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聖ウェヌス女学院  作者: Paddyside
第1章 不思議のメダイ -Mysterious Medal-
40/215

#040 同床異夢

本庄真珠,高梨瑠璃,安田晶良は湯船に漬かり,3人で齋藤由里と水原光莉の戯れる様子を見ながら談笑していた。

齋藤由里が激しく追い回した所為か大浴場には靄が掛かり,視界はほぼゼロになっていた。

3人で並んでいたのに隣に居るはずの親友の顔すら見えない。

本庄真珠が声を掛けると高梨瑠璃と安田晶良は反応があった。

3人は声を頼りに1か所に集まり,お互いの無事を確認して喜んだ。

だが,齋藤由里と水原光莉の返事はない。


「どこに行っちゃったんだろう?」


大浴場から出たなら入口の扉のガラガラと鳴る音で分かる。

だから2人が大浴場から出たとは考えられない。なのに姿はない。

隠れるにしたって湯船の中に潜るくらいしかない。

もう数分は経っているから水原光莉が水泳部で潜水が得意だとしても息継ぎが必要なはず。

大浴場を覆っていた靄もすっかり晴れて視界は良好だ。

この状況では隠れられる場所はもうない。


「光莉!由里!出てきなさいよ!もういい加減にしないと怒るわよ!」


安田晶良は我慢の限界を超えたのか怒りが頂点に達し沸騰していた。

こんな安田晶良を見たのは本庄真珠も高梨瑠璃も記憶にはない。

本庄真珠と高梨瑠璃はもう怒っているじゃないとツッコミを入れたかったが怒りの矛先が自分たちに向くのを恐れて何も言い出せなかった。安田晶良に近づくのを躊躇うくらいに。

本庄真珠と高梨瑠璃は更衣室も確認しようと扉の前に立つと扉の向こうに人影が映っていた。

2人は水原光莉か齋藤由里が居るんだろうと思い,扉を開けた。

しかし,そこに居たのは‥‥‥


「何?」


2人は正面に立つ者の筋肉らしきものが目の前にあるのに驚愕した。しかもそれは明らかにシックスパックであり,腹筋であると認識した。

2人は徐々に顔を上げていく。2人の身長は160センチはないとはいえ,視線の正面に腹筋が見えるとすれば目の前に相対する者の身長は‥‥‥と考えたら威圧感を感じた。

それでも意を決して視線を上げていく。

そこに立っていたのは‥‥‥


「誰?」


2人にとっては見た事もない存在‥‥‥強いて言うなら男性なのだろう。


「キャーッ!」


そう思った瞬間,大浴場の外まで聞こえるくらいの悲鳴を上げていた。

本庄真珠は身体の大事な部分を隠すのを忘れて後退りした。その場にしゃがみ込んでしまい,錯乱状態に陥っていた。


「真珠,大丈夫?」


後に居た安田晶良は本庄真珠に駆け寄り,身体を擦り気持ちを落ち着けようとする。

安田晶良は本庄真珠を抱き寄せて,入口の方に目を向けると高梨瑠璃が入口に立つ者の逞しい体躯を見染て自分が全裸なのを忘れ,目の前にある筋肉をうっとりと愛でていた。


「何してるの,瑠璃?」


高梨瑠璃には安田晶良の声が届いていない。それほど陶酔している感じだった。


「ほう‥‥‥其方にとって私のこの身体は魅力的か?」

「はい。それはもう‥‥‥触ってみても‥‥‥」

「よいぞ。許そう。」

「ありがとうございます。」


見ているだけでは我慢の出来なくなった高梨瑠璃は許可を得た事でゆっくりと目の前の筋肉に触れてみる。見るからに視線がどこを見ているのか分からないくらいに虚ろになっており,後ろに居た高梨瑠璃にすら顔が紅潮しているのだろうと理解できるほどミディアムの髪の下の首元が紅くなっていた。


「其方たちもこちらに来るがよい。」


閑なのに体の中にまで響いてくる低い声。

安田晶良はその言葉に行ってはいけないと思っているのにまるで命令されたかのように身体は逆らう事も出来ずに立ち上がり,一歩また一歩と歩いていく。隣には本庄真珠が生気のない虚ろな表情で並んでいた。


