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聖ウェヌス女学院  作者: Paddyside
第1章 不思議のメダイ -Mysterious Medal-
10/215

#010 紆余曲折

チュン,チュン,チュン‥‥‥


ベランダの柵に留まりお互いを啄ばむ雀の囀りと窓のレースのカーテン越しにベッドに差し込む朝日の眩しさに樋口ソフィアは目を覚ました。


「うーん!」


体を起こしてベッドの上で手を挙げて思い切り背伸びをする。何か久しぶりに清々しい気分の朝だ。少し窓のカーテンを開けて外を眺めてみる。

清々しい気分ではあるものの昨日のシスターの話が気になっており,未だ喉の奥に何かが痞えている感じで致し方ない。

でも分析できる情報が少ない今の状況ではどんなに悩んでも仕様がない事も分かっている。だから気持ちを切り替えて現在を楽しむ事にする。


『そういえば,あとは加地さんだけだよね。今日はどんな感じで加地さんと出会えるんだろう。』


そうあと長尾智恵の幼馴染で残っているのは加地美鳥のみとなっている。どんな風に接触してくるのだろうと思うと楽しみで仕方がない。


『最初のうちは学校に着いてからだったのが,一昨日はバスの中で,昨日は家の玄関前ときた。だとしたら今日は‥‥‥いやいや,もう家の中にいるなんて事は幾ら何でもあり得ない。』


樋口ソフィアはともかく学校に向かうことにする。こんな妄想していて遅刻したなんて云ったらあまりにも馬鹿馬鹿しいし。






「次は聖ウェヌス女学院前‥‥‥」


アナウンスが流れて樋口ソフィアが乗車していた停留所に滑り込む。結局,バスの中では何も起こらなかった。


『色んな仕掛けしてきてドッキリさせるんだから‥‥‥加地さんは何処で声を掛けてくる気なんだろう?』


でもそれも愉しみのひとつと捉えるようになっていた。


「おはようございます!」

「はい,おはよう。」


正門前まで来るといつものように女子生徒が先生に挨拶をしていた。ここ8日間変わらない光景‥‥‥と思っていたのだが次に聞こえたある女子生徒の発言に樋口ソフィアは固まってしまう。


「今日から授業始まるのかぁ‥‥‥何か憂鬱だね。もう少し夏休み長かったらいいのにな。」

「あんたはいつも休みみたいなもんじゃない?あははは‥‥‥」

「もう!酷い!そんなことないもん!」


「えっ?今日から授業‥‥‥ってどういう事?」


樋口ソフィアは頭の中をグルグルと色んな思考が巡り混乱してしまう。


「おはよう!ソフィアちゃん!」


後ろから駆けて来て声を掛けてきたのは長尾智恵で隣には加地美鳥も居た。長尾智恵の声に我に返った樋口ソフィアは思わず自分の鞄を放り出し長尾智恵の両肩を掴んで揺する。


「ねぇ,長尾さん今日から授業って本当!?」

「いったいどうしたのよ?落ち着きなって。」


長尾智恵は樋口ソフィアのいつもと違う態度と動揺ぶりに正直引くほど驚いたがフーッと一呼吸置いて喋りだす。


「とにかく落ち着いてソフィアちゃん。今日から授業が始まるよ。だって昨日始業式だったんだから。」

「えっ!えーっ!」

「そんなに驚くようなこと?だってソフィアちゃん昨日だってちゃんと始業式に出ていたじゃない。本当にもうどうしちゃったのよ‥‥‥」


樋口ソフィアは次の言葉が出てこない。確かに昨日は始業式で確かに出席していた。でも昨日までは8日間連続で始業式の日が繰り返されてたから疑うことなく今日も始業式の日だと思っていた。それにまだ加地美鳥が友達になっていないし。それなのにそれを裏切られた。そんな逆恨みのような感情を目に籠めて思わず加地美鳥の方を睨みつけていた。


「どうしたの?私の顔に何か付いているかしら?」


加地美鳥はそんな樋口ソフィアの逆恨みのような視線にも我関せずで何か樋口ソフィアの心の内を見透かしたように話しかけてくる。


「えっ,何?2人ともどうしたの?」


それでもジーッと睨みつける樋口ソフィアとそれを軽く受け流す加地美鳥の表情を交互に見るように長尾智恵は左右に首を振って戸惑う。


「何でもないわ。さ,行きましょう!智恵。」

「う,うん。」


そう言うと加地美鳥は長尾智恵の手を引いて樋口ソフィアを無視して遊歩道を高等部校舎の方へと早歩きで連れ立って行ってしまった。


『何?どういう事?加地さんは私の仲間にはならないの?それより今日より授業って,何も準備してきていないし‥‥‥どうしよう‥‥‥』


他の女子生徒たちがそれぞれの校舎に向かう流れの中を樋口ソフィアは長尾智恵と加地水鳥の歩く姿を見送りながら呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。






