最初はここまで擦れてなかった
というわけでお説教だ。
警察にその場を任せ、ある程度移動してから聖女に向き合う。
「まず、間に合わなかった云々を問うつもりはありません。助けられない命、それはこの仕事ならよくあることです。悲しいですが、それは仕方がありません」
本当によくある。それはもう受け入れるしかない。
「問題は能力です。私には何をしたのかわかりませんでしたが、あなた何かしましたね?」
――はい
あっさりと肯定する聖女。
怒られるとは思っていないらしい。
「チーフから言われませんでしたか? 能力の使用を禁止すると」
――緊急時は異なるとのことでした
「ええ。ですが、今回に限ってはあなたが使う必要はなかった。使うにしても救急車を待ってからでよかったはずです。せめて周囲から見えない状況を作ってからとか、やりようはあったはずです」
本当、困るんだよ。
何かしたといわんばかりのあの状況。動画を撮影していた野次馬もいるし、確実に拡散される。
それでは憧れる人を増やすだけだ。一人の命を助けた結果複数人のチャレンジャーを生んでは意味がない。
――それで間に合わなかったらどうするんですか!
「その可能性はありました。しかし、あなたは立場が立場です。それを考慮した上で行動すべきであり、今回不用意に能力を行使すべきではなかった」
――そんなものより命が大事でしょう!
ああ、これはダメだ。
強い反発を受けて内心で諦めが浮かぶ。
聖女は歪みない心意気をしている。これを説得するのは無理だ。
俺と彼女では判断基準が違いすぎる。
正直、そんな死にたがるようなアホの命とかそこまで重視していない俺は、救命よりもその行動がもたらす影響を重視する。
一方、彼女は徹底して命を重視して判断する。
どっちが間違っているというわけでもないから、納得させることが難しい。
俺だって、これが本気で悩んだ末の自殺だったりいじめとかの深刻な原因がある身投げなら命を優先する。
だが、今回のようなケースは別だ。
異世界行きたいからとかいう舐めた理由の飛び込みかましてきた相手に同情するほど俺は博愛主義者じゃない。仕事面でダイレクトに影響受けてるからなおさらだ。
もちろん道義的にも仕事的にも見殺しにするつもりはないが、余計なリスクを負うつもりもない。一般的に見て必要最低限より上、公務員として十分な対応さえすればそれでいい、という考えだ。
飛び込みの理由とか見ただけじゃわからないじゃん、という人もいるかもしれないが、はっきりいおう。わかる。少なくとも深刻か否かは。
異世界転生チャレンジが流行って以降、深刻な理由での自殺者はトラック身投げを避ける。チャレンジャーと同じ……いうなれば、異世界なんて軽い気持ちで死んだと勘違いされたくないからだ。
どうせ死ぬなら異世界転生チャレンジしてやる、みたいなノリで飛び込みができるほど彼らの悩みは軽くない。深刻な理由で死ぬ人間には死ぬだけの理由があって、それは勘違いされることなど受け入れられない文字通りの『死ぬほどの理由』なのだ。
というか、俺だって嫌だよ。異世界転生チャレンジで死んだとか絶対思われたくない。
これはもう、チーフに直接説教してもらった方がいい。俺の手に負えない。
「……とりあえず今はいいです。ただ、できる限り使わないように心がけてください」
――わかりました
わかってないな、これ。