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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest30:葛葉討伐の準備をせよ その2



 しばらくの間、クリスティンは打ちのめされたようにその場に蹲っていたが――。


「蹲ってないで、さっさと話をしなさい」

「……はい」


 ユウカが不機嫌そうに言うと、クリスティンは席に戻った。


「あ、あの、そこに立っていられると……」

「は?」

「な、何でもないです」


 ユウカは問い返すと、クリスティンは項垂れた。

 ちらちらとこちらに視線を向けてくる。

 助けて、と目で訴えている。


「ユウカ、クリスが怯えてるから戻れ」

「チッ、仕方がないわね」


 ユウカは踵を返すと、クリスティンはホッと息を吐いた。


「ただし!」

「ひぃッ!」

 ユウカが振り返ると、クリスティンは悲鳴を上げた。


「以後、横柄な態度は慎みなさい」

「は、はい、分かりました」

「子どもは素直が一番よ」


 ふん、とユウカは鼻で笑い、マコトの隣に移動した。


「で、何の用? あたし達は忙しいんだけど」

「昨夜、お二方が戦ったアンデッドについて伺いたいことがあってお越し頂きました」

「年上に対する言葉遣いをようやく理解したみたいね」


 クリスティンが丁寧な言葉遣いで言うと、ユウカは満足げな表情を浮かべた。


「昨夜のアンデッドについてお聞かせ願えませんでしょうか?」

「ただじゃ嫌よ」

「は、はい、気持ち程度ですが、謝礼を用意させて頂きます」

「気持ち程度?」

「ご、ご満足頂けないようでしたら追加で」


 クリスティンは脂汗を流しながら言った。


「はッ、仕方がないわね。それで許してあげ――」

「ユウカ、そこまでにしておけよ」

「もう少し待って。今、いい所なんだから」

「だから、止めたんだよ」


 マコトはうんざりした気分で溜息を吐いた。


「クリスもあまりへりくだるな。この手のタイプは譲歩した分だけつけ上がるぞ。質の悪いクレーマーみたいなもんだ」

「質の悪いクレーマーって何よ、質の悪いクレーマーって」

「クレーマーの中でも質が悪いって意味だよ」

「そういう意味じゃないわよ!」


 マコトが溜息混じりに言うと、ユウカは声を荒らげた。


「毅然と対応しろ、毅然と」

「だって、怖いんじゃもの」


 クリスティンは涙目で言った。


「誘拐された時は平然としてたじゃねーか」

「ユウカは訳が分からないんじゃもの」

「むしろ、分かり易いと思うんだが……」


 いや、ユウカのように感情で動く人間は苦手なのかも知れない。

 感情で動く上、領主の権威が通用せず、さらに強い。

 そう考えると、毅然とした対応を求めるのは酷なように思える。


「悪ぃ、ちょっと言い過ぎた」

「甘やかしちゃ駄目よ。この手のガ……こういうお子様にはきっちり上下関係を叩き込んでやらないとすぐ図に乗るわ」

「その意見には同意するけどな」

「そうでしょ、そうでしょ」


 うんうん、とユウカは頷いた。

 甘やかしたつもりはないんだが、とマコトは横目でユウカを見た。

 きっちり上下関係を叩き込んでやれば素直になっただろうか。

 ユウカの場合、復讐心を滾らせて襲い掛かってくるような気がする。

 ということはきっちり上下関係を叩き込んでも無駄ということか。

 マコトは改めてクリスティンを見た。

 可哀想に小動物のように怯えている。


「まあ、普通に暮らしてたらユウカみたいなのと知り合う機会なんてねーだろうしな」

「ちょっと」

「何だよ?」


 二の腕を叩かれたので隣を見ると、ユウカが不満そうな顔でこちらを見ていた。


「マコト、あたし達は相棒よね?」

「藪から棒に何だよ?」

「答えて」

「相棒に決まってるだろ」

「だったら、なんであたしのことを悪し様に罵るのよ!」


 ユウカは顔を真っ赤にして叫んだ。


「罵ってねーよ」

