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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest30:葛葉討伐の準備をせよ その4


 マコト達――マコト、ユウカ、リブ、ローラ、フジカ――が『黄金の羊』亭に戻ると、シェリーは布巾でテーブルを拭いていた。


「た――」

「おや、旦那。お帰りなさい」


 マコトがただいまと言うよりも早く、シェリーは振り返って言った。

 目がよく見えないと言っていたが、他の感覚が発達しているのだろうか。

 口を開く前にはテーブルを拭く手を休めていた。

 アンデッドの襲撃があった時も地下室に身を隠していた。

 もしかしたら、マコトと関係を持つことでフェーネやリブのように何らかの能力を身に付けたのかも知れない。


「フェーネちゃんはどうしたんですか?」

「まだ、クリスティンの所だよ」


 弟が死んだかも知れない――その衝撃から立ち直るにはしばらく時間が掛かるはずだ。


「……そうですか」

「きっと、大丈夫さ」

「そう、ですね」


 気休めと気付いたのか、シェリーは弱々しい笑みを浮かべた。


「ああ、そう言えばロジャース商会の方がいらしたんですよ」

「ロジャース商会が?」

「ええ、何でも装備を持ってきたとか……ちょっと待ってて下さいよ」


 シェリーは布巾を持ち、カウンターの奥に消えた。

 多分、ロジャーズ商会から預かり物をしているのだろう。


「いつまで突っ立ってるのよ?」

「すぐに座るよ」


 溜息混じりにユウカに答え、中央のテーブルに座る。

 ユウカ、リブ、フジカは対面の席、ローラはマコトの隣に着く。


「取り敢えず、戦力を強化できたな」

「そうね」


 マコトの言葉にユウカは頷いた。

 肩に立てかけているのは金属で補強された木の杖だ。

 形状は以前使っていたものと変わらないが、木とは思えないほど白い。

 ローラによればシルバーオークと呼ばれる木で作られているらしい。

 鑑定した所、魔力強化と魔法強化のスキルを持っていた。

 右手の中指に輝いているのは魔弾の指輪リング・オブ・ブリット――通常より多くの魔力を消費する代わりに詠唱なしで魔弾を使えるという効果を持つ。


「そう言えばユウカの指輪って……」

「何よ?」

再詠唱リピートと競合しねーの?」

「さあ?」


 ユウカは軽く首を傾げた。


「さあって、お前……」

「別にいいじゃない。綺麗だし」

「よくねーよ」

「そうです。クリス様は街を守るために装備を譲って下さったのです」


 マコトが突っ込むと、ローラは同意した。

 言っていることは間違っていないのだが――。


「アンタには言われたくないわよ」

「何故ですか?」

「アンタが装備をぜ~んぶ新しくしたからよ」


 ユウカが嫌みったらしい口調で言い、マコトはチラリと隣を見る。

 基本的な装備――胸甲冑、二の腕まである籠手、太股まである脚甲、剣、盾は変わらない。

 だが、以前の物とは違って精緻な細工が施されている。


「可哀想に、涙目だったわよ」

「こ、これは必要な装備です」


 ローラは言い淀みながらも反論した。


「ユウカは自分のことを棚に上げすぎだし」

「うっさいわね」


 ユウカは不愉快そうに顔を顰め、不意に表情を和らげる。


「そう言えばアンタ達は装備を新しくしなくてよかったの?」

「あたいは装備を新しくしたばかりだしな」

「私も装備はこれでいいし」

「なんでよ?」


 ユウカが訝しげな視線を向けると、フジカは愛おしそうにフィンガーリングブレスレットを撫でた。

 嫌な予感でもしたのか、ユウカはぶるりと身を震わせた。


「だって、これはマコトさんからもらった大切な――」

「砂ぁぁぁぁぁッ!」


 ユウカの叫び声がフジカの声を掻き消した。


「どちらかと言うと、砂糖よりストロベリーみたいな?」

「アンタのストロベリートークなんて聞いちゃいないのよ。はッ、装備を買ってもらったくらいで好き好き大好きとか安い女ね。マコトは戦力を増強させるためにアンタに装備を買っただけでそれ以上の感情はないわ」

