圧倒的演技
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ひらりと先輩の演技は圧倒的に、本来の役の役者とは違った。まず、声量が違う。立ち姿が違う。動きも違う。
「さすがだな……。二人で打ち合わせしてなくてこれですか?」
「うん。あーやっぱり先輩とだとやりやすい。」
ひらりは両手を上げて、体を伸ばした。
「ひらり、動きすぎ!美香が振り回される!用意してないから予測して動くの大変。」
「すみません~!私の思う佑樹って言われたから自由にやっちゃいました。」
先輩はひらりにダメ出しする。
「動きも台詞の言い回しも、やりすぎ。」
「宮島ちゃんの参考にするならやりすぎぐらいがわかりやすいかな~と思って。」
「本当は自分がやりたいようにやっただけだろー?じゃあ、さっきので何かダメ出しある人~?」
ダメ出しがあるわけがない。あったらあんな演技にはならない。
「はい!あの、ダメ出しじゃなくて、質問なんですけど、ここの情景ってどこの設定ですか?」
「どこに見えた?私はやってる途中で気がついて、ひらりに乗っかったけど。」
質問に先輩は逆に質問で返した。
「公園……ですか?」
「正解~!」
ひらりが拍手して言った。
「どうして公園だと思ったんですか?」
「二人とも行きそうな所で、思い出になりそうな場所だし、子供って言ったら公園にいるもんじゃない?」
「なるほど……。」
羽多も手を挙げた。
「はい!ひらりちゃんが動きまわってたのはどうして?先輩は動きすぎって言ってたけど……。」
「子供だから?かな?子供の落ち着きない感じ、揺れる心を表現しつつ、お姉ちゃんとの年齢の差を出したかったの。ちょっとやり過ぎたけど。もう1つは、静と動って言って、テクニック?らしいんだけど、よくわかんないけど、動いてるものが急に止まると、目につくんだって。だから、動だったら佑樹がほんの一瞬、静を見せると、大事な台詞は聞かせられるって感じかな?」
「そうなんだ……。」
羽多も一年生も感心していた。
「これって、主人公が美香だけど、見方によっては佑樹の成長も見られると思う。だから、最初は幼さを出したかったの。幼さで別れが理解できないって感じ。」
「だから宮島ちゃんの佑樹より明るい感じに見えたんだね。」
「別れからの逃げの気持ちと幼さと、お姉ちゃんを泣かせたくないって気持ちで、精一杯明るく振る舞うようにしようと思ったの。」
ひらりと羽多のやりとりを見ていた先輩は俺にふった。
「春壱はどう?」
「…………。」
この気持ちは何なんだ?なんて説明すればいい?何だか、ムカムカする。
「春壱?」
「なんなんだよ……。後から来て……。」
「春壱?」
人は圧倒的に劣っていると思うと、攻撃したくなる。その能力に嫉妬する。その能力が疎ましく思う。無力な自分の自尊心を守る為に……。
「ひらり、お前は……後から来て、力を見せつけて満足か?」
「そんなつもりじゃないよ!ただ……」
俺は……何を言ってるんだ?違う。俺が言いたいのはそんな事じゃない。
「あんなに簡単にやめといて、俺達を馬鹿にしに来たのか?何で戻って来たんだよ。そもそも、お前は本当にやりたいと思ってるのかよ?」
伝えたい言葉はそんな言葉じゃないのに、そんな言葉ばかりが溢れて来る。
自分だけが苦しんで、バカみたいだ……。
「…………。」
もう、ひらりは一言も言葉を発しなかった。ひらりは真顔で黙ったまま、静かに消えるように、練習教室を出て行く。俺は……人がブチキレる瞬間を初めてみたかもしれない。
「ひらり?」
「ひらりちゃん?」
先輩の声も、羽多の声も、もう届かなかった。
「は~る~い~ち~!」
「何言ってるんですか先輩~!」
ひらりが出て行くと全員に責められた。先輩は台本で俺の頭を叩く。
「馬鹿者!!」
「すみません!!先輩、もっと殴ってください。」
「え、春壱!?」
羽多が驚いた。
「待て、そうゆう趣味じゃない。わかってます。あんな事言うつもりじゃなくて……つい……」
「そりゃ演出の立場としては春壱の気持ちもわかるよ?だけど、ひらりは春壱の1年も前に入部してるんだよ?ほぼ1年先輩なんだよ。確かに春壱は台本が読める。だけど……ひらりは前回、苦手な役だったから手こずってただけで、確実に成長してる。台本の読み込むスピードも格段に上がってる。力の差があって当たり前。」
俺は多分、腐っていた。自分の無力さに嫌気が刺して。
「じゃあ……何で俺を部長にしたんですか?そもそも最初に指名したのはひらりですよね?ひらりがやれば良かったんじゃないですか?」
「何拗ねてんだよ春壱!それは……正直、ひらりのためだよ。ひらりを自由に演じさせるには、部長業は無理だから。正直、私は部長やらなかったら…もう少し本気出せたなって……。」
先輩は俺達の顔を見て、慌てて言った。
「あ、部長やった事は後悔してないよ?まあ、運動部の、エースは部長にしないのと同じだよ。」
「ひらりは…………エース?」
「演劇でエースとは言わないから、看板女優?とかかな?あの不安定な精神力のひらりを、春壱が全面的に支えられると思ったから部長にしたんだよ。」
あいつを支える?
「ひらりを全面的に支えるって……俺にひらりの世話しろって事ですか?」
先輩は軽く深呼吸して言った。
「春壱、演出、役者、裏方、どれが一番偉いと思う?」
「それは、演出?じゃないんですか?」
「半分正解!半分不正解。」
それ、どっちだよ。
「私達はプロじゃない。みんな同じ高校生。演出は自分の意見を聞いてもらえる代わりに、全責任を負うつもりで台本を読む努力は当たり前。役者は舞台に立たせてもらってるんだから、演出や裏方の意見を聞くのが当たり前。裏方は見てる側から強い意見が言えるけど、最終的には演出の意見を聞くのが当たり前。そうやってバランスを取りながら、お互いに感謝と敬意を払いながら、協力して良いものを作り上げていくんだよ。」
「お互いに感謝と敬意を払いながら……。」
羽多は先輩の言葉を繰り返した。
「春壱、演出になるために全部をやってもらうって言ったよね?裏方はだいぶやったと思うから、今度は表の方、やってみようか?」
「え…………?」
表って……役者って事か!?
「女の役に変更されてるけど、男の役あったよね?男に戻して、実際にやってみよう。部長と役者と演出のトリプル地獄を味わわせてやろうじゃないの。ひらりに当たってる場合じゃないからね?」
俺が恐怖に戦いていると、羽多が言った。
「あの……先輩、ひらりちゃんは……」
「あ!そういえば追いかけるの忘れてた!!春壱!行け!!」
「そうだよ。ちゃんと謝って来なよ!!」
二人に行けと言われて、俺は練習教室を後にした。




