Quest30:葛葉討伐の準備をせよ その5【修正版】
※
マコトが目を覚ますと、リブが隣で大の字――いや、すの字だろうか――になって眠っていた。
体を起こし、背筋を伸ばす。
清々しい目覚めだ。
「おーす、マコト」
「おはよう」
「いや~、昨日もすごかったぜ」
リブは俯せになり、ニヤニヤと笑った。
昨夜のことを思い出しているのだろう。
「マコトはどうよ?」
「スポーツでもやっている気分だったな」
シェリーとする時は雰囲気重視みたいな感じなのだが、リブとする時は体力勝負だ。
いや、体力の限界に挑戦という所か。
もっとも、マコト的に本当の勝負はリブの体力が尽きてからだが。
「スポーツ?」
「悪い意味じゃねーよ」
「ならいいんだ」
リブは枕に顔を埋め、バタバタと脚を動かした。
突然、顔を上げた。
「どうしたんだ?」
「そう言えばマコトってローラのことをどう思ってんだよ?」
「……難しい質問だな」
「難しくねーよ。やるか、やらねーかの問題じゃん」
「そう言われると難しくないような気がするな」
「じゃ、好きか嫌いかだと?」
「嫌いじゃねーよ」
嫌いならチームのメンバーとして迎えていない。
さらに言えば腕は立つし、真面目だ。
婚期を気にして我を忘れるちょっと残念な所はあるが、そこも含めて可愛いと思う。
「じゃあ、好きってことだな?」
「まあ、そうなるな」
「よし、決まり!」
「何が決まりなんだよ」
「あたいが一肌脱いでやろうと思ってさ」
「そんなことしなくてもいいだろ」
「何が不満なんだよ?」
リブは不満そうに唇を尖らせた。
「俺としては、どうしてリブが世話をしようとするのか分からねーんだが?」
「仲間じゃん」
「いや、仲間だけどよ。独占欲とか、そういうのってねーの?」
「なくはねーけど、そういうのを前面に押し出す方がややこしいことになりそうじゃん」
「そういうものか?」
「そういうもんなんだよ」
リブはやはり唇を尖らせながら言った。
分かってねーなと言わんばかりの口調だ。
「前も思ったけど、マコトってやっぱり受け身つーか、消極的だよな」
「そういう訳じゃねーんだが」
「じゃあ、どういう訳なんだよ?」
「やけに絡むな」
「いいじゃん、少しくらい」
そう言って、リブは尻尾を振った。
バシバシと太股に当たる。
一見すると細い尻尾だが、なかなか痛い。
「で、どういう訳なんだ?」
「どういうって……面倒臭ぇなって」
「面倒臭ぇって」
リブは呻くように言った。
「ローラの場合、結婚がセットになりそうだからな~。それがなけりゃいいんだが……」
「さらっとクズみてぇなことを言いやがるな。念のために言っておくけど、あたいは遊びで寝てる訳じゃねーからな」
「それは分かってる」
「ならいいんだよ」
リブは何処かふて腐れたような口調で言った。
※
マコトがシャワーを浴びて一階に下りると、シェリーはいつものようにカウンターで水仕事をしていた。
カウンター席にはユウカ、フジカ、ローラが座り、中央のテーブルにはフランクと見知らぬ男が二人座っていた。
ぼりぼりと頭を掻きながら指定席に向かうと――。
「マコトはあっち!」
「……分かったよ」
ユウカが親指で背後――フランク達を差したのでマコトは中央のテーブルに着いた。
「朝早く押し掛けてすまない」
「俺は別にいいんだけどよ」
テーブルの上にはグラスしかない。
朝から押し掛けてすまないと言うくらいなら飲み物くらい頼めと言いたい。
ちらりとカウンターを見る。
シェリーはちょっとだけ嬉しそうだ。
店が賑わっていて嬉しいのかも知れない。
「メインになるメンバーが集まったので連れてきた。こいつがシャンクだ」
「よろしくお願いします」
フランクの隣にいた青年――シャンクがぺこりと頭を下げる。
角が生えているのでバイソンホーン族のようだが、褌を着用していただろうか。
