異世界へは行かせない
転生阻止課の朝は早い。
というか、朝は早いし夜は遅い。場合によってはそもそも寝ない。
理由は単純、量に差はあれトラックは24時間走っているからだ。トラックが走っている限り、そしてチャレンジャーがいる限り転生阻止課に安眠は来ない。特別な資格もないのに三交代制の公務員……ただの激務である。
人員もいないなかで公務員が二交代というわけにもいかないと無理に三交代制にしているため、とにかく人手が足りない。
人手不足が解消する気配はない。チャレンジャーが減らないから仕事も減らない。むしろ増えている。
仕事場に来てまず最初にすることはメールチェックだ。流通会社や担当地区の異変、他地区からの情報など目を通すべきものはかなり多い。
なお、転生阻止課は主に都市部に位置する市、区、町に設置されている(現在、村に設置された例はない)。チャレンジャー達はこっちの担当区域など考慮せずに仕掛けてくるため、隣接する市、区、町との連携は重要だ。
転生阻止課の主な仕事は大雑把にいって三つ。
一つ目は見回りや流通経路のチェック、警察への連絡等によってチャレンジャーを止めるもしくは諦めさせること。
ちなみに、ここには他の行政組織や企業、地域の組織との連携も含まれる。交渉や連絡など見た目以上に仕事は多い。
二つ目は既に起こってしまった事故に対処すること。
基本的に後始末は警察の仕事だが、状況を確認して統計をとったり場合によっては目の前で起こった事故の対処をしたりするのは転生阻止課の仕事である。
そして三つ目。
転生阻止課の最も重要といえる仕事は、トラック身投げをまず予防するということだ。されてから止めたのでは遅い。その前段階で止めるのがベストといえる。
そのため、地球――というか今住んでいる日本がどれだけ素晴らしいか、転生、転移先と目される世界の生活レベルがどれだけ(相対的に)悲惨かを常日頃から喧伝することが重要になる。
そもそも、魔法やらスキルやらの謎パワーがあるとはいえ、基本となる生活水準が中世レベルの世界に行こうとすること自体が理解できない。スポーツにしろ音楽にしろサブカルにしろ、君たちが大好きな娯楽もないんだよ?
そんな世界で生きるくらいなら地球で生きた方が千倍ましだと思うのだが。何故その覚悟を地球での生活に適用できない。
……と、こう考えてしまえば転生阻止課ではやっていけない。
未だ新人とはいえ、幾人ものチャレンジャーを見てきた身としてはっきり言おう。
連中はそこまで考えていない。
少なくとも、実感は持っていない。考えていたとしてもそれを現実のものとして認識できていない。
基本的に今の生活に不満があって、理想通りの生活ができるかもと夢みて異世界への移動を望むのだ。やってることは夢みがちなミュージシャンとかと変わらない。無論、この場合の夢みがちとは真剣に夢に向かって努力している人は含まない。
つまるところ、根本の問題は今の生活にある。きちんとカウンセリングして、現実への向き合いかたを身につければそれで済む問題だ。
ちなみに、ただ流行ってるから乗ってみたみたいなもっと軽い考えの連中は親が泣くのを見れば大抵正気に戻る。
というか、まず根本的な問題として「転生」「転移」なのだ。
トラックで死ぬ必要なくない?
この辺が流行りに乗っているだけだと判断する要因である。
創作ではトラックに轢かれて異世界転生したり、直前で召喚されたりが有名らしいが、実際に転移した当人達の証言を聞く限りトラックに轢かれた実例はない。
なんというか、UFO目撃談とかに通ずる何かを感じる。あれも第一発見者は円盤型なんて言ってないらしいし。
実害が出ている辺りこっちは流すこともできないが。
そういえば、日本に帰ってきた勇者(笑)によると異世界転生や転移に成功する確率は合算しても約一億分の一、それを越えても異世界で成功するかどうかは別問題なんだとか。
とりあえず、転移したのに帰ってこないでくれない? 郷愁はわからないでもないけど、病原菌とか色々問題出るんだよ。しかも転生やら魔法やらスキルやら異世界の存在やらで色々な分野、本当に色々な分野で大混乱が起きたのだ。
しかし、一番の問題はそこではない。
その数字をどこから出したと記者に聞かれたとき、勇者(厄)はこう答えた。
『転移するとき神様から聞いた』
宗教界は大混乱である。
ついでにいうなら日本の外交関係も大混乱である。
当たり前だ。宗教色が薄いのを地球全体の常識だと思わないでほしい。普通に国際問題に発展したからね? なんで混乱を起こした当人を税金で守らなきゃいけないんだ。というか、言うなよ、そういうこと。取り返しがつかないレベルで混乱が起こることくらいわかれよ。子供だからで済む範囲越えてるんだよ。
めでたく大問題を起こした勇者(災)の発言をきっかけにいくつも新興宗教が生まれたというから笑えない。それも全世界的に。帰還者の最初の一報から三年が経ったにもかかわらず、国によっては国内の混乱が今も収まっていないという。
下手に世界を納得させてしまったから始末に負えない。この混乱が収まるのはいつになるのか、予測がつかないのが現状だ。