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聖ウェヌス女学院  作者: Paddyside
第1章 不思議のメダイ -Mysterious Medal-
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#014 大悟徹底

翌朝‥‥‥土曜日なので小学校から高校までは授業がない,大学もまだ夏休みではあるが,研究棟や各種施設があるため,休みでも正門は7時になれば解放されており,学校へ入る事は出来る。

長尾智恵はゆっくり調べ物をしたいのと馬場学長が出勤していれば昨日の事を話しようと聖ウェヌス女学院に来ていた。

長尾智恵はまず図書館へと向かい,さっそく受付でIDカードを提示する。最初IDカードを差し出された司書の先生は訝しげな表情を見せたが,手に取ると安心したように長尾智恵の顔を見て微笑んだ。

昨日の司書の先生ではないので,昨夕の事を聞いても分からないだろう。でも例の真っ赤な背表紙の本について尋ねてみた。さすがにあんな目立つ本だから司書の先生なら知っているだろう‥‥‥と思ったからだ。


「お尋ねのような本は完全閉架図書を含めて他にも登録がありませんね。私も知る限りでは置いてなかったと思います。そんな本ならかなり目立つはずですし。仮に置いてあったとしても背表紙のタイトルの識別ができないような書籍ならば修繕のために閉架図書からも外されますので。」


司書の先生から返って来た言葉に智恵は唖然とした。

そういえば,通常ならば閉架図書であっても図書館にある書籍や資料には図書登録ナンバーのシールが背表紙や確認可能な場所に貼られているもので,昨日閉架図書室で読んだ本にも登録のシールは貼ってあったが,確かにあの真っ赤な背表紙の本にはシールが貼ってなかったと記憶している。

だとすれば,あれは一体何だったのか?もしかすると本ではなかったのかな?


「私の見た『モノ』は何だったのだろう?」


司書の先生にそう問い掛けても答えが出ないのは明白だ。取り敢えず,智恵は完全閉架図書室に向かうことにした。

長尾智恵は今日まず過去に現れたであろう眷属悪魔について調べてみようと考えていた。そして,誰に何が憑りついているのかを特定したいと思っていた。

完全閉架図書室に入ると目ぼしい本を掻き集めて,昨日のように閲覧用テーブルに置くと椅子に座り,そのうちの1冊を手に取るとペラペラをページを捲っていく。






馬場学長は高等部の緊急職員会議を開くことにした。

出席者として呼ばれたのは内藤副学長と1年学年主任の高坂先生の筆頭に‥‥‥

1年A組担任の山県先生,陸上部顧問の秋山先生,水泳部顧問の穴山先生,弓道部顧問の三枝先生,空手部顧問の板垣先生,体操部顧問の甘利先生,音楽部顧問の真田先生,演劇部顧問の飯富先生の合計10名だ。


「皆さん,休日に集まり頂いたのは他でもありません。先日の陸上部の本庄真珠さんと水泳部の水原光莉さん,体操部の高梨瑠璃さんの件です。」

「ちょっと待ってください。陸上部と水泳部,体操部の事なら私たちはあまり関係ないのでは?」


馬場学長の話にまず反応したのは真田先生だった。


「実はまだ先生たちにはお知らせしていませんでしたが,事が事なのでお教えしておきます。先だっての始業式ですが,始業式が9回あったのです。」

「始業式が9回?」


次に反応したのは飯富先生だった。


「そうです。始業式が9回というよりも始業式の日が9回繰り返された‥‥‥と言った方が正しいのですが。山県先生は樋口ソフィアさんか「今日は始業式ですか‥‥‥?」と質問を受けましたよね。」

「確かに‥‥‥」


そうだ。山県先生は樋口ソフィアから「今日は始業式ですか?」と訊かれた。それで「この子は何を言っているんだろう‥?」と思った。


「始業式の日が繰り返されたのを知っているのは,私と内藤副学長,高坂先生,山県先生‥‥‥そして生徒では1年A組の長尾さんと樋口さんだけです‥‥‥」


馬場学長や内藤副学長が学校内で起きた異変に気付いているのはおかしくないが,なぜ一生徒である長尾さんや樋口さんまでが‥‥‥話を聞いていた先生たちはお互いの顔を見合わせていた。


