Quest31:葛葉を討伐せよ その1
※
マコトは籠手の留め具を締め、拳を打ち合わせた。
ふと違和感を覚えて留め具を締め直す。
新しい籠手は今までのそれに比べて軽いので違和感がある。
それは装備全般に言えることだ。
性能自体は上がっているはずだが、違和感が拭えない。
ともすれば不安が湧き上がってくる。
本当に勝てるのだろうか。
葛葉は強い。
今まで戦った敵の中では最強だろう。
もちろん、負けるつもりはない。
皆で戦えば勝てると思う。
だが、勝算があるということと不安は別物なのだ。
「……旦那」
振り返ると、シェリーが不安そうにこちらを見ていた。
「大丈夫、勝って戻ってくるさ」
「少しくらい弱音を吐いてもバチは当たらないと思いますけどねぇ」
「男の子だからな」
「そうですねぇ、旦那は男の子ですね」
シェリーはくすりと笑い、マコトはぼりぼりと頭を掻いた。
正直に言えば弱音の一つや二つ吐きたい所だ。
だが、弱音を口にしても何にもならない。
シェリーを不安にさせるだけだし、失望されるかも知れない。
共感を得られなかった時のことを考えると弱音は口にできない。
いや、違うか。
失望されるのも嫌だが、それ以上に失望することが嫌なのだ。
勝手に期待して、勝手に失望するような真似はしたくない。
まあ、単にシェリーを信用していないだけかも知れないが。
マコトがポーチを身に着けて歩き出すと、シェリーは無言で付いてきた。
部屋を出て、階段を下りる。
すると、一階では仲間達――ユウカ、フェーネ、リブ、ローラ、フジカが待っていた。
全員、準備は整っているようだ。
あと三段下りれば一階という所でユウカが口を開いた。
「いつまで待たせるつもりよ」
「そんなに待たせてねーよ」
ムッとしたような表情のユウカに言い返す。
「待ったわよ、すごく待ったわ」
「そんなに目くじらを立てるなって」
なおも文句を言うユウカをリブが窘める。
「マコトも、シェリーも色々あるんだよ、色々」
「ま、まさか……」
「ユウカ、自分から地雷を踏むスタイルは止めた方がいいし」
「べ、別にそんなんじゃないから!」
「自分で地雷をあちこちに埋設したくせに自分で踏むとか訳が分からないし」
ユウカが顔を真っ赤にして言い、フジカは溜息混じりに言った。
「むしろ、ユウカはむっつりみたいな」
「誰がむっつりよ、誰が」
「ユウカって言ったし」
「まあまあ、二人とも落ち着いて下さい」
ローラがユウカとフジカの間に割って入った。
ちらちらとこちら――いや、シェリーを見ている。
何のアピールだろう。
「な~んか、いつも通りで気が抜けるッスね」
「いつも通りか」
マコトは首筋を掻きながら階段を下りる。
その時――。
「迎えに来ました!」
「……来ました」
二人の少女――メアリとアンが入ってきた。
「ああ、二人とも――」
「はい、荷物持ちとして参加することになりました!」
「……一応、顔見知りということで私達が呼びに」
メアリがはきはきと言い、アンがぼそぼそと呟く。
「そう言えば今日は言葉遣いが丁寧なんだな」
「それは、その、えへへ」
「……黒炎がすごいチームだと分かったので」
「アン!」
「……その節はありがとうございました」
メアリは鋭く叫んだが、アンはぺこりと頭を下げた。
「そんなに――」
「偉いわッ!」
ユウカがマコトの言葉を遮る。
「身の程を弁えるのは大事よ、すっごく大事。アンタ達には見込みがあるわ」
「あ、え、あの――」
「……ありがとうございます」
困惑しているメアリを尻目にアンがぺこりと頭を下げる。
「何かあったら言いなさい。マコトが対応するから」
「俺かよ」
「ちょっとくらい構わないでしょ。情けは人のためならずよ」
「なんでか、ユウカが言うとスゲー違和感があるんだが……」
「私も違和感ありありみたいな」
マコトが首を傾げると、フジカも首を傾げた。
「小さいことはいいのよ、小さいことは」
「そうか?」
「そうなの!」
ユウカは腰に手を当てて言った。
シェリーの場合は怒ってますというアピールだが、ユウカの場合は本当に怒っている可能性が高い。
「で、世話するの? しないの?」
「なんで、そんなに偉そうなんだよ」
「いえ、その、私達は――むぐぅ」
「……その時はよろしくお願いします」
メアリが何かを言おうとしたが、アンは背後から口を塞いだ。
「ほらほら、可愛い後輩がお願いしますって言ってるわよ」