「シャンクは文明かぶれでな。ズボンを穿いている」
「部族の伝統もいいですけど、郷に入れば郷に従えですよ」
「まったく、これだから若いヤツは」
シャンクが肩を竦めると、フランクはぶつくさと文句を言った。
「だが、まあ、こんなでも腕利きだ」
「こんなとはひどいですよ。これでも自分のチームを率いてるんです」
「ふ~ん、若いのにやるんだな」
「マコト様ほどじゃないですよ」
シャンクは苦笑し、頬を掻いた。
ついつい忘れてしまうが、精神的にはともかく、肉体的にはアラフォーではないのだ。
若造に若いと言われれば苦笑の一つも漏れるだろう。
それはさておき――。
「俺の名前を?」
「この業界は狭いですからね。黒炎のことを知らなければモグリですよ」
「まあ、悪い気はしねーな」
商売敵として警戒される程度に実績を積んでいるということだ。
「それに、族長の娘と懇意にされている方ですからね」
「族長の娘?」
「リブのことだ」
マコトの疑問に答えたのはフランクだ。
「マジで?」
「なんだ、知らなかったのか? リブは族長の娘だ」
「族長の娘が傭兵なんてやっていいのか?」
「族長の座は妹のネクが継ぐことになっている」
「バイソンホーン族的にはそれでいいのか?」
「外部の血を取り込むのは重要な仕事だ。まあ、女でというのは珍しいが……」
「なるほどな~」
他にも理由はありそうだが、納得したふりをしておく。
他所様の事情に踏み込むほど無神経ではないし、必要ならリブが話すだろう。
「それで、もう一人は?」
「シャンクの隣にいるのが――」
「ロインだ」
そう言って、男――ロインは髪を掻き上げた。
金髪の美形で、闘牛士のようにど派手な服を着ている。
「黄金のレイピアというチームを率いている」
「気障ったらしい部分はあるが、実力は確かだ」
「これでも、騎士の称号を得ている」
ふふん、とロインは鼻を鳴らした。
「指揮は任せたからな」
「ああ、任せてくれ」
マコトが念を押すと、フランクは力強く頷いた。
シャンクはともかく、ロインは面倒臭そうな感じだ。
正直、指示通りに動いてくれるイメージが湧かない。
「そう言えばメインになるメンバーって言ってたけどよ」
「サブ……荷役は募集を掛けている所だ」
「集まるのか?」
「そこは安心して欲しい」
フランクの口調は先程に比べて弱々しい。
人数は集められるが、質は問わないで欲しい。
あえて言葉にするとすればそんな感じか。
「出発はいつになる?」
「……二日後だな」
フランクは考え込むような素振りを見せてから言った。
「大丈夫なのか?」
「相手はアンデッドだ。時間を与える方が怖い」
「確かにな」
葛葉は甦ったばかりだ。
時間を与えれば人を殺し、パワーアップすることだろう。
相手にパワーアップさせる時間を与える訳にはいかないのだ。
「さて、と」
フランクが立ち上がると、シャンクとロインも席を立った。
「なんだ、もう行くのか?」
「やることが多くてな」
フランクは出口に向かい、途中で立ち止まった。
「出発は明後日だ。準備を整えておけ」
「分かってるよ」
「念のためだ」
フランクはニヤリと笑い、シャンク、ロインと共に店を出て行った。
やれやれ、とマコトは溜息を吐きつつ、指定席――カウンター席の一番端に座った。
「どうぞ」
「ありがとよ」
シェリーからグラスを受け取り、半分ほど飲む。
いつものレモン水だが、起きてから水を飲んでいないせいか美味く感じられた。
「ユウカ、どうだった?」
「どうって、何がよ?」
隣に座っているユウカに声を掛けると、きょとんとした顔で問い返してきた。
「何って、レベルだよ」
「だったら、そういいなさいよ。フランクは21、シャンクとロインは15、6。リーダー格でこの程度だから期待はできないわ」
「もう少し言葉を選べよ」
「言葉を選んだって変わらないわよ」
ユウカはうんざりとしたような口調で言った。
