Quest5:スケルトン・ロードを討伐せよ【前編】
※
「ようやく辿り着いたな」
そう言って、マコトは神殿を見上げた。
遠くから見た時も同じ感想を抱いたが、パルテノン神殿そっくりだった。
ただし、本物のパルテノン神殿が半壊と言っても差し支えない状態なのに対してこちらは全く壊れていない。
「ようやく辿り着いたな」
同じ言葉を口にして振り返ると、数え切れないほどの骨と赤い球体の破片が地面に散らばっていた。
全てスケルトン・ジェネラルの骨だ。
見ているだけで戦っていた時のことを思い出してうんざりする。
とは言え、延々と戦い続けた甲斐はあった。
マコトはレベル75に、ユウカはレベル72に到達したからだ。
努力が報われるとは限らない元の世界に比べ、この世界はなんて優しいのだろう。
神殿にボスがいなかったらアウトだな、とリュックを地面に置いた。
トムに分けてもらった食料はすでにない。
スケルトン・ジェネラルを倒すのに時間を掛けすぎた。
だが、マコトは自分の選択が正しかったと信じている。
もちろん、迷いはあった。
食料が尽きれば飢えて死ぬのだ。
一体ずつではなく、複数体と戦うべきではないか。
そんな誘惑に何度も屈しそうになったが、辛うじて踏み止まった。
そういう意味では徐々に減っていく食料こそが最大の敵だったと言える。
「長かったわ」
ユウカは溜息を吐くように言った。
微妙に話が噛み合っていないような気もするが、そこを突っ込むほど空気が読めない男ではない。
きっと、クラスメイトとはぐれてからの出来事を思い返しているのだろう。
マコトは不安の方が大きいのだが、これが若さだろうか。
少しくらい感慨に浸らせてやってもいいだろう。
特にやることがないので、神殿を見上げる。
神殿の上部には彫刻が彫られていた。
どうやら、戦争をモチーフにしているようだ。
ストーリーはと言えば――ある日、空から円で囲まれた十字が降ってくる。
多くの人々はそれを崇めたが、そうでない者も少なからずいた。
人々は武器を手に二つの陣営に分かれて争った。
そして、長い戦いの末に十字を崇める者達が勝利した。
しかし、勝利の美酒に酔いしれることはできなかった。
敗北した陣営――正確にはその死体が甦り、再び戦いを挑んできたからだ。
う~ん、とマコトは小さく唸った。
どうやら、アンデッドの起源が十字に従わなかった者達であることを示しているようだ。
十字を神とすればアンデッドは悪であるし、侵略者とすれば侵略に抵抗した勇者であると言える。
とは言え、身に降りかかる火の粉は払わなければならない。
アンデッドにはアンデッドなりの事情があるとだけ考えておけばいいだろう。
「よし、行くぞ」
「……ええ」
マコトが歩き出すと、ユウカはやや遅れて付いてきた。
扉を開けて中に入る。
暗かったらどうしようかと思っていたのだが、その心配は杞憂に過ぎなかった。
神殿の内部は明るかった。
見上げると、等間隔に並ぶ柱の上部に照明らしきものが設置されていた。
さらに柱の内側には彫刻が並んでいる。
人間を象っているようだが、歪んだ造形は生理的な嫌悪感を掻き立てる。
その奥に一体のアンデッドがいた。
黄金の鎧を身に着けたスケルトンだ。
玉座に座る姿は何処か気品を感じさせる。
ゴクリ、とマコトは生唾を呑み込んだ。
見ているだけで肌が粟立つ。
神殿の外にいたのがスケルトン・ジェネラルならこいつはスケルトン・ロードだ。
スケルトン・ロードが立ち上がると、剣と盾の幻影が浮かび上がった。
それらは存在感を増して実体化した。
どちらも精緻な彫刻が施されているが、特筆すべきは盾の大きさだろう。
タワーシールドと言うのだろうか。
盾はスケルトン・ロードの体を隠せるほど巨大だ。
「ファンタジーだな」
「ば、馬鹿なことを言ってるんじゃないわよ!」
マコトが軽口を叩くと、怖いのか、ユウカは震える声で言った。
