向に変わったのではないか。だとすると春日結菜も危ないという事にならないか。


「樋口さんはどこに?」

「そういえば‥‥‥長尾さんが‥‥‥居なくなった日から‥‥‥姿を見ていません‥‥‥」


樋口ソフィアは春日結菜を捜しに向かったのだろうと長尾智恵は理解した。樋口ソフィアが春日結菜に固執する理由は分からないが,それ以外にこの世界に居る目的が彼女にはないのだから。

ともかく2人を早く元の世界に戻さないといけない。寝ている2人の肩に触れると世界巡廻を使った。

3人はウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂の前に立っていた。山県先生と一条日向は蹌踉けながら尻餅を着くようにへたり込む。そこに馬場学長と救急隊員が向かってくる。山県先生と一条日向はストレッチャーに寝かせられると点滴を受けて運ばれていった。


「長尾さん,ご苦労様でした。」

「いえ,まだ春日さんも,戸田さんも向こうに居ますし,樋口さんの動向が気になります。でもその前に学長先生にお話があります。」


長尾智恵と馬場学長は学長室に移動した。


「それでお話とは‥‥‥」


訊ねてきた馬場学長に長尾智恵は話し始める。

馬場学長と山県先生に関する文献が図書館に遺っていた事‥‥‥

それを基に推測を立ててウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂に世界巡廻できると考えた事‥‥‥

山県先生を助けるために向かった現地で火山の大噴火に遭遇した事‥‥‥

そこから移動して途中,春日結菜と逸れてしまった事‥‥‥

何とか山県先生たちの居る場所に辿り着き,そこで樋口ソフィアと出会った事‥‥‥

そして馬場学長の居る場所に飛ばされた事‥‥‥

また世界巡廻で向こうの世界に渡ったら馬場学長や戸田愛乃たちが閉じ込められているらしい場所を見付けた事‥‥‥


「何か釈然としない所はありますね‥‥‥私と山県先生の話が残された文献が図書館にあったというのは‥‥‥」

「私もあまりに出来過ぎていると思うのです。」

「そうですね。私はこの世界の江戸時代に行った訳ではないはずなのにそれが事実として伝承されているのは些か変です。それについては私も調べましょう。」

「宜しくお願いします。」

「それにしても私が飛ばされた場所と戸田さんたちが閉じ込められた場所が同じ場所で,しかも山県先生たちもその外界に飛ばされていたとは驚きですね。」

「私はその事が何か大いなる意志の元に行われたのではないかと感じるのですが‥‥‥」

「というと‥‥‥」

「あの世界では私に憑いているはずのヤハウェとの交信がまるで出来ませんでした。今ならこちらから話し掛けて応答はなくても繋がっていると確信があるのです。学長先生はたくさんの世界を見て来たと仰いました。それは取りも直さずそれに関わる神や神に近い存在が居ると思うのです。」


馬場学長は長尾智恵の発言に賛同するように静かに頷く。


「確かに様々な世界があり,その中には私たちよりも神の存在を身近に感じている世界もありました。それでもその世界は緩やかな滅びに向かっていて,その世界の人は滅びを受け入れていました。」


馬場学長の話を聴いていて,神によって厳格だったり寛容だったり,その神を受け入れる側の人類にも許容したり拒否したりがあるのだろうと長尾智恵は感じた。

そして自分の住んでいた世界の神は寛容なのだろうと。ただ人類はそれをどう見ているのかは長尾智恵にも分からないが,少なくとも自分は信じざるを得ないと思っている。


「でもそれだけ無数の世界があるのに何故あの世界が選ばれたのでしょうか?どうしてもそれが引っ掛かるのです。余程この世界と何か結び付けるものがあるのでしょうか?」

「確かに無数ある世界の中であの世界にだけ繋がるのも何かおかしさはありますよね‥‥‥」


馬場学長は顎に手を当てて考え込む。


「まさかとは思うのですが,戸田さんにも何か憑いているという事はないですか?」


長尾智恵の言葉に馬場学長はハッとした。


「あり得なくもないですね。本来は伝承研究会が試練の事を研究していて,研究会の部員が試練に参加するのが流れでしたから。」

「それって‥‥‥」

「そうです。本当は愛乃が試練に参加するはずだったのです。そして円佳と紫苑も。3人が行方不明になった事で,私は当時次期生徒会長という立場でしたが,試練に参加するはずではなかったのです。」

「‥‥‥という事は馬場学長は正式な手順を踏んでいなかったと?よくそれで試練を成功させましたね?」

「その前の試練を受けた梶原学長が居ましたからそのバックアップもあったおかげです。それに北条祈里さんのお母さんでもある美織が協力してくれましたから。その後,伝承研究会は廃部となり,資料は全て梶原学長によって封印されてしまいましたから‥‥‥山県さんの時はかなり苦労したのですよ。」

「それでは先に生徒会室の開かずの扉を開けて試練に関する資料を探した方がいいのではないですか?」

「でもあそこは厳重に封鎖されているでしょ。山県さんの時にも開けようとしましたが結局出来なかったのですよ。」

「それが前回の試練が失敗した理由でもあると‥‥‥」

「ええ,そうかもしれませんね。」


長尾智恵は馬場学長と話していてどうも全てが誰かに因って仕組まれているのではないかと感じた。そして,この試練が成功できなければこの世界も終焉に向かって動き出すような予感に身震いをするのだった。


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