『真珠‥‥‥大丈夫‥‥‥』


そう声を出そうしたが出てこない。操り人形のようにただただ一歩ずつ前進していく。

そして安田晶良の心には一歩進む毎に恐怖が紡がれていく。

あの者の前まで行ったら自分は発狂して死んでしまうのではないかと感じるくらいに。

足は止まった。その者の前まで来てしまった。

安田晶良は最後の抵抗とばかりに顔を見ないように目を伏せた。


「顔を上げて私を見よ!」


身体を支配されたかのように安田晶良は顔を上げる。


『ああ,もうどうにもならないんだ‥‥‥』


高梨瑠璃は目の前に立つ者に抱きつき,その者のシックスパックに自分の頬を摺り寄せて嗚咽を洩らしている。

本庄真珠は横に立ってはいるが目は死んだ魚のように力を失い,ただ佇んでいる。

安田晶良の中には抵抗する事の虚しさ‥‥‥この先何をされるのだろうという不安感しか残されていない。


「安田晶良よ。私はサタン。其方に召喚された。」

「えっ?!‥‥‥召喚‥‥‥悪魔を?‥‥‥そんな事した覚えは‥‥‥」

「何か勘違いしているな。私らを召喚陣で喚ぶとでも思っていないか?」

「そうではないんですか?」

「そうだ。私らも神と同じ絶対的な存在だからな。ただ其方たちは神を善,私らを悪と勝手に捉えているだけだ。それも神によって長い年月に渡り刷り込まれたものだがな。」

「えっ?!」

「それはそうだろう。人間だって一人の中に善悪はあるし,同じ行為をしても他人から見たら善と捉える事も悪と捉えられる事だってあるだろう。」

「言われてみれば‥‥‥」

「それに私らは其方たちの悪感情を喰らい,それを処理するのを役割としている。だから私らが現れると悪魔に憑りつかれたとか言うが,必ずしもそうではない。まあ,それを信じるか信じないかは其方次第だがな。」


安田晶良の心にはサタンと会話するうちに安静が訪れていたが,俗に言う悪魔を目の前にして,実際はそれどころではなかった。

それでもサタンの言う事に一理があるとは思ったが,如何せん悪魔の言う事なのでどこまで信じていいのか分からなくなっていた。

そうしている間も高梨瑠璃はサタンの身体に抱き着いて,頬擦りを続けている。


「あの‥‥‥その気にならないんですか?」

「何がだ?」

「そうやって頬擦りされているのを‥‥‥です。」

「私らは感覚を無効化する事も出来るからな。何も感じていない。それにもうそろそろ彼奴も顕現できるようになる頃だしな。」

「彼奴?」

「ほら其方の後ろだ。」

「えっ?」


そう言われて安田晶良は振り返る。そこには一人の悪魔が立っていた。


「漸く顕現できたな。アスモデウスよ。」

「今回は御前のお蔭だな。礼を言うぞ。サタン。」

「此奴はな,アスモデウスと言って,この高梨瑠璃に召喚された者だ。」

「瑠璃に?」

「そうだ。ちょうどいいからもう少し教えてやろう。私は七つの罪源における憤怒を司っている。即ち怒りの感情を喰らう者だ。そして,このアスモデウスは色欲を司っている。即ち淫らな感情を喰らう者だ。」


説明を受けている間にアスモデウスはサタンの隣に立ち,高梨瑠璃の頭に手を翳した。そうすると高梨瑠璃は突然電池の切れたようにへたり込んでぐったりと倒れた。


「瑠璃?!大丈夫?」

「大丈夫だ。彼女の色欲を喰らっただけだ。ただあまりにも感情が強くてな。喰らい過ぎたから気を失っただけだ。少しすれば目を覚ます。」


安田晶良は彼ら悪魔の発言のどこまでが本当なのかは信じられなかったが,高梨瑠璃の行為が止まって,ホッと一安心し胸を撫で下ろしたのも事実であった。


「それで真珠は‥‥‥」

「そっちの女の事かな。彼女はまた担当が違うからな。分からん。」

「えっ?」

「そっちの女‥‥‥本庄真珠はな,嫉妬を司るレヴィアタンが見ているのだ。彼女が怒りの感情を出せば私が喰うがそれ以外は何もできない。それは色欲を喰うアスモデウスも一緒だがな。」

