表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖ウェヌス女学院  作者: Paddyside
第1章 不思議のメダイ -Mysterious Medal-
46/215

#046 万物流転

その夜,100周年記念館のティールームでの夕食の雰囲気はこれでもかというくらいにギスギスしていた。

それぞれ離れたテーブルで4つのグループに別れていた。

長尾智恵と内藤副学長に山県先生。

樋口ソフィアと高坂先生。

加地美鳥と千坂紅音,そして齋藤由里。

本庄真珠と高梨瑠璃,それに水原光莉と安田晶良。

その中で本庄真珠と齋藤由里が険悪で目も合わせようとしない。それで齋藤由里は加地美鳥のテーブルに座った。

長尾智恵の捜索していた時の事情を知らない水原光莉と安田晶良は久しぶりに幼馴染全員が揃っているのに何でこんな分かれ方をしているのか不思議で仕方がない。

それに関しては加地美鳥と千坂紅音も同じ気持ちではあるようなのだが。

そして長尾智恵は教員たちとテーブルを共にしていて,2人ともその雰囲気を分かっていながら関与してこようとしない。

樋口ソフィアはまだしも長尾智恵がシカトを決め込んでいるのにも違和感を持った。


『なんかもう堪えられない‥‥‥』


水原光莉と安田晶良は食事を口に運びながらも視線を泳がせてしまう。

聞こうにも聞けない,まさに四面楚歌。

美味しいものを食べていても全然味を感じる事すら無理な状態だった。

2人は目配せをして,早く食事を終えて先に部屋に戻ろう‥‥‥そんな気持ちになっていた。


「ごちそうさまでした。」


ともかく食事を全て口の中に捻じ込む勢いで放り込み食べ終わると2人は足早に席を立ち,逃げるようにしてティールームから出て行った。


「なんなの?あの雰囲気‥‥‥」

「本当だよね。何があったんだろう‥‥‥」

「でも訊けるような雰囲気でもないし‥‥‥」

「特に真珠と由里は酷かったね。」

「今まであんな事なかったのに‥‥‥」

「智恵を捜しに出た間に何かあったとしか‥‥‥」

「そうだね‥‥‥どちらにしても君子危うきに近寄らず‥‥‥だね。」


2人は水原光莉の部屋に閉じ籠ってあの堪え切れない雰囲気から少しでも距離を置こうとした。

そして誰かが部屋に訪ねて来ても天岩戸のように出ないと誓っていた。






ヤルダバオトはその様子を自分で創造した空間から眺めていた。


「どうも儂の意に添わぬ展開がところどころ起きておるな。ヤハウェの奴が邪魔しているようでもないし,よもや眷属が間違えた手出ししているとも思えぬのじゃが‥‥‥いや,まさか‥‥‥考えられるのは‥‥‥でも‥‥‥あり得ぬはずじゃが‥‥‥」


ヤルダバオトは顎を手で抑えて考え込んでしまった。


「もし奴が復活しているのなら儂の力が衰えているはず‥‥‥」


ヤルダバオトは丹田に力を込めて自分の中に流れる気を感じてみる。

今まで以上に感じる旺盛な気の力に充実感を覚えた。


「おかしい‥‥‥なんだと言うのじゃ。」


ヤハウェとヤルダバオト2人の力で創造した精神世界に干渉できる者など限られている。

それはアルコーンと呼ばれる複数の存在。

それは人間の宗教では造物主とも呼ばれる存在。

ヤルダバオトもそのうちの1体である。


「やはり他のアルコーンが干渉してきているのか?」


でもこれはアイオーンが認めたヤハウェとヤルダバオトの間だけでの遊びであり,他のアルコーンが干渉する事を認めてはいない。


「まさか‥‥‥アイオーンが干渉を認めた?それであれば何かしらの形で告知があるはず。昔もそういう事はあったし,告知もあった。」


いったい何が起きているのか?

ヤルダバオトでも気が付けない何かがこの精神世界に侵食を試みて,この世界の摂理に干渉しようとしているのか?

ヤルダバオトの眷属の中で唯一顕現出来ていないのは嫉妬のレヴィアタンだけだった。

ルシファーも不完全な顕現から脱し,マモンとベルゼブブも顕現するに至っている。

しかしレヴィアタンだけは何故か顕現できる様子すらない。

まるで存在自体がないかのようでもあった。


「嫉妬など複数の人間が居れば少なくとも必ず発生するもの。いくらどんなに仲の良い親友と謂えどもゼロという事はない。現に眷属たちは他の感情を引き出し喰らう事も出来ておる。現に眠っていた嫉妬を煽り引き出す事だって出来た。しかしそれをレヴィアタンが喰った様子はない。やはりどうも解せないな。」


