少しの無理
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最近、僕は僕の知らない僕に驚いている。人と関わるのが苦手だ。ずっと1人で絵を描いていた。これからも、1人で絵が描ければいい。そう思っていた。でも、気づけば、いつの間にか1人じゃなかった。
「慎ちゃんおはよう!」
「相田さん、おはよう。」
「みんな来てくれるかな?ドキドキするね。」
相田さんは鞄を置いて、美術室の掃除を始めた。
「1年生は来るって。」
「やった!持つべきものは可愛い後輩ちゃん!みんなまだなら掃除しとこうかな~」
僕は少し無理をするようになった。少し無理して会話して、無理して気を使う。
「慎ちゃんも掃除手伝ってくれるの?ありがとう!」
「須藤は?」
「先生捕まえたから少し遅れるって。一応あちこちの許可取った方がいいだろうって。」
「さすが須藤だ。」
少し無理をして、行動してみる。
「何パターンか、デコレーションのイメージ絵にして描いて来た。」
「マジ!?見たい!」
掃除用具を置いて、相田さんは僕のスケッチブックに寄って来た。
相田さんの笑顔を見ると、少しの無理も悪くない。
「これ、いいね!夏祭り!敢えて季節外れのクリスマスも面白いけど、お祭り夏ならではだね!」
「描いてみて何だけど、クリスマス用品は今の時期手に入りづらいのが難点。」
悪くないどころか、心地いい。
「じゃあ、冬にもまたやろうよ!合宿はやれないけど、冬ならすぐ暗くなるから平日展示できるし。」
「そうだね。椎名先生にも相談してみるよ。」
「お願いしま~す!これでまたしいちゃんと話せるな。お主も悪よのぉ~」
これは……もしかして……
「…………。」
「御代官様こそ。でしょ!?」
このノリだけはまだ慣れない。
そこへ須藤がやって来た。
「悪い、遅くなった。中庭の使用許可はもらって来た。夏休みで先生がなかなか捕まらないのが痛いな……」
「須藤おはよう。なんだか……実行委員みたいだ。」
「実行委員だよ。指示くれよ実行委員長!」
え?相田さん?僕が相田さんの方を見ると……
「実行委員長!」
そう声をかけられた。
「え……?あ、僕?」
「慎ちゃんがやるって言い出したからね~!」
相田さんは、掃除用具をしまいに行く。
「え?相田さんでしょ?」
廊下の掃除用具入れの方から声が聞こえる。
「私はただ、個人活動が嫌ならってアドバイスしただけだよ?」
「…………もしかして僕、はめられた?」
「どうせこいつの涙に騙されたんだろ?諦めろ。こうなったら負けだ。」
負け……?か。そんな話をしていると、演劇部の人達がやって来る。
「おはようございます!この度は、展覧会に混ぜさせていただき、誠にありがとうございます!よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
演劇部の部長さんは深々と頭を下げた。
部長さんと挨拶を交わしていると、すぐに、LEDライトを持った部員さんが訊いてきた。
「LEDライトどこに置けばいいですか?」
「え……もう!?じゃあ、この辺に。」
ライトを美術室の端に置いてもらっていると、今度は相田さんに声をかけられた。
「慎ちゃん、あれ、1年生?怯えてるよ。行ってあげて。」
「あ、うん。1年生、おはようございます。こちら、演劇部の皆さん。相田さんは美術部と兼部してるから、お手伝いを頼みました。」
一年生は普段とは違う美術室の雰囲気にオドオドしていた。
「あの、合宿があるって聞いたんですけど……」
「その合宿の夜に中庭をデコレーションしてライトアップして、アート作品として、展覧会を開く……んだけど……」
「もし、他の1年誘ってみて、誰か行くようなら参加します。」
興味はあるんだ……ただ、女子1人じゃ参加しづらいか……。
「慎ちゃん!そろそろあの、イメージ画みんなに見せてよ!みんな絶対気に入るよ!」
僕はスケッチブックをみんなに開いて見せる。
「夏だから、夏祭りをイメージして自由に飾り付けするのは……どう……でしょうか?」
提案を聞くと、演劇部の先輩達は一斉に話始めた。
「いいね~!展覧会にみんなで浴衣着るのどう?」
「いいね!夏祭り!気に入った!夏と言ったら夏祭りだよね!」
「音響設備もつけてお囃子とか流しましょうよ!」
「それいいね!」
演劇部の先輩達は声が大きい。まるでヤジのような声が飛び交う。
「先輩達落ち着いて下さいよ~!ここ美術室ですよ~?演劇部じゃないんですから!えーと、じゃあ、とりあえずやりたい事書いていきます。この中で可能か不可能か選んでいく形で。」
どんどん美術部と演劇部の話し合いが進む。須藤と相田さんは……演劇部は凄い。どんどん言葉を交わして、どんどん具体的になって、実現に向かって行く。まるで嵐みたいだ。
そして、あっという間にお昼休憩になる。みんなそれぞれお昼を食べていると、相田さんが飲み物をくれた。
「慎ちゃんお疲れ様。大丈夫?疲れた顔してるけど」
完全にキャパオーバーだ。
「ありがとう……リアルTVタックル……。こんなに話に集中したの初めてだ。疲れた……。」
「大丈夫か?片岡。うちの部のイベント決めは、いつもこんな感じだから。慣れないと大変だろ?七夕の時もこんな感じで俺も驚いた。」
いつも?こんな話し合い?
「いつもこんな……嵐?」
「嵐?あははは!確かに嵐だね!いつもって言うより、イベントやろうって話し合いの初日だね。今回はいつもより大荒れかな?神輿作って戦わせようまで行ったのはさすがに驚いたよ。先輩達今回もなかなか気合い入ってる。」
「演劇部の人達、生徒会やった方がいいんじゃない?生徒会の方がよっぽどゆっくり話し合いしてるよ。」
「生徒会がこんな話し合いしたらみんなついて来れなさそうだな~」
「現に僕はついて行けてない。この場にいるのに、いつの間にか決まってる事ばっかり。」
相田さんは意見をまとめた紙を出してきた。
「あ、実行委員長の意向に沿わないなら変えるよ?」
「いいよ。変えないよ。やるなら、僕もいいものにしたい。」
「それでこそ実行委員長だな!」
須藤に背中を強めに叩かれた。
「でも、無しはハッキリ無しって言えよ?」
「そうだよ。実行委員長が言わないと、誰もブレーキ利かないから。大まかな話し合いはこのくらいにして、細かい所は後日決めて行く事にして……後は……買い出しの日程と……合宿も、もう一度みんなに声かけてみて……」
一番、相田さんが1番ブレーキが利いていないように見える。
「ひらり落ち着け。」
「だって、だって、これから毎日遠足の準備なんだよ?楽しみだよね!」
「じゃ、午後は川行くか。」
須藤の一言は、ブレーキではなく、車線変更だった。
「行こう!!慎ちゃん、行こう!!」
「釣具って本気だったの?」
「本気だよ!」
二人は同時に本気と言った。僕も本気だとは思わなかったけど……釣具を持って来ていた。
「行くぞ!片岡!」
「慎ちゃん、行こ~!」
少しの無理が、何だか心地良かった。




