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聖ウェヌス女学院  作者: Paddyside
第1章 不思議のメダイ -Mysterious Medal-
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#006 再三再四

ぐぅぅぅ‥‥‥

チュン,チュン,チュン‥‥‥


何か分からない音とベランダの柵に留まりお互いを啄ばむ雀の囀りと窓のレースのカーテン越しにベッドに差し込む朝日の眩しさに樋口ソフィアは目を覚ました。


「もう‥‥‥朝‥‥‥いつの間にか寝てしまったんだ‥‥‥」


枕元の時計を確認すると表示は5時30分で,ここまではこの4日間と変わらない。


『今日もまた始業式なのかな?』


嫌気というより抗えない絶望感に苛まれる。起き上がろうという気持ちはあるが,気怠さから体を動かしたくない。


「今日も休んじゃおうかな‥‥‥」


ソフィアの中では“も”だが,他の人にとっては“も”ではないだろうと事は分かっている。10分くらいベッドの上でゴロゴロしていたが,意を決して起き上がり支度を始める。


ぐぅぅぅ‥‥‥

『別に誰かに聞かれたわけじゃないけど‥‥‥』


空腹で鳴ったお腹の音に目を覚ましたと気づき,その恥ずかしさで頬を薄っすら赤く染めていた。


「そういえば,昨日の夜から何も食べていなかったっけ。よしっ!」


やはり朝ご飯はしっかりと食べて気持ちも身体も充実させないと自分がダメになっていく気がして仕方ない。気合を入れて,部屋を出るとキッチンへと向かった。


「ふん,ふん,ふふん‥‥‥」


空元気でもいい,テンションを上げて,キッチンで朝ご飯の支度をする。気分転換に今日はテレビも着けている。もちろん,日付は始業式の日だった。でも開き直って,あまり考え込まないことにした。

テーブルの用意も終わり椅子に座り,テレビを消そうとした時ちょうどCMが明けて,今日の特集というのが始まった。

普段なら食事の時の習慣でテレビを消してしまうところだったが,キャスターのその言葉にスイッチを押そうとした親指が止まった。


「明晰夢」


睡眠中にみる夢のうち,自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことで,明晰夢の経験者はしばしば,夢の状況を自分の思い通りに変化させられると云われるらしい。


「‥‥‥脳内において思考・意識・長期記憶などに関わる前頭葉などが,海馬などと連携して,覚醒時に入力された情報を整理する前段階において,前頭葉が半覚醒状態のために起こると考えられ,明晰夢の内容は見ている本人がある程度コントロールしたり,悪夢を自分の望む内容,厳密に言えば無意識的な夢と意識的な想像の中間的な状態に変えたり,思い描いた通りのことを実現可能な範囲内で覚醒時に体験したりすることが可能である‥‥‥」


テレビの中で解説が続く。ソフィアはご飯を食べるのを忘れて,パンを左手で掴んだまま,眼は画面に見入り,耳は音声に傾けている。

15分は経っただろうか‥‥‥番組の特集が終了してまたCMが流れ始めた。


「まさか‥‥‥これって‥‥‥もし,これが夢の中のでき事だとしたら,私ってずっと眠っていることになるのかな?だとしたらどれだけ眠り続けているのだろう?」


ソフィアは自分の発した声で我に返り,左手に持っていたパンを皿の上に落としてしまった。下手すれば何年も眠り続ける眠り姫のような状況に置かれたと思い描いたら怖くなってきた。起きたら自分の知る人たちのいない世界はまるで浦島太郎の童話と一緒だ。


「もし,眠っていないんだったら少なくとも私以外に誰がこのデジャヴを理解しているのかな?さっきのテレビを見る限りでは騒ぎになっている様子もないし。」


これが樋口ソフィアの明晰夢でなければデジャヴが起きているのは確実だけど,デジャヴだと理解しているのは全世界で樋口ソフィアだけなのか‥‥‥こんな事が本当に起きていれば,ネットでの炎上やテレビで騒ぎになっていてもおかしくないはずだ。


「あっ,急がなきゃ。」


早く食べて出ないとバスに間に合わなくなってしまう。片付けは帰ってからにして,テレビを消し,さっさと食べる事に集中する。使った食器をシンクに放り込んで水を張り,玄関に向かう。


