バニラ
17
こいつの公演を見た日に、たまたま帰る時間が同じだったから、駅までの距離をこいつと一緒に歩く事になった。
「あー!!」
「何だよ!」
隣のこいつは、トンネルの前で、急に大きな声を出しやがった。
「とうとう来たよ……トンネル……。」
「別に大して何ともないだろ。」
ただの歩道トンネルだ。むしろ外より明るいくらいだ。
「音が……風の音が怖いの。怪獣の鳴き声みたいじゃない?」
「怪獣?」
怪獣……?ゴジラ?
「この声の怪獣はバニラ。」
「バニラ?あの、資料集に挟まってたあれか?」
俺は妙に腹立つ顔の、ウサギの絵を思い出した。
「そう、怖くないように、どうせなら可愛い怪獣がいいと思ってバニラを思いついたの。」
「可愛いか?変なウサギだと思った。」
怪獣の要素はどこにあったんだ?
「それは画力の問題かな……?怪獣といえば、ゴジラ。ゴジラにウサギの耳つけたら、怖くないでしょ?」
怖いというか、ゴジラにウサギ……その発想はどこからか来るんだ?クレイジーだ。バニラじゃなくて、クレイジーバニーだろ?
「まぁ……ここまでウサギの怪獣なら怖くはないかもしれない。」
気を使って肯定してみたけど…………
「でしょ~?バニラの事考えてれば怖くないから。春壱も怖い時はバニラ思い出して。バニラを思い出せば、怖いのも不安もなくなる。楽しく生きられると思うの。」
楽しく……生きられる……?こんなもので?
「あ、あとダイエット中にアイス食べたくなった時も。」
「アホか!お前最低だな……。」
確かにあの設定を思い出したらソフトクリームは食べづらい。
「あははは!ダイエット中に絶対我慢できるよね?あ、ちょっと、お前じゃないよ?ひらり。ちゃんとひらりって呼んで。」
まただ。こいつはまた、俺との間合いを無理やり詰めようとする。
「やだよ!何で名前で呼ばなきゃいけないんだよ。」
「友達でしょ?」
「友達ではない。」
「クラスメイトじゃん。」
引いても、引いても、押して来る。俺は押し負けて、トンネルの後ろに取り残された。
「…………急に呼び捨てとか、みんなに勘違いされるだろ。」
すると、あいつは…………トンネルの先の方から、よく通る声でこう叫んだ。
「誰にどう思われようと、誰に何と言われようと、春壱の事は、春壱って呼ぶからね!」
よく通る声で、よく聞こえた。