「その通りだ。」

「私はいったいどうすれば‥‥‥」

「別に何もする事はない。私らが去ればあの2人は元通りに戻る。それだけだ。」

「本当に?」

「ああ。‥‥‥んっ?呼ばれているな。では私はそろそろ失礼する。」

「えっ?」


サタンはパチンッと指を鳴らすとアスモデウスと伴いスッと姿を消した。

安田晶良は倒れている本庄真珠と高梨瑠璃が心配で駆け寄り,身体を揺すって呼び掛ける。

しかし,2人に反応はない。

安田晶良は自分が風呂上がりで全裸だという事を思い出して,一先ず服を着る。

そして2人には下着だけを穿かせてバスタオルを上半身に巻いた。


「何?‥‥‥私‥‥‥どうしていたの?」

「よかったぁ。目を覚ました。」

「本当に‥‥‥よかった。真珠,気を失っていたんだよ。」


安田晶良は本庄真珠が目を覚ました事を嬉しく思っていたのとは別に気になる事があった。

さっきサタンはこの本庄真珠には嫉妬を司るレヴィアタンが憑いていると言ってたのを思い出したからだ。

でもここは聖ウェヌス女学院。要は女子校。

嫉妬と言われても嫉妬する相手なんて居るのだろうか?と考えていた。

本庄真珠は陸上部では学内ではトップの成績を誇っているし,学業もトップ10に入るほどの文武両道を体現している。上には上が居るとは言うが嫉妬とは遠い存在だと思っていた。

その本庄真珠に嫉妬の悪魔が憑くなんて信じられない。

でもさっきの事を思い返せば自分の事もおかしいと感じた。

自分に憑いているのはサタン。憤怒を司ると言っていた。

自分でいうのもおかしいが,幼馴染たちから見ても自分は怒りの感情からは程遠いと思っている。

しかし,齋藤由里と水原光莉の姿が消えて真っ先に怒ったのは自分だった事に気付いた。

それに高梨瑠璃だって悪魔に魅入られていたとしてもあんな事をする娘ではない。

それが隆々たる筋肉を見て,紅潮して頬を摺り寄せるなんてあり得ない。


『だとしたら‥‥‥』


安田晶良は本庄真珠の顔をジッと睨むように見た。

その視線を感じた本庄真珠は自分に対して悪意を放たれたかのように感情を露わにする。


「晶良,私に何か文句でもあるの?」


その言葉に安田晶良はたじろぐ。


「だって今,睨みつけてきたじゃない。そりゃ心配はさせたかもだけど,それでそんな表情を向けてくるなんて‥‥‥」

「いや,そんなつもりは‥‥‥」

「晶良って,昔は陸上やりたいって言ってたけど,私の方が成績がいいからって辞めたじゃない?まるで当てつけの様にさ。」

「そんな事ないって‥‥‥」


急に口喧嘩のような光景が展開され高梨瑠璃はオロオロと見ているしかない状況だった。


「だったら何で睨んでくるのよ。」

「だから‥‥‥それは‥‥‥」


これが本庄真珠の嫉妬の種になっているのだが,安田晶良は機関銃のように捲し立て論破してくる本庄真珠に対して抵抗するのが精一杯でそこまでの思考に至ってはいない。


「本当にっ!もうっ!#%&*」


本庄真珠は言葉にならない言葉を発したかと思ったらクルッと振り返り脱衣場から駆け出して行った。

安田晶良と高梨瑠璃はその後ろ姿をただ呆然として見送るしかなかった。


「真珠‥‥‥いったい,どうしちゃったんだろう‥‥‥」

「そうだよね‥‥‥」


安田晶良は本庄真珠の一連の行動と感情が悪魔を呼び寄せたとでも言いたげだったが,本当にそうなのか?