「よし,まだ間に合うね。」


スマホで乗りたいバスの動きをロケーションサービスで確認してみたらどうも運行は少し遅れているようだった。






『私って,明晰夢を見ているのかな?でも番組を見るまでは“自分で夢であると自覚して見ている”そんな自覚はなかったし。』


そう思いながらスマホでインターネットを検索してみる。今は路線バスの中でもフリーWi-Fiが使えるから結構利用している。


『明晰夢‥‥‥これが唯一のキーワードなのだから。』


画面には明晰夢を見る方法が幾重にも羅列される中,“明晰夢でタイムリープ”という表現に視線が釘付けになった。無性に気に掛かる言葉だ。


『もしかするとこれなのかな?』


内容はこうだ。

毎日目覚めた時に明晰夢の内容を日記などのように内容を綴っておく。明晰夢は自覚のできる鮮明なものなので通常の夢と違い記憶として留めやすい。そこで日記に残しておくことでその記録を思い出す訓練にもなる。そして,自分が“こうしたい”と考える未来を意識して夢を見ることで,自分の望む未来の並行世界を探し出して,その世界を現実に引っ張り込むこいうものだった。


「次は聖ウェヌス女学院正門前‥‥‥」


路線バスの車内アナウンスが次の停留所で降りなければならないことを知らせてくれる。

ピンポーン!

降車ボタンを押して,スマホを仕舞い,降りる準備をする。






「おはよう!」

「おはようございます!」

「はい,おはよう。」


久しぶりに顔を合わす友だちや正門前に立つ先生と挨拶を交わしながらわいわいと賑やかに女子生徒たちが女学院内に入り,遊歩道をそれぞれの校舎へ向かって歩いて行く。


「ねぇねぇ,夏休みどうだったのよ?」

「これ,写メ見て,これが新しい彼氏!夏祭りでナンパされたんだけどぉ‥‥‥大会に出られるほどテニスが上手でぇ,スマートで身長も高いしぃ‥‥‥それから,それから‥‥‥」

「いいなぁ,私は花火大会の時に二股掛けてた彼氏に振られちゃったし‥‥‥」

「ほら,そこの3人は学校の入口でそんな会話はしないように!」


女子生徒たちが一昔前の初心で夏休み明けには何処でもありそうなお約束の,他愛もない会話を交わしていて,嬉しそうに自慢げに話す子もいれば,どよーんと沈みダンマリを決めて涙ぐむ子もいる‥‥‥そばで生徒指導の先生に会話を聞かれてツッコミを喰らっている。


『やはり,また同じ光景‥‥‥ということはこの後,智恵が声を掛けてきて,さらに‥‥‥さらに誰だろう?そういえば違うよね‥‥‥最初は本庄さん,そして水原さん‥‥‥』


確かに背中を叩いて声を掛けて来る同級生が違う事に改めて気が付いた。


「ソフィアちゃん,おはよう!」

「おはよう‥‥‥」


樋口ソフィアの背後から声を掛けてきたのは長尾智恵だった。ソフィアはいつも通りの気の抜けた挨拶を交わす。ここまでは同じだ。


「んっ?どうかしたの?」

「いや,なんでも‥‥‥」


長尾智恵は樋口ソフィアの怪訝そうな態度を心配して訊いてくる。樋口ソフィアは相変わらずの素っ気ない態度で突っ返した瞬間,背中をポンと叩かれた。


「おはよう!ソフィア!」

「さぁ,早く教室に行こう!」


明るい元気な声を掛けてきたのは千坂紅音だった。千坂紅音は長尾智恵を無視して,樋口ソフィアの左腕を取ると半ば強引に引っ張りながら連れ立って歩いて行く。その力は普通の女子高生とは思えないほどのものだった。


『紅音,どうしたんだろう‥‥‥?』


長尾智恵はその光景を見ながら,いつもと違う雰囲気に何が起きたのか分からず呆然と立ち尽くしてしまった。


「おはよう,智恵。どうしたの?」

「あ,いや大丈夫だよ。心配させてごめんね。」

「あれ?前に居るの紅音じゃない?その隣にいるのは‥‥‥えっ,ソフィアちゃん?」


長尾智恵の後ろから声を掛けてきたのは加地美鳥だった。茫然自失となっている長尾智恵を心配して加地美鳥は両手で肩を掴んで揺すってくる。長尾智恵は我に返り返事をしたが,今度は加地美鳥があり得ない光景に驚愕している。


