暗闇を進む
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正門の方では、緊張の時間が続いていた。
「みんな……私の事覚えていてくれたんだね。ありがとう。」
沈黙は、相田先生が破った。
「僕の初恋ですから。忘れないですよ。」
晴は何の躊躇なく、さらっと言った。何故か、ただ聞いてるだけのこっちがヒヤヒヤする。
「白石君、まだ私の事好き……とか言ってないよね?」
「相田先生そんなにはっきり……」
「はっきり言わないとダメだから。叶わない相手を好きになって、自分と向き合う事から逃げちゃダメだって言ったよね?」
先生は晴に面と向かってハッキリと言った。
「…………先生は、好きでいさせてくれさえしないんですね。」
「白石君のためにならないからね。白石君、厳しい事言うようだけど、寂しさを埋めるためじゃなくて、ちゃんと誰かを好きになってね。求められる事に答えるばっかりじゃなくて、求められる事に喜びを感じられる相手と、ちゃんとした恋をしてね。」
「…………。」
晴は黙って目を伏せた。
相田先生は腕時計の時間を見ると、辺りを見回した。
「ひらり遅いな~」
「裏口から帰ったんじゃないですか?」
「裏口だったらあいつが……」
相田先生の携帯が鳴る。
「はい。え?逃げられた?何やってんのよ!自分の生徒でしょ?」
先生は携帯を切り、車の鍵を出す。
「ったく、使えねぇ~。」
あれ?相田先生ってこんな感じだったか?イメージが……
「相田先生……なんだかキャラ崩壊しましたね。」
「もうあんた達の先生じゃないからね。今は西高。あんた達は妹の彼氏?どっちが?まぁ、いいや。二人とも、乗って。送ってく。」
俺と晴は相田先生の車に乗せられて、家の方向に走り始めた。
その頃私は鶴ちゃんと暗闇の田んぼ道を全速力で逃亡していた。
「もうダメだぁ……限界!」
「はぁ……はぁ……何で僕まで……。」
「ここまでくれば……はぁ……大丈夫……はぁ……ゴホッ……ゲホッ……はぁ……」
息を切らした二人は、道の途中で立ち止まる。
「鶴ちゃん……ここ、どこ!?」
「え?ああ、駅あっち。」
「めっちゃくちゃ暗いんですけど!」
辺りは恐ろしく暗い。まだ目が慣れないせいか、前に進むのも怖いくらいだった。
「こっちは田んぼ道だから。隠れて帰るにはもってこいだよ。」
「そうだけど……こっちの道から帰った事ないんだよね。」
どこをどう行けば駅に着くのか見当もつかない……。
「じゃ、わかる所まで送るよ。」
「鶴ちゃ~ん、ありがとう!」
やっぱり鶴ちゃんは優しい。
「あのさ、鶴ちゃんもう止めてもらってもいいかな?」
「だって名前覚えてないもん。」
「片岡。片岡慎太郎。」
鶴ちゃんは改めて自己紹介してくれた。
「じゃあ、慎ちゃんだね。慎ちゃんさ、どうして助けてくれたの?」
「…………。」
「え?どうしたの?」
慎ちゃんは少し黙って、諦めたように言った。
「鶴よりはマシか……。」
「どうして助けてくれたの?杉本にとっさに嘘ついてまで……」
「いや、なんか……相田さん嫌がってたから……。」
少し目が慣れて、慎ちゃんの顔が見えてきた。
「うん。本当に助かったよ。ありがとう!」
「どう………いたしまして?こっちも、助かったから。」
「は?何が……?」
助けた覚えはないけど……?
「美術部の印象悪くなるとか、椎名先生に迷惑かけるとか、そこまで考えた事無かった。気づけて良かった。助かった。」
そうなんだ……当たり前じゃないんだ。確かに……
「私も、先輩に教えてもらうまで、そんな事考えた事無かったよ。演劇部の先輩がね、やりたい事やるには、やるべき事をきっちりやらないと、思いっきりやりたい!って時にできないって。」
これは、先輩達が一番最初に教えてくれた事。
「特に部活動は先生の理解が重要だから、印象悪くなる事はしないようにって。」
「そう。そうゆう事を教えてくれる先輩がいるんだ。」
美術部は三年生が幽霊部員でほとんどいない。
「確かに、美術部は個人活動だもんね。」
しばらくしたら落ち着いて、慎ちゃんと二人でゆっくり暗い田んぼ道を歩き始めた。




