友達まで踏み込む
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「もしかして須藤君も電車?」
私だって、そんなのわかりきってたけど、訊いてみないことには誘えなかった。
「そうだけど?」
「じゃあ…駅まで一緒に歩こうよ。」
少しだけ勇気を出して、誘ってみる。
「別にいいけど?」
良かった……!やっぱり、悪い人じゃない。
「良かった~さすがにこの時間は1人で歩くのは少し怖いんだよね。」
「いつもこの時間1人か?」
今日は部長は彼氏の所だから……
「たまにね。いつもは先輩と帰るんだけど……」
「先輩は?」
これ、言っていいのかな?まぁ、誰ととか言わなきゃいいのか。
「内緒だよ?彼氏の家に寄るって。」
「あーなるほど。それは、一緒に帰ってくれとは言いづらいな……。」
人の気持ちがわからない人じゃないんだ。じゃあ、いつもどうしてあんな風に言うんだろう……?
二人で少しの間、沈黙の中歩く。歩くスピード合わせてくれてるのかな?ゆっくり歩いてくれてる。足の靴擦れまだ痛い……あ、何か喋らなきゃ……
「うちの学校、駅から結構あるよね。」
「何で?」
「は?」
ほぼ同じタイミングで質問された事に驚いた。
「何で演劇部に入ろうと思ったんだ?」
「え…………」
呆気にとられていて、ちゃんとした答えがすぐに出なかった。
「あぁ、舞台に恋したって言ってたっけ。舞台、好きになったきっかけは?やっぱ観に行ったとか?」
「うん……。」
「俺も小さい頃母親にミュージカル連れて行かれて、舞台とか映画とか好きになった。」
何だか、心なしか須藤君楽しそうな気がする。きっと、舞台や映画が好きなんだ。
「あのね、私は、一度だけ。中学の時に、お母さんのお友達が行けなくなっちゃったから、代わりに私連れて行ってもらったの。」
「へぇ……」
この人なら話しても大丈夫。
「初めての東京で、初めての生のお芝居見て……凄く感動した。舞台上本物の桜があるみたいに、桜が舞ってるように見えたの。本当に凄かった。私のお母さんは私が生まれる前に同じお芝居を見て、ひらりって名前にしようと思ったんだって。」
この人ならきっと笑ったり馬鹿にしたりしない。
「お前の名前、桜が散る所から来てるんだ。」
「元々は桜だけど、どっちかと言うと、花より葉っぱ?の方なのかな?」
「葉っぱ?」
そうだよね。花でも葉っぱでも、枯れて落ちるイメージって良くはない。
「秋生まれって事もあるんだろうけどね。散るとか枯れて葉が落ちるとか、縁起悪いでしょ?」
「それはたしかに悪い。でも、お前は葉のイメージじゃない。蝶?みたいだ。いつもはサナギで、舞台の上でだけ羽を開く、…………蝶。」
蝶…………?そんな事……初めて言われた……。なんか、嬉しいけど……恥ずかしい……!
「それ、今日の衣装がひらひらしてたからだよね?」
嬉しいけど……浮かれちゃいけない。変に思われないようにごまかそう。
「でもね、別に葉っぱも嫌じゃないの。」
私は嬉しくなって少し足早に須藤君の前に周り込んでみた。
「お母さんがね、おばあちゃんが亡くなった夜にね、大きな木の夢を見たんだって。」
「木…………?」
後ろ向きに歩きながら、少し大げさに、手で木を作ってみる。
「その木から、お母さんの手のひらに、1枚の葉が落ちてきたんだって。その葉は、おばあちゃんの最後の言葉だったの。お母さんは、ああ、この木の葉は全部、おばあちゃんの言葉なんだって思ったんだって。だから、誰かの手のひらに言葉の葉を残せるように、ひらりってつけたって」
須藤君は自分の足元の石ころを気にしながらポツリと言った。
「だから、ひらり……。なるほどな。変な名前だけど、思ったよりちゃんと考えてつけられてる。」
須藤君は自分の名前が嫌いなんだよね……。聞いたらまた怒るかな?でも、誤解を何とか解きたい。私はまた、須藤君の隣を歩く事にした。
「須藤君はさ、やっぱり春一番から来てるの?」
「だろうな。詳しく聞いた事はない。」
いいなぁ……。
「いいなぁ……。」
思わず、思った事が口に出ていた。
「何がいいんだよ?」
あ、やっぱり怒るよね。怒った須藤君は急にその場に立ち止まった。
「ご、ごめんなさい。春一番って強い風でしょ?風がないと、言葉の葉は落とせないから」
「……まぁ……そりゃそうだけど…………」
しっかり伝えてみよう。ちゃんと話せばきっとわかってくれる。
「春一番って、人に影響を与えられるようにって意味なのかな?って思ったの。それって、演劇部の私にとってはいい名前だな~って思ったんだ。だから、いい名前って言ったんだよ。」
何だか急にその場にいづらくなって、私だけ先に進んで話続けた。
「実際、アンケートに書いてもらって影響されたし。須藤君は名前通り、人に影響を与える凄い人だね。」
後ろを振り返ると、何だか須藤君は遠く小さく見えた。
「…………そんな事ない。いい影響与えるとは限らないだろ。悪影響与だって与える。俺は悪影響しか…………」
遠く、小さな声で、須藤君は言った。
「そうかもしれないけど……どうして?どうしてそんなに自分の事、悪影響だって決めつけるの?」
私は少し須藤君に少し近づいて、説得を試みた。
「人の言葉は影響し合うのが普通でしょ?誰のどんな言葉が、誰にどう影響してるかなんてわからないよ?」
自分がまるで悪者だから、誰にも愛されないって聞こえる。どうして、強く意見を言うってだけで悪者になるの?
「だから?だからって、言いたい放題言って傷つけていいわけじゃないだろ?」
この人、何となく、自分の悪い所には気がついてはいるんだ……。わかってはいるけど、どうにもならなくて…………腐っちゃったのかな?
「傷つけようと思って、アンケート書いたの?」
そうじゃないよね。この人はそんな人じゃない。
「それは…………違う。惜しい気がしたから……。」
「惜しいって事は、もっと良くなるように書いてくれたんだよね?」
そうだよね。違うよね。だって、ただの感想だったら、見過ごしてた。舞台への愛情のある意見だったから、気になってしかたなかった。まるで、ラブレターをもらったみたいだった。
「まぁ、下手くそなりに頑張ってたから…」
須藤君は照れ隠しにそう言ったんだと思う。でも…………
「ありがとう。下手くそなりに頑張ってもさ、見ていてくれる人も、気にしてくれる人もいなかったから…なんか、嬉しかった!ありがとう春壱!」
この人、好きだ。怒られても、どんどん踏み込んでみよう。
「呼び捨てはやめろ。」
やっぱり、思ったより怒らない。やっぱり、この人は……春壱はいい人だ。
「いいじゃんよ~!私達一緒に帰った仲じゃん。もう友達でしょ?」
「はぁ?」
やっぱり冷たい。まだまだか……。
私達はまた、駅へ向かって、二人で同じ方向へ歩き始めた。