キーンコーンカーンコーン‥‥‥


始業のチャイムが鳴り,1年A組の教室には生徒たちが席に座り,ショートホームルームが始まるのを待っていた。たった一人,樋口ソフィアを除いて。


『ソフィアちゃん本当にどうしたんだろう‥‥‥何故か今日から授業があるのを知らなかったようだし‥‥‥』


長尾智恵は先ほどの加地美鳥と樋口ソフィアのやり取りの事を引き摺り動揺していた。ふと空席となっている樋口ソフィアの机を見た刹那,ガラッと教室の扉が開き,担任の山県先生が入ってくる。いつもならそのタイミングで起立の号令を発する長尾智恵だが気が逸れていたためワンテンポ遅れてしまった。


「起立っ!」


長尾智恵の号令とともに席を立つ生徒たち。


「礼っ!‥‥‥着席っ!」


教壇に立つ山県先生に向けて生徒たちが一礼をして席に座る。山県先生は教室を見回して樋口ソフィアの席が空いている事を確認して話を始める。


「えー,出席を取ります。あと樋口さんは病欠で今日はお休みするそうです。」


さっき校門前で逢った時は元気そうだったのにと長尾智恵は疑問に思い,不意に加地美鳥の方を見るとちらりと視線を長尾智恵とは逆の窓の方に向けているが横顔からでも口角を上げて不敵な笑みを浮かべているのが分かった。その横顔は長尾智恵も今までに見たことないくらいに冷酷な表情で背筋に悪寒が走りゾクッと身震いをした。


ショートホームルームが終わり,山県先生が退室しようと教室の扉に手を掛ける。その時,背後から長尾智恵が声を掛けた。


「先生,樋口さんの事ですが‥‥‥」

「どうかしました?長尾さん。」


山県先生は扉に掛けた手を離して,長尾智恵の方へ振り返る。


「私さっき樋口さんと正門で逢ったんですが‥‥‥」

「ああ,何か正門まで来て急に気分が悪くなり帰宅したようですよ。」

「そうなんですか‥‥‥」

「それだけですか?では。あっ,そうそう‥‥‥」


そして山県先生は何かを思い出したように喋りだした。


「今日の放課後は生徒会の活動があるとは思いますがそちらはいいので,学長室に行ってください。馬場学長からお話があるそうです。必ず忘れずにお願いしますね。」

「えっ!?あっ,はい‥‥‥」


そう念を押すと山県先生は教室から出て行った。思わぬ言葉に長尾智恵は気の抜けた返事をしていた。


「馬場学長が私に用事‥‥‥何かしたことはないし,なんだろう?」






今日の授業が総て終わり,ショートホームルームも済んで,山県先生は長尾智恵に改めてこの後の事を再度念押しして教室から出て行った。


長尾智恵は言われた通り学長室に向かった。長尾智恵は学長室の扉をコンコンと叩く。


「どうぞ。お入りなさい。」


馬場学長の声がしたので長尾智恵は扉を開ける。


「失礼します」


長尾智恵は扉を開けて一礼する。顔を上げて室内を見ると中央の重厚な応接テーブルの片側のソファに馬場学長と内藤副学長が掛けており,手前の脇のサービスワゴン前には長尾智恵に背を向けているが学年主任の高坂先生が立っていて紅茶を淹れる準備をしていた。


学長の名前は馬場佐南と云って,この聖ウェヌス女学院の卒業生であり,長尾智恵にとっては大先輩にもあたる。高等部の学長をしているが,大学の方でも宗教社会学の教授も務めている。

馬場学長の横に座る内藤副学長の名前は内藤真実と云って馬場学長の姪と云われているが,どうも男性ではないか?との噂もある。大学の方では宗教心理学の准教授も務めている。

