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聖ウェヌス女学院  作者: Paddyside
第1章 不思議のメダイ -Mysterious Medal-
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#015 魑魅魍魎

コンコンコン‥‥‥


静まり返る高等部校舎の学長室の扉を叩く音が響いた。その音に一瞬ドキッとした馬場学長だったが,気を取り戻し声を掛けた。


「‥‥‥どうぞ‥‥‥お入りになって。」

「失礼します。」


扉を開けて入室してきたのは長尾智恵だった。


「長尾さん,どうかなさいましたか?まぁ,取り敢えずソファにお掛けになって‥‥‥」


馬場学長にそう促されると長尾智恵はソファまで進み,腰を下ろした。今日は高坂先生が不在なのか,馬場学長が紅茶を淹れ始める。


「さぁ,どうぞ。お召し上がりになって。高坂先生ほどのお味ではありませんが。」

「頂きます。」


馬場学長は少しはにかみながら,長尾智恵の前にティーカップを差し出した。

長尾智恵は紅茶を口に含み潤すと話を切り出した。


「昨日ここを出た後,図書館に行ったのですが‥‥‥」


昨日,図書館であった不思議な体験‥‥‥

完全閉架図書室にあった鮮血のように真っ赤なタイトルの読めない背表紙の本‥‥‥図書登録ラベルが貼られておらず,司書の先生もその本の事を知らないという事‥‥‥そして,その本に手が触れた瞬間そのすごい閃光とともに目が眩み,視覚が戻るとその本が失くなっており,時間も3時間経っていた事‥‥‥


「そうですか。それに関しては思い当たる節もあるのでこちらでも調べてみましょう。」

「それで,今日も今まで図書館で調べ物をしていたのですが‥‥‥」


そう言うと長尾智恵はティーカップを口に運び,もう一度口を潤し,話を続ける。

長尾智恵が完全閉架図書室で調べてきた枢要罪に絡む事柄‥‥‥罪源と美徳の関係,枢要罪の変遷,最新の罪源などがあった。


枢要罪というのはもともと8つあり,その厳しさの順序から「暴食」,「色欲」,「強欲」,「憂鬱」,「憤怒」,「怠惰」,「虚飾」,「傲慢」だった。その後8つから7つに変更されて,「虚飾」は「傲慢」へ,「憂鬱」は「怠惰」へと合わせられ,「嫉妬」が追加された。

そして枢要罪と対となる枢要徳があり,「暴食」には「節制」,「色欲」には「純潔」,「強欲」には「救恤」,「憤怒」には「慈悲」,「怠惰」には「勤勉」,「傲慢」には「謙譲」,「嫉妬」には「忍耐」が対比する形で挙げられる。

最近発表された枢要罪には遺伝子改造,人体実験,環境汚染,社会的不公正,貧困,過度な裕福さ,麻薬中毒がある。


「なかなか興味深い考察ですね。枢要罪の罪源と美徳の相関関係は目の付け所がいいと思います。あなたの幼馴染たちにどの枢要徳が付いているのか,それでどの眷属悪魔が憑依するのかというのもいい見解だと思います。あと最近の枢要罪についてもなかなか面白いと思います。引き続き調べてみる事をお勧めします。」

「はい。分かりました。」


馬場学長は長尾智恵の話を聞いて彼女の洞察力に感心した。






そして長尾智恵が帰った後‥‥‥馬場学長は内藤副学長を呼び出した。暫らくして内藤副学長が学長室に現れ,2人はソファに対面で座り,一連の出来事について話を始めた。


「やはり長尾さんはなかなかの素質の持ち主です。大いに期待できると思います。」


話を聞いた内藤副学長は大いに感心した。


「にしても完全閉架図書室にあったという真っ赤な背表紙の本が気になります。あそこは強力な結界を敷いてあるので外からの力に干渉されるはずはないですし,誰かがそれを持ち込むにしてもIDカードがなければ入室できないですからカードを持つ誰かの犯行という事になります。だとすればそれやった人間は直ぐにでも分かるでしょう。」


