人手不足とは言ったけど
異世界から帰ってきたのは勇者だけではない。
聖女と勇者、計二名が帰還している。二人とも違う世界から帰ってきたそうだが。
勇者、聖女は通称だ。そういうことをしていた、そう呼ばれていたと本人達が告げたためその呼び方が広まった。
勇者の方の名前は江洲疾風だ。
……今どきの名前だね、うん。これに関しては本人に責任はないのでこれ以上は触れないでおこう。
それより聖女の方だ。
朝の会議でいきなり指導係が告げられた。
俺である。
はいそうですかと受け入れるには疑問が多すぎるので、挙手。
「新人が来るなんて聞いてないんですが?」
「仕方ないねえ。上からの命令なんだよ……僕も昨日聞いたんだ」
課長が肩を落とす。
なるほど。突然、急に。
胡散臭すぎるな。
「私はまだ一人前とは言い難いのですが。私自身に指導係がついているのに指導係が務まるとは思えません」
「それはねえ……」
ハンカチで額の汗を拭おうとしている課長を遮り、ドスの利いた声が響く。
「決定事項だ」
チーフだった。
朝から完璧に怖い人ムーブが決まっている。
「そろそろお前も指導係を外してもいい時期だろう。ちょうどいい機会だ。指導する側に回ってみろ」
「……はい」
「白井、お前もサポートに入れ。基本的にお前達は三人一組で動いてもらう」
「はい」
不満そうな様子を全くみせずに風花が頷く。
普通に怖いからね、そうなるね。
それに、チーフも考慮してはくれている。
基本的に仕事は二人一組で行う。それを一人増やしたのはそういうことなんだろう。
「二人はこのあと俺のところに来い。……課長」
「あ、うん、ありがとうねえ。それじゃ皆、今日も無事故を目指しましょう」
課長の合図で皆が解散し仕事に戻る。
なお、目指しているだけで無事故が達成された日はほとんどない。
「呼ばれた理由はわかるな?」
俺と風花が集まった直後、開口一番にチーフが問う。
互いに目で譲り合った結果、立場的に弱い俺が答える羽目になった。
「聖女のことですか」
「そうだ。この件は向こうから言い出したらしくてな、元々は隣の転生阻止課に派遣されていたそうだ」
「……あの、それって」
別の地域に派遣されていた。しかし今ここにいると。
つまり。
「問題起こして飛ばされてきたわけだ」
天を仰ぎかけ、耐える。
上司の前でそんな真似はできない。ましてチーフだ、殺される。
「初日にやらかしてくれたそうでな。本人はやりなおしたいといっているし、どうするかとなったときに……うちに、な」
貧乏くじですね、わかります。
おそらく課長が押し切られたのだろう。チーフがついていてくれればそうそう押し切られもしないだろうに。役職の関係上そういうわけにもいかないのだろうが。
「隣にいたとはいえ仕事に関してはほとんど何も知らないようだ。素人だと思っていい。とりあえずこちらからも言い聞かせておく。お前達も、わかってるな?」
「はい」
「理解しています」
口に出せることではないが、理解している。
聖女の扱いは非常にデリケートだ。
本人の立場的に色々と面倒なのはもちろん、仕事への向き合い方も問題だ。
見た感じと経緯を聞いた限り本人のやる気はあるみたいだが、この場合問題はもちろん成果を挙げてもらっても困るのだ。色々弊害が出てしまう。
成果を挙げたときの最大の問題は『憧れる人が増えてしまう』ことだ。我々転生阻止課の設立目的の正反対の結果をもたらしかねない。
今目指すべきは何が何でも目立たないこと。外部の人にうちの転生阻止課に聖女がいること自体をバレないようにしなければならない、のだが……
「チーフ、あれでは何もせずとも目立つと思いますが」
本人の外見が目立ちすぎる。
銀髪といい肌の白さや質感といい、化粧や変装でどうこうできるレベルを超えている。見回りに連れて行くだけで目立ってしまう。
「……ローブでも着せればいい」
「チーフ、夏です」
正確には秋前だが、残暑がきついので暑いことに変わりはない。
ローブなんか着たら余計目立つ。本人も辛いだろう。
「……常識の範囲内なら何をしてもかまわん。お前達に任せる」
丸投げですね。
しかし俺も思いつかない以上、一方的にチーフを責めるわけにもいかない。
どうにかなるのかこの問題。