ビニール傘のシンデレラ
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今年の桜は今日で全滅だ。週末を待たずに終わる。そう思わせるくらいの、強い春の嵐だった。電車の窓には、雨粒と桜の花びらが張り付いていた。
唯一の移動手段の路線は単線で、雨や風に弱い。こんな天気の日は特に時間がかかる。そんな事はわかっている。わかってはいても、苛立ちは押さえられない。
終電に近いこの時間には珍しく、今日は向かい側に乗客がいた。同じ学校の制服の、女子高生だ。その女子は疲れきっていて、船を漕ぐようにウトウト寝ていた。
発車のベルが鳴る。すると、その女子は駅に気がつくと、慌てて鞄を持ち、電車から降りようとしていた。その姿を見ていると、ふと、手すりに傘がかかっている事に気がついた。
このまま傘を忘れて行く気じゃないだろうな?
その女子は傘を忘れて行ってしまう。
「あ!待て、傘!」
俺は思わず傘を手に、追いかけようとした。その瞬間、電車のドアは俺の目の前で閉まった。ドアの小窓を叩いて呼んでみるも、その女子は俺に気づかない。それどころか、傘に気づく気配もなく、ホームから出口へ向かって足早に歩いて行った。
諦めて持ち帰るか……。
手に残った傘に、名前がないか取っ手を調べると、マジックで何か描かれている。よく見ると、ふざけた顔して笑う、妙にイラつく変なウサギの絵が描かれていた。
何だこれ。変なウサギ……。
「間に合わなかったね~名前あった?」
一緒に乗っていた幼なじみの晴喜だ。晴は妙に目を輝かせ、訊いて来た。
「名前はない。その代わり、変なウサギの絵がついてた。」
俺は晴に取っ手の部分のウサギを見せる。
「手がかりはこのウサギかぁ……。これ、どっかで見た事ある。」
「どこで?」
「うーん。ちっとも思い出せないな~」
探偵気取りの晴は、ちっとも思いだそうとしていない様子で、取っ手の絵を眺めていた。
「でも、うちの学校の制服だったよね?そのうちまた会えるかな?可愛い子だった?」
可愛い子?
「さあ?」
どんな奴だったっけ?
「さあ?って、顔覚えてないの?それじゃ、どうやって持ち主探すんだよ。」
少しふてくされて、晴は元いた席に座った。
「別に…駅に届けておけば取りに来るだろ。」
たかが落とし物だ。学校の最寄り駅に届ければ問題ない。
「同じ高校なのに、そりゃないだろ~?」
また始まった。こいつは女が絡むとやたらとお節介を焼きたがる。
「お前、女にだけお節介だな。」
「壱が冷たいんだろ?こんな運命的な出会い、なかなかないよ?シンデレラを探すみたいで何だかわくわくするな~」
何がシンデレラだ。シンデレラが落として行くのはガラスの靴だ。これはポリエチレン製のただのビニール傘。下手すればゴミだ。ただのゴミ。こいつの頭の中はお花畑か?
「さすが、モテる男は発想が違うな。俺がもしビニール傘無くして知らない男に届けられたら、ナンパにしか思えないと思うけど? 」
花畑には、皮肉を言ってみる。俺にはその発想は出てこない。それは、確実に女を落とせる人種の発想だ。
「そうかな~?持ち主の子、可愛いといいな~!いや、絶対可愛いな~!」
アホな顔したウサギの傘は、アホにはお似合いだ。
「じゃ。」
アホはアホに任せよう。
「届けたきゃ、お前が見つけて届けてやれよ。お前の言うシンデレラとやらに。」
俺は傘の取っ手のウサギを見せて、晴の胸の前につき出した。
「わかったよ!すっげー可愛い子でもお前にやらないからな?」
晴は少し乱暴に傘を受け取った。誰がいるか。
「いらねーよ。第一、すっげー可愛い子だったらお前が知らない訳ないだろ。」
「それもそうだね~!でも、俺は届ける!」
バカなのかポジティブなのか、そのやる気はどこから来るんだ?
「それでこそ雑食だな。」
「え?僕の事ばかにしてる?」
「してるよ。お前の女グセの悪さ、迷惑してんだからな。」
そうだ、一緒にいると、いつもこいつのとばっちりを受ける。女同士の喧嘩やら、彼女を取られた先輩やら、もうこれ以上はごめんだ。
「そうかな~?そうだったらごめんね~。」相変わらず、全然悪いと思っていない空返事だ。空返事の空謝り。
「お前責任持って明日全クラス聞いてまわれよ。」
「おう!待ってろよ!俺のシンデレラ!」
まあ、10年以上の付き合いだ。それはいつもの事だと思って、もう半分諦めている。




