ぶち破れその扉
「ドアを蹴破りたいわ」
「急に何を言ってるんですか?」
「だからドアを蹴破りたいの」
「バカです?」
「一応君って、私の後輩なのだけど?」
「失礼、つい」
「鍵の掛かったドアを蹴破って登場するシーンがあるじゃない? あれってカッコよくない?」
「だからドアを蹴破りたいと」
「そう言うことよ」
「バカでしたか」
「君? 先輩は敬うものよ?」
「失礼、うっかり」
「私も本当にそこの教室のドアを蹴破ろうとは思ってないわよ」
「そうでしたか」
「だから、エアギターならぬエアドア蹴破り通称、EDKよ!」
「突っ込みどころが多すぎますよ? 先輩? まあ取りあえずエアのスペルの始めはAですよと言っておきましょうか」
「じゃあADKか! ついでにKはkickのKと掛かっている!」
「エアの綴りを間違えてさえいなければ拍手して差し上げだのですが」
「じゃあ私はドアを蹴破る役をするから、君は敵に捕まった仲間の役をしてくれる?」
「漫才の導入みたいですね……まあ、いいでしょう」
「意外とすんなり了承するわね?」
「先輩の頼みを断るほど僕も無粋じゃありませんよ」
「本当は?」
「蹴るフリをする時に足を振り上げた拍子に先輩のスカートの中が見えないかと思いまして」
「君も大概バカね……」
「いえ、先輩ほどでは」
「私、君の、先輩。OK?」
「失礼、思わず」
「でも残念ね! 今日の私は短パンを履いているのだよ!」
「でしたか」
「ほらっ」
「スカートの裾を下ろしなさい」
「丁寧な言葉遣いなだけで普通に命令したな?」
「さっきの先輩、はたから見たらパンツを見せてる痴女でしたよ」
「それを言うなら君も変態だ。 スカートを下ろせ! って、思わず脱いじゃうところだった」
「『裾を』と言いました。あと言わても脱がないでくださいよ。本当に痴女じゃないですか」
「まあ、中に短パン履いてるし」
「十分にエロいですよー。思春期男子の欲情を弄ぶのはやめてください? ま、僕は紳士なので何も感じませんが」
「パンツは見たいのに?」
「はい」
「いい返事だね……」
「紳士にも出来る事と出来ない事があります」
「何が出来るのか知りたいわね」
「並んで歩くとき車道の方を歩きます」
「紳士だ!」
「重いものも持ちますよー」
「紳士だ!」
「人の悪口は言えません」
「紳士だ! ……でも嘘だ! さっき私の事をバカにしてたよ!?」
「でしたね。ごめんなさい嘘をつきました」
「素直は良いことだ」
「はい、だから紳士でない僕は先輩の短パン姿に欲情します」
「そこも逆転するんだ……」
「はい、紳士でないのでパンツには欲情しません」
「そこまで逆転させると異常性癖だろ!? 短パンにしか性欲を感じない人だよ!? あと紳士って言葉がパンツ好きの人達の総称みたいになってる……」
「冗談ですよ。もう辞めてくださいよ? 人前でスカートをたくし上げるのは」
「分かった、これっきりにする」
「はい、お願いしますよ」
「と言うか、何の話をしてたっけ?」
「もー先輩が振って来た話ですよ?」
「そうだっけ?」
「そうですよ。謎々対決をしましょって。次は僕の番です」
「よしこい!」
「パンはパンでも食べられないパンは?」
「……短パン?」
「話が戻りそうですね」
「正解?」
「正解ですよー」
「じゃあ次は私の番……」
「あ、いえ先輩。今の問題が最後です。ラストクエスチョンです。おめでとうございます。正解されたので先輩の勝ちです」
「え? あれ? そうだっけ?」
「そうですよー」
「実感が湧かないわね」
「でしょうね」
「でしょうね?」
「そう言えば先輩、実は憧れてる事があるんですよ」
「君が憧れてる事?」
「はい、子供の時から敵に捕まった仲間に憧れてるんです」
「変わった憧れだね」
「先輩に言われたくないですね」
「え?」
「いえいえ、捕らわれの身というのはカッコいいものですよ。僕の一番好きな捕らわれ役はセリヌンティウスさんですね」
「メロスは激怒した!」