自分でも馬鹿なことを言っている自覚はあるが、そうでもしなければ気迫負けしてしまいそうだった。
「ユウカはバックアップを頼む。できるだけ隙を作ってくれ」
「ええ、分かったわ」
「……点火、炎弾」
マコトがユウカから離れながら炎弾を投げると、スケルトン・ロードは盾を構えた。
馬鹿め、と心の中で快哉を叫ぶ。
炎弾――漆黒の炎は持続的にダメージを与える。
盾の耐久力がどれほどあるか分からないが、ダメージを与え続ければいつかは壊れるはずだ。
しかし――。
「――ッ!」
思わず息を呑む。
スケルトン・ロードが炎を吹き飛ばしたのだ。
盾が微かに発光していた点から察するに魔法か、スキルによるものだろう。
持続的にダメージを与えて盾を破壊するという目論見は脆くも崩れ去った。
「ユウカ!」
「確認中!」
最初にステータスを確認すべきだったと後悔しても遅い。
自分の命が懸かっている局面でどうしてこんな馬鹿な失敗をしてしまうのか。
ふと思い出すのは父親のことだ。
あの男の遺伝子を受け継いでいるのならば大事な局面で失敗してもおかしくない。
くだらないことを考えるな、とマコトは自分に言い聞かせ、拳を構えた。
今は目の前の敵に集中する時だ。
「炎弾!」
マコトは再び炎弾をスケルトン・ロードに投げつけたが、先程と同じように吹き飛ばされてしまった。
「炎弾!」
今度は投げつけずに手の平に留める。
すると、スケルトン・ロードは警戒しているかのように動きを止めた。
どうやら、スケルトン・ジェネラルより頭が働くらしい。
厄介な相手だ。
だが、敵の警戒心が強いことは必ずしも不利益にはならない。
警戒心が強ければ駆け引きが成立する。
互いに牽制し合うという展開も有り得る。
距離を取るべきだ、とマコトはスケルトン・ロードを見据えた。
敵の情報が分かっていない状況で近接戦闘はリスクが高い。
その時、スケルトン・ロードが口を開いた。
口の中に光が灯った次の瞬間、
「――――ッ!」
衝撃がマコトを貫いた。右腕の炎が一瞬で掻き消え、疲労感が重く体にのし掛かる。
衝撃波、いや、それに似た何かだ。
少なくとも単なる物理攻撃ではない。
「……精神攻撃か」
無論、マコトは精神攻撃を受けたことなどないのだが、それでも、自分がどんな攻撃を受けたのか分かった。
「……点火!」
マコトが大声で叫ぶと、右腕から炎が噴き出した。
爆音が轟き、スケルトン・ロードの姿が掻き消える。
そして、次の瞬間には切っ先が目前に迫っていた。
スケルトン・ロードの肩越しに砕けた床が見えた。
スキルか、魔法か分からないが、踏み砕くほどの強さで床を蹴り、爆発的な加速を得たのだ。
「クソッ!」
マコトは体を捻り、間一髪で切っ先を躱した。
スケルトン・ロードが無防備な脇腹を晒している。
無理か、いや、狙える! と拳を繰り出す。
収束する暇はないが、一撃でも入れればそれだけ優位になるはずだ。
しかし、スケルトン・ロードは即座に対応してみせた。
マコトに向き直ると、盾でマコトの拳を外側に弾いたのだ。
切っ先が再び迫る。
「クソがぁぁぁぁぁッ!」
マコトの叫びに呼応して炎が勢いを増し、スケルトン・ロードは怯んだように盾を構えた。
爆音が至近距離で轟き、マコトは吹き飛ばされた。
スケルトン・ロードが盾を構えたまま体当たりしてきたのだ。
柱に叩き付けられ、膝を屈する。
トドメを刺すためか、スケルトン・ロードは即座に距離を詰めてきた。
「炎弾!」
マコトは炎弾を投げつけた。今度も盾で防ぐと考えたのだ。
盾で防いでくれれば距離を取ることができる。
しかし、マコトの目論見は外れた。
スケルトン・ロードは炎弾を躱したのだ。
「捕縛陣!」
ユウカの声が響き、光の帯が剣を支える腕に絡み付いた。
レベル72の魔法なら足止めできるはずだ。
予想通り、光の帯は容易く千切れない。
これで距離を取れる。
