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聖ウェヌス女学院  作者: Paddyside
第1章 不思議のメダイ -Mysterious Medal-
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#017 一知半解

聖ウェヌス女学院に着いた長尾智恵は菩提樹の遊歩道を図書館に向けて歩いていたが,気持ちは心ここにあらずでボーッとしていた。その原因はバスの中での出来事なのは明白だった。


あの出来事は一体何だったのか?

彼女自身,席に座っていつの間にか眠りに誘われていたのだろうか?

バスに乗車した後,運転手のすぐ後ろの席に上がり,流れる車窓を眺めていた。降車扉の後ろ辺りに数名の乗客が居たのを覚えているし,そのうち一部の乗客が降りたのも記憶している。どこまでが現実でどこからが虚構なのか?

正直,長尾智恵は困惑していた。自分の事なのに自分でも理解できない。そんな状況に。


いつの間にか図書館の前まで来ており,入り口の扉のガラスに映る自分の顔に気付いて我に返った。そのまま完全閉架図書室に入り,今日も様々な書籍や文献に目を通して午前中は終わった。


お昼になってお腹も空いてきたので大学棟にあるカフェのテラス席に移動してランチに頼んだサンドウィッチを摘み,今日までに調べてきた事を書き記したノートをパラパラと捲り目を通しつつ,今まで経緯も踏まえて照らし合わせながら考えを巡らせる。


まず最初に長尾智恵が調べたのはアイオーンの事だった。

アイオーンは時間の神として知られていて,永遠や永劫を象徴するという。また,この世界を創造した神とは対となる至高者が存在するとしている。この至高者の下にいる神的存在があり,この存在がアイオーンだとも云われている。仮にアイオーンが時間を象徴する者であれば今,時間的な感覚がめちゃくちゃなのはアイオーンが深昏睡状態に陥っているためなのかもしれない‥‥‥。


次に調べたのはヤルダバオトの事。この世界を創造した神のがヤルダバオトであるのだという。ただし,ヤルダバオトは偽の神の固有名と云われいる。そして,ヤルダバオトとヤハウェは同一性のものであるという書見を見受ける。

だとすればヤハウェとは何者なのか?

もし同一性だとすればヤハウェが善性でヤルダバオトが悪性というのはおかしいという事にならないのか?

加えて,バスの中の事‥‥‥夢の中でヤハウェには威厳があるというよりは威圧を受けている感じがする。


『なんだろう‥‥‥この違和感は‥‥‥』


正直,長尾智恵は困惑していた。彼女がこの聖ウェヌス女学院で‥‥‥いや今までの16年間の人生で学んできた,経験してきた‥‥‥世界観や宗教観を総てぶち壊されてしまいそうなそんな状況に置かれている。

フーッと大きく一息ついて椅子の背凭れに雲一つない青空を見上げる。


『そもそもヤハウェが善で,ヤルダバオトが悪という定義って誰が決めたんだろう?』


その考えが頭の中を巡った時,長尾智恵はふと気がついた。


『もしかしたらどちらかが善とか悪とか‥‥‥そう考えるのではなく,どちらの要素も持っていて偶々どちらかの要素が強く出ただけと考えたらどうだろう?』


そして,テーブルの上のノートに視線を落とすとある記述を見て,何かを悟ったかのように軽く頷き,残っていたサンドウィッチと紅茶を平らげてトレイを下膳口に戻し図書室へと駆けて行った。






午後に入り,長尾智恵は図書館に戻り個室の読書室を借りて,完全閉架図書以外の様々な宗教学や心理学,神話体系の読み物など時間の許す限り読み進め考察する。


不思議のメダイは,聖母マリアの出現を目撃したフランスのカトリック修道女カトリーヌが,聖母によって示されたお告げとイメージをもとにデザインして,金細工師が製作したと云われている。別に「無原罪の御宿りのメダイ」とも呼ばれている。

そして「無原罪の御宿り」とは,「聖母マリアはイエス・キリストを宿した時に原罪が潔められた」という意味ではなく,「聖母マリアはその存在の最初‥‥‥すなわち聖母マリアがその母親に受胎した時からから原罪を免れていた」という教義であるという。


今から約200年前の夏,フランスはパリの修道院で修道女カトリーヌは子供の声を聞いて目を覚まし,そこで彼女は聖母マリアの出現を目撃したという。そして聖母マリアは修道女カトリーヌに語り掛けた。

「神はあなたに使命を委ねます。あなたは否定されるでしょう,しかし恐れてはいけません。あなたは恩寵によってその使命をなしとげるでしょう。フランス,そして世界は今,悪の時代です」と‥‥‥


