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聖ウェヌス女学院  作者: Paddyside
第1章 不思議のメダイ -Mysterious Medal-
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#016 重見天日

内藤副学長はシャワーを浴びて,3時間程度の仮眠を取ったのち聖ウェヌス女学院に向かい,高等部の学長室に来ていた。


「申し訳ありません。」

「まあ,致し方ないでしょう。」


多少まだ眠気の取れていない寝惚けた内藤副学長は馬場学長にDVDから何の異常も認められなかった事を報告した。

馬場学長はそんな内藤副学長ほどの宗教学とITの知識を持ち,統合させた先駆者を以ってしてもこんなになるまでやっても何も見つけられなかったのであれば,それは何か大きな力の存在が関わっているのを認識できた。それだけでも儲けものと云えるだろうと思っていた。


「あなたがそんなになるまでやってもダメで,私も私自身が経験してきたこの手の件に関する事を昨晩いろいろと考えてみたのですが今までの事案よりかなり厳しい状況になるのではないかと思っています。」

「それはどういうことですか?」

「まずヤルダバオトが復活するにはあまりにも時期尚早です。たぶんこれは山県先生が学生の時に施した封印が中途半端になっていたのが遠因かと思います。しかし,これには私にも責任の一端があります。」


そう言うと馬場学長はティーカップを手に取り,紅茶を口に含む。


「それに‥‥‥」


馬場学長は昨晩自宅に戻った後調べた事を思い出しながら言葉を紡いでいった。


ヤルダバオトの対になる存在としてのヤハウェとその上位のアイオーンがいるというのは文献で散見していた。ただし,ヤルダバオトの事件においてアイオーンとヤハウェの存在が確認された事は今までなかった。

馬場学長はアイオーンの持つ力をヤルダバオトが総て取り込んで復活するためにヤハウェが同時に復活する事がないと思っていた。それは馬場学長自身が体験した時もそうであったからだ。だから今回はヤルダバオトとヤハウェが同時に復活したのであればそれぞれがアイオーンの力を分け合って復活したと考えていた。

となるとヤルダバオトが次にやることは何か?

完全な力を手に入れるために眷属悪魔たちを使い,外からヤルダバオトに力を得る事かヤハウェから力を奪う事の二択だろう。

前者は眷属悪魔たちが長尾智恵の幼馴染たちに憑りつきそこから力を供給することなのだろう。という事は幼馴染の彼女たちにもそれなりの力が備わっているという事になる。


「何か疑問でもありますか?」


そこまで聞いていた内藤副学長がふと訝しげな表情になった事に馬場学長は気がついた。


「いえ,何かを見落としているような気がするのです。」

「見落としですか?」

「そうです。それが何なのかは具体的には分かりません。が,‥‥‥今まで学長がお話ししていたことは正鵠を得ていると思います。ただ,あまりにも理路整然とし過ぎていて何か落とし穴があるような気がするのです。」

「なるほど。取り敢えず続きを聞いてください。」


後者はヤルダバオトがヤハウェと分かち合った力より大きければ容易く奪う事が可能だろう。しかし,分かち合った力が同等若しくは小さかった場合,ヤハウェから力を奪うのは容易ではない。だからここで眷属悪魔からの力の供給が大きな意味を持ってくると考えられる。

いや,もしかしたら分かち合った力が大きくても確実に完全な力を手に入れるために眷属悪魔たちを使うのかも知れない。


ここでまた内藤副学長が口を開いた。


「学長‥‥‥もしも,もしもですよ。仮にアイオーンの力を100とした場合,ヤルダバオトがヤハウェから力を奪って総てを手に入れて100の状態になったとして,眷属悪魔から力が供給されて100を超えた場合はどうなるのでしょうか?」


内藤副学長の疑問に馬場学長はハッとした。未だかつてこのような事態になったのを見聞したことはない。もしかしたら文献等に残っていないだけで同じような事はあったのかも知れないが,でもこれは未知の領域である事には間違いない。