「ゆ、ユウカが私の恋を摘み取りに掛かってるし」

「マコトもそう思うわよね?」

「俺に振るなよ」

「なんで、嫌がるのよ? 『戦力を増強させるために装備を買ってやったんだ。それ以上の感情はない』って素直に言えばいいのよ」

「素直どころか、強制してるじゃねーか」

「あたしは強制なんてしてないわよ。でも、まあ、そうね、マコトが素直な気持ちを言ってくれなかったら……」

「言ってくれなかったら?」

「……援助交際を企んでいると考えるわ」


 羞恥心にか、ユウカは頬を赤らめつつ言った。


「もうそれでいいよ」

「はァッ? マコトには名誉を重んじる気持ちがないの?」

「いや、お前が重んじろよ」

「チッ、これだからアラフォーは」

「何でもかんでも年齢のせいにするな。大体、下心云々を言い出したらユウカに2万5000Aをやったことはどうなるんだよ」

「人聞きの悪いことを言わないで! あれは正当な報酬!」


 ユウカは叫び、キッとフジカを睨んだ。


「まだ、何も言ってないし」

「いい判断だわ。余計なことを言ったら死んでる所よ」

「分かってるし」


 フジカは拗ねたように唇を尖らせた。


「相変わらず、仲がいいんですねぇ」


 いつの間に戻ってきたのか、シェリーはしみじみと呟き、テーブルの上に三つの木箱を置いた。


「これは?」

「防具だって言ってましたよ」

「そうか」


 マコトはしげしげと木箱を見つめた。

 サイズ的に二つは服、一つは脚甲だろう。

 まあ、籠手の可能性もあるが――。


「それにしても不用心ね」

「何が?」

「普通、食堂兼宿屋のフロントに荷物を預けたりしないでしょ?」

「そうか?」


 ビジネスホテルやカプセルホテルのフロント預かりにしたり、フロントに電話して呼び出してもらうなんてことはザラにあった。


「ホントに?」

「本当によくあったんだよ。他にも局留めとか、営業所預かりとか」

「局留め? 営業所預かり?」


 ユウカは不思議そうに首を傾げている。

 局留めは郵便局預かり、営業所預かりは宅配の営業所で預かってもらうことなのだが。


「まあ、あまり知らなくても影響はねーか」


 マコトだって工場系メインの派遣会社に勤めなければ知らずに人生を終えていたかも知れない知識だ。


「局留めとか、営業所預かりは知りませんが、宿で荷物を預かることはザラにあるんですよ。冒険者は根無し草みたいな人が多いですからねぇ」

「ってことは日本にもいるの?」

「そりゃ、ごまんといるだろ」


 工場系の派遣会社には寮を構えている所も少なくないし、メーカーだって社員や期間工のために寮を構えている。

 非正規雇用者の中にはそういう寮を転々としている者もいる。


「昭和かっての」

「ならよかったんだけどな」


 残念ながら現代の出来事だ。


「中には契約が終わった後も居座るヤツもいてな。まあ、俺が入社した時に比べれば大分マシになったが……」

「大分マシって」


 ユウカは不愉快そうに顔を顰めた。


「俺が入社した頃は派遣とか、業務請負が全盛だったからな。社員にも碌でもないヤツがいたし、勢いがある業界ってのはそういうものなのかも知れねーな」

「どうすればいいと思う?」

「どうって?」

「どうすればそういう人と知り合わずに済むと思うって意味よ」


 マコトが問い返すと、ユウカはムッとしたように言った。


「勉強していい会社に入れば確率を下げられるんじゃねーかな。まあ、いい会社にも碌でもないヤツはいると思うが」

「はぁ~、社会に出るのが怖くなってくるわ」

「精々、頑張っていい大学を出て、いい会社に就職するんだな。適度にアルバイトをしておくのも悪くないと思うぞ」

「精々は余計よ、精々は」


 ユウカはふて腐れたようにそっぽを向き、チラチラとこちらに視線を向ける。


「開けないの?」

「……分かったよ」


 マコトは脚甲が入っていると思しき箱を開け、胸を撫で下ろした。

 中に入っていたのが脚甲だったからだ。

 いや、脚甲と一体化したブーツと言うべきか。


「残りは?」

「今開けるよ」


 身を乗り出すユウカに苦笑しながら残りの箱を開ける。

 一方にはコート、もう一方には鎖帷子が入っていた。


「なんだ、前と同じ装備なのね」

「待て、メモが入ってる」


 マコトはメモを手に取り、文章を目で追った。


「なんて、書いてあったの?」

魔羆イビル・グリズリーの革で作ったコートとアダマンタイト合金製の鎖帷子、敏捷強化の魔法を付与したブーツだと」

「マコトだけズルい」

「ユウカも葛葉の尾で削られてみるか? 地獄が見えるぞ」

「嫌よ! あんな目に遭ったら死んじゃうじゃない!」

「一体、俺はどんな目に……」


 マコトは小さく呻いた。


「けど、取り敢えず再戦の準備は整ったな」

水薬ポーションの補充がまだよ」

「水薬がなくても私がいるし」

「今回の作戦はアンタが軸になるんだから水薬を補充するのよ」