‥‥‥サタンが言っていた事には嘘があると思うほかなかった。






樋口ソフィアは帰宅して,自分の部屋に籠ると机に向かい,今日図書館で調べてきた事の取り纏めをしていた。

自分の先祖が巻き込まれた宗教戦争‥‥‥

累代の系譜の中で培われた宗教観‥‥‥

自分の父親と母親の出会い,そして自分が生まれた事‥‥‥

父親の転勤に伴い,世界各地を巡り,母親の故郷である日本に辿り着いた事‥‥‥

自分が聖ウェヌス女学院に通う事になった必然性‥‥‥


『もしかしたら‥‥‥』


その全てが今の状況に行き着くために仕組まれた事だとしたら‥‥‥


『いったい誰がそれを仕組んだのか?』


答えは分かっている。

でも本当にそうなのだとしたら何の為にという理由が樋口ソフィアにはまるで人智の及ばない深淵の者なのだろうと思った。






長尾智恵は学長室での打ち合わせを終えると内藤副学長を一緒に100周年記念館に戻った。

内藤副学長に話がしたい誘われ,一旦自室に荷物を置いた後ティールームで待ち合わせする事にした。


「ところで,お話と言うのは何ですか?」

「あなたには私個人として聞いておきたい事があるのです。」

「それは‥‥‥?」

「はい。私はこの試練について伝聞でしか聴いていないですし,直接関わった事がありません。それは試練とは聖ウェヌス女学院において一番重要な事であり,試練を達成する‥‥‥いえこの表現が正しいのかすらも分かりませんが,それが出来れば馬場学長の様に学院の最高の権威を手にする‥‥‥と理解していました。」

「ええ‥‥‥」

「しかし,現在に至って思うのは長尾さんや樋口さんだけならまだしも貴女の幼馴染7人に加えて,過去に試練を経験してきた馬場学長,山県先生だけでなく,私や高坂先生まで関与してしまっている。それは私たちが北条祈里さんの血の力を受けてこの世界に干渉している所為でもあるのかと。」

「祈里のですか?」

「そうです。北条さんの事ははさっきの話では馬場学長も触れてはいませんでしたが‥‥‥今回,交通事故から始まり,どうも過去の試練とは異質なものになってしまったと私は思うのです。」

「私も色々と文献などで調べてきましたが,試練に関して詳しい資料というのがなくて,馬場学長と山県先生の体験談しか分かりません。その山県先生はあまり詳しく教えてくれませんし‥‥‥山県先生に関しては失敗した事もあって語りたくないのでしょうね。でも私はそれすらも貴女に繋ぐために仕組まれたものではないかと思えるのです。」


内藤副学長と長尾智恵の問答は数時間にも及んだ。

それこそ夕食を食べるのすらを忘れて話し続けていた。


「なるほど。貴女の考えはよく分かりました。私もそれを踏まえて行動する事にします。」

「ありがとうございます。そう言って頂けると私も心強いです。」


テーブルを挟み,お互いに右手を差し出すとグッと力強く握手を交わす2人だった。






加地美鳥は目を覚ました。ふと視線を横にやるとベッドの傍らには千坂紅音が寝息を立てている。

自分が何故ここで寝ていたのか正直思い出せない。

口を開こうとすると唇がカピカピになっていて,口が上手く開かない。

舌を出して唾液でペロリと舐め回す。

そして舌を口の中に戻すと何か違和感のある味がした。


「いったい何?」


今まで味わった事のないもの。遠く記憶を辿ってみても思い出せない。

人差し指を口の中に入れて舌の上を軽く触ってみる。

でも指に付着したのは自分の唾液でそれが指紋を浮かび上がらせるようにキラキラと光っているだけだった。

身体を起こして着ている物を見ると寝汗が酷い。


「シャワーを浴びよう‥‥‥」


自室のシャワーでもよかったが,しっかりと湯船に漬かりたい衝動を抑える事が出来ない。

千坂紅音を起こさないようにベッドから抜け出すと着替えとバスタオルを携えて大浴場へと向かった。


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