内心胸を撫で下ろしたその時、スケルトン・ロードが盾を一閃させた。
マコトは地面を転がって盾を避けた。
やや間を置いて何かが砕ける音が響いた。
多分、盾が柱を砕いたのだろう。
「ステータスは?」
ユウカを庇うように立って問い掛ける。
敵の能力が分かれば対処のしようはある。
そのはずだと自分に言い聞かせる。
だが――。
「……分からない」
「何だって?」
「だから、分からないのよ! ステータスが見えないの!」
マコトが問い返すと、ユウカは悲鳴じみた声を上げた。
ステータスが見えない。
その一言に目の前が暗くなったような気がした。
希望が潰える瞬間とはこういうものなのかも知れない。
「どうして分からないんだよ!」
「知らないわよ! 隠蔽とか、気配遮断とか、そういうスキルがあるんじゃないの!」
「あれだけ強くて、そんなスキルまで持ってるのかよ!」
「だから、知らないってば!」
マコト達が言い争っていると、スケルトン・ロードが口を開いた。
その奥に微かな光が灯る。
精神攻撃を仕掛けるつもりだ。
「――――ッ!」
「収束、切り裂け!」
スケルトン・ロードが衝撃波を放つと同時にマコトは腕を振り下ろした。
キンッという音が響き、風が押し寄せる。
「何よ、これ!」
「精神攻撃を切り裂いたんだよ!」
相殺したと言うべきかも知れない。
精神攻撃を切り裂いた代わりに右拳に収束させていた炎が消えている。
最初に精神攻撃を受けた時、炎が消えた。
それで炎が精神的な側面も持っているのではないかと思ったのだ。
博打的要素は否めないが、マコトは賭けに勝った。
「どうすんのよ!?」
「情報を集めながら戦うしかねーだろ! 援護を頼むぞ!」
「分かったわよ! リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く、我が敵を貫く礫となれ! 顕現せよ、魔弾!」
ユウカは魔法を放つと、スケルトン・ロードは盾を構えた。
淡い光が盾を包み、魔弾が後方に弾かれる。
「点火、収束!」
その間に距離を詰め、スケルトン・ロードの右――盾を持っている方に回り込んで拳を繰り出す。
拳と盾がぶつかり合い、カーンという音が響き渡る。
まるで金属がぶつかり合ったかのような音だが、拳に痛みはない。
どうやら、淡い光は攻撃を弾く力を持っているようだ。
ユウカの魔法を弾いた時に音がしなかった点が気がかりだが、考えている余裕はない。
スケルトン・ロードが剣を振り下ろす。
マコトは華麗なステップで攻撃を躱して盾の陰に移動し、再び拳を繰り出す。
またしても甲高い音が響く。
光が弱まってくれればよかったのだが、残念ながら弱まったようには見えない。
しかし、物は考えようだ。
攻撃は通じなかったが、タワーシールドのせいで小回りが利かないことが分かった。
不意にユウカが大声で叫んだ。
「なんで、盾を持ってる側に逃げてるのよ!」
「怖かったからに決まってるだろ!」
「このヘタレ!」
「いいから援護しろ!」
マコトが怒鳴ると、ユウカは杖を構えた。
情報を集めなくてはいけないのにいきなりリスクの高い真似はできない。
と言うか、したくない。
ヘタレと言いたければ言えばいい。
安全策を取って効果があるのならそれに越したことはない。
マコトは盾の陰に隠れながら攻撃を繰り返すが、やはりと言うべきか、ダメージを与えられない。
それは相手も同じだが、スタミナ面はどうだろうか。
アンデッドは疲れないという設定はラノベでよく使われる。
この状況でラノベの知識を頼りにするのはどうかと思うが、この世界のアンデッドも疲れ知らずと考えた方がいいだろう。
スケルトン・ロードがぐっと体を沈める。
盾を構えて体当たりするつもりだろう。
カウンターを取れればいいのだが、自信がない。
「魔弾!」
ユウカの声が響き、スケルトン・ロードが動いた。