「や、いつの間に」


 ユウカがうんざりしたように言うと、フジカは驚いたように目を見開いた。


「私はどんな役みたいな?」

「ひたすら昇天ターン・アンデッドを繰り返すのよ。それで葛葉の動きを阻害できればって儲けもの。刺身のつまみたいなもんね」

「……刺身のつま」


 フジカはしょぼんと呟いたが、その声には安堵にも似た響きがあった。

 あまり重要な役ではないと思い、安心したのかも知れない。


「昇天を繰り返すだけの簡単なお仕事よ」

「ん? でも、もし、動きを抑えられたら狙い撃ちに……」

「チッ、気付いたか」

「ひ、ひどい作戦だし!」


 フジカは顔面蒼白だ。


「立てたのはマコトよ」

「マコトさん!」

「安心しろよ。あたいらが守ってやるから」

「そうです。安心して下さい」


 フジカが涙目で叫ぶと、リブとローラが声を掛けた。


「フジカのガードはフランク達が請け負ってくれたら大丈夫だ」

「フランク?」


 マコトの言葉にフジカは首を傾げた。


「あたいの仲間だ。腕はいいから安心しな」

「それなら――」

「ああ、見えるわ。傭兵達がアンタを守るためにバタバタと倒れていく姿が」

「縁起でもないし!」


 安堵の息を吐こうとした所でユウカが余計なことを言い、フジカは声を荒らげた。


「まあ、それだけ重要なポジションってことよ」

「うぐぐ、それは分かってるけど、何だか釈然としないみたいな」


 フジカは呻くように言い、ハッとローラを見た。


「何ですか?」

「ところで、その胸甲冑はサイズぴったりみたいな?」

「ええ、まあ……」


 ローラは不思議そうに首を傾げた。


「フジカはローラの胸が小さいって言ってるのよ」

「そ、そこまでは言ってないし」


 ユウカの言葉にフジカは顔を背けた。


「……小さい、でしょうか?」


 ローラはぺたぺたと胸甲冑――丁度、胸の部分に触れる。

 この鎧は誰の物だったのだろうという疑問が脳裏を過ぎる。

 女であればいいが――いや、止そう。

 こんなことを考えても誰も幸せになれない。


「小さくはないんじゃねーの?」

「そ、そうです……か」


 リブの言葉にローラは顔を上げ、しゅんと俯いた。

 リブが胸を誇示するようにイスにふんぞり返っていたからだ。

 もちろん、彼女にそのつもりはないだろうが。


「10%ダウンね」

「何がみたいな?」

「ローラの『庇う』発動率よ」

「今の一言で!」


 驚愕にか、フジカは目を見開いた。


「アンタはマコトを狙ってるって公言したし、あたしの見立てじゃ5割を切ってるわ」

「5割以上の確率で被弾!」

「いえ、私は私情で手を抜くような真似はしません」

「だといいわねぇ」

「騎士の誇りに懸けてフジカさんを守ります」

「……騎士の誇り」

「何故、そこで落ち込むのですか?」


 フジカが鸚鵡返しに呟いてがっくりと肩を落とすと、ローラは神妙な面持ちで呟いた。


「ちょっと待って」


 ユウカは目を細め――。


「騎士?」


 鼻で笑った。


「わ、私のステータスに何がッ?」

「うん、まあ、それはね。教会に行ってステータスを確認することをお勧めするわ。えっと、盗ぞ――」

「盗賊? いつの間にジョブチェンジを?」


 ローラは慌てふためいた様子で言った。


「ユウカの冗談に決まってるだろ。なあ?」

「えッ?」


 ユウカがきょとんとした顔でこちらを見る。


「わ、私のジョブが! 半生を懸けた成果がッ!」

「いや、冗談だから」

「よ、世の中には言っていい冗談と悪い冗談があると思います!」

「わ、悪かったわよ」

「珍しい光景だし」


 ローラが涙目で言うと、ユウカは珍しく素直に謝った。

 そんな二人を見ながらフジカがぼそぼそと呟く。


「まあ、とにかく、俺達の準備はほぼ整った」

「まだ、できることはあるぜ」

「他に何かあったか?」


 マコトが問いかけると、リブは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「ローラのパワーアップだよ、パワーアップ。一発キメて、ちゃっちゃとパワーアップしようぜ」

「そ、そういう形ではちょっと……」


 ローラは呻くように言った。


「どうせ、ヤるんだからちゃっちゃとヤっちまえよ。面倒臭ぇ。マコトはぐいぐい行ったら落ちるって」

「折角、今日まで大事にしてきたので過程に拘りたいんです」


 マコトがローラを攻略することが前提になっているが――まあ、そうなるんだろうなと感じているので口にはしない。

 その時、ユウカが口を開いた。


「シェリー、小皿」

「ああ、はいはい。一つでいいんですか?」

「ええ、それでいいわ」


 シェリーはカウンターに行き、小皿を手に戻ってきた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 ユウカはシェリーから小皿を受け取り、マコトに差し出した。