「分かった。葛葉の討伐が終わったら何か考えるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「……ありがとうございます」
メアリとアンはぺこりと頭を下げた。
「いいんスか?」
「知り合いに死なれるのも後味が悪ぃからな」
「兄貴はお人好しッスね。まあ、そこがいい所だと思うんスけど」
フェーネが体を捻りつつごにょごにょと呟いた。
悪い気はしないが、お人好しなどと言われると申し訳ない気持ちになる。
と言うのも教会を介さずに依頼を受けられるようになりたいと考えているからだ。
まだビジョンが定まっていないし、問題も多いので口にはしないが。
「……メアリ」
「ッ! では、私達が先導します!」
メアリは踵を返して歩き出した。
アンが続き、その後をマコト達も追った。
ウェスタンドアに手を掛けたその時――。
「旦那!」
シェリーが叫んだ。
振り返ると、シェリーは今にも泣きそうな顔をしていた。
昔の常連客のことを思い出しているのかも知れない。
「大丈夫、必ず帰る」
「待ってますからね」
シェリーが目尻を拭い、マコトは再び前を見据えた。
※
マコト達が城門を出ると、十台近い馬車が連なっていた。
先頭から四台目までは箱馬車、それ以降は幌馬車だ。
「どの馬車に――」
「おお、よく来てくれた」
野太い声がマコトの言葉を遮った。
声のした方を見ると、フランクが両腕を広げて歩み寄ってくる所だった。
抱擁――熱いかどうかは分からない――を交わして離れる。
「俺達の馬車は?」
「先頭だ。我々は二台目、シャンクは三台目、四台目は――」
「ロインだろ?」
「まあ、そうだ」
フランクは微妙な表情を浮かべた。
というのもロインの箱馬車は金の細工が施されていたのだ。
金ピカではないが、成金っぽい。
「センスはないが、腕は立つんだ」
「分かった」
フランクが呻くように言い、マコトは頷くしかなかった。
他に何を言えばいいのだろう。
何を思ったのか、ユウカはマコトの隣に立った。
悪い予感しかしない。
「見事に死亡フラグを立てまくってるわね」
「おい!」
マコトは思わず叫んだ。
「何よ?」
「いくら何でも死亡フラグはねーだろ、死亡フラグは」
「死にそうだから死にそうって言ったのよ。そもそも偉ぶった態度が気に……じゃなくて、傲岸な態度が駄目ね。プライドをズタズタにされて殺されるタイプよ、あれは。私には分かるわ」
「……お前ってヤツは」
マコトはこめかみを押さえて呻いた。
分かる。気持ちは痛いほど分かるが、この場でそれを言って欲しくなかった。
闘牛士のようにど派手な服を着た男――ロインが振り返り、こちらに歩み寄る。
「私が何だって?」
「死亡フラグを立てすぎって言ったのよ」
「ふッ、礼儀知らずな小娘だ。本来ならばこのレイピアの錆にしてやる所だが、生憎と仲間だからな。ここは――」
「アンタ、裏切ったりしないでしょうね?」
「な、何を言う!」
ロインはギョッとユウカを見つめた。
「私は騎士の称号を賜った男だぞ!」
「分かってるわよ。名前と合わせてサーロインってんでしょ。ステーキかっての」
「そこは弄ってやるなよ」
「マコトだって、そう思ってるんでしょ?」
「同意を求めるなよ。頼むから」
「ほら、そう思ってるんじゃない」
いや、確かにサー・ロインってステーキかよとは思ったが、なんでここで言うのか。
「し、失礼する!」
ロインは背中を向けると荒々しい足取りで去って行った。
「……ユウカ」
「あ、あたしのせいじゃないわよ」
ユウカはふて腐れたようにそっぽを向いた。
「あれがユウカのせいじゃないんなら誰のせいだってんだよ?」
「さあ? 太陽が眩しかったからでしょ」
「お前な」
「はいはい、だったらあたしのせいでいいわよ。太陽が東から昇るのも、ポストが赤いのも全部あたしのせいでいいわ」
「分かった」
一旦、言葉を句切る。
「おい! 太陽が東から昇ったぞッ! どうしてくれるんだよッ?」
「そうよ! あたしがいるから太陽が昇るのよ! あがめ奉りなさい!」
「ポストが赤ぇんだよ、ポストが! どうしてくれるんだ! ポストが、ポストがこんなに赤くなってるじゃねぇか! こ、こんな、あんまりじゃねぇか。こ、こんなに赤くっちゃトマトの立場がねぇ――」
「知らないわよッ!」
ユウカは怒鳴り返してきた。
「……舌の根も乾かねぇ内に」
