【幕間4:ローラ・サーベラス】【修正版】
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「……あ、ここは」
ローラが目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
見知らぬ部屋――いや、ここは『黄金の羊』亭の一室、さらに言えばマコトの部屋だ。
そうだ。昨夜はマコトと愛し合ったのだ。
愛し合ったのだ。
「マコト様は――う゛ッ!」
ローラは体を起こして呻いた。
名状しがたい痛みが這い上がってくる。
痛みを堪えつつ視線を巡らせるが、マコトの姿はない。
バケツも、注射器も存在しない。
昨夜のことは夢だったのではないかとさえ思うが、この痛みは現実だ。
「……治癒の魔法を」
ローラはイヤリングに触れ、この痛みはマコトと結ばれた証だと思い直す。
結ばれた証なのだ、と自分に言い聞かせてシャワー室に向かった。
※
ローラがシャワーを浴びて一階に下りると、シェリーはカウンターの中で水仕事を、リブはカウンター席でグラスを傾けていた。
二人が事情を知っているせいだろうか、何とも居心地が悪い。
「お、おはようございます」
「もう昼だぜ」
「それは分かってます。ところで、マコト様は?」
「マコトならユウカ達と出て行ったぜ」
「そうですか」
ローラは小さく溜息を吐き、リブの隣に座った。
刹那、下半身から名状しがたい痛みが這い上がってきた。
治癒の魔法を使うべきだったかも知れない。
「お水でいいですか?」
「はい、お願いします」
ローラが口元を押さえながら言うと、シェリーはカウンターにグラスを置いた。
水を口に含むと、柑橘系の爽やかな味が広がった。
俯き加減で溜息を吐く。
いつもと違う対応をされるのではないかと心配だったが、杞憂に過ぎなかったようだ。
「どうだった?」
「……リブ」
ローラはリブを睨んだ。
「昨夜のアレはあんまりにもあんまりでは?」
「あたいが力を貸してやるって言ったら二つ返事でOKしたじゃん」
「しましたけど、あんなことまでされると思わないじゃないですか」
まさか、スライムだなんて――、とローラは羞恥のあまり顔を覆った。
あまりの恥ずかしさに悶死しそうだ。
「今更、泣き言を言うなよ」
「本当に、泣きますよ」
「で、どうだったんだよ?」
「ど、どうって……」
リブが身を乗り出し、ローラはその分だけ体を退いた。
「聞き方が悪かったな。どっちだ?」
「どっちと言われても……」
もじもじとお尻を動かす。
「なんだ、そっちかよ」
「し、仕方がないじゃないですか!」
「仕方がないって……なあ?」
「私に振らないで下さいよ」
シェリーは困ったように眉根を寄せた。
「そもそも、私にあんなことをしたのはリブじゃないですか。それなのに……」
「念のためだよ、念のため」
「では、リブも――」
「あたいが使う訳ねーじゃん」
「なッ!」
「まあ、興味がねぇ訳じゃねーからさ」
リブは頬を赤らめつつ言った。
「私を実験台に使ったんですかッ?」
「いや~、話にゃきいてたんだけど、自分で試すのは勇気がいるじゃん? だから、ローラで――」
「ひどい、あんまりです!」
「でも、結果オーライじゃん」
「オーライじゃありません!」
うぐぐ、とローラは呻いた。
じん、じんと痛みが込み上げてくる。
「それで、どうだったんだよ?」
「……痛かったです」
「そうじゃなくてさ。もっと色々あるじゃん」
「もっと色々と言われても……」
ローラは口籠もった。
一体、リブは何を期待しているのだろう。
だが、黙っていてもリブは納得しないに違いない。
「…………屈辱的でした」
「屈辱的ッ?」
ローラがぽつりと呟くと、リブはびっくりしたような表情を浮かべた。
「いや、はは、屈辱的はねーだろ、屈辱的は」
「ですが……」
屈辱的だったんです、とローラは改めて昨夜のことを思い出す。
昨夜のマコトはまるで別人のようだった。
高圧的で、侮蔑的で、支配的で――そして、優しかった。
しばしば物語に登場する悪のカリスマとはああいうものではないかとさえ思った。
ああ、そうだ。
彼は悪のカリスマのようであった。
その上でローラ・サーベラスは認めなければならない。
支配を受け容れてしまったと。
聖騎士だなんて烏滸がましい。
支配を受け容れてしまった今は暗黒騎士こそが自分に相応しいと思える。
それこそが自分の本性であったのだ。
だと言うのに騎士として生きてきた自分はそれを否定する。
いや、その矛盾さえも本心では愉しんでいるのかも知れない。
本当に救いようがない。
「なんだよ、黙り――」
「確かに旦那はそういう所がありますねぇ」
「シェリー!」
リブはギョッとシェリーを見た。
ローラはホッと息を吐いた。
屈辱的な思いをしたのは自分だけではない。
その事実は少しだけ心を安らかにしてくれる。
まあ、気が楽になっただけで問題は解決していないが。
「あたいは普通だったぜ?」
「そういうこともあるんじゃないですかねぇ」
シェリーは洗った食器を籠に移しながら言った。
「そんなもんか?」
「そんなもんですよ」
「そんなもんか~」
リブはしみじみとした口調で呟き、頭の後ろで手を組んだ。
「そう言えば仕方がないって言ってたけど、何が仕方がないんだ?」
「それは、その、結婚まで大事にしたいんです」
「そっか、先は長そうだな」
「先が長いとは?」
「ん? いやさ、マコトは結婚に乗り気じゃなさそうだったから」
「あの、私達は結ばれたのですが?」
「でも、結婚までは大切にするんだろ?」
「それは、そうですが……おかしくないですか?」
「おかしくねーだろ」
「……」
ローラは絶句した。
リブ――バイソンホーン族特有の感覚かも知れないが、それはないのではないか。
「それでいいんですか?」
「ん~、まあ、遊びじゃないみてぇだし」
「私はこの歳ですからねぇ。貴族様の愛人も悪くないかなって最近は思ってますよ」
「……では」
正妻は私でいいですか? という言葉をすんでの所で呑み込む。
二人に何かされたとかではない。
嫌な予感がしたのだ。
何かを間違えようとしている。
そんな予感だ。
「対外的には私が正妻で、序列的にはシェリーさんが一位、リブが二位、私が三位でどうでしょうか?」
「何を言ってるんです?」
シェリーは訝しげな表情を浮かべた。
「い、いえ、立場を明確にしておいた方がいいと思いまして……」
「あまり意味があるようには思えませんけど、ローラさんがそれでいいんなら私の方は構いませんよ」
「ま、あたいもそれで構わないぜ。女が沢山いりゃ揉めるからな」
ローラが胸を撫で下ろすと、シェリーはカウンターにショットグラスを置いた。
数は三つ――考えるまでもなく人数分だ。
琥珀色の液体がショットグラスに注がれる。
かなり強い酒なのだろう。
ツンとした匂いが鼻を突く。
「昼間からお酒ですか?」
「一杯だけですよ」
「そういうことなら」
シェリーがショットグラスを手に取ると、リブとローラも手に取った。
「何に乾杯するんだ?」
「旦那と私達の未来に、ですかね」
三人でショットグラスを上げ――。
「「「乾杯」」」
軽く打ち合わせた。