「ここにいる先生の皆さん方なら我が聖ウェヌス女学院に秘蔵されている「不思議のメダイ」の事はご存知ですね。実はこの「不思議のメダイ」が割れて,一つの破片がウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂の祭壇近くで発見されました。ところが残りの破片が未だに行方不明なのです。この割れた破片を樋口さんが持っているのでは‥‥‥と考えております。」

「では,直ぐに所持品検査をして見つけますか。」


馬場学長の説明に秋山先生は行動に移そうと立ち上がろうとした。が,


「それは待ってください。そういう単純な問題ではありません。先生方は「枢要罪」の事についてもご存知だと思います。この「七つの罪源」とも謂われる罪源に比肩する悪魔が顕現し,この学院の生徒に憑依して眷属化し始めていると思われます。」

「えっ!?」


内藤副学長が秋山先生を抑えるように語気鋭く言い放つ。その言葉に馬場学長と高坂先生,山県先生以外の先生たちはたじろいだ。


「先日,秋山先生と穴山先生,甘利先生から受けた陸上部と水泳部,体操部からの活動報告‥‥‥1年A組の本庄さんと水原さん,それに高梨さんがそれぞれ出した記録‥‥‥これが問題なのです。」


思わず秋山先生と穴山先生,甘利先生がお互いに顔を見合わせて表情が固まった。そして,秋山先生が口を開いた。


「あの記録が問題だと云われるのですか‥‥‥」

「はい,ただし記録が嘘だとは言いません。本庄さんと水原さん,高梨さんに悪魔が憑依して眷属化し,その影響で身体的能力が増している可能性が高いのです。そして,同じく1年A組で演劇部の加地さん,空手部の齋藤さん,音楽部の千坂さん,弓道部の安田さんの4名もすでに憑依されていると思われます。私の言っている意味を皆さんは理解して頂けますよね?」

「そんな‥‥‥」


馬場学長が秋山先生の言葉を否定して見せたが,更なる犠牲者の話に三枝先生,板垣先生も絶句して戸惑いを隠せなかった。自分たちが顧問を務めるクラブに所属する生徒の名前が出てきたからだ。


「そしてここからが本題です。我が聖ウェヌス女学院には過去「不思議のメダイ」が絡んだ事件の対処に関する文書が残されていますので,解決するのに問題はないと考えております。今回の問題の解決には1年A組のクラス委員長・長尾さんに当たって頂くことになっています。先生方にはそのバックアップをお願いしようと思っています。長尾さんには『完全閉架図書室』用のIDカードも貸し出していますので,彼女が調査をしたりするのに協力をしてください。あくまでも彼女が主体的に問題解決に当たりますので先生方が直接的に関与はしないでください。あと,憑依されている生徒に何か少しでも異変を感じたら報告をお願いします。」

「ところで‥‥‥なぜ,そこまで長尾さんに頼られるのですか?彼女が優秀とはいえまだ高校1年生です。背負うものが重すぎませんか?」


馬場学長の切り出した言葉に秋山先生は疑問をぶつけた。


「そうですね。確かに高校生には重いかもしれません。でもそろそろ,この聖ウェヌス女学院の理念を体現する者の次世代を育てなければいけない,そんな時期に差し掛かっています。本来ならここにいる山県先生‥‥‥あなたがここの高校生時代に,その魅せた片鱗を開花していてくれればよかったのですが‥‥‥そうならなかったのは私の不徳の致すところです。ですから今回こそはきっちりと決めなくてはいけません。そのために山県先生をはじめここにいる先生方の協力は絶対に欠かせないのですよ。」


馬場学長は一息ついて紅茶で口を潤おそうとティーカップを手に取る。


『確かに‥‥‥あの時,私が拒否しなければ‥‥‥それは馬場学長の不徳ではなく,私の弱さがさせた事‥‥‥それによって,友人たちにも迷惑を掛けたし,現に今もたくさんの方々に迷惑を掛けてしまっている‥‥‥』