「質の悪いクレーマーとか、ユウカみたいなのとか、罵ったも同然じゃない!」

「罵ったんじゃなくて事実を口にしたんだよ」

「は? はァ? 何処が事実なのよッ?」

「お前は自分を客観的に見られねーのか?」

「あたしほど自分を客観的に見られる人間はこの世界にいないわ!」

「脊髄反射で否定するなよ」

「ちゃんと脳みそを経由してるわよ!」

「脳幹辺りか?」

「脳幹が担当しているのは生命維持! 大脳に決まってるでしょッ!」


 ユウカは大声で叫んだ。


「マコトには相棒あいぼうに対するリスペクトが足りないわ」

「日本語を使えよ、日本語を」

「尊敬しなさい」

「ユウカのそういう所は感心するよ。マジ、リスペクト」

「マコトこそ日本語を使いなさいよ!」

「真剣、尊敬」

「微妙にラップっぽくしようとしてるのがムカつくんだけど」


 ユウカは吐き捨てるように言った。


「そろそろ……本題に入らせてもらっていいかの?」

「ああ、頼む」

「うむ、昨夜の――」

「うむ?」

「ひぃッ!」


 ユウカが柳眉を逆立てて言うと、クリスティンは小さく悲鳴を上げた。

 そういう態度を取るから付け込まれるのだが――。


「話が進まねーから突っかかるな」

「はいはい、分かったわよ」

「進めてくれ」

「う、うむ、昨夜のアンデッドのことなんじゃが……」


 クリスティンは怖ず怖ずと切り出した。


「俺とユウカが戦ったアンデッドは葛葉って名乗ってたぜ。本当か、嘘か分からねぇが、七悪のアンデッドだと」

「アンデッドが名乗る? それも七悪じゃと?」


 驚愕にか、クリスティンは目を見開いた。

 どうやら、理性を持ったアンデッドは珍しいようだ。


「その、葛葉とやらの言葉は事実だと思うか?」

「七悪のアンデッドを自称してる可能性もなくはないと思うぜ」


 マコトは軽く肩を竦めた。


「同類かどうか分からんか?」

「葛葉には分かってたみたいだが、俺には分からねーよ」

「そうか」


 クリスティンはがっくりと肩を落とした。


「大事なのは葛葉が事件の首謀者らしいってことと敵だってことだ」

「……そうじゃな」


 クリスティンはしばらく間を置いて頷いた。


「クリスはどう思う?」

「七悪かどうかはさておき、敵であることは間違いない。状況的にアンデッドである可能性も高いと思うとる」

「状況的に?」

「そうじゃ。ふむ、ここから先はフランクに話してもらった方がいいじゃろう」


 クリスティンが視線を向けると、フランクは無言で歩み出た。


「確か、教会の依頼で護衛をしてたんだよな?」

「ああ、我々は教会が派遣した調査団の護衛として雇われた」


 フランクは憂鬱そうに答えた。


「最初は……途中までは問題がなかった。出没するアンデッドは弱く、こちらはベテラン揃いだった。調査隊のメンバーも我々の話をよく聞いてくれた」


 そこでフランクは言葉を句切った。


「続けてくれ」

「遺跡周辺では何も発見できなかったため遺跡を調査することになった。俺には真偽を確かめる術はないが、嘘を吐く理由はなかったと思う。事件は……」


 フランクは軽く咳払いをした。


「事件は岩を調査した夜に起きた」

「岩?」

「ああ、岩だ。俺には岩にしか見えなかったが、調査隊のリーダーは数百年前に落ちてきた星だと言っていた。岩を調査した夜、アンデッドが現れた」

「どんなヤツだった?」

「ボロ布を纏った骸骨だった。ただ、眼窩には蒼い炎が宿っていた」

「……なるほど」


 マコトは間を置いて頷いた。

 葛葉とは別のアンデッドという可能性もあるが――。


「そいつは護衛を殺し、調査隊のメンバーを次々と手に掛けた。恐らく、半分以上がヤツに殺されたのではないかと思う。そして、ダンジョンが出現した」

「ダンジョンが?」

「そうだ。周囲の光景が引き延ばされ、我々は気が付くとダンジョンの中にいた」

「よく脱出できたな」

「ベテラン揃いで、いたのが第1階層だったからだ。それでも、脱出するまでにさらに半分が死んだ」

