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聖ウェヌス女学院  作者: Paddyside
第1章 不思議のメダイ -Mysterious Medal-
11/215

#011 前途多難

「そろそろ起きなさーい!学校に遅れるわよ。」

「うーん。」


長尾智恵は母親の起こす声でやっと目が覚めた。普段なら目覚まし時計の音でスッキリと覚醒するのだが,昨夜見た夢のせいで寝起きが悪かった。

漸く体を起こして立ち上がりベッドから離れる。時間も余りないので急いで身支度を済ませ,朝食を食べて学校に向かう。


「少しゆっくりし過ぎたかな?行ってきまーす!」

「気を付けるのよ!」


スマホで時刻を確認するとギリギリだった。速足でバス停に着くとそれでもいつも乗車するバスには間に合い,何とかいつも座る席も確保できた。


胸には首から掛かるペンダントが光る。ペンダントの先には半円のコインが付いており,これは昨日馬場学長から預かった「不思議のメダイ」の破片だ。


なぜ,こんな事になっているかというとそれは昨夜見た夢が原因でもある。






長尾智恵は昨夜不思議な夢を見た。


ふと意識すると暗闇の中でスポットライトが当たるある部屋の扉の前に居た。その扉をコンコンと叩くと部屋の中から「どうぞ」と入室を促される。

扉を開けるとそこは学長室であったが,部屋の奥にある机のところに座っていたのは見た事のない初老で恰幅の良い男性であった。

男性は椅子から立ち上がりソファの方へと移動しながら長尾智恵にソファに掛けるようにと呼び込む。


しかし長尾智恵は躊躇してたじろいでしまい,その場から身動きを取れないでいるとソファに座った男性が長尾智恵に向かって手招きをする。そうすると見えない力引き寄せられるようにして長尾智恵の足が動きソファに腰を下ろした。


長尾智恵は何が起きたのか理解できず戸惑ったが,そんなことには目も繰れず,その男性は話を始めた。


「よく来てくれたのぅ,お嬢さん。儂は「ヤハウェ」という。よろしくな。ここに来てもらったのは言うまでもない,君が馬場学長から預かったほれ,「不思議のメダイ」の事じゃよ‥‥‥」

「その前にお聞きしたいのですが,これは私の夢の中でしょうか?」


失礼かと思いながらもヤハウェと名乗る男性の話を遮り,長尾智恵は素直に素朴な疑問をぶつけた。


「そうじゃの。そこから話をしないといけないな。すまんかった。そう,これは君の夢の中じゃ。俗に言う明晰夢というやつじゃな。儂はこのような形でしか自分を顕現できないので申し訳ない。」

「はぁ‥‥‥」


長尾智恵はまだ疑心暗鬼の状態だった。明晰夢と云われる状況に今まであった事はないし,起きているときのような五感をはっきりと認識している感覚があるので「君の夢の中」という言葉に違和感を持っていた。


「では話を戻すが,最初にも言ったように「不思議のメダイ」の事じゃ。儂は君が馬場学長から預かったメダイの半身「ヤハウェ」の部分じゃ。そして,もう半身は「ヤルダバオト」という。君たち普通の人間は気づいていなかったが,この前聖ウェヌス女学院のウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂に何かしらの外的要因で霊的な衝撃を受けてメダイが割れてしまったのじゃ。そして,「ヤハウェ」である儂と「ヤルダバオト」が生まれてしまったのじゃ。」


ヤハウェはいつの間にかテーブルに置かれていた湯呑を手に取り,お茶を一口飲むと長尾智恵の顔を見て話しを続けた。


「メダイが割れる前はメダイにはとある人格があった。その人格はアイオーンと呼ばれる存在で正邪を併せ持つ。アイオーンに意識がある間は儂とヤルダバオトは深昏睡と云われる植物状態と同じで意識や感覚を持ち合わせていない状態なのじゃ。アイオーンも儂もヤルダバオトも本来はメダイの中でしか存在できないのだが,普段はアイオーンがその力によって礼拝堂に結界を張り,ある者を封印していたのじゃ。しかし,今回何かしらの外的要因でメダイが割れ,封印も解かれて何故かヤルダバオトはメダイから解放されたのじゃ。」


