異世界なんていけません
状況が変わったのは見回りを交代して戻った昼だった。
隣の地区に警護がいない件について確認をしたところ、混乱が起きていたという謝罪のあと信じられない情報が入ってきた。
彼ら曰く『うちの課長が失踪した。今しがた異世界チャレンジをしたという連絡が来た』
それは、ついさっき俺が見た事故で死んだ人だった。
隣の地区の転生阻止課課長の顔は知らなかったし、そもそもうつ伏せになっていたせいで顔は見えなかったから知っていても気づけたかはわからない。
ただ、一つだけいえることがある。
ありえない。
転生阻止課の人間が異世界チャレンジをするのはありえない。
物事に絶対はないとはいえ、現実的かどうかという尺度はある。
これは現実的ではない。普通に考えてありえないことだ。
チャレンジャー達の無残な死体を何度も目の当たりにして、その後の被害や悲嘆を数多く見てきた転生阻止課の職員が異世界チャレンジをする?
ありえない。絶対にありえない。
心労か何かによる自殺ならまだわかる。ただ、それならトラックの身投げは選ばない。死んだ後も馬鹿にされるような死に様を選ぶ理由がない。
一応課長とチーフに報告を入れたが、耳を疑っている様子だった。
しかし事実だ。
あのあと、警察からチャレンジャーについての情報も送られてきた。
間違いなく隣の地区の課長だった。
それだけではない。
資料作成時に情報を見つけてしまったが、隣の地区の転生阻止課、ここ三日……聖女が赴任したその日から今日までで、課長を含め四人のチャレンジャーが出ている。
それは手が足りなくなるわけだ。一気に四人も減ってはとても回らない。警護もできなければ連絡も忘れてしまったのだろう。同じ転生阻止課として同情する。
だが、おかしい。
四人もチャレンジャーが出た?
転生阻止課から?
「……何が起きている?」
こんなことありえない。
いや、ありえないといえばそもそも異世界チャレンジ自体がありえないんだが。
帰還者の存在もそれを確認した程度で身投げが流行る世間もおかしい。
「……そうだ、おかしい」
そうだ、そうだ、そうだ。
そうだろう、何故気づかなかった。
冷静に考えろ。
自殺だぞ?
異世界チャレンジなんて言葉に隠れているが、要するに自殺だ。
自殺ゲームなんてものもあったが、それにしたって段階を踏んでいたし強制力を利用していた。あれでは希望を持って自殺させるなんて真似はできない。
明らかに異質だ。
それを何の疑問もなく受け入れていた俺も含めて、狂ってる。
「……調べてみるか」
幸いここは転生阻止課。異世界チャレンジ関連のデータは揃っている。