「そんなに強いアンデッドがいたのか?」

「スケルトン・ウォーリアの上位種だ。一体や二体ならばともかく、それ以上は……」


 フランクは唇を噛み締めた。

 強敵に襲われながら態勢を立て直してダンジョンを脱出した。

 これだけでもすごいことだと思うが、そう考えられないのだ。

 半分を救ったではなく、半分しか救えなかった。

 どうしても、そう考えてしまう。


「……すまなかった」

「いや、気にするな」

「ダンジョンから脱出した我々は異常を知らせるために走ったが……」

「敵の方が速かったって訳ね」

「そういうことだ」


 ユウカの言葉にフランクは頷いた。


「生き残った中にフェーネの、いや、レドってヤツはいたか?」

「残念だが、生き残ったのは俺の仲間だけだ」

「……そうか」


 マコトは深々と溜息を吐いた。

 フェーネが寝込んでいるという話を聞いたが、どうやらこれが原因だったようだ。


「ただ、俺はレドが殺される所を見ていない」

「顔見知りだったのか?」

「調査隊のメンバーで一番若かったから印象に残っていただけだ」

「生きているかも知れないってことか」

「その可能性がゼロではないというだけの話だ」

「今はそれで十分だ」


 それで、とマコトはクリスティンに視線を向けた。


「どうするつもりなんだ?」

「葛葉を討伐するに決まっているではないか」


 クリスティンはムッとしたように言った。


「ヤツは領民を殺した。罪は裁かねばならん」

「精々、頑張りなさい」

「協力してくれんのか?」

「ただじゃ嫌よ」

「うぐ……」


 クリスティンは小さく呻いた。

 残念ながら正義の味方モードは終了しているのだ。


「い、いくらじゃ?」

「1000万Aね」

「うぐぐ、足下を見すぎじゃ」

「この前は1000万Aだったじゃない」

「そうじゃけど、そうじゃけど!」


 うぐぐ、とクリスティンは頭を抱えた。


「マコトはどう思う?」

「今回はそこまで請求するつもりはねーよ」

「こういう時に足下を見ないでどうするのよ!」

「足下を見すぎるのもな」


 マコトは頭を掻いた。


「それに、今回は俺達だけじゃ厳しいと思う」

「ああ、数の力ってそういうこと」


 ユウカは合点がいったとばかりに頷いた。

 ダンジョンを攻略し、さらに葛葉と戦わなければならないのだ。


「ああ、そうい――」

「確かに盾は多いに越したことはないわね」

「そういう意味じゃねーよ」


 正直に言えば盾役も期待しているが、口にしても敵を作るだけだ。


「はいはい、そういうことにしてあげるわ」

「そうかよ」


 嫌みったらしい口調に少しだけイラッとする。

 だが、こちらの気持ちを気にする素振りも見せず、ユウカは思案するように腕を組んだ。


「……攻略はいつも通りにやるとして、問題は何人連れて行くかね」

「そのことなんだが、今回は極地法で挑むべきだと思う」

「極地法って何よ?」


 ユウカは不思議そうに首を傾げた。


「極地法ってのはお前達が骸王のダンジョンに挑んだ時に使ってたヤツだよ。ベースキャンプを作って、前進キャンプを設置してく……まあ、登山方法の一つだ」

「どうして、そんなことを知ってるのよ? 高校の時は少林寺拳法部だったんでしょ?」

「そっちかよ」


 マコトは思わず突っ込んだ。


「漫画か、ラノベに載ってたような気がするな」

「知識の出所が漫画かラノベって聞くと途端に頼りなく感じるわね」

「知識は知識だろ」

「印象の問題よ。アンタだって……つまり、そういうことよ」

「どういうことかは分からねーが、適当な例が出てこなかったってのは分かった」

「でも、なんで今回に限って極地法なのよ?」

「安全策だな。何階層まであるか分からねーし、転移が使えるかも分からねぇ」

不帰かえらずダンジョンの時は転移を阻害されたけど、葛葉のダンジョンもそうとは限らないんじゃない?」

「その件だが……」


 フランクが遠慮がちに手を上げた。


「何だ?」