「普通に考えられるのは100を超えたところで力を内包できずに何も起きない‥‥‥」


馬場学長はここで言葉を詰まらせ,学長室を静寂が包み込む。そして,その静寂を打ち破ったのは内藤副学長だった。


「100を超えた事で何かしらの異変が起きる‥‥‥」

「考えたくはないですがその可能性はあります。例えば,人間は持っている力の30%くらいしか出せずにいて,残りの70%を使いきれていないと云われている‥‥‥」


馬場学長はそこまで発した言葉に自ら気づき固唾を呑んだ。


そう,それは長尾智恵の幼馴染である本庄真珠,水原光莉,高梨瑠璃の3人の事を。彼女たちはヤルダバオトの眷属悪魔の影響を受けて今までからは信じられない記録を出した。

これも使われていなかった秘めた力を開放し始めた結果なのかも知れない。であれば,ヤルダバオトにも同じ事が起きてもおかしくはない。


「どちらにしても未だ嘗てない程の事が起きる‥‥‥それを前提に対策を打たなければならない‥‥‥」

「やはり,そうい事まで考えてなければなりませんね。」






長尾智恵は聖ウェヌス女学院に向かうためにバスに乗っていた。日曜日という事もあり,学生服姿の女子生徒はなく,今乗っているのは長尾智恵以外には運転手だけになっていた。日曜日といってもこんなことは珍しい。そのためにバスの心地良い揺れに睡魔に負けて眠り込んでしまった。ふと目を覚ますと車内には次の停留所のアナウンスの声が響き渡るだけで,あとは車外から聞こえる車やバイクのエンジン音や道を歩く人の声だけだった。


『こんな他に人の乗っていないバスって乗ったことないな。』


長尾智恵は運転手の真後ろの座席に座り,時折車内をキョロキョロと見渡しながら独り言を呟いた。そして,運転手の後ろ姿を見てふと違和感を覚える。


『随分と静かな運転手さん‥‥‥』


普通なら車外の確認でミラーなどを見るのに頭が動いたりするはずがこの運転手はまるでピクリとも動かない。というよりハンドルを持つ手ですら動いていなかった。長尾智恵は思わず座席から降りて運転手を背後から触れようとする。


「お客様,危ないですから席にお座りください。」


その言葉を聞いて安心した刹那,その機械的だった声に覚えがあった。ギギギと小刻みに頭が動き運転手の表情が見えたところで思わず長尾智恵はハッとした。


「ヤハウェ‥‥‥さん?」

「ほう,よく覚えていたな。」

「何でこんなところに‥‥‥?それより危ないから前を見て!」

「大丈夫だ。」


既にヤハウェの頭は背後にいる長尾智恵の方に向いており,前方を見ていない。危険を感じた長尾智恵が声を掛けたが,ヤハウェはまるで動じていない。そして長尾智恵が前方に目を向けると外は電灯の点いていない真っ暗のトンネルのような空間にいた。


「いつの間に‥‥‥というよりここは何処?」

「だから大丈夫と言っただろう。」

「何が大丈夫なんですか?ここは何処ですか?」

「ここは君の夢の中だ。」


長尾智恵の質問にヤハウェが答える。そして,ヤハウェは一方的に語り始める。


「君には言っておいたはずだ。儂の言った事は信じろと。でも今の君は儂の言葉に疑問を持ち始めておるな。」

「だって,おかしな事が多過ぎますよ。」

「まあ確かにそうだが‥‥‥この程度の事で動じてどうする。これから起きる事を考えたら大したことはない。」

「そうなんですか?」

「そうだとも。だから儂の言った事は疑わず前に進めばよい。」


その刹那,目の前が眩むほどの光に包まれ,長尾智恵は思わず目を瞑んでしまった。そして,目を開くとそこはいつものバスの中であり,運転手も普通にバスを走らせていた。

そして長尾智恵は運転手のすぐ後ろの席に座っていた。


『えっ?!本当に夢だったの?』


正直何処からが夢だったのかは分からないが,こうして席に座っているという事は先ほど立ち上がって運転席の後ろに行き,運転手というかヤハウェと話していたのは夢だったのだろうと思った。そして,席から下りて,運転手に話しかけようとしたのだが‥‥‥