「つか、なんでアイツらってあんなにレベルが低いのかしら?」
「そりゃ、俺らと違って安全マージンを取ってるからだろ」
当たり前のことだが、命は一つしかないのだ。
ほいほい懸けていいものではない。
「ローラはどう思う?」
「……」
ユウカが声を掛けるが、ローラは無言だ。
しょぼんと俯いている。
暗黒騎士にジョブチェンジしたことがそんなにショックだったのだろうか。
「ローラ!」
「――ッ!」
ユウカが語気を強めて呼ぶと、ローラはハッと顔を上げた。
「な、何でしょう?」
「もういいわ」
「申し訳ありません」
ユウカが溜息混じりに言うと、ローラはしょぼんと俯いた。
「暗黒騎士になってショックを受けてるのは……まあ、分からないでもないけど、戦いは明後日なんだからしっかりしてよね」
「は、はい、そうですね」
ローラは頷き、深い溜息を吐いた。
「傷口に塩をすり込むスタイルは感心しないみたいな」
「事実じゃない」
「物事には言い方というものがあるみたいな」
「じゃ、アンタなら何て慰めるのよ?」
「難しい質問だし」
フジカは難しそうに眉根を寄せた。
「文句を言うくせに何も考えてないのね」
「か、考えてるし!」
「なら、さっさと言いなさいよ」
「えっと、その……ッ!」
フジカはうんうん唸っていたが、天啓が舞い降りたのか、ハッとした表情を浮かべた。
「きっと、聖騎士にジョブチェンジするチャンスがあるみたいな!」
「本当ですかッ?」
ローラは顔を上げ、フジカを見つめた。
期待にか、目が輝いている。
「どうすれば聖騎士になれるんですか?」
「えっと、それは……」
ローラが身を乗り出して言うと、フジカは視線を逸らした。
多分、必死に考えているのだろう。
「…………自分と向き合い、過去を乗り越えることで暗黒騎士から聖騎士にジョブチェンジが可能みたいな」
「本当ですか?」
「うッ!」
ローラがさらに身を乗り出すと、フジカは小さく呻いた。
「……ゲームではそうだったし」
「ゲーム?」
フジカが自信なさそうに言うと、ローラは不思議そうに首を傾げた。
もしかして……、とマコトはあるゲームを思い出す。
かなり有名なシリーズだし、リメイクもされていたはずだ。
フジカがやっていても不思議ではない。
どんなエンディングだったか記憶を漁っていると、ユウカが口を開いた。
「要するに気休めってことよ」
「気休めですか、そうですか」
ユウカの言葉にローラは再び項垂れた。
「ますます落ち込んじゃったし」
「アンタのせいでしょ」
ユウカは手の甲でフジカの二の腕を叩いた。
「いるのよね、安易な慰めを口にするヤツって」
「うぐぐ、傷口に塩をすり込むスタイルよりマシだし」
「マシ?」
ユウカは項垂れるローラを横目で見て、小馬鹿にするように言った。
「ぐ、ぐぅの音も出ないし」
「ま、これに懲りて安易な慰めは口にしないことね」
ふふん、とユウカは鼻で笑った。
それにしても勝ち誇った態度がよく似合う。
マコトは残っていたレモン水を飲み干し、カウンターにグラスを置いた。
シェリーは何も言わずにレモン水を注いだ。
「……二日後か」
「フェーネちゃん、大丈夫かな?」
フジカが呟いた直後、ペシッという音が響いた。
ユウカが手の甲でフジカの二の腕を叩いたのだ。
「なんで、叩かれたのか分からないし!」
「口調、口調」
「口調?」
ユウカの言葉にフジカは首を傾げた。
「『フェーネちゃん、大丈夫かな』って言ったでしょ?」
「確かに言ったし」
「キャラがぶれてるわ」
「叩くほどのことじゃないし……ずっとこのままなのかな」
ペシペシッという音が響く。
またしてもユウカが手の甲でフジカの二の腕を叩いたのだ。
「キャラ!」
「うぐぐ、今更ながら後悔の念が湧いてくるし。イジメ回避のつもりが、ホントにビッチと思われるし、設定を守るように強要されるし」