「ダンジョン内では通信と位置確認のマジックアイテムが使えた。転移魔法を阻害することはできないのではないか?」

「もし、できたらどうする?」

「……できないことを前提に準備をするのは危険だな」


 フランクは間を置いて答えた。


「最下層近くまで行って、一階から再挑戦なんて洒落にならねぇからな。だろうじゃなくて、かも知れないで考えるべきだ」

「大丈夫かも知れないわよ?」

「教習所で教官にしこたま怒られるタイプだな」

「その時は怒り返すわよ」

「逆ギレかよ」

「違うわよ」

「じゃあ、何だよ?」

「教習所ってお金が掛かるのよね?」

「俺の時は25、6万はしたな」


 かなり昔のことなので今はもっと掛かるかも知れない。


「それだけお金を払って怒られるのって釈然としないのよね」

「まあ、確かに」

「ほら、マコトだってそう考えてるんじゃない」

「それはそれ、これはこれだろ」

「マコトが言ったんでしょ」


 ユウカは拗ねたように唇を尖らせた。


「……つまり、ワシに極地法に必要な資金を出せと言うことか?」

「組織作りも頼む」

「マコトがやればいいじゃない」

「やろうと思えばやれるかも知れねーが、効率が悪ぃと思うぜ」


 トライ&エラーを繰り返して金と時間を余計に使うことになるだろう。

 それならデキるヤツに任せた方がいい。

 もう少し余裕があれば別だが――。


「しかし、それでは街の防備が手薄になるのではないか?」

「まあ、そうだな」


 討伐隊のメンバー全員が手練れである必要はないが、足手纏いは困る。


「もし、討伐隊が出払っている時に再び攻め込まれたら……」

「そこは賭けだな」

「……賭けか」


 クリスティンは呻くように言った。


「葛葉を迎え撃つ訳にはいかんのか?」

「結構、用心深そうだったからな。ここに来る保証はねーぞ」


 葛葉にはロックウェルを避けるという選択もある。


「また来るとしたら俺に勝てるって確信した時だな」

「援軍は……無駄か」

「欲を言えば近衛騎士団のサポートが欲しい所だが、時間を無駄にすることになるな」

「来るかも分からん敵を待つか、街を戦場にする覚悟で迎え撃つか、やられる前にやるかということじゃな」

「あとは来るかも分からない援軍を待つか、ね」


 ユウカは意地の悪い笑みを浮かべた。


「王都に転移できんのか?」

「悪いけど、転移スポットを用意してないから往路は馬車で行くことになるわよ」

「……そうか」


 クリスティンは力なく頭を垂れた。


「……どうすれば」

「選びたくないんならあたしが選んであげるわよ」

「真か?」

「ええ、その代わりにあたしが領主になるけど」

「……うぐ」


 クリスティンは小さく呻いた。

 ユウカの言葉にも一理ある。

 責任者は責任を取るためにいるのだ。

 ここで責任を投げ出したら何のための領主か分からない。


「分かった。討伐隊を派遣する」

「そうか」


 マコトは胸を撫で下ろした。


「何故、お主が胸を撫で下ろすんじゃ?」

「ここで責任を投げ出すようならクリスとの付き合いもそれまでだと思ってたんだよ」

「何じゃと!」


 クリスティンは大きく目を見開いた。


「一応、理由を聞いておいていいかの?」

「個人的に他人に責任を委ねるヤツが嫌いなんだよ」


 これは父親のことが大きく影響していると思う。

 父親が昔の上司の誘いに乗った時、マコトには責任――自分と家族の未来を他人に委ねてしまったようにしか見えなかった。

 大事なことを他人に委ねてはいけない。

 それが理解できない人間には従えない。


「よかったわね? マコトに見捨てられないで」

「そうじゃな」


 ユウカが茶化すように言うと、クリスティンは顔を顰めた。


「街の警備はワシの部下に任せる」

「ってことは討伐隊は冒険者がメインってことね」


 ユウカが意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 冒険者は使い捨てって訳ね、とでも言いたげな表情だ。

