Quest28:群体ダンジョンを再攻略せよ その4
※
マコトは第四階層に続く縦穴を見つめ、小さく息を吐いた。
一日で第二、第三階層を踏破したことになる。
仲間の成長を見守るというのもなかなか消耗するものだ。
これなら自分で戦う方がよほど楽だ。
「……それだとパワーレベリングにならないか」
マコトが呟いた直後、ユウカが口を開いた。
「ようやく縦穴に辿り着いたわね」
ユウカも同じなのか、疲れたような声だ。
「は~、疲れたし」
よほど疲れていたのか、フジカは盛大に溜息を吐き、錫杖に寄り掛かった。
覚えたばかりの魔法を何度も使ったのだから無理もない。
だが――。
「それで、どうするの? 四階層を探索するんならまだまだ余裕があるけど?」
「ちょ! 無理だしッ!」
意地の悪い笑みを浮かべるユウカにフジカは涙目で抗議した。
「アンタのレベルを上げるために頑張ってるんじゃない。こんな所で弱音を吐いてるんじゃないわよ」
「む、無理だし、疲れたし、第四階層を探索したら死んじゃうし」
「……だそうよ」
このままでは本当に泣かせてしまうと思ったのか、ユウカがこちらに話を振る。
「お前な、頑張ってる相手を追い込むなよ」
「悪かったわよ」
「いいか? 頑張ってる相手に頑張れって言うとマジで泣くからな。頑張ってたり、疲れてたりする相手に必要なのは激励じゃなくて労いの言葉だ」
「だから、悪かったって言ってるでしょ!」
ユウカは声を荒らげた。
「いや、これは本当に大事だから言ってるんだぞ。本当に、マジで自殺されかねないレベルだからな」
「自殺って、そうなる前に逃げるわよ」
「逃げられねーって」
「なんでよ?」
「人間は追い詰められてると、まともに物事を考えられなくなるんだよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ。何と言うか、大きな問題に直面すると、そっちばっかに目がいって、他の選択肢が見えなくなるんだよ」
「分かるッス」
「分かります」
フェーネとローラが神妙な面持ちで頷いた。
「……あたしが駄目なヤツみたいじゃない」
「きっと、ユウカは鋼の心を持ってるから共感能力に欠けてるみたいな」
「マジで泣かすわよ」
「そ、それは勘弁して欲しいし」
ユウカがドスの利いた声で言い、フジカはすごすごと退散した。
泣き出すんじゃないかと心配していたが、意外に図太いのかも知れない。
「なんで、まともに考えられなくなるのかしらね?」
「さあ?」
「頼りにならないわね」
「高卒に何を期待してるんだよ」
「あたしよりも長く生きてるんだから気付いたことくらいはあるでしょ?」
「気付いたこと、な」
マコトは顎を撫でさすった。
「多分、考えるってのは自分で思ってる以上にエネルギーを消費するんじゃねーの」
「エネルギーねぇ。確かに人間の体は化学反応で動いてるんだし、過負荷を掛けたら脳内物質が足りなくなりそうね」
ああ、とユウカはようやく合点がいったとばかりに声を上げた。
「納得したか?」
「ええ、一応ね。何と言うか、理屈を付けようと思えば付けられるもんね。でも、これって生物としては正しいかも知れないけど、生存戦略としては間違ってるんじゃない? 問題を解決するためにリソースを割くのは間違ってないけど、解決できない問題に取り組むのはリソースの無駄遣いになるもの」
「言われてみればそんな気がするな」
「……結構、重要なことだと思うんだけど」
ユウカはやや沈んだ口調で言った。
自分の発見を評価してもらえないことに落胆しているのだろう。
「まあ、いいわ。で、探索はどうするの?」
「無理って言ったばかりだし!」
「それを決めるのはマコトよ」
どうするの? とユウカは視線を向けてきた。
「今日の探索はここで切り上げだ」
「よかったし」
フジカはホッと息を吐いた。
「あたしは余裕があるわよ?」
「決めるのはマコトさんだし!」
「そうね」
フジカが声を荒らげると、ユウカはニヤニヤと笑いながら言った。
「……ユウカ」
「はいはい、分かってるわよ」
ユウカはマコト達から離れ、詠唱を始めた。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、導け導け灯火の如く、我を導く灯火となれ! 顕現せよ! 灯火!」
杖が眩い光を放つ。
これで転移先として登録できたはずだ。
「街に戻るぞ」
マコト達はユウカを中心に円陣を組む。
「いいぞ」
「分かったわ」
ユウカは杖を構え、詠唱を始めた。
呪文がダンジョンに響き渡る。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、繋がれ繋がれ回廊の如く、我が歩く道となれ! 顕現せよ! 転移!」
呪文が完成し、マコトは目眩に襲われた。
※
目を開けると、そこは城門の近くだった。
馴染みの門番は驚いた様子もなく近づいてきた。
「今日は少し遅かったんだな」
「じっくりとダンジョンを探索したからな」
マコトは通行証を提示しながら門番と会話を交わした。
門番はユウカ、フェーネ、リブ、ローラ、フジカの順で確認していく。
「問題なしだな」
「入ってもいいか?」
「もちろんだ」