フジカは二の腕をさすりながら呻くように言った。
「ユウカ、暴力は止めろ」
「こんなの暴力の内に入らないわよ」
ユウカは拗ねたように唇を尖らせた。
「あたしが本気を出したら――」
「う、腕が千切れ飛ぶかも知れないし」
「千切れ飛ばないわよ。精々、開放骨折って所ね」
「そ、それはそれで洒落にならないダメージみたいな」
フジカは頭を抱えた。
「怯えてるぞ」
「臆病な女ね。そんなんじゃ生き残れないわよ」
「半殺しにされたユウカの姿がフラッシュバックみたいな」
「アンタ、いい気味とか思ってるんじゃないでしょうね?」
「そう思ってたらフラッシュバックなんて言葉を使わないし」
ユウカが低く押し殺したような声で言うと、フジカも同じような声音で言った。
「ザクロみたいに割れた頭、太股から突き出した大た――」
「ちょっと止めなさいよね!」
「ちょ、ちょっと吐き気がしてきたし」
「は、はッ! これだからお嬢様は!」
「声が上擦ってるぞ。つか、もっとすごい物を見てるだろ?」
「すごいって?」
「俺だよ、俺!」
「オレオレ詐欺?」
ユウカは眉根を寄せ、首を傾げた。
「違ーよ! グロい話をしてたのに、なんでオレオレ詐欺になるんだよッ? 話が飛躍しすぎてるだろうが! つか、不思議そうに首を傾げるなよ!」
「はァッ? あたしが首を傾げちゃいけないってのッ?」
「そんなことは言ってねーよ!」
「言ったわ! 確かに言った! 生命が誕生してあたしが生まれるまで、ざっと四十億年の歴史に喧嘩を売ったわ!」
「そんなものに喧嘩を売った覚えはねーよ!」
「売ったわ! 売りました! 確かに原生生物が進化して首を獲得するまでの歴史に喧嘩を売りました! 大体、マコトは生物が首を獲得するまでの歴史に敬意を払ってないからそんなことが言えるのよ!」
マコトはレモン水を飲み――。
「分かった。俺は迂闊にも原生生物が首を獲得するまでの歴史に喧嘩を売っちまった」
「わ、分かればいいのよ。多いに反省しなさい」
いきなり反省した素振りを見せたせいか、ユウカはちょっと驚いたようだったが、すぐに勝ち誇った笑みを浮かべた。
「歴史には真摯に向き合わねぇとな」
「ふふん、マコトもようやく分かってきたわね。誉めてあげるわ」
「そこで、原生生物が首を獲得するまでの歴史を教えてくれないか?」
「なんで、あたしがそんなことをしなきゃならないのよ?」
「なんだ、知らねーのか」
「は、はァッ? し、知ってるわよ。それくらい」
ユウカはムキになったように――実際、ムキになっているのだろうが――言った。
「四十億年前に原始生命が海の中で生まれて……」
「生まれて?」
「ほら、あれよ、あれ」
「あれか」
「そう、あれ」
マコトが頷くと、ユウカはホッとしたような表情を浮かべた。
「詳しく教えてくれ」
「詳しく……」
ユウカは呻くようにように言い、キッとこちらを睨んだ。
「色々あったのよッ!」
「お前も知らねぇんじゃねーか」
「あったり前でしょ! マコトにはあたしが生物学史を専門にしている大学教授にでも見えるっての? あたしは女子高生よ、女子高生! だから、進化の過程を詳しく知らなくても仕方がないの」
「逆ギレから開き直りかよ」
なかなか芸達者だ。
もしかしたら、いつか笑いながら泣くという離れ業を披露してくれるかも知れない。
「で、もっとすごいものって何よ?」
「ま、まさか、マコトさんの――」
「アンタが期待しているようなものは見てないわ」
ユウカはペシとフジカに突っ込みを入れる。
「で、もっとすごいものって?」
「グールに腕の肉を食い千切られた所とか、内臓はみ出た所とか、左手が吹っ飛んだり、腕が縦に裂けたり、色々あっただろ」
「ああ、そんなこともあったわね」
ユウカは他人事のように言った。
いや、まあ、痛い目に遭ったのはマコトで他人事と言えば他人事なのだが、もう少し何かあってもいいのではないだろうか。