学年主任の名前は高坂愛海と云って,この聖ウェヌス女学院の卒業生で宗教心理学の博士号を持っている。

居並ぶ先生たちを見て長尾智恵は若干引き攣った感じになりはしたが,馬場学長が奥に来るように促し,向かいのソファの前に立つ。


「学長先生,何か私に御用でしょうか?」

「長尾さん,まずはお座りになって。」

「はい。では失礼します。」


長尾智恵は馬場学長の勧められたソファに腰を下ろした。


「長尾さんは次の生徒会長の選挙に出馬されるそうですね。」

「ええ,そのつもりです。」


内藤副学長の問いに長尾智恵は答えた。現時点は長尾智恵が生徒会長の椅子に一番近いと云われており,他に逸材もいないと評されており,それは高等部内の生徒の一致した見解でもある。でもそんな事を訊くためにわざわざ呼び出されるのも変な話だなと長尾智恵は思った。

そうすると高坂先生が長尾智恵,馬場学長,内藤副学長の前に紅茶を淹れたティーカップを置き,脇にある一人掛けのソファに座った。


「まあ,お召し上がりになって‥‥‥」


そう言うと馬場学長は紅茶で口を潤す。


「高坂先生の淹れる紅茶は絶品ですよ。」

「お褒め戴きありがとうございます。」


長尾智恵も一口紅茶を飲んでみる。


「美味しい‥‥‥」


さすが言われるだけの事はある。専門店にも負けない味だった。


「さて,長尾さんにはどうしても片づけて頂きたい問題があります。」

「問題ですか‥‥‥」


馬場学長は軽く頷くと徐に立ち上がり,窓の方へと歩いて行く。その姿を長尾智恵も眼で追い掛ける。窓の外には正面のグラウンドと左手には正門へと繋がる遊歩道が見渡せる。

馬場学長は窓の前まで進むと暫く外を眺めて振り返り,長尾智恵を見ると話を進めた。


「長尾さん,あなたは今朝の登校時に何か違和感がありませんでしたか?」

「違和感ですか?」


長尾智恵は確かに今朝の登校時の正門での出来事にも違和感があった。あの加地美鳥の態度,そよりもショートホームルームの時の悪寒を呼ぶ冷徹さを感じる嘲笑‥‥‥その事を馬場学長にも話をする。


「でも加地さんは初等部からずっと一緒ですがあんな表情をするような娘ではないんです。」

「それは私もずっと見てきましたからそんな娘ではないのは知っていますよ。」


長尾智恵は陰口を言っているような嫌悪感を抱いてしまったが,高坂先生がそれをフォローしてくれた。


「長尾さんは気づいていないとは思いますが,昨日の始業式が数回ほど繰り返されていた節があるのです。」

「はぁ‥‥‥?」

「まあ,「信じて」という方が無理なのは理解しますが‥‥‥」


馬場学長の唐突な発言に長尾智恵は思わず猜疑心に苛まれ頭がおかしくなったのではと感じた。


そして長尾智恵は内藤副学長や高坂先生の方へ助けを求めるように見たのを感じた内藤副学長は口を開いた。


「信じられないのは無理もありません。あなたにはそんな記憶はないでしょうから。始業式の日が繰り返されていたのを知っているのは私も含めて馬場学長と高坂先生,それとあなたのクラスの樋口さんの4人のはずですから。」

「樋口さんも知っているんですか?」

「そのはずです。それに長尾さん,昨日の始業式の日の事を覚えていますか?覚えているなら話してもらえますか。」

「そんな昨日の事です。覚えていないわけが‥‥‥あれっ?」


内藤副学長の問い掛けにそんな馬鹿なという気持ちで思い出そうとした瞬間,長尾智恵は言葉を詰まらせてしまった。


「先ほど長尾さんに飲んでもらったのはただの紅茶ではなく,精神面に効能のあるハーブを配合しておいたのです。それでどうですか?」

「昨日が始業式だというのは確かですけど,何か記憶が曖昧‥‥‥というか幾つもの記憶があります。どれが本当の記憶なんだろう?という感じです。」

「それはどれもあなたが体験してきた記憶です。私たちが調べた限りで9回「始業式の日」が繰り返されています。」

「9回も,ですか‥‥‥」

「そうです。そして,この問題の起点になっているのが樋口さんです。」


内藤副学長の話から長尾智恵の思い出した記憶には樋口ソフィアの1学期までとは違う行動や言動があり,それに自分の幼馴染たちが深く関わっていた事が分かった。


「さらにこの現象は始業式の前日に兆候がありました。ただ,その時点では何が起きているのかは掴みきれておらず,その後,同じ日が繰り返される状況に陥ったため様子を見ていました。」