そもそもこの手の感情は古にパンドーラが甕を開け放ってしまった災厄に由来している。

その災厄を処理するためにヤルダバオトの考えに同調した神に近い存在が手足となり,人間に悪魔と呼ばれる存在となったとしてもその仕事を請け負った。

実際には7体の眷属だけでは処理しきれない原初には存在しなかった災厄も現在にはあり,それをどう扱うかで堂々巡りのような議論も起きている。

次に誰が泥を被るのかと。

そろそろパンドーラやその甕を与える原因を作ったプロメテウス,さらにはゼウスにまでその責を負わすべきだと言及いう意見すらある。

ヤルダバオトはその件はギリシャの問題であって自分には関係ないと受け流している。

感情を喰らう事が‥‥‥そして人間が感情を喰らわれた事でどのように思考や行動に変化が出るのか,それを観察するだけでも退屈な日常に愉しみを齎してくれている。

だからこそ,その愉しみを壊そうとする存在は許せない。

ましてや自分の創造した世界の中で自分に知られる事なく侵害される‥‥‥これほど屈辱的な事はないと。

そしてその原因が何なのか自ら調査をする事にした。


「一度ヤハウェとも話をしておいた方がいいのかもな。」






ヤハウェも異変には気が付いていた。

それは繋がっているはずの長尾智恵とは別の自分の影響を受けていない長尾智恵の存在を認識したからだった。


「この世界はヤルダバオトと共に創造したもの。それに干渉するなど我々と同格以上の存在でなければ無理だ。だとすればアイオーンかアルコーン,他の神と呼ばれる存在か‥‥‥誰だとしてもアイオーンに認められた我々の遊びに邪魔を企てるなど許せぬ。」


ヤハウェは数千年振りに怒りに燃えていた。

でも冷静さは失わないようにしている。


「アイオーンか,アルコーンなら考えられる‥‥‥」


ヤハウェは一瞬身体を硬直させた。


「もしや‥‥‥」


ヤハウェはヤルダバオトの居る空間に飛んできた。


「どうした,ヤハウェ。」

「お主も気付いているとは思うが,この空間に干渉した者が居る。」

「やはり‥‥‥ヤハウェもそう思うか。」

「ああ。それでな,干渉した者の正体なのじゃが‥‥‥」

「何か分かったのか?」

「まだ推測の域じゃがな。」


ヤハウェの話では自分が繋がっている長尾智恵と別個体の長尾智恵が現れた。

それを聞いたヤルダバオトはもしやと思い,自分が干渉している樋口ソフィアの情報を得ようとしたが,接続できなくなっていた。


「この空間で外部から干渉が出来るとは思えない‥‥‥」

「うむ。それは儂もそう思う。」

「だとしたら‥‥‥」

「既にこの空間の内部に存在しておるという事じゃな。」

「それは‥‥‥」

「儂が繋がっているはずの樋口ソフィアとお主が憑いているはずの長尾智恵の2名という事じゃな。」

「儂らは遊びを楽しむためにあまり人間たちに干渉しないようにしていたが,それが仇になったのかもしれないな。」

「というよりもその人間自体があやつの分身体なのかも知れないぞ。」

「あの女神崩れのか?」

「ああ。」


ヤハウェとヤルダバオトはあの女神崩れなら出来ない事はないと思った。

人間救済の元型象徴ともされる存在。そして神の叡智の象徴。


「まさか‥‥‥」

「そのまさか,じゃな。」


叡智‥‥‥すなわち智恵‥‥‥そして,奴の名前はソピアー‥‥‥別言語名はソフィア。


「あの2人が奴の‥‥‥ソピアーの分身体か。」

「ああ。あまりにも出来過ぎている。じゃが物的証拠がない。」

「そうじゃな。」

「奴の事だから慎重かつ巧妙に事を進めているだろうしな。」

「でも何故今さらこんな事をするのかが理解できぬが‥‥‥」

「いや,そうでもないぞ。昔から奴は儂らのやる遊びに興味津々じゃった。」

「そうなのか?」

「ああ,かなり羨望の眼差しで見ておった。ただ,奴には一緒に遊びをやる相手が居なかった。なまじ智恵が回るから敬遠されておるしな。」

「まあ,確かに。」

「だから儂らの遊びに割り込む機会を狙っていたのであろうが‥‥‥これも推測の域でしかないのが歯痒い‥‥‥」

「そう簡単には尻尾を出しそうにもないしな。」

「そういう事じゃ。」

「で,どうする?」

「一先ずは静観を決め込むしかないじゃろ。儂の眷属が憑いている者たちにまでは手が伸びていないようじゃし。ただ,レヴィアタンが一向に顕現する様子がないのは要注意じゃな。」

「ソピアーが何か干渉していると?」

「ああ。そう思っておる。」


ヤハウェは今後何かあれば直ぐに情報を共有する事を約束して帰って行った。

しかしヤルダバオトはヤハウェとの会談で喉の奥に小骨が引っ掛かったような感覚を覚えた。

長尾智恵と樋口ソフィアがソピアーの分身体であるのなら何故今の今まで自分たちは気が付かなかったのか?と。

何か重要な事を見落としてはいないのか?