この点は馬場学長の意見に内藤副学長も同意だった。


「ただ一瞬の目晦ましの閃光が3時間もの時間経過を産んだというのも大変に気になります。併せて調べてみましょう。もしかしたら防犯カメラにも何かが写っているかもしれません。」


完全閉架図書室は取り扱う書籍の性質上から入り口をはじめ書架の通路など総てを見渡すように防犯カメラを設置している。


「ではさっそく映像を確認してみましょう。」


馬場学長は警備室に連絡をして映像を持ってくるように指示した。


「今回の一件は古い枢要罪に絡む悪魔のなしたものでしょう。でももしかすると新しい枢要罪に絡む事件も起きる事を念頭に置いておいた方がいいのかもしれません。私の親友が亡くなった事故の時期から考えてもこちらも問題も近々あるかもしれないですし。」

「もうそんな時期になりますか?」

「彼女の娘たちも上の娘たちは既に成人してますし‥‥‥下の娘も長尾さんと同じクラスに居ますからね。」

「分かりました。こちらの件も要注意で当たっておきます。」

「お願いします。」


馬場学長は内藤副学長にそう促すと冷めた紅茶を飲み干した。


コンコンコン‥‥‥


「ご依頼の映像をお持ちしました。」

「ありがとうございます。」

「では,失礼いたします。」


警備員が映像の入ったDVDディスクを持って来たのを内藤副学長が受け取り,それを自分のPCに入れて映像を映し出す。


「まずは問題の18時の映像を見てみましょうか。」

「はい。では映します。」


そこには本を書架へ返しに来た長尾智恵が居た。本を戻そうとした手が止まり,その眼がとある場所に注視されて身動きが止まった。


「彼女の手元の辺りの書架を拡大してもらえますか?」

「はい。」


内藤副学長がそう答えると映像を一時停止して長尾智恵の手元を拡大鮮明化させる。しかし,その手元付近には問題の真っ赤な背表紙の本は見当たらない。


「どういう事でしょうか?」

「そうですね‥‥‥どう見ても長尾さんの言っていた本は見当たらないですね。もう少し進めてみましょう。」

「はい。では再生します。」


内藤副学長が再生ボタンを押す。そうするとその刹那,画面から眩い閃光が発せられた。思わず,馬場学長と内藤副学長は咄嗟に前腕で目の前を覆って目を瞑り,その眩しい閃光から逃げようとしていた。

スーッと光は収まると学長室内は暗転していたが,まだ2人は暗順応のせいで目を開ける事は出来なかった。閉じた瞼の裏にはゴミが飛んで見える飛蚊症のような画像がチラチラとしており,なかなか落ち着かなかった。


「学長,大丈夫ですか?」

「まだ目を開けられませんが,取り敢えずは大丈夫です。」


徐々に落ち着きを取り戻し,2人は恐る恐るとゆっくり瞼を開き目を細めて周囲を確認する。


「今のは何だったのでしょうか?」


内藤副学長が時計を確認すると時間は経っていない。そしてDVDを停止しようとPCの画面を見た時に違和感を覚えた。

そこに表示された時間は3時間が経過していた。


「えっ?」


その声に馬場学長が驚きPCの画面を覗き込む。


「学長,これを見てください。時間が約3時間進んでいます。このDVDは2時間しか記録できません。それなのにカウンターは3時間進んでいます。」

「それはどういうことなのですか?」


機械に疎い馬場学長はいまいち状況を掴めていない様子だった。


「あり得ない事なのです。2時間しか記録できないものに3時間の映像が入っているなど‥‥‥例えば,録画画質が変更されていれば録画時間を増やすこともできますが,ここのカウンターを見てください。全録画時間の数字は2時間なのに実録画時間の数字が3時間を指しています。」