「マコトがしょうもないことを言うからでしょ」
「自分のせいでいいって言ったじゃねぇか」
「変に演技派なマコトが悪いのよ。すごいイラッときたわ。特に『じゃねぇか』の部分、何なの、歌舞伎?」
「や、あれは――」
「分かってるわよ!」
フジカが割って入ろうとした次の瞬間、ユウカは叫んだ。
「ええ! ええ! あれは歌舞伎じゃないって言うんでしょッ? 分かってるのよ! アンタがここぞとばかりに教養をアピールしてくるのはッ!」
「毎度のことながらユウカの逆切れにはびっくりさせられるし」
流石に慣れてきたのか、フジカは腕を組んで頷いている。
「もういいか?」
「悪かったな」
「ロインは勝手な所があるからな」
そう言って、フランクは軽く肩を竦めた。
すると、ユウカが手の甲でマコトの二の腕を叩いた。
「何だよ?」
「ほら、こう言ってるじゃない」
ふふん、とユウカは鼻を鳴らした。
「……ユウカ、世の中にはな。大人の対応って言葉があってだな」
「それくらい分かってるわよ。ムカついても黙って耐えることでしょ?」
「そこまで分かってて、どうしてフランクが大人の対応をしてるって分からないんだよ」
「わ、分かってるわよ」
と言いながらユウカの視線は泳いでいた。
「とにかく、敵を作るのは止めてくれよ」
「所詮、人間の敵は人間よ」
「ユウカはどうせ死ぬから人生は虚しいって思うタイプか?」
「そんな訳ないじゃない。人生には過程ってもんがあるのよ、過程ってもんが」
「そんなことは分かってるんだよ」
「じゃ、何が言いたいのよ?」
「結果的に敵対するにしても過程ってもんがあるだろ、過程ってもんが」
「パクった?」
「パクってねーよ。俺が言おうとしてたことをユウカが先に言ったんだよ」
「サーロイン?」
「何処まで戻ってんだよ。つか、今の文脈でサーロインなんて出すな」
小首を傾げるユウカに突っ込んでおく。
「マコトは分かってないわねぇ」
「何がだよ?」
「一度敵だと思ったものは死ぬまで敵なのよ。初めて会った時からロインとは決着を付けなくちゃいけないと思ってたわ」
「なんで、出会った瞬間に宿命の敵になってんだよ」
「五秒あれば因縁なんてできるわよ」
「人生には過程ってもんがあるんじゃねーのか?」
「そこは省エネよ。エコでしょ?」
「鼻の穴に――」
「待って!」
ユウカは鋭く叫び、ちらちらとフジカを見た。
「何だよ?」
「エコとか、何とか言い出すと、あの女が意識の高さをアピールしてくるわ。マイクロプラスチックによる海洋汚染とか言い出すに決まってるのよ」
「時々、俺はユウカが病名のある状態なんじゃないかと思うよ」
「で、何の用?」
ユウカはマコトの言葉をスルーして問いかけてきた。
「鼻の穴にストローをブッ差すぞ」
「何でよ!」
「エコって言ったからだよ」
「エコロジストの鼻の穴にストローを差すってどんな通り魔よ」
ユウカは怯えているかのような表情を浮かべて後退った。
「もういいか?」
「ああ、マジですまねぇ」
マコトは何処となく憔悴した様子のフランクに頭を下げた。
※
突き上げるような衝撃が箱馬車を襲い、マコトは目を覚ました。
窓から外を見ると、景色は斜陽に染まっていた。
「よく眠れるわね」
「サラリーマンだから――」
「はいはい、サラリーマンだからいつでも何処でも眠れるように訓練されてるんでしょ」
対面の席に座っていたユウカが溜息混じりに言った。
ちなみにユウカの隣にはフェーネが、その隣にはフジカが座っている。
マコトの隣はローラ、その隣がリブだ。
「あたしが言ってるのは寝すぎってこと。街を出てから昼食まで寝て、昼食を食べたら今の今まで眠るって、三年寝太郎の子孫か何か?」
「家系図に寝太郎ってヤツはいなかったな。弥助って人はいたが……」
「皮肉よ、皮肉」
「分かってるって。けど、まあ、寝太郎ならいいだろ?」
「何でよ?」
「寝太郎は山から岩を落として田んぼに水を引いたヤツだろ? 眠った分だけ仕事をしてるじゃねーか」
「そんな話だったかしら?」
ユウカは訝しげに眉根を寄せ、こめかみを押さえた。
「アニメではそうだったぜ。ユウカの知ってるのは違うのか?」
「あたしが知ってる寝太郎は金山から金を盗んでたわ」
「極悪人じゃねーか」
「悪人じゃないわ」
何故か、ユウカはムッとしたように言った。
「確か、金山で働いている鉱夫から草履を盗んで金をせしめたって話よ」