ともかく相手は智恵を司る者‥‥‥予断を許せる相手ではない。それだけは確かだった。






「あぁぁ‥‥‥気付かれちゃったかぁ‥‥‥あたしもまだまだ詰めが甘いかなぁ‥‥‥」


ソピアーは子供のような無邪気な笑顔でてへぺろっと舌を出していた。

しかし,スーパーロングの銀髪にその身体は蠱惑的で爆乳を越えた魔乳‥‥‥どうすれば重力に逆らってあのようなお椀型のバストが支えられているのかと思うくらい。

実際には神に近い存在だからどうとでも出来るのだろうが‥‥‥


「まあ,彼らにはもう少し踊ってもらいましょうかね。」


ソピアーはヤハウェやヤルダバオトのようなアイオーンの半身ではなく,高次のアイオーンの1柱であり,事実上彼らよりも格が上という扱いになっている。

ソピアーにとっては掌で弄べる存在でしかない。


「智恵とソフィアなんて明らかに分かりやすい名前を付けてあげたのにもうちょっと早く気が付いて欲しいところだけどねぇ。」


ソピアーは口に手を当てて嘲笑う。


「楽しみを増やす意味でももう少し智恵とソフィアに知識を与えてもいいかもね。うふふ。」


ソピアーはパチンッと指を鳴らして,テーブルと椅子,そして紅茶とスコーンを出した。

椅子に腰掛けるとティーカップを取り上げると口に運んで啜る。


「う~~ん,いい香りね。美味しい。」


スコーンを手にして思い巡らせる。

ソピアーは長尾智恵の幼馴染で樋口ソフィアの眷属となっている7人には手を出す気はなかったが,レヴィアタンだけが顕現しないのは些か不審に感じていた。

彼女はヤルダバオトの眷属の中でも人間に憑りつきやすい上に相手が女性となればその力は発揮されやすい。


「あたしが干渉している所為なのかしら‥‥‥それとも‥‥‥」


今までの経緯を見るかぎり,レヴィアタンが憑りついているのは本庄真珠なのは分かっている。

本庄真珠は加地美鳥のように感情を喰らう事が出来ずにフリーズした事もない。

だとしたらレヴィアタンは確実に本庄真珠の嫉妬の感情を喰っており,いつ顕現できてももおかしくはない。

それが未だにその気配すらないというのは解せない。

ヤルダバオトの7柱の眷属のうち唯一の女性体で他の6柱の男性体を嘘で翻弄してきた。

しかし,ただの気まぐれで顕現をしないという事は考えづらい。

それはヤルダバオトの意志に反するからだ。


「そこまでする‥‥‥いや,しなければならない何かがあるのか。」


嫌な思考が頭脳の中を駆け抜ける。


「あたし以外にも誰かが介入しているのか‥‥‥」


あり得ない事ではない。ソピアーだって介入しているのだから。


「あたしも注意していないとダメね。」


長尾智恵と樋口ソフィアの様子を窺いながらティータイムを楽しんでいた。






高坂先生は馬場学長の自室に樋口ソフィアの事を報告しに来ていた。


「樋口さんも今後はこの一件に関して協力をしてくれるそうです。」


それで調べものをするのに長尾智恵と同じように完全閉架図書室の閲覧許可を貰えないかと望んでいる。

正直,馬場学長はその許可を出すのを躊躇った。

樋口ソフィアに憑いているであろうヤルダバオトに対する不信感を拭えていないからだった。


「どうしたものですかね‥‥‥」

「私は閲覧許可を出してもいいと思いますが‥‥‥」


高坂先生は間髪入れずに平然と答えてきた。

馬場学長は高坂先生まで操られているのではないかと感じる程に。

でもこの世界がヤハウェとヤルダバオトに因って創造されている以上,身体や精神に何かしらの影響があってもおかしくはない。

それに抗っても一人の人間である自分に何か出来るわけもないのも分かっている。

だったらこの状況下で閲覧許可を出さないという判断は同じ聖ウェヌス女学院の一生徒を差別している事にはならないか‥‥‥と感じてしまった。


「そうですね‥‥‥閲覧許可を出しましょう。」

「ありがとうございます。」

「まあ,時間も時間ですからIDカードは明日発行手続きをします。」

「ではそう伝えておきます。」


高坂先生は馬場学長の自室から退出した。


「完全に私が初動を間違えてしまいましたね‥‥‥」


馬場学長は深く溜息を吐くと椅子から立ち上がり,チェストの上に並ぶ写真立ての一つを取り上げて目を細めてジッと眺めた。


「美織‥‥‥貴女の時も何も出来ずにあのような事になってしまった。そして,自分だけで何とかしようとするのを止めようと反省したはずなのに‥‥‥また同じ事を繰り返している‥‥‥そろそろ後進に学長を譲った方がいいのかも‥‥‥」


美織‥‥‥こと北条美織は馬場学長にとって初等部の生徒だった頃からの代わりの居ない大親友であり,今ではこの学院に彼女の3人の娘も通学している。そのうち一番下の北条祈里は今回裏方としてこの一件にも関わっている。


「そして貴女の娘を巻き込んでしまった‥‥‥これが良かったのか‥‥‥悪かったのか‥‥‥正直,今は分からない。でも祈里が貴女と同じ運命を辿るようであればそれだけは何としても‥‥‥私の生命を賭けてでも避けなければいけない‥‥‥」


写真立てを置いて,胸元からロケットを取り出すと瞼を閉じて右手でギュッと握り締めてその手を頬に当てた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