 割って入るべきか悩んでいると、フランクが口を開いた。


「討伐隊の主力が冒険者ならば力になれる」

「大じょ……」


 クリスティンはマコトに視線を向けた。


「黒炎の報酬なんじゃが……」

「あまり安い金額だと困るが、他の冒険者と差がありすぎるのも困るな」

「そ、そうか!」

「別にそんなこと気にしなくていいじゃない」

「うぐぐ」


 クリスティンは表情を輝かせたが、それも数秒のことだ。

 ユウカの一言で表情が曇る。


「どうせ、あたし達が一番しんどい部分を請け負うんだし」

「しんどさは変わらないと思うぜ」

「具体的な作戦があるのか?」

「一応な」


 フランクの言葉に頷く。


「基本的には俺とユウカが葛葉の相手をする」

「ま、あたし達くらいしかまともに戦えないしね」


 ユウカは勝ち誇ったように胸を張った。


「道中、手強そうな敵が出たらこれも俺達が相手をする」

「これも仕方がないわね」


 ふふん、とユウカは鼻を鳴らした。


「ただ、できるだけ体力を温存してぇ」

「つまり、露払いをしろということだな?」

「ああ、その通り。で、葛葉と戦う時にうちの僧侶に昇天ターン・アンデッドを使わせ続けようと思ってる」

「役に立つのか?」


 フランクが訝しげに眉根を寄せる。


「昇天はアンデッドの動きを封じることができるんだよ。葛葉相手にどれだけ役に立つのか分からねぇが、一瞬でも動きを封じられればめっけもんだ」

「俺達に盾になれと言うことか」

「そうだ」

「分かった」


 意外にもと言うべきか、フランクは頷いた。


「死ぬわよ?」

「そう簡単に死ぬつもりはない」


 フランクは淡々と答えた。


「死ぬつもりがなくても人は死ぬわ」

「それくらいは分かっている。だが、俺は、我々は傭兵だ。依頼人も守れない、仲間の仇も討てないでは舐められる」

「汚名返上って訳ね」

「そういうことだ」


 フランクは苦笑じみた笑みを浮かべた。


「戦闘に参加するメンバーは1人頭5万A出せば集められるはずだ」

「……5万Aか」


 クリスティンは難しそうに眉根を寄せる。

 1A=100円のレートで換算すれば500万円だ。

 短期間でこれだけ稼げる仕事はまずない。

 まあ、命の値段として適正かは人によるだろうが。


「それは作戦期間中ということでいいのかの?」

「そうだ」

「前金で半分、もう半分は作戦終了後で――」

「死んだらもう半分はなしってこと?」

「ワシはそこまで鬼ではない」


 ユウカの言葉にクリスティンは顔を顰める。


「逃げられたら困るのでな」

「しっかりしてるわね」

「当然じゃ」


 えへん、とクリスティンは胸を張った。

 どうやら、調子を取り戻しつつあるようだ。


「黒炎の報酬じゃが――」

「そのことだが……」


 フランクがクリスティンの言葉を遮った。


「何じゃ?」

「最低でも我々の倍は提示するべきだ」


 うんうん、とユウカは満足そうに相槌を打った。


「フランク、俺は討伐隊の指揮をお前に任せようと思ってるんだ。それなのにそんなに報酬が違ったら揉めないか?」

「黒炎は近隣で最強の冒険者チームだ。そんなチームに安値で仕事を受けられると、な」


 フランクは苦笑いを浮かべた。


「ひ、1人10万Aでどうじゃ?」

「10万A」


 ユウカは露骨に顔を顰めた。


「前回は1000万Aだったじゃない」

「流石に領民の感情を考えるとそれだけの金額は……」


 クリスティンは呻くように言った。


「どうするの?」

「今回は途中まで楽できそうだからな。まあ、でも、一応、仲間と相談させてくれ」

「チッ、このままだとあたしが悪者にされる流れね」

「悪者と言うか、守銭奴だな」

「誰が守銭奴よ!」


 ユウカは声を荒らげた。


「いくら金を稼いでもペリオリス様の御許までは持って行けんぞ」

「ガキが知ったような口を利いてるんじゃないわよ」

「……はい」


 ユウカが凄むと、クリスティンはあっさりと引き下がった。

 そんなにあっさり引き下がるのなら言わなければいいのにと思わないでもない。


「フジカといい、こいつといい、これだから金持ちは嫌なのよ。お金の苦労も知らずに綺麗事ばかり口にして……マコトもそう思うわよね?」