ヤハウェはまた湯呑を口に運び一口飲むと長尾智恵の顔を見てさらに話しを続ける。


「そして,儂の意識が覚醒した時にはヤルダバオトの意識,存在は礼拝堂の中から居なくなっており,儂はこの通りメダイの中で動けぬ状態のためにどうする事もできなかったのじゃ。そして,今日礼拝堂に来た馬場学長に拾われて‥‥‥今ここにいるというわけなのじゃ。」


ヤハウェは湯呑の中を見てお茶が残っていないのを確認すると何処からともなく急須を取り出して,お茶を淹れた。そして長尾智恵がその光景に目を奪われている間に彼女の前にも湯呑が置かれていた。

長尾智恵も気持ちを落ち着けるために目の前の湯呑を手に取り,ヤハウェを見ると「どうぞ」と手で促してきたので躊躇しながらゆっくりとお茶を喉へと通した。


「あっ,美味しい‥‥‥」

「それはよかった。これは自慢の茶葉なのでな。」

「ところで,アイオーンとおっしゃいましたか,その人格の方は今どちらにおられるのですか?その方ならメダイが割れた原因もご存じなのでは?」


長尾智恵は湯呑を手のひらに持ったまま,ふと疑問に思った事を訊いてみた。


「アイオーンは儂とヤルダバオトの意識が覚醒した時点で入れ替わりに深昏睡の状態になっておる。その存在を感じる事はできるが,如何せん深昏睡に陥っているから直接話は出来ぬのじゃ。」

「そういう事ですか‥‥‥」

「ヤルダバオトの存在も感じないのですか?」

「そうじゃの,意識を拡張して張り巡らせてはおるのじゃが引っ掛からぬ。その気を消しておるか,もしくは別の生命体に宿ったか,変化しているのかもしれぬ。」

「要は何もわからないという事ですね?」

「まっ‥‥‥そういう事じゃの‥‥‥」


長尾智恵の的確なツッコミに思わずヤハウェは一瞬言葉を詰まらせてしまった。そして,2人は湯呑に残っているお茶を飲み干した。


「いやはや,本当に申し訳ない。それにしても君は理解力が高いのじゃな。まあ,それを買って馬場学長も君を指名したのだろうがな。ところで暫くは君の眷属として行動を共にしたいと思うのじゃがいいかな?」

「私は別に構いませんけど‥‥‥」

「あと,これは君の夢の中での出来事になる訳じゃが,君が意識を覚醒した後は君が信用した事しか記憶に残らぬので注意してほしい。要はここでの話が仮に嘘であったとしても「嘘であると信じる」事をしないと記憶には留められないのじゃ。」

「なるほど分かりました。」


そして,長尾智恵は気になった事を率直に数点尋ねてみた。


「本当に君は頭がいいのう。これなら問題の解決もしてくれると儂も思えるのじゃ。取り敢えず儂を持ち歩きやすいように首から掛けられるペンダントにしておこうかの。それなら儂がここで話した事も信用できるじゃろ。」


話が終わると長尾智恵は深い眠りへと誘われていた。

首から掛けられたペンダントを取り出して手に載せて昨晩の事を思い返していた。

確かに不思議のメダイの破片が今朝起きたら机の上でペンダントになっていた。これは夢の中でヤハウェが言った通りだし,やはり本当の事だったんだと理解した。話の内容もちゃんと憶えている。