いきなり振り返り、盾で魔法を防いだのだ。
「今よ!」
「分かってる!」
背後から殴り掛かる。
だが、スケルトン・ロードは背中に目でも付いているかのように攻撃を躱した。
「届け!」
マコトは体勢が崩れるのも構わずにスケルトン・ロードの腕――剣を支える右腕――を殴りつけた。
そのまま地面を転がって距離を取り、即座に立ち上がる。
「……駄目か」
呟いた次の瞬間、スケルトン・ロードの右腕が落ちた。
よし! と小さくガッツポーズを取り、殴り掛かる。
分が悪いと判断したのか、スケルトン・ロードは盾に身を隠した。
ここぞとばかりに殴りつけるが、盾に阻まれる。
「横に回り込みなさいよ!」
「できたらやってるよ!」
マコトは盾を殴りながら叫んだ。
回り込もうとすると、スケルトン・ロードは微妙に体の向きを変えるのだ。
文句を言ってる暇があるのなら援護をして欲しい。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く、我が敵を貫く礫となれ! 顕現せよ、魔弾!」
ユウカが魔弾を放つが、スケルトン・ロードは盾で防ぐ。
もしかしたら、本体の魔法耐性は低いのかも知れない。
同じ結論に達したのか、ユウカは詠唱を開始する。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く、我が敵を貫く礫となれ! 顕現せよ、魔弾!」
魔弾がスケルトン・ロードに突き刺さる。
ぐらり、と体が傾ぐ。
傾いだだけだ。そのままの体勢で口を開く。
「ヤベェッ!」
「――――ッ!」
マコトが前回り受け身の要領で斜めに跳ぶと、衝撃波が放たれた。
直撃こそ免れたが、体の芯が痺れる。
そこに――。
「――ッ!」
スケルトン・ロードが体当たりを仕掛けてきた。
マコトは吹き飛ばされ、二度、三度と地面を転がった。
追撃はない。
片腕を失っているのだ。
今のヤツは体当たりしか攻撃手段がない。
そう考えた矢先、ペキペキという音が聞こえた。
「……マジかよ」
思わず呟く。
音の発生源はスケルトン・ロードの右腕だった。
腕がゆっくりと、だが、確実に再生していく。
その代わりに盾を包んでいた淡い光が消えていた。
「……いけるか?」
マコトは頭を振って立ち上がり、右手を動かした。
まだ体の芯が痺れているような気がするが、そんなことに構ってはいられない。
ここで無茶をしなければ攻撃の機会を逃すことになる。
「ユウカ!」
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、縛れ縛れ縄の如く――」
ユウカが詠唱を始め、マコトは駆け出した。
再生まで時間を稼ぐつもりか、スケルトン・ロードは盾を構えた。
脇に回り込もうとすると、盾をこちらに向ける。
マコトを警戒しているらしく、ユウカには目もくれない。
「我が敵を縛める縄となれ! 顕現せよ、捕縛陣!」
詠唱が完成し、光の帯が伸びる。
スケルトン・ロードは動かず、体に密着させるように盾を構えた。
捕縛陣で拘束されても盾を構えていれば大丈夫と判断したのだろう。
だが、ユウカの狙いは盾そのものにあった。
光の帯が盾に絡み付き、動きを封じる。拳を振り上げたまま脇に回り込む。
このまま鎧を貫き、弱点である赤い球体を破壊する。
スケルトン・ロードはギシギシと首の骨を軋ませながら顔だけをこちらに向け、口を開いた。
精神攻撃を仕掛けるつもりなのだ。
収束させた炎で精神攻撃を相殺し、鎧を貫いて弱点を破壊する。
すぐに不可能だという結論に達する。
相殺すれば攻撃の準備を整える時間が必要になる。
それだけの時間があれば捕縛陣から抜け出すのは容易なはずだ。
どうすればいい? と自問するが、答えは出ない。
いや、答えはある。
ただ、それを実行するのに勇気がいるだけの話だ。
光が口の中に灯る。