「お客様,危ないですから席にお座りください。」

「あっ,はい。すみません。」


長尾智恵は返事を返すと車内を後ろの方へと歩き,降車ドアのすぐ近くに座り直した。


「次は聖ウェヌス女学院前‥‥‥」


車内アナウンスが流れ,長尾智恵は降車ボタンを押した。






樋口ソフィアは今日もウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂に来ていた。そして鍵の掛かった扉の前に立ち,礼拝堂を見上げて深く溜め息をついた。


『あのシスターに言われたように別の礼拝堂でお祈りするしかないのかな?』


でも樋口ソフィアの心の中では今さら他の礼拝堂に行ってまでお祈りを捧げる気持ちを持てなくなっていた。彼女にとってこのウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂には惹きつけるものがあったのである。


ここに来る前に別の礼拝堂の前まで行ったもののそこには日曜礼拝に来ているたくさんの人がそこかしこと居り,ただでさえ顔見知りが酷く,人だかりの嫌いな樋口ソフィアにとっては地獄でしかない。


「うん。やっぱり無理。」


礼拝堂の扉の手前の階段で段上を見上げて即座に中に入るのを諦めた。

だからこそ今もう一度ウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂に来たのだが,固く閉ざされた城壁のように聳える扉に抗えるはずもなかった。


「ひゃっ!」


樋口ソフィアが踵を返し歩き始めようとした刹那,思わず声を上げてしまった。背後から左肩に何か触られた感覚を感じた。


『今,何かに触られた?』


そおっと振り返ると礼拝堂の端に何か小動物がおり,それが樋口ソフィアを招くような視線を送っている‥‥‥そんな感じがした。

恐る恐るその小動物に近づいていく樋口ソフィア。それを見透かすかのように距離を詰めさせないようしながらも樋口ソフィアを見つめる小動物。樋口ソフィアは腰を屈めながら手招くが,その小動物はそれに応じてはくれない。一定の距離を取りながら1人と1匹は歩を進めた。

そんなやり取りを続けるうちに樋口ソフィアは顔を上げてふと周囲を見ると礼拝堂の裏手に来ていた事に気がついた。そして,小動物の方に目を戻すとそこには何もいなかった。


『あれ?あの子何処に行っちゃったのかな?‥‥‥仕方ない,帰ろうかな。』


小動物を探すのを諦めて樋口ソフィアは踵を返した刹那,足元から閃光が走り,その眩しさに目が眩んで思わずしゃがんでしまった。


『何?今の?』


漸く視界を取り戻した樋口ソフィアが目を開くと足元には割れたメダルの破片を見つけた。


『あれ?さっきこんなの落ちてたっけ?』


そのメダルの破片が落ちていたのは小動物を最後に見た場所で,もしかしたら小動物が落としたのかとも思ったが,あの小動物が持っていたにしてはサイズが大きすぎると思い,あの小動物がこれを拾わせるために連れてきたのかとも考えたが,あまりにも理に適わない考えに樋口ソフィアは苦笑しつつ,そのメダルの破片を拾いあげた。


『でも何のメダルだろう?』


メダルは図柄を見る限り上の方から綺麗に中心点に向かって真っすぐ割れており,中心から5時方向に亀裂がずれている。約6割が残っている感じであろうか。

樋口ソフィアはそのメダルの模様に魅入られて是非模様の全部を見てみたいと思ってしまった。そして,近くにメダルの残りがないか草叢や土の中まで掘って小一時間ほど探したが結局見つからず,疲れてきたので今日のところは捜索するのは辞めることにした。


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