「いきなり何だよ?」

「そこに唾を吐いてくれない? 痰でもいいわよ」

「何を言ってるんだ、お前は?」

「ローラがマコトの唾を舐めたらどうなるのか実験したくて」

「実験ッ?」


 ローラがギョッとユウカを見る。


「マコトと関係を持つとパワーアップするのは分かったのよ」

「フェーネはキスだったけどな」

「それよ!」


 リブがぼそぼそと呟き、ユウカは声を弾ませた。


「何処からがパワーアップの境界か確かめるべきだと思うのよ」

「いや、その、小皿に吐かれた唾液を舐めるのは……」

「痰の方がいい?」

「もっと嫌です!」


 ユウカの碌でもない問いかけにローラは声を荒らげた。


「私は、もっと、あの、もう少しロマンティックな感じが……」

「ロマンティックぅぅぅぅぅ?」


 そう言って、ユウカは顔を顰めた。


「アンタ、自分をいくつだと思ってるの?」

「にじゅう……」


 ローラはごにょごにょと言った。


「ユウカ、いくつになっても女の子みたいな」

「うぐッ!」


 フジカの言葉にローラは呻いた。


「アンタは追い打ちを掛ける天才ね。まあ、一理あるわ」


 ユウカは短剣をテーブルの上に置いた。


「何の真似だよ?」

「唾液と痰が駄目なら血に決まってるじゃない」

「決まってるのかよ」

「手首を縦に裂くのがお勧めよ」

「そんな自殺みたいな真似できるか。指でいいだろ、指で」


 マコトは短剣を手に取り、鞘から抜いた。


「なに、怖じ気づいてるのよ」

「そんなんじゃねーよ」


 マコトは軽く刃を人差し指に当てた。

 そのつもりだったが、血が溢れ、滴り落ちた。

 かなり深い。


「うぉッ!」

「この短剣ならマコトの防御を突破できるって訳ね」

「この短剣?」

「鋭さを強化したマジックアイテムよ。ちなみに特注品」

「お前、最悪だ!」


 マコトは叫び、短剣を鞘に収めた。


「くそッ! なんで、こんなクソッ垂れな真似を!」

「マコトに襲われた時の備えに決まってるじゃない」

「もう一度言う。お前は最悪だ」

「最悪最悪ってうるさいわね! 当然の備えでしょ!」

「何が当然の備えだ! ああ、くそッ、指がじんじん痛み始めたぞ!」

「丁度いいじゃない」

「あとで覚えてやがれ」


 マコトは吐き捨て、小皿に血を垂らした。


「ほらよ」

「小皿を舐めるのですか」


 小皿を目の前に置くと、ローラは溜息混じりに呟いた。


「……分かった。上を向け」

「マコト様、それはあまりにも無慈悲では?」

「血を直に舐めたいのか?」

「いえ、どちらかと言えば指を……」

「まあ、いいけどよ」


 マコトが指を差し出すと、ローラは躊躇することなく咥えた。

 舌を蠢かせ、恍惚とした表情を浮かべる姿は実にエロティックだ。

 エロティックなのだが、何だかな~という印象が強い。

 正直、こういうアブノーマルなプレイは勘弁して欲しい。


「もういいか? もういいよな?」

「……いえ」


 マコトが手を引こうとすると、ローラは手首を掴んだ。

 意外に力が強い。

 ステータス的にはマコトが圧勝しているはずなのだが。


「もう十分だろ?」

「いえ、まだです」

「そうかい」


 抵抗する気力を失って力を抜くと、ローラは再び指を舐め始めた。