「……ユウカ」
「何よ?」
「夜、ベッドで目を閉じている時にだな」
「セクハラは止めてよね」
「いや、そんなことはしねーから。真面目に聞け」
「ええ、分かったわ」
ユウカはこちらを向き、居住まいを正した。
「目を閉じて、自分の体が刃物で切られるイメージをする」
「なんで、そんなことをしなきゃならないのよ?」
ユウカは訝しげに眉根を寄せたが、聞く姿勢は崩していない。
「刃物が体の奥……たとえば舌なら半分くらい切るイメージだ」
「ふんふん、半分くらい切るイメージね。で、それがどうしたのよ?」
「繰り返している内に体がビクッとなる。舌だと口に変な味が広がって、唾液が出る」
「嫌がらせじゃないッ!」
ユウカは声を荒らげた。
「あ~、もう! 最後まで聞いちゃったじゃない! 寝る前にビクビクッするようになったらどうするのよ!」
「ユウカは考えすぎだし」
「アンタも道連れにしてやる」
「く、口は災いの元だし」
フジカは大きな溜息を吐いた。
「変なイメージトレーニングの件はさておき、フェーネちゃんが戻ってくるか心配だし」
「大丈夫でしょ」
「ユウカには人の心がないみたいな」
「あたしはフェーネを信じてるだけよ」
ユウカはカウンターの方を向き、いつの間にか用意されていたレモン水を飲み干した。
食堂に沈黙が舞い降りる。
やや気まずいそれを破ったのは意外にもと言うべきかシェリーだった。
「フェーネさんなら心配いらないと思いますけどねぇ」
ん? とマコトは内心首を傾げた。
昨夜は心配そうにしていたが、何かあったのだろうか。
そんなマコトの気持ちを察したのか、シェリーはくすりと笑った。
「いえね、入口の所にフェーネさんが立ってるもんですから」
「マジか?」
マコトが振り返ると、フェーネが扉の陰からこちらを見ていた。
大きなリュックを背負っている。
「いるんならいるって言いなさいよ」
「兄貴と姐さんが言い合ってたから入るに入れなかったんスよ」
フェーネは拗ねたように唇を尖らせながら入ってきた。
そして、マコトの前で立ち止まる。
「兄貴、迷惑を掛けたッス」
「もう大丈夫なのか?」
「まだ本調子じゃないッスけど、頑張るッス! おいらがレドを助けるんス! 闘魂闘魂ッス!」
フェーネは拳を突き上げて叫んだ。
それにしてもこの世界の管理人は芸が細かい。
「ところで、いつもよりリュックが大きいみたいな?」
「ああ、これは――」
「分かってるわ。伯爵邸からパクってきてくれたのよね」
「人聞きの悪いことを言わないで欲しいッス」
「分かってるわ。チャリンコね」
そう言って、ユウカは人差し指でフックを形作る。
「チャリンコ?」
「窃盗の隠語よ」
フジカが不思議そうに首を傾げ、ユウカは得意げに答えた。
多分、は●しのゲンを読んだのだろうが。
「ちゃんと買ったんスよ。支払いはクリスティン様ッスけどね」
「ならいいわ」
ユウカが満足そうに頷いた直後、ギシギシという音が響いた。
階段を見ると、リブが下りてくる所だった。
シャワーを浴びたばかりらしく髪が濡れている。
「ローラ!」
「……何ですか?」
「飯を食ったら手合わせしようぜ」
リブは親指を立て、男前な笑みを浮かべた。
※
マコト達は食事を終えると、城門近くの空き地に移動した。
「なんで、俺が……」
「いいじゃん」
マコトが岩の上に座ってぼやくと、リブは拗ねたような口調で言った。
「どうせ、暇だろ?」
「そうだけどよ」
マコトは胡座を組み、太股を支えに頬杖を突いた。
リブはフル装備で空き地の中央に立つが、対戦相手――ローラの姿はない。
しばらくしてガチャガチャという音が聞こえてきた。
「すみません。遅くなりました」
「家が離れてるから仕方がねぇって」
ローラが深々と頭を垂れると、リブは軽い口調で言った。
「そう仰って頂けると」
「似合ってるじゃん」
「ありがとうございます」