と飛び出しそうになった言葉を山県先生は胸の内に呑み込んで‥‥‥


「分かりました。今度はもう逃げません。そのために私はここに居るのですから‥‥‥」


そして,決意を込めて小さく頷いた。


「それでは先生方,これからは対象となる生徒たちだけでなく周囲の生徒も含めて一挙手一投足に注意を払ってください。」


内藤副学長が締めの言葉を言うと会議は終了となった。






時間も午後になりお腹が空いてきたので,長尾智恵は図書館を出て大学の敷地にあるカフェテリアに来ていた。

ここのカフェテリアは学校の授業が休みでも大学生はもちろん職員や教員の出入りがあるのでランチ営業をしている。

そして,聖ウェヌス女学院の中学生や高校生もクラブ活動の合間などに利用できるようになっている。昼食をしっかりと済ませて,食後のティータイムを楽しみながら午前中に調べて書き留めた内容を読み返していた。


『アイオーンが分裂して,ヤハウェとヤルダバオトになった‥‥‥ヤハウェは夢枕に立ったが,ヤルダバオトは姿はおろか気配すら感じられない。ヤルダバオトには7人の眷属悪魔がいるというが,人間に憑依しているからこちらも何も感じられない。』


長尾智恵はメモを見ながら思いを巡らし,ティーカップを手に取り口に運ぶ。


『でもそういえば一昨日の部活の練習で非公式とはいえ,真珠と光莉が高校生の日本記録を出し,瑠璃もH難度決めたと聞いた。あの2人は優秀だけど急にそこまで記録を伸ばせるものなのかな?これが憑依されたことによる影響なのだろう‥‥‥』


思い当たる文献を調べた限りでは,身体的にも精神的にも影響を受けて体力が強化されたり,性格が狂暴になったりという事はあるようだ。


『だとすれば,真珠と光莉,瑠璃には眷属悪魔が憑依しているのは確実なんだろう‥‥‥でもどんな悪魔が憑依しているのか?』


これも文献によれば,憑依した人間の性格の強い部分というか特長‥‥‥「美徳」と謂われる部分を枢要罪に反転させる効果があるとか書いてあった。

それが事実とすれば,

「ベルゼブブ」は「暴食」だから,美徳は「節制」となる。

同じように

「アスモデウス」は「色欲」だから,美徳は「純潔」

「マモン」は「強欲」だから,美徳は「救恤」

「ベルフェゴール」は「怠惰」だから,美徳は「勤勉」

「サタン」は「憤怒」だから,美徳は「慈悲」

「ルシファー」は「傲慢」だから,美徳は「謙譲」

「レヴィアタン」は「嫉妬」だから,美徳は「忍耐」

‥‥‥となるらしい。


『節制,勤勉,慈悲,忍耐は分かるけど‥‥‥謙譲は謙譲語ってあるから「へりくだる」ことだろう。救恤って?』


分かりづらい言葉だったからスマホの辞書で調べてみた。


『‥‥‥寄付や寄進‥‥‥ボランティア精神みたいな事だとすると献身とかかな?あとは7人の性格の特長で強く出ている美徳を当て嵌めれば,誰に何が憑依しているのかが分かるはず。』


顔を上げてフーッと一旦思考するのを辞めて,またティーカップを手に取り口に運ぶ。


『そうすると真珠なんかは食べるのが大好きだけど陸上大会の前なると太って記録が落ちないようにカロリーコントロールして食べることに気を付けたりしているから,そういう意味では「節制」の持ち主なのかも知れない。であれば憑依しているのは「ベルゼブブ」になるはず。光莉はどうだろう‥‥‥彼女は高校1年生とは思えないほどのプロポーションで他校の男子生徒から人気があるし,水泳部の女子からも支持がある。それでもストイックに水泳に打ち込む姿は「純潔」か,もしかしたら「勤勉」もあるかも‥‥‥もう少し分析しないといけないかな。』


ここまで考えた事をメモに纏めてみる。


『あとは彼女たちに憑依している眷属悪魔の祓う方法か‥‥‥馬場学長の言う通り,文献を調べた限りでは過去幾度となく繰り返されるこの闘争で眷属悪魔を祓う方法は毎回違っていた。』