興奮気味に内藤副学長が説明をする。


「でもおかしいですよね?3時間も映像を見てはいませんよね?」

「確かに‥‥‥」

「巻き戻してみましょう。」


馬場学長の正論に内藤副学長は我に返った。

そして,馬場学長の声に反応して,内藤副学長は時間を少し戻す。


「また同じように閃光が出るといけませんから目を防御しておきましょう。」


馬場学長は自分の机に向かいサングラスを引き出しから取り出し懸けてソファに戻ってきた。そして自分の腕時計を確認して,さらにスマホも取り出して時刻の確認をした。

内藤副学長は着ていたスーツの内ポケットからサングラスを取り出し懸けた。


「特に映像を見ただけでは時間が進むという事はないようですね。」

「そのようです。あと念のため,スロー再生にしてみます。充分に注意してください。」

「分かりました。」


内藤副学長はダイヤルログをタップしながらマウスを少しずつ動かしてDVDのスロー再生を始める。

ヴゥゥゥン‥‥‥というDVD-ROMの起動音とともに映像が動き出す。が,先ほど閃光の出た時間になっても今度は何の異常も起きなかった。


「どういう事でしょう?」

「何も起きないですね。」


画面の中の長尾智恵は本を書架に戻して何事もなかったように画面の外へ去って行った。それを馬場学長と内藤副学長は呆然と見送った。


「もう一度,普通に再生してみますか?」

「そうしましょう。」


それから何度も繰り返して再生してみたが結局あの閃光が発せられることもカウンターの異常も起きなかった。


「先ほどの現象はいったい何だったのでしょうか‥‥‥」

「私にもさっぱり分かりません。取り敢えず持ち帰り調べてみたいのですが‥‥‥」

「よろしいでしょう。守衛の方には1日お借りする事を連絡しておきます。」


内藤副学長は映像の分析を詳しくやりたいとDVDを持って退室した。

馬場学長は自分のデスクに座り,片肘を突き頬を支えながら淹れ直した紅茶を口に運び,ふと視線を夜の帳の降りた窓の外に向けた。そして引き出しから手帳を取り出して1枚の写真を見つめ,自分の学生時代の事を思い出しながらフーッと大きく溜め息をついた。






長尾智恵は帰りのバスの中で一人掛けの座席に座り,流れる車窓から見える景色を虚ろな目で眺めていた。徐に首から掛けていたメダルを手に取り視線を落とした。


「このメダルを手にしてからおかしな事ばかり起こってるよね‥‥‥」


確かに複数回あった始業式の事はこのメダルを手にする前に起きていたが長尾智恵自身はその事には気が付いていなかった。そしてメダルを預かる切っ掛けとなった時にその話を馬場学長から聞かされた。


「そのあとは‥‥‥」


昼休みに長尾智恵の耳にだけ聞こえた校内放送,そして図書館での不思議な体験‥‥‥この2つは彼女が直接関係した事案でこのメダルを身に着けてから起きている。


「何かがおかしい‥‥‥」


ヤハウェが現れてからおかしな事が起きている。図書館で読んだ本だとそもそもヤハウェは善悪で言えば善の存在で人を美徳に導くとなっていた。だとしたら今起きている現象も善に導かれるために必要なものなのだろうか。

思いを巡らせれば巡らせるほどに疑問が増えていく。これも宗教の世界で云うところの修行とか修練の一環なのかも知れない。


「にしても何かが喉の奥に引っ掛かっているような‥‥‥」


「次は‥‥‥」


バスのアナウンスに長尾智恵はハッと我に返り,降車ボタンを押して降りる準備を始めた。






内藤副学長は自宅に戻り,書斎のデスクにある画像分析ソフトの入ったPCでDVDのチェックを始める。


「絶対に何かしらの異常の痕跡が見つかるはず‥‥‥」


夜を徹してああでもないこうでもないと色々と調べたが,その思惑は外れて映像はおろかDVDそのものからも何の異常も見つかる事はなかった。


「もう朝‥‥‥さっぱりしたい」


窓の外から差し込み始めた朝陽の光を頬に感じて,徹夜をしてまで何も見つけられなかった不甲斐なさに幻滅したが,気持ちを切り替えるためにシャワーを浴びようと浴室に向かった。


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