ローラは誇らしげに胸を張った。
彼女が身に着けているのは新しい装備だ。
「けど、どうして剣を二本提げてるんだ?」
「これは……少し気になることがありまして」
リブに指摘され、ローラは視線を落とした。
腰には今まで使っていた剣と新しく手に入れた剣がある。
「そう言えばジョブが変わっても今まで通り盾撃や衝撃反転は使えるのか?」
「――ッ!」
マコトの問いかけにローラは息を呑んだ。
「た、確かめてみます!」
「あたいの方を向いたまま試そうとするな!」
「し、失礼しました!」
ローラは横を向き、盾を構える。
わずかに体が沈み――。
「盾撃ッ!」
解き放たれた矢のように加速する。
「お、ちゃんと使えるな」
「いえ、ジョブが騎士だった頃に比べてスムーズになったような気がします」
ローラは眉根を寄せてリブの言葉を訂正した。
「ジョブが変わってステータス補正が上昇したのか?」
「それは何とも言えませんが、悪い変化ではないと思います」
マコトの問いかけにローラはやはり眉根を寄せつつ答えた。
悪い変化ではないと言っているが、暗黒騎士というのが引っ掛かるのだろう。
「次は……衝撃反転!」
「黒いな」
「ああ、黒い」
「ふぐぅッ!」
マコトとリブの呟きにローラは呻いた。
ローラの盾は黒い光に包まれていた。
しばらくして黒い光が消える。
どうやらスキルの発動時間が延びたようだが――。
「ローラ、あたいの方を向け」
「何でしょう?」
「攻撃してみるからスキルを使ってくれ」
「それは危険では?」
「それもそうだな」
リブは地面を見下ろし、石を拾い上げた。
手の平に収まる程度の石だ。
まあ、これなら大事には至らない――はずだ。
「これなら大丈夫だろ?」
「そう、ですね」
ローラはリブの方を向き、盾を構えた。
「衝撃反転!」
「ほい」
流石に思い切り投げるのは危険だと判断したのか、リブは下手投げで石を放った。
石が黒い光に包まれた盾に当たった次の瞬間、甲高い音が響いた。
リブの真横を通り過ぎ、背後にあった木に当たって乾いた音を立てた。
「うへッ、えげつない威力だな」
「そう、ですね」
リブの言葉にローラは眉間の皺を深める。
やはりジョブが暗黒騎士というのが気になるのだろう。
「練習中のスキルとかねーのか?」
「一応、あります」
マコトが尋ねると、ローラは剣を抜いた。
新しく手に入れた聖属性の剣だ。
「今までは使えませんでしたが、何となく使えるような気がします。スライムのようなモンスターからゴースト系のアンデッドに効果のあるスキル……その名も剣気解放!」
ローラが叫んだ直後、バツンッ! という音が響いた。
剣が地面に落ちる。
黒い光が刃を覆うか、覆わないかのタイミングで弾けたのだ。
爆発はしていないが、そうとしか見えなかった。
「あ、ああ、聖剣が……」
「そんな大層な剣をもらってきたのか」
「聖騎士になれたらいいなと思ってたんです」
マコトが呆れて言うと、ローラは情けない声で呟いた。
聖騎士を目指すのならもう少し清く正しく生きるべきだったと思わないでもない。
ジョブチェンジの条件が分からないので、清く正しく生きていても暗黒騎士になってしまった可能性はあるが。
ローラは聖剣を拾って鞘に収めると古い剣――普通の剣を抜いた。
「……剣気解放」
剣を構えて呟くと、黒い光が刃を覆った。
今度は何も起きなかったので黒い光と聖剣は相性が悪いのだろう。
しばらくして光が消える。
「剣気解放は長く使わない方がいいようです」
「俺もレベルが低い時は疲労感を覚えたからな」
恐らく、漆黒の炎も、黒い光――剣気もMPのようなものを消費しているのだろう。
「……聖騎士」
ローラは未練がましく呟いた。
「いつまでも落ち込んでねぇで手合わせしようぜ、手合わせ」
「そうですね。よろしくお願いします」
「まずは軽くいくぜ」
「はい、お願いします」