「同意を求めるなよ」

「マコトもそう思うわよね?」

「まあ、な」

「マコトならそう言ってくれると思ってたわ」


 ユウカはにっこりと笑った。

 周囲が明るくなったと錯覚させる笑みだ。

 まあ、内容はひどいが――。


「お金が大事ってのは大前提だが、綺麗事を聞きたくなることがあるな」

「お金が大事なのは大前提よね」


 ユウカは同意したが、綺麗事を聞かせてくれるつもりはないようだ。


「取り敢えず、話はこれまでじゃ。フランクはここに残れ」

「一つお願いがあるんだが?」

「まだ何かあるのか」


 クリスティンはうんざりしたように言った。


「葛葉に装備を壊されちまったんだよ」

「何じゃ、そんなこ――」

「伝説級の武器とか持ってねーか?」

「あるかそんな物!」


 クリスティンは勢いよく立ち上がって吠えた。


「ないのかよ」

「伝説というのは……」


 クリスティンは溜息混じりに言い、席に座り直した。


「倉庫にある装備を何でも持っていっていいから依頼料は勉強してくれんかの?」

「アンタ、大した物がないことを分かって言ってるでしょ?」

「そ、そんなことはないぞ。で、伝説の武器もあるかも知れん」


 ユウカが突っ込むと、クリスティンは脂汗を流しながら答えた。


「まあ、前のヤツより使えればそれでいいんだが……」

「好きなのを――」

「あたしも欲しいんだけど?」


 ユウカがクリスティンの言葉を遮る。

「好きなの――」

「倉庫に欲しい物があるとは限らないし――」

「分かった」


 さらにユウカが言葉を遮り、クリスティンは呻くように言った。


「購入した装備の代金もワシが支払う。ただし! 報酬は1人頭10万Aじゃ! 決定決定決定! これで決定じゃ!」


 クリスティンは自棄になったように叫んだ。


「あと――」

「無理じゃ! もう無理じゃ! 無理無理無理無理じゃもん!」


 マコトの言葉を遮り、クリスティンは喚いた。


「いや、俺はフェーネの見舞いをしたかったんだが……」

「……」


 クリスティンはいきなり押し黙った。


「う、うむ、それなら全然構わんぞ。案内はローラにしてもらえ」

「裏切られたくせに信用してるのね」

「当たり前じゃ」


 ユウカが呟き、クリスティンは胸を張った。


「多分、孫の代には家が乗っ取られてるわね」

「そ、そ、そそんなはずは……」


 クリスティンはだらだらと脂汗を流した。


「不信の種を蒔くなよ」

「育てるのはこの子よ」


 ユウカはしれっと言った。


「どんな花が咲くか楽しみね」

「枯れちまえ」


 マコトは溜息を吐き、踵を返した。

 執務室から出ると――。


「マコト様、お疲れ様です」

「よう、お疲れ」


 ローラとリブが労ってくれた。

 ユウカが執務室の扉を閉める。


「七悪討伐の報酬は1人頭10万Aだ」

「10万Aですか」

「結構な額だって」


 ローラが残念そうに呟き、リブが突っ込みを入れた。


「その代わり――」

「この屋敷の倉庫から好きなだけ物資を持っていっていいことになったわ。さらに街で買った装備も経費扱いよ」


 ユウカがマコトの言葉を遮って言った。


「うぉッ! 太っ腹だな!」

「すぐに倉庫に行きましょう。前々から目を付けていた装備があるので」

「ん? ローラ、その装備に愛着があるって言ってなかったか?」


 確か盾と鎧は曾祖父が国王陛下から下賜されたと言っていたような――。


「もちろん、ありますが……機会があれば譲って頂けるように交渉しようと考えていた装備なのです」

「ひどい騎士もいたもんね」


 ユウカは呆れたように言ったその時、ガチャという音が響いた。

 音のした方を見ると、クリスティンが扉の隙間からこちらを見ていた。


「ロ、ローラ、信じて――」

「扉が開いていました」


 ローラは扉を閉めた。

 カリカリと音がするが――。


「フェーネを見舞った後、倉庫に行くぞ」

「どんな花が咲くか楽しみね」


 ユウカは何処か嬉しそうに言った。

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