今回その方法がどうなるのかはその時にならないと分からないようだ。


『それに立ち向かうにしても相手は7人‥‥‥ソフィアを含めたら8人居るわけだからこっちも行動を共にできる仲間が欲しい。それに関しては可能なのかどうか馬場学長に相談してみよう。』


カップに残った紅茶を飲み干して智恵は席を立ちあがり,カフェテリアを後にした。






樋口ソフィアが目を覚ますと既に時計は昼前を指していた。昨夜は帰宅してお風呂に入って,20時には眠気に負けて布団に潜ってしまった。


『‥‥‥12時間以上寝ていたの‥‥‥逆に寝過ぎなのかな?気晴らしに散歩でもしようかな。そういえば,礼拝堂の事も気になるし。』


起き上がろうとするが,気怠くて上半身でさえ起すのが辛い。別に熱があるとか,風邪を引いたとかではない。だから樋口ソフィアは意を決して転がるようにベッドからむくっと起き上がり,出掛ける準備を始めた。

家を出る頃には正午を回っていた。


『やっぱり,週明けたら病院に行った方がいいかな?ま,とにかく出掛けよう。』


太陽は南中を越して西へと傾き始めた頃,樋口ソフィアは聖ウェヌス女学院の正門を潜り,遊歩道をウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂へと向かっていた。

ここ数日の出来事を思い返していた。

はっきりしているのは‥‥‥新学期の前日から毎日記憶が曖昧になっている時間帯があることだ。

まさに夏休みの最終日は午後5時頃‥‥‥ウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂に雷が落ち,祭壇の下で何かに触れてから翌朝ベッドで目が覚めるまでの記憶はない。

翌日,新学期の始業式の日‥‥‥始業式の式典には出たけど,ホームルームはサボってウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂に行った。お祈りはしたけどその後は曖昧で家に帰りついたという記憶はない。気が付いたら朝を迎えていた。

さらに問題なのはその翌日以降‥‥‥いや翌日と言っていいのかすら分からないけど,学校に行ったらまた始業式が催された。こんな事誰かに相談しても分かってもらえないだろう。


『真珠や光莉たちに言ったら見捨てられるかもしれない。せっかく友だちになれたのに‥‥‥山県先生だって,あんな反応してたし。』


そして一昨日と昨日。意に反して始業式の日ではなく,普通に授業が始まった。急な状況の変化に樋口ソフィアは困惑してサボってしまった。だから一昨日と昨日が別の授業があったのかそれとも一緒の授業だったのか‥‥‥そういう事も分からない。


『でも私の体って本当にどうしたんだろう‥‥‥?夏休み中まではこんな事なかったのに。』


考え込みながらとぼとぼと歩いていたらいつの間にか礼拝堂の前まで来ていた。樋口ソフィアはウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂を立ち止まって見上げる。如何ほどの刻が過ぎたであろう何を思ったのか礼拝堂に入らず踵を返して正門へと向かって歩き始めた。やはり,扉に手を掛けてまた鍵が掛かっているのが怖かったからだ。






職員会議が終わり,馬場学長は自室である学長室に戻って来ていた。そのまま窓際まで進み,菩提樹の緑が美しい遊歩道を眺める。


「これで布石は打たれた。長尾さんにも山県先生にも頑張ってもらわないと‥‥‥」


そう思っていると遊歩道を正門に向けて歩いて行く樋口ソフィアの姿があった。俯きがちにゆっくり歩を進めているように見えた。その様子は何かに憑依されているというよりはいつもの樋口ソフィアにしか見えない。


「樋口さんを呼び出して話を聞いてみてもいいか‥‥‥」


そう思い,急いで校内放送で呼出しを掛ける。


「高等部1年A組の樋口さんは学内にいたら学長室まで来てください。」


しかし,呼出しをしてから10分経っても20分経っても樋口ソフィアは学長室に姿を見せない。

遊歩道を歩いていたなら放送は聞こえていたはず。なのに樋口ソフィアの耳には届かなかったのか?

訝し気な顔で遊歩道を眺める馬場学長であった。


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