リブがポールハンマーを構えると、ローラは盾を構えた、
じりじりと距離を詰める。
先に動いたのはリブだ。
一気に距離を詰め、ポールハンマーを振り下ろす。
軽くと言っていたが、若干ゆっくり動いているような気がする程度だ。
自分なら軽くって言ったろと文句を言う所だが、想定内だったのか、ローラは踏み込んでポールハンマーを躱し、さらに脇に回り込もうとする。
だが、武器が武器だけに相手が何を狙ってくるのか分かっているのだろう。
リブはすぐに向きを変えて距離を取った。
「へへ、いい顔してるぜ。やっぱ、体を動かすのが一番だって」
「切り替えるようにしているだけです」
ローラは落ち着いた口調で言ったが、何となく楽しそうに見える。
まあ、そういうのもありなんだろう、とマコトは二人の戦いを見つめた。
手合わせは夕方まで続いた。
※
夜――。
「旦那、おやすみなさい」
「お、おやすみ」
今日もNGとは……、とマコトは自室の前で溜息を吐いた。
もっと強引に迫った方がいいのだろうかも知れない。
ドアノブに手を伸ばし、扉が閉まりきっていないことに気付いた。
「……また、リブか」
けど、昨夜したばかりだしな、とマコトは扉を開けて中に入った。
細い通路を抜けると、布団が膨らんでいた。
大きさ的にリブではなさそうだ。
悪い予感がしたが、いつまでも布団を眺めている訳にもいかない。
布団を捲ると、ローラがいた。
亀のように丸まっているようだが――。
「なんで、目隠しと猿轡?」
「む~~ッ!」
マコトが呟くと、ローラは唸り、体を揺すった。
「ああ、すぐに解いてやるから」
一肌脱いでやるって言ってたけど、こういうのはな~、とマコトは心の中でぼやきつつ猿轡を解いた。
かなりきつく結ばれていたが、流石はレベル100の体だ。
「ま、マコト様! その声はマコト様ですね?」
「どうしたんだよ?」
「リブに縛られました!」
自分で目隠しと猿轡を外せないということは手も縛られているのだろう。
「分かった。そっちも解いてやる」
「ちょ、待って――ッ!」
マコトは勢いよく布団を捲り、そっと戻した。
「み、見ましたか! 見ましたねッ?」
「見てねーよ」
「嘘です! 風を感じましたッ!」
「…………見たよ」
「も、もうお嫁にいけません!」
ローラは顔を真っ赤にして俯いた。
「せ、責任を取って下さい!」
「……責任って」
なんで、被害者の俺が責任を取らなきゃならねーんだ、と思わなくもない。
頭を掻きながら床を見ると、ベッドの陰にバケツと大きな注射器のような物があった。
バケツの中には緑色の液体が入っている。
よ~く見ると、動いているようだ。
もしかして、これがスライムだろうか。
「何されたんだ?」
「い、言えません!」
ローラはいやいやをするように首を振った。
「……もうお嫁にいけません」
ローラはビクッと体を震わせ、ベッドに顔を埋めた。
首筋だけではなく、耳まで真っ赤だ。
「……ローラ」
「な、何ですか?」
マコトがベッドに片膝を乗せると、ローラは上擦った声で言った。
「いいよな?」
「嫌です!」
「お嫁にいけないって言ってただろ?」
「お嫁にもらってくれるんですか?」
「……」
「ど、ど、どうして黙るんですかッ?」
「まあ、そっちはおいおい考えるとして……」
「け、結婚するまでは堪忍して下さい! それ以外のことなら何でもします!」
この世界の人間は団鬼●のファンなのだろうか? とマコトは首を傾げた。
「それ以外か。まあ、それでも……あ!」
「な、なんで……まさか」
ローラも気付いたのだろう。
「まあ、これなら……」
「だ、駄目です!」
マコトは無言でベッドに上がった。
「ま、マコト様! マコト様! 何か言って下さい!」
「すまねーな」
「すまねーなって、マコト様、マコト様……あーーーーーッ!」
ローラの悲鳴が響いた。