そう言うと馬場学長は自分の机の引き出しからある箱を取り出した。その箱は俗にいう手のひらサイズの宝石入れという感じのもので,馬場学長はソファに戻り,箱を長尾智恵に差し出して蓋を開けて中身を見せた。中には半分に割れたメダルの一片だけが入っていた。


「これは「不思議のメダイ」と呼ばれる聖ウェヌス女学院にある遺物のひとつでウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂に秘蔵されていたものだったのですが‥‥‥今日,礼拝堂の中を確認したところ,祭壇の下でこのメダルの破片が発見されたのです。本当は楕円形のメダルなので残りの半分が何処かにあるはずなのです。そもそもあの礼拝堂は常時施錠されていて,このメダルによる結界でも護られていました。ところが半分に割れた事で結界が破られたのではないかと考えています。」

「結界という事は何かを封印していたのですか?」

「なかなか鋭い質問です。その通りです。ただし,封印されていたものについてはまだ詳しく教えられません。」


長尾智恵は余程の事情があるのだろうと察知して,それ以上深く突っ込むのは辞めた方がいいと感じた。


「長尾さんには失われたメダルの破片を探して頂きたいのです。」


長尾智恵はもう一度箱の中のメダルに目を向ける。


「それと昨日の事ですが,シスターの一人から,樋口さんがウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂の扉を開けようとしていたとの報告がありました。今日,礼拝堂の中を確認した際には誰かが侵入した形跡もありました。そう考えると入っていたのは樋口さんではないかと睨んでいます。ただし,どうやって入ったのかが分かりませんが‥‥‥」

「そういえば私,あの礼拝堂に人影が入って行くのを見た憶えがあります。ただ,あそこはいつも鍵が掛かっていると聞いていましたし,生徒ではなく鍵を持たれている先生かシスターの方かと思ってました。それにもしかしたら見間違いかもと‥‥‥」

「あそこに入る場合は教師にせよシスターにせよ複数でと決めていますから一人でというのはあり得ないですね。だとしたらやはり樋口さんが‥‥‥でもどうやって鍵を開けたのかしら?」

「結界が無くなった事で鍵も開いてしまったとかあり得ますか?」

「それはないですね。あくまで鍵は物理的なものですから鍵を開けるか,壊すかしないと無理です。鍵自体はスペアも含めて私が携帯,保管していますし,今日見に行った時も施錠されていました。」


馬場学長と長尾智恵の問答が続くがいまいち的を射ていない。


「どちらにせよ樋口さんが何らか関わっているのは確かなようですし,明日呼び出しして所持品検査をしてみましょう。残りの破片が出てくれば確定ですから。」

「まずはそうですね。」

「その上でどうするか考えますか。」


内藤副学長が提案に高坂先生が肯定して,馬場学長も同意する。


「それで私はどうすればいいでしょうか?」


長尾智恵は話が勝手に進んで置き去りにされて戸惑った。


「そうですね。取りあえず今日はもういいでしょう。樋口さんがメダルの破片を持っているいないに関わらずやって頂きたい事はありますので。ですから明日も放課後にはこちらに来てください。というわけで,生徒会の活動はこの問題が解決するまでは免除致しますのでご安心ください。」


長尾智恵は馬場学長にしては随分と強引だな感じをしたが,さぼるわけではなく,別の仕事を任されたくらいに思っておこうとした。


「あと,このメダルはあなたに預けておきます。大事に持っていてください。」

「私が持つのですか?」

「そうです。あなたが持っていてください。」

「分かりました。」


長尾智恵は正直なところ面倒な事に巻き込まれたという感じを抱いていた。でも馬場学長直々に頼まれたのもあって無粋に断る訳にもいかず受け入れる事にした。

そして箱の蓋を閉めて,鞄にしまうとソファから立ち上がり,一礼をして学長室から退室をした。


「ついに動き始めましたね。これから長い闘争になる事でしょう。ともかく今は長尾さんたちに期待をして賭けてみましょう。」

「彼女たちならこの試練を乗り越えてくれるでしょう。」

「そうですね。」


馬場学長と内藤副学長,高坂先生の3人は学長室の窓から校舎を出て遊歩道に向かって歩く長尾智恵の姿を見送り,お互いに顔を見合わせて頷いていた。


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