その年の秋,修道女カトリーヌは夕方の黙想の時間に聖母が再び現れたと報告した。聖母マリアは楕円形の枠の中で地上に立ち,様々な色の指輪をしており,ほとんど指輪からは輝く光線が地上に降り注いでいた。

楕円形の枠のへりには「原罪無くして宿り給いし聖マリア,御身に寄り頼み奉るわれらのために祈り給え」という意味のフランス語の文字があり,そして楕円形の枠は裏返り,12の星の輪と十字架の上に乗る大きなMの文字,茨に囲まれた王冠を冠したイエス・キリストの心臓と,王冠を冠し剣の刺さった聖母マリアの心臓が見えたという。

修道女カトリーヌは聖母マリアが「このイメージを贖罪司祭に伝え,彼らにそのメダイを身に着けるように言い「それを身につける人は大きな恵みを受けるでしょう」と話しなさい」と言うのを聞いたという。


もしこの話を基準に考えると聖ウェヌス女学院にある不思議のメダイには聖母マリアではなく,アイオーンが宿っているのか?

それとも聖母マリアとアイオーンが同義なのか?

それ以前に今手元にあるこのメダイは不思議のメダイなのだろうか?

長尾智恵は胸元からペンダントを取り出して半分になってしまったメダイの淵を見る。確かに文字が彫られているが,もしこのメダルが2世紀近く昔のものなのか,既に文字を読み取れる状態ではなかった。

まあ,それ以前に長尾智恵はフランス語を習っていないために文字が鮮明でも読むことが出来なかったのではあるが‥‥‥


『それにこの本‥‥‥』


聖ウェヌス女学院において最終的に専門の宗教を学ぶための前提として全体的な宗教観を身に着けるための入門書のような書籍だった。

ただでさえ宗教が違えば対立があるのに同じ宗教でも宗派の違いで対立がある。この対立こそが自分の信じる教えが善で,それ以外は悪だとする固執から来るものであるのだろうと長尾智恵は感じ始めている。


『そもそも善悪とは何なのだろう?』


長尾智恵はまるで達観したかのような境地に思い至っていた。

善悪とは人類全体における客観性や国家などの大きな集団の中における客観性であり,その中で望ましいものとそうでないものを呼んだ事に始まるという。大きな集団には宗教も含まれており,神など至高の存在による教えを授かって,それに従うのか反するのか‥‥‥という事も含まれる。


『やっぱり善悪は人類が創造してきた事であり,神と呼ばれる存在の善悪を基にしているとは思うが,幾星霜の時間経過と重ねられた世代継承の中で変化を起こしてきてもおかしくはないのだろう。善と悪が表裏一体であるのであれば,ヤハウェとヤルダバオトも表裏一体であり,同一性であってもおかしくないのかもしれない‥‥‥神を善とするから対となる魔を悪としている?』


長尾智恵は椅子に深く腰を沈めて目を瞑り,思いを巡らす。


『ヤハウェにしてもヤルダバオトにしても,各々は自分の立場を善として肯定し,相手の立場を悪と定義して否定ている。だとすればこの状況にも納得はできるけど‥‥‥そして,この女学院に於いてはヤハウェを善とするからヤルダバオトが必然的に悪となっている?!』


出て来た答えに自分でツッコミを入れたくなり,思わず自分で頭を両手でポカポカと打っていた。


『でもよく考えてみたら自分を主観的に悪だと認めて行動するというのは普通なら考えにくいよね‥‥‥自分が間違っていると分かっていて行動するなんて‥‥‥余程追い詰められてか,催眠術にでも掛けられて判断が出来ない状態でない限りあり得ないよね‥‥‥ましてや,相手は究極であり,至高の存在であるはず‥‥‥そんな状態に陥る事が考えられない。』


一息ついて今まで調べてきた文献の内容を纏めたノートを読み進める連れてそんな思いが強くなった。


『でも今,この事を学長に話するのはどうなんだろう?‥‥‥先生たちの思想はあくまでもヤハウェが善であり,ヤルダバオトが悪だと捉えている節がある。であれば,こんな理論をぶつけても強硬に論破されたり,あまつさえ否定されて宗教裁判的な事も‥‥‥そこまではないにしても何かしらのペナルティが与えられるかもしれないし‥‥‥まだ話すには少し早いような気がする‥‥‥』


長尾智恵は正直迷っていた,不安に苛まれていた。


『あれっ?だとするとアイオーンの存在って何なんだろう‥‥‥』


そしてスマホを取り出して時計を見た彼女はもう少し調べ物を進めることにした。


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