「なんで、草履を盗んで金をせしめられるんだ?」
「草履に砂金が挟まってたらしいわ」
「無理っぽくねーか?」
昔見たTV番組では金山では金を盗まれないように徹底的な監視体制が敷かれていたと言っていた。
それなのに草履に付いた砂金を見逃すなんてことがあるだろうか。
「あたしに言わないでよ。そこは、ほら、昔話なんだし、融通を利かせなさいよ」
「それこそ俺に言わないで欲しいんだが」
マコトはこめかみを押さえた。
まあ、昔話にリアリティを求めるのも酷な話か。
「要するに寝太郎は十二支のネズミみたいなもんね」
「悪知恵が働くってことか」
「こういう話は好きよ。悪知恵を働かせて偉ぶっている連中に一泡吹かせるヤツ」
「他にはどんな話が好きなんだ?」
「わらしべ長者ね。夢があるわ」
むふ~、とユウカは鼻から息を吐いた。
「ユウカ、女の子ならシンデレラとか――」
「義理の姉妹の足を削ぎ落とす話ね」
フジカが声を掛けてきたが、ユウカによって遮られた。
「真っ赤に焼けた金靴を履かせるんじゃなかったか?」
「それは白雪姫よ」
「二人とも……私が言っているのは残酷路線じゃない方だし」
「ん~、パス」
「パス?」
フジカが鸚鵡返しに呟く。
「王子様に幸せにしてもらうって趣味じゃないのよね」
そう言って、ユウカは髪を掻き上げた。
ユウカらしい台詞だ。
「それにしても三年寝太郎はひどい話だな」
「マコトさん、マコトさん」
「なんだ?」
マコトは手招きするように手を動かすフジカに視線を向ける。
「三年寝太郎は色々なバリエーションがあるみたいな」
「そうなのか?」
「そもそも金を盗んで終わりじゃないし。寝太郎はその金を灌漑工事に使って、皆ハッピーみたいなエンディングだし」
「何よ、それ」
ユウカに視線を戻すと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「チッ、嫌われ者が一発食らわせてやるから面白いのに見損なったわ」
ユウカが吐き捨てた直後、軽い衝撃が箱馬車を襲った。
外を見ると、景色が先程よりもゆっくりと動いていた。
「う~ん、今日はここで野営をするみたいッスね」
「野営か~」
「食料はクリスティン様が用意してくれたし、おいらも持ってきたから大丈夫ッス」
ユウカがぼやくように言うと、フェーネは親指を立てて言った。
箱馬車が止まり――。
「おいら、食材をもらいに行ってくるッス」
「私も手伝うし」
「あたいは薪を拾ってくる」
「……私も行きます」
四人がぞろぞろと箱馬車から出て行く。
残ったのはマコトとユウカだけだ。
じっとユウカを見る。
「何よ?」
「お前は手伝わねーのかなと思って」
「……タイミングを逃したのよ」
ユウカはムッとしたような口調で言った。
「フジカってお嬢様のくせに要領がいいのよね」
「お前の要領が悪いだけじゃねーの?」
「そんなことはないわよ、多分」
「多分か」
「マコトはどうなのよ?」
「悪いに決まってるだろ」
「偉そうにしないで」
チッ、とユウカは舌打ちし、黙り込んだ。
「……鍋奉行力だな」
「何よ、それ?」
「会社の忘年会とかで鍋をやることが多いんだけどよ。鍋奉行ができるヤツって、仕事ができるイメージなんだよ」
「鍋奉行ねぇ」
ユウカは呆れたように言った。
「それで出世するかどうかが決まるような気がするな」
「OK、国家公務員が駄目なら外資に勤めるわ」
「外資の場合はバーベキュー・キャプテンとかじゃねーの?」
「クソみたいな慣習ね」
ユウカは吐き捨て、再び押し黙った。
脚を組んで窓の外を見る。
「……何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「死ぬかも知れねーな」
「なんで、そういうことを言うのよ!」
ユウカはこちらを見て叫んだ。
「弱音を聞きたかったんじゃねーの?」
「そんな訳がないでしょ! 気休めでいいから励ましなさいよ!」
「まあ、頑張ろうぜ」
「言われないでも頑張るわよ!」
「どうしろってんだよ」
マコトはぼやき、苦笑した。
とは言え、ユウカのお陰で少しだけ気分が楽になった。
「一人で楽にならないで!」
「きっと、大丈夫だ」
「死ぬかも知れないって言ったばかりのくせによく言うわ」
チッ、と舌打ちしてユウカは脚を組み替えた。
その拍子に爪先が当たったが、恐らくわざとだろう。





