月のお姫様
6
嫌な予感がしつつ、俺は放課後に帰り支度をしていた。
「壱~!一緒にひらりちゃんの公演観に行こう!」
やっぱり女を引っかける事に関しては本気だな。
「1人で観に行く勇気ないからさ、一緒に行ってよ。」
「女口説く勇気あるのに、1人で観に行く勇気はないんだな。」
新入生歓迎公演って新入生が行くもんだろ?しぶしぶ晴について見に行くが、案の定、数人の1年以外誰もいない。
「こんにちは~中へどうぞ~!」
受付でパンフレットのような物とアンケート用紙を渡された。前回見た時は、感想を書く気にもならなかった。俺達は目立たないように一番後ろに座る。晴に捕まらなければ、こんなに無駄な時間を過ごす事なかったのに……。
「開演の時間になりました。入口閉めます!」
音楽が止まり、照明が暗くなる。別の音楽が大きくなる。音楽がまた低くなると、数人の役者が出て来る。あいつ、何役だっけ?月のお姫様?あれがお姫様やるのかよ。笑える。
月のお姫様……?ふと、資料集のプロフィールシートを思い出した。あれは、役のプロフィールか……。
「私は、もう姫ではありません。ただの月の住人です。」
しかし……見違えた。あれが?眼鏡ブスのあれ?なのか?女は化けるって言うが…………あれは詐欺だ。
「ひらりちゃん出てきた?」
「最初から出てるだろ。ほら、あれ。」
俺は姫役の方を指で差す。
「え?っ嘘!あれがそうなの?」
「お前声が大きい!この紙にはそう書いてあるだろ?」
そりゃそうだ。チラシすら読まない晴が、パンフレットを読むはずがない。
「壱、ちゃんと読んだんだ。偉いね。」
「偉くねーし。」
俺は映画や舞台は先にパンフレットを読む。それにしても、正直、前回より悪くない。それにしても、見られるってレベルだ。
「ひらりちゃん、いつもと全然違うね。」
「役だからな。」
「ほら~だから言った通りでしょ?」
晴は前の席の背に肘をかけ、身を乗り出して、得意気にこっちを見る。
「は?」
「眼鏡を取ったら可愛い。」
確かにあいつ…………あんな顔してたんだ……。全然知らなかった。
こればっかりは、晴を馬鹿にはできない。それが少し悔しい。
「目ぇ悪いのか?眼鏡取ったらマシになった程度だ。」
悔しいから、可愛いなんて絶対言ってやらない。
しかし、月のお姫様というより…………小さな蝶?みたいだ。ヒラヒラした衣装が動く度、羽のように一生懸命もがいているように見えた。