「でもすべて私に丸投げされただけよね,これって。ともかく放課後に学長室へ行ったらこの事も話をしなきゃ。」






長尾智恵が聖ウェヌス女学院の正門を潜り高等部校舎まで来ると大騒ぎになっていた。


「あっ,智恵おはよう!」

「おはよう!志織。ねぇ,この騒ぎは何?」


昨日長尾智恵が帰宅した後で,陸上部では本庄真珠が200m走で非公式ながら女子日本タイ記録を,水泳部では水原光莉が100m個人メドレーでこちらも非公式ながら女子日本タイ記録を,そして体操部では高梨瑠璃が床運動のH難度シリバスを成功させたという噂が広がっていた。

1日で非公式や練習とはいえ3つもの日本記録やそれに匹敵する技を決めたという話がそれぞれの運動部の部員から一般の生徒たちへに拡散されて,朝からその話題で持ち切りとなっていたのだ。

長尾智恵はその話をクラスメイトの北条祈理から聞くことになった。


「それは本当に凄いね!真珠たちにお祝いしてあげなきゃ!志織は3人が何処にいるか知っている?」

「多分,学長室に行ったんじゃないかな?さっき放送で呼び出されていたから。」

「だったらお祝いするのは後にしたほうがいいかな。もうすぐホームルームも始まるし。」

「そういえば珍しく智恵学校に来るの遅かったね。」

「うん,ちょっとね‥‥‥」


2人は連れ立って教室へと向かった。






「キーンコーンカーンコーン‥‥‥」

「それでは従業を終わります。」

「起立っ!礼っ!」


教室内にガタガタと椅子を引く音と緊張感の解けた生徒たちの騒めきが室内を包み込む。1時限目が終了した。本庄真珠,水原光莉,高梨瑠璃の3人は結局教室には戻ってこなかった。


「真珠たちどうしたんだろう?先生からも何も説明なかったし。何も知らないだけなのかな?学長先生との話が長引いているんだろうか‥‥‥」


長尾智恵は空席になっている3人の座席を見回して溜息を付いた。戻って来なかった3人が心配で仕方なかった。


「そういえばソフィアちゃんも来ていないし‥‥‥」


樋口ソフィアの席も空席になっている。昨日は学校まで来ていて体調が悪いと言って帰宅し,今日も欠席している。


「キーンコーンカーンコーン‥‥‥」


2時限目の予鈴が鳴った。それでも本庄真珠,水原光莉,高梨瑠璃の3人は戻って来なかった。そして,そのうち次の教科の先生が教室に入って来ると何事もなかったように授業が恙なく始まった。


「真珠たち本当にどうしたんだろう?いつになったら戻って来るのかな?」


長尾智恵は本庄真珠たちの座席をキョロキョロと見てしまい,どうしても気になって授業内容に集中できない。


「次,長尾さん読んでください。」

「えっ?えっと,すみません。何処からですか?」

「どうしたんですか?あなたらしくもない。」


先生に突然指されて動揺してしまい,自分が何処から読めばいいのかまるで分らなかった。先生の言う通り余りにも気持ちが散漫になってしまっていたのを反省した。


「とにかく授業に集中しよう‥‥‥」


そして,長尾智恵は先生に指摘された教科書のページを読み始めた。






結局,本庄真珠,水原光莉,高梨瑠璃の3人は4時限目の教科担当の先生と一緒に教室に戻ってきた。

長尾智恵は一先ずホッと胸を撫で下ろした。

昼休みになり,長尾智恵はランチを一緒にしようと本庄真珠,水原光莉,高梨瑠璃の3人に加地美鳥,千坂紅音,安田晶良,斎藤由里の4人を誘った。

夏休みもあったからこうやって8人で集まり一緒にワイワイとランチするのも約1か月半ぶりだった。

教室でもいいのだが,校舎の北側には日陰の涼しげな芝生があり,そこでピクニック用の大きなビニールシートを敷いて,大人数でランチをするのが愉しみにもなっており,いつも10組以上100人近い生徒たちが集まってくる。