「あの2人どうしちゃったの?」

「さぁ,私にもさっぱり‥‥‥」


2人の会話を割くように校舎から予鈴のチャイムが鳴る。


「紅音とは帰りに話しをすればいいかな‥‥‥」


でも気になり教室に入ると長尾智恵は千坂紅音に話し掛けようとしたが,間髪入れず担任の山県先生が現れて教室移動をクラスの生徒全員に促した。仕方がないので委員長の長尾智恵クラスメイトを廊下に並ばせてウェヌス・ウィクトリクス講堂に向かうように指示をする。気持ちを切り替えて始業式に向かった。


長尾智恵はその光景を見ながら,いつもと違う雰囲気に何が起きたのか分からず呆然と立ち尽くしてしまった。






ウェヌス・ウィクトリクス講堂での始業式が終わって,生徒たちは各自の教室に戻り,ホームルームが始まった。1年A組では担任の山県先生が席替えや新学期のカリキュラムの説明など諸々の伝達を淡々と進めていく。

樋口ソフィアは今朝の千坂紅音の態度もそうだが,自分にだけ始業式の日が3日も続くという今の状況に山県先生の話に身が入らない。


「何で今朝の紅音はあんな態度だったんだろう‥私,何かしたっけ?」


長尾智恵も千坂紅音の態度が気になってはいたが,クラス委員という立場と真面目さから先生の話には集中するようにしていた。

そんな対照的な2人に千坂紅音は至極普通に先生の話に耳を傾けている。


『どうしちゃったんだろう?』


そんな3人の姿を見ている加地美鳥は気になって仕方がない。


ホームルームが終わり,長尾智恵は千坂紅音と話をしようと席をみたが,そこにはすでに千坂紅音の姿はなかった。


「紅音,もう部活動に行っちゃったのかな?仕方がないから明日ちゃんと話をしよう。」


そう考えて長尾智恵は教室を出た。


そんな長尾智恵の様子を教室の扉から顔を出してじっと見つめる人影があった。


「そうだな‥‥‥次はあの娘にするか‥‥‥」


そう呟くとその人影はスーッと教室の闇へと吸い込まれて消えた。





今日も千坂紅音はピアノの前に座り,一心不乱に十指を鍵盤の上で踊らせる。その動きは昨日までのそれと違い,機械のように精密ながら滑らかかつ繊細であり,その中に大胆さもある。

周りで練習をしていた音楽部の部員たちや顧問の真田先生さえもまるで時の止まってしまったかのようにその素晴らしい圧倒される旋律に目を閉じ耳を傾け意識を集中している。


パチ,パチ‥‥‥パチ,パチ‥‥‥パチ,パチ,パチ,パチ!


千坂紅音は演奏を終えると天を仰ぎ,精も根も尽き果てたように大きく息をした。一瞬の静寂が部室を包み込んだが,誰からかの拍手に始まり,真田先生や部員たちが一斉にスタンディングオべ―ションとなった。その拍手の音に我に返った千坂紅音は周囲の最大限の賛辞に思わずキョロキョロと見渡し,恥ずかしそうに真っ赤に頬を染め,椅子から立ち上がると深々と礼をして鳴り止まぬ拍手をその身に受けて,そのまま動けなくなってしまった。


「凄くよかったよ!」

「うん,うん,思わず聞き入ってしまって何もできなかったよ。」

「ありがとう!」


音楽部の部員たちは千坂紅音の周りに集まってきて,感想を述べるが本当なら言葉に表せないというのが事実だろう。それでも何とか言葉に表したいといったところか。


「千坂さん,ここまで演奏できればコンクール本選も大丈夫そうね。やったじゃない!」

「ありがとうございます!」

「でも油断はしちゃダメよ。」

「はい!」


真田先生は今日の練習で千坂紅音が完璧な演奏を出来たのを嬉しさのあまり素直に褒めながらも自分が学生時代に練習で出来た事で有頂天になり本番で失敗した経験を踏まえて注意するのを忘れなかった。