 舌で傷を舐り、指を咥え、出し入れする様は――かなり怖い。

 一体、何が彼女を駆り立てているのだろうか。

 指がふやけるんじゃないかと思った頃、ローラは指を舐めるのを止めた。


「こう、お腹の奥が熱くなってきたような気がします。これが……パワーアップ」

「錯覚じゃねーの?」

「はい、どうぞ」

「ありがとうよ」


 シェリーに差し出されたおしぼりで指を拭うと、ローラは不満そうな顔をした。


「旦那、指はどうです?」

「ああ、もう治ってる」


 マコトは指を見つめた。

 切った箇所に薄く皮が張っている。

 この分ならすぐに気にならなくなるだろう。


「愛の力ですね!」

治癒力向上スキルの力でしょ」

「……はい」


 ユウカの冷静な突っ込みにローラはしょぼんと項垂れた。


「で、どうなんだよ?」

「力が漲っているような気がします」


 リブが問いかけると、ローラは拳を握った。


「……フェーネは精霊術士のジョブが追加されたんだっけか?」

「確かそうだったわ」


 ユウカは目を細め、リブを見つめた。


「リブはセカンドジョブが追加されてないのね」

「おう、あたいは戦士のままだったぜ」

「ふ~ん、条件でもあるのかしらね」

「どうして、無視するんですか?」

「無視してないわよ」


 ユウカはローラを見つめ、目を細めた。


「……暗黒騎士ね」

「ユウカさん、そういう冗談は好きではありません」

「冗談じゃないわよ」

「ユウカさん!」

「だから、冗談じゃないわよ! 本当にジョブが暗黒騎士になってるの!」


 ローラが怒鳴ると、ユウカは怒鳴り返した。


「ま、またまた、あ、暗黒騎士だなんて」


 ローラはイヤリングに触れた。

 そう言えばマジックアイテムのお陰で治癒魔法を使えるようになっていた。

 治癒魔法が使えるようになったことを伏線を考えれば聖騎士になってもおかしくない。


「でも、暗黒騎士なのよ。辛いだろうけど、現実を受け止めなさい」

「あ、暗黒騎士……私が」


 ローラはがっくりと肩を落とした。


「何の盛り上がりもなく上級職になっちまったな」

「そうね」


 マコトがぼやくと、ユウカは同意した。

 しかし、よくよく考えてみればローラは騎士にあるまじき行為を繰り返していた。

 多分、属性が悪に傾いていたので暗黒騎士になってしまったのだろう。

 それにしても随分と盛り上がりに欠けるジョブチェンジだ。


「さて、と」


 マコトは立ち上がり、コートを羽織った。


「何処に行くのよ?」

「ロジャース商会に水薬を買いに行こうと思ってよ」

「じゃ、あたしの分もよろしく」

「お前、ここはあたしも行くって言う所だろ」

「言わ――」

「じゃ! 私が行くし!」


 フジカがユウカの言葉を遮り、立ち上がった。


「は? なんで、アンタが行くのよ?」

「別に買い物に付いていくのは普通だし」

「……」


 言い返すかと思いきや、ユウカは黙り込んだ。

 沈黙が舞い降りる。外の世界から響く声や音が別世界のことのように感じられる。


「な、なんで、黙り込むのみたいな?」

「はッ! 分かってるのよ! あたしが一緒に行くって言ったら、アンタがどうぞどうぞって言い出すことくらい! それで、やっぱりユウカは……みたいにネタにするつもりなんでしょ! 全部分かってるのよ、あたしには!」