「序文を高らかに歌い上げないでください。そうです、『走れメロス』の主人公メロスの親友、セリヌンティウスさんです」
「あれ? でもあの人の描写って少なくないか?」
「ですね。でも僕はその描かれない捕らわれたセリヌンティウスさんの葛藤を妄想して楽しんでいるのです」
「そんな事してるんだね君は……実に文系的だな」
「まあ僕みたいな捻くれ者は仲間を信じて待つという行為が尊く思えるのですよ」
「捻り過ぎてて何か絞れそうだよね」
「そう言う先輩は中身がなさそうなんで何も絞れなさそうですよね」
「ん? 誉めてるのか?」
「もちろんですよー」
「そうか、ありがと」
「あまりに素直過ぎるので少々心が痛んできました……」
「ん?」
「何でも無いです。僕はめげませんよ。では先輩、僕が敵に監禁されたポンコツな仲間役をやるので。ドアを蹴破る役をお願いします」
「漫才みたいだな? ……ん? あれあれ? デジャヴを感じるような……?」
「そう言えば先輩、デジャヴはフランス語らしいのですが反対語はジャメブというらしいですよ」
「へえ……そうなんだ、ね?」
「ですです。それでは先輩どうか僕の憧れを仮ではありますが叶えてくれませんか?」
「後輩からの心からの頼みを先輩が断る分けないわ」
「本当は?」
「裏なんて無いわよ」
「いい人ですねー」
「それに、私もドアを蹴破ってみたいと思ってたからな」
「おやおや、偶然の一致ですねー。利害の一致とも言えます。気が合いますね」
「シンクロニシティだな」
「ですよー」
「それじゃあテイクワン」
「動画は取ってませんよー」
「っと、その前にお花を摘んで来る」
「随分メルヘンな用事がおありですね」
「トイレの事だよ! トイレ!」
「大声で叫ばないで下さい。下品ですね」
「誰のせいだよ……って、あれ?」
「どうしました?」
「ドアが開かない」
「さっきガチャンって音したのでそれのせいですよ、きっと」
「施錠されてるじゃん!?」
「そのようですね」
「気付いてたなら言ってくれよ……」
「まあ大騒ぎする程ではないでしょう」
「閉じ込められているってのに余裕だな」
「今こそドアを蹴破る時じゃないですか? 先輩?」
「自分がトイレしたくてドアを蹴破るのは、コメディだろ? 私の憧れたシチュエーションじゃない!」
「やれやれ我が儘な人ですね」
「そうだ! 君がドアを蹴破るのはどうだ? 可愛い先輩の為に力を振るう。男として憧れるのではないか?」
「嫌です」
「一考もなく断られた!?」
「学校の器物を破壊して怒られたくないですからね」
「意外と現実的だな君は……なあ、頼むよー我慢の限界なんだよー」
「はあ、仕方のない先輩ですね。分かりました。ドアは蹴破れませんが解決策はもう見破れています」
「この閉ざされた空間から出られるすべが分かったのか?」
「ええ、窓から出ればいいでしょう」
「へ?」
「はい、普通に窓の鍵を開けて外に出ましょう。ここ一階ですし危険もありません。あ、靴が汚れるのが嫌なら僕が先輩をおぶりますよ? こう見えて男ですからね」
「あ、あー何だか大騒ぎしていたの私が馬鹿みたいな答えだな」
「はい! その通りです!」
「フォローをしろ。今日一番いい返事をしてないで」
「ま、早く行った方がいいんじゃないです。先に出ておぶる準備しておきましょうか?」
「おぶらなくていい。大丈夫だから。だけど、そうだな……そろそろ――ヤバい」
「怖いこと言わないでください? さ、先輩の荷物持ってあげるので行きましょう」
「ああ、ありがと」
「全く先輩はいつも僕の心のドアを蹴破ってくれますね……」
「え? 何言ってるの?」
「いえ、今日も終わりそうなのでオチっぽい台詞でシメようと思いまして」
「シメって、これからまだ一緒に帰るだろ?」
「そうでした、まあ教室でのお話はこれくらいでと言うことで」
「む、なるほど、それは邪魔して悪かった」
「シメ直すので気にしないでください」
「ふうん? あ、だが、その前にーー」
「その前に?」
「トイレ!」
「はい、いっといれ」
「それがシメでいいのか!?」