そして真田先生はコンクール本選の演奏に目途が立った事を馬場学長に報告するため,音楽部の部室を出て学長室に向かった。






同時刻 ――――― 高等部体育館にある剣道場では秋の学生剣道大会に向けて一心不乱に剣を振るう剣道部の部員たちの姿があり,その中には齋藤由里の姿もあった。聖ウェヌス女学院初等部に入学するよりも早く,物心着いた時には腕の中に入る可愛いヌイグルミよりも自分よりも大きい竹刀袋を抱いて眠るほどで,厳しい稽古を目に涙を溜めながらも心は折れることなく毎日毎日積み重ね13歳で初段を取得して,現在は二段に昇段しているが,一眼二足三胆四力が重要と云われる剣道において二段昇段後に交通事故で負った足の怪我の影響で二足の基となる足捌きが悪くなり,それが齋藤由里の三胆の基となる度胸と決断力に富む剣捌きにも影響が出てしまっていた。


「まだまだ,人生は長いんだから無理することはないわ‥‥‥」


剣道は基本的に他のスポーツや競技と比較すると選手寿命は長い。周囲からは焦ることなく地道に稽古を積んでいって欲しいと言われるが,最年少昇段を目指していた齋藤由里にとってそれは遠回りの何物でもない。ましてや,彼女の幼馴染たちは各スポーツの分野において一線級の選手が揃っており,選手寿命の長さの事は分かってはいるが,彼女たちに遅れを取りたくない気持ちが焦りを生む遠因となっていて,その事を表立って誰かに相談出来るわけもなく実は一人その悩みを内に抱え込んでいる。


「16歳になったら三段の昇段審査を受けて合格しないと‥‥‥」


とにかく今は稽古に励んで昇段審査を通るという目標に一途に取り組む齋藤由里だった。






樋口ソフィアは今日もまたウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂にお祈りに来ていた。いや,『今日も』というのはおかしいのかもしれない。4回目となる繰り返される『始業式の日』。いつまで経っても来るべき『始業式の翌日』を迎えられないでいる。


「今の状況が明晰夢の中だとすればその切っ掛けは『4日前』の始業式前日としか思えない。ここでお祈りをした時に聞いた謎の声。その正体は今を以って分からない。もしかすると睡眠中の私自身の無意識の産物という可能性もある。ともかくあの日から謎の声を聴いていない。そして何時になったら時間が動き出すの?単純に考えると長尾さんの幼馴染たち‥‥‥本庄さん,水原さん,千坂さんが一人ずつ私に話し掛けてきているからあと4人‥‥‥4日は始業式の日から動かないのだろうか?」


今日は祭壇の前に跪き目を瞑りながらお祈りをするのではなく,会衆席と呼ばれる背のついた長いベンチ式の信者席に座り,誰もいないこの場だからこそ落ち着いて思考を張り巡らせている。


「あれっ?でも2日目の水原さんが話し掛けてきた時は本庄さんとは絡んでいない‥‥‥そして今日,千坂さんが話し掛けてきた来た時は本庄さんはおろか水原さんとも絡んでいない?!これって,その都度一人ずつしか話し掛けられないという事なの?それとも私の意識が一人ひとりにしか向けられなくて対応できていないとか?」


樋口ソフィアにとって確かに高校に入る前は父親の転勤で国内のみならず海外も転々としており,友だちをまともに作ったこともないし,今までに付き合いのあった顔見知りでも今連絡が取れる人の数は片手の指で数えられる程度しかいない。


「逆に私にその気があれば,今までに話し掛けてきた人と総て絡むことも可能なのかな?もしかしたら試してみる価値はあるかも‥‥‥それでダメになってもそれは元に戻るだけだし‥‥‥それにどうせ明日も始業式だろう‥‥‥それなら考えられる色々な事を試してみるのもありかな‥‥‥」


樋口ソフィアにとっての4日前‥‥‥始業式の前日までとは違い,考え方が前向きになっているのだが,彼女自身はそんなポジティブな思考している事にはまるで気が付いていない。


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