8人は小脇にランチボックスを抱え,加地美鳥がビニールシートも持っている。

校舎の裏口まで来ると校内放送が入った。


「1年A組の長尾智恵さんは至急学長室まで来てください。」


その声は学年主任の高坂先生のものだった。


「ごめんね。誘っておいて。呼び出しだから行って来る。みんなでランチを愉しんでね。」

「ううん。仕方ないよ。早く済んだら来てね。待ってるよ。」

「うん。じゃあ行くね。」


長尾智恵は学長室に向かう。

その背中を加地美鳥たち7人は見送り,校舎から外に出て行った。


「でも学長室に行くのは放課後のはずなのに‥‥‥余程緊急の事でもあったのかな?」


長尾智恵は疑問を持ちながらも走らないように廊下を学長室へと急ぐ。ふと廊下の窓から外を見ると高坂先生が歩いている。


「あれっ?あそこを歩いているのは高坂先生だよね。でもさっきの呼び出しの放送の声は高坂先生だった。放送の設備のある所からあそこだとこんな短時間じゃ移動できないよね?」


長尾智恵は頭の中が混乱していた。それでも取り敢えず学長室に向かうことにした。

学長室に着き扉をコンコンと叩くと中から入室するようにと促す声がした。


「失礼します。」


長尾智恵は声を掛けて扉を開けて入室する。馬場学長はデスクの方の椅子に座り,忙しそうに決裁書類を読んでいたが,顔を上げて長尾智恵の方を見て驚いていた。


「長尾さん,どうかしましたか?」

「えっ?高坂先生が校内放送でこちらに来るようにと呼び出されましたので‥‥‥」

「そんな事はないはずです。彼女には私が直々に用を頼んで先ほど出掛けたところですから。」

「じゃあさっき裏庭にいたのは高坂先生‥‥‥」

「そうですね。」

「では放送で呼び出ししたのは‥‥‥」

「そのような放送があればここでも聴こえますから何かの間違いでは?」

「大変失礼しました。お忙しいようなのでこれで。また放課後に例の件でお伺いさせていただきます。」

「分かりました。その時にゆっくり話しをお聞きしましょう。」


長尾智恵は扉を閉めて廊下を歩き出す。


「校内放送なら学校内にいれば誰でも分かるはず‥‥‥なのに馬場学長は知らないという。どうしてだろう?」


ともかく待たせている加地美鳥たちの居る裏庭へと急ぐ。今ならまだランチタイムには間に合うはずだ。

長尾智恵が裏庭に出てキョロキョロと見回すと加地水鳥たちがシートを拡げてお喋りを楽しみながらランチをしていた。


「ごめんね。待たせた?」

「智恵‥‥‥何処に行ってたの?」

「えっ?何処に行ってたって‥‥‥どういう事?」

「裏庭の入り口まで来たら急に駆け出して何処かに行っちゃったんだから。」


ランチの輪に加わろうとした長尾智恵は本庄真珠のぶつけてきた質問に思わず歩を停めてたじろいだ。


「‥‥‥私,校内放送で呼び出されて学長室に行ってたんだけど‥‥‥?」


長尾智恵その唐突で意味不明な質問に疑問形で返答してしまった。


「いやいやいや,そんな放送あれば私たちにだって聞こえるって。ねぇ,みんな。」

「うん,そうだよね。でもそんな放送なかったよ。」


本庄真珠は間髪入れずに長尾智恵の答えを否定して,それに加地美鳥たちも同調した。

その雰囲気に長尾智恵はヘロヘロと腰を落としてしまったが,徐に立ち上がって振り返り校舎の方へと踵を返しトボトボと歩き始めた。

しかし2,3歩進んだところでギュッと手首を掴まれて思わず転びそうになった。手を

掴んだのは加地美鳥だった。


「何があったかは分からないけど,ともかく一緒に食べようよ!ねっ!」

「うん‥‥‥そうだね‥‥‥」


そんな言葉に救われて長尾智恵はシートに腰を下ろしてみんなとランチをした。動揺ぶりを隠し必死に明るさを演出したが,心の中にはモヤモヤとした気持ちが残っており,何を食べたのかすら味も分からないというのが正直なところであった。


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