「や、そこまでは考えてなかったし」

「じゃあ、何処まで考えてたのよ?」

「や、藪蛇だったみたいな」

「一人で行ってくるよ」


 マコトは深々と溜息を吐き、『黄金の羊』亭を後にした。

 しばらくして、マコトさ~ん! という悲鳴が聞こえたような気がした。



 夕方――マコトが『黄金の羊』亭に戻ると、シェリーがカウンターの内側で水仕事をしていた。


「お帰りなさい、旦那」

「ただいま」


 シェリーに挨拶を返しながら指定席――カウンター席の端っこ――に座る。


「水薬は買えたんですか?」

「……営業してたからな」


 シェリーがカウンターにレモン水を置き、マコトは一口飲んでから答えた。

 街がこんな状態だから閉まっているかもと少しだけ心配だったが、商魂逞しいと言うべきか、ロジャース商会は営業中だった。


「取り敢えず、10本ばかり買ってきた」

「10本も?」

「これでも心細いくらいだよ」


 驚いたように目を見開くシェリーに苦笑で返す。

 葛葉は今まで戦ってきた中では最強の敵だ。


「まあ、全部ポーチに入れる訳にもいかねーんだが」

「どうしてです?」

「俺は前衛だからな。壁にでも叩き付けられたら全部割れちまうよ」


 それに尾の攻撃も怖い。あれを喰らったらポーチごと水薬が壊されてしまう。


「そんな相手と戦うんですか」

「そんなに心配するなよ。今度はチームで挑むから気楽なもんさ」

「そうですか」


 シェリーはホッと息を吐いた。


「……次は負けねぇよ」

「旦那?」

「そう言えば皆は?」

「食事を終えて、自分の部屋に戻りましたよ。旦那はどうします?」

「もちろん、食ってくよ」


 タイミングよくお腹が鳴り、シェリーはくすくすと笑った。


「温め直しますから少しだけ辛抱して下さいよ」

「ああ、頼むよ」


 今日はOKだろうか、とマコトはそんなことを考えながら料理が出てくるのを待った。



「旦那、おやすみなさい」

「お、おやすみ」


 マコトは二階に上り、深い溜息を吐いた。

 今日はOKなのか、それとなく話を振ってみたのだが、返事がなかった。


「ま、まあ、昨日の疲れも残ってるしな。ん?」


 自室の鍵を取り出し、軽く目を見開く。

 扉がわずかに開いていたのだ。

 きちんと閉めたはずと考えて思い直す。

 閉めたと思うのだが、今一つ自信がない。

 習慣でやっていることだからな、とマコトは扉を開けて足を止めた。

 照明が点いている。さらに人の気配がする。

 リブか? と首を傾げながら扉と鍵を閉め、細い通路を抜けると、やはりと言うべきか、リブがベッドに寝そべっていた。


「よう! 待ちくたびれたぜ!」

「まあ、それは分かるが……」


 リブは体を起こし、ベッドの縁に座った。


「鎖帷子とブーツは机の上な」

「すまねーな」


 マコトはコートを脱ぎ、机の上にあった木箱に重ねた。


「よし、やろうぜ」

「ノリがかりぃな」

「重っ苦しくても仕方がねーじゃん」

「……そうか」


 マコトは小さく溜息を吐いた。


「あたいじゃ不満か?」

「そういう訳じゃねーんだが……」


 シェリーが駄目だったからとリブとするのはどうにも抵抗がある。

 待てよ、と思い直す。

 どうして、リブはベッドに寝そべって待っていたのだろう。

 マコト達の行動を見越してなければ待ち構えることはできないのではないか。

 もっと言えば部屋の鍵だ。

 誰が部屋の鍵を開けたのか。

 鍵を管理しているのはシェリーなので自然と答えが導き出される。


「もしかして……」

「おう! グルだ!」


 リブはあっけらかんとした口調で言った。

 そう、リブとシェリーはグルだったのだ。

 マコトは溜息を吐き、ベッドに腰を下ろした。


「何だよ、怒ってるのか?」

「そうじゃねぇけど、どっと疲れたよ」

「へへ、だったらあたいがその気にさせてやるよ」

「だったらって……まあ、よろしく頼むよ」

「おう、任せておけ」


 リブはニッと笑い、上着に手を掛けた。

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