門番が頷き、マコト達は門を潜った。
人気のない大通りを進んでいると、ユウカが口を開いた。
「今日から奢ってくれるのよね?」
「いきなり何を言ってるんだ?」
「仕事の後に食事を奢ってくれるっていったじゃない!」
マコトが問い返すと、ユウカは声を荒らげた。
「食事を奢ってやるから話す機会を増やそうって言ったんだよ」
「同じことでしょ?」
「話す機会を増やすのが目的だからな。飯だけ食ってバイバイじゃねーからな」
「分かってるわよ」
ユウカは拗ねたような口調で言った。
「ユウカ、ランチミーティングってヤツだし」
「フジカは物知りだな」
「パパが――」
「パパ?」
「お父さんがよくするって言ってたし」
ユウカに遮られ、フジカはすぐに訂正した。
「マコトみたいな社畜が必死に働いてるってのに優雅なもんね」
「社畜って言うな、社畜って」
「社畜は社畜でしょ?」
「そうかも知れねーけど、他人に言われると堪えるんだよ」
自分で言えば自虐ギャグで済むが、他人に言われるとへこむのだ。
「はいはい、分かったわよ。言い換えればいいんでしょ」
ユウカは思案するように腕を組んだ。
数十秒が経過し――。
「奴隷?」
「大して変わらねーよ」
「畜生から人間に出世したじゃない」
「畜生って言うな」
「社会の……平社員」
「まあ、それなら」
社会の歯車と言おうとしたのか、社会の最底辺と言おうとしたのか分からないが、平社員なら問題ない。
「平社員でいいの?」
「社畜や奴隷よりマシだろ」
「そうだけど……マコトって、どう思ってるの?」
「どうって?」
マコトは問い返した。
どうと言われても範囲が広すぎて分からない。
「だから、会社のこととか、自分の人生とか」
「ひどい会社だったとは思うし、碌でもない人生だったとは思うが、一つの会社で二十年働いたことに関しちゃプライドを持ってるぞ」
「よく訓練されてるわね」
「訓練じゃなくて、誰でもそうだと思うぜ」
維持するのが難しい上、上司の一言で踏みにじられてしまう程度のプライドだが、それがあったから二十年も働けたのだと思う。
「ふ~ん、なるほどね」
「今日は妙に素直だな」
「あたしはいつだって素直よ」
ユウカは不愉快そうに眉根を寄せる。
「確かにユウカは自分に素直だな」
「誰が自分に素直だって言ったのよ。あたしは普通の意味合いで素直だって言ったの」
「不毛だな」
「何が不毛よ!」
「言い争っても得る物がねーだろ」
「得る物くらいあるわよ!」
「たとえば何があるんだよ?」
「たとえば、たとえば……何かあるでしょ、何か!」
ユウカは考えるのを止めたようだ。
「あとになって幸せな時間だったと実感するみたいな」
「フラグを立てるのは止めなさいよ! マコトが死んだらアンタのせいだからね!」
「俺が死ぬのかよッ?」
「あたしに死ねってのッ?」
「そんなことは言ってねーよ!」
「ま、まさか、ひ、ひどい目に遭えって思ってるんじゃないでしょうね?」
ユウカは怯えたような表情を浮かべた。
「思ってねーよ」
「いや、アンタは思ってるわ! 考えてみればアンタってオタクなのよね。くッ殺展開を期待してても不思議じゃないわ」
「……お前も十分にオタクだと思うが」
「あたしの何処がオタクなのよ?」
「フラグとか、くッ殺展開とか言ってるしよ」
「あたしのは一般常識よ」
「まあ、いいけどよ」
オタクか、オタクでないかなんて、それこそ不毛な会話だろう。
「何よ、その『オタクだけど、一般人って言い張ってるから一般人認定してやるか』みたいな口調はッ?」
「そこまで複雑なことは考えてねーよ」
「ったく、くッ殺展開はローラの役目でしょう」
「わ、私に振らないで下さい!」
「くッ殺展開が分かるの?」
ユウカは興味深そうにローラを見る。
「言葉の意味はよく分かりませんが、嫌な予感がしました」
「じゃあ、教えてあげるわ。くッ殺展開ってのは……」
ユウカは口を閉ざした。
マコトの隣に移動し、手の甲で二の腕を叩く。
「何だよ?」
「説明してあげて」
「なんで、俺が?」
「……じゃない」
ユウカはマコトから顔を背け、ぼそぼそと呟いた。
「聞こえねーよ」
「だから、りょ……とか言える訳ないじゃない」
「聞こえねぇって」
「――ッ!」
ユウカはキッとマコトを睨んだ。
「……もういいわ」
「おいおい、お前が言い出したんだから最後まで説明しろよ」
「アンタ、分かって言ってるでしょ?」
「まあ、な」
多分、『陵辱とか言える訳ないじゃない』と言おうとしたのだろう。
「エッチな言葉を避けようとするユウカは可愛いし」
「だ、誰が可愛いのよ!」
ユウカが顔を真っ赤にして叫んだ。
恥ずかしいのか、怒っているのか――恐らく、両方だろう。
「ユウカだし」
「だったら、アンタが説明しなさいよ」
「嫌だし」
「なんでよ?」
「それは、その……」
フジカは口籠もり、チラチラとマコトに視線を向ける。
「清純派アピールに余念がないわね。反吐が出るわ」
「好きな人によく見られたいと思うのは当然だし」
「あたしが親なら蹴りを入れてるわね」
「蹴られるようなことはしてないし!」
「アンタね、マコトはアラフォーなのよ?」
「そういう説もあるみたいな」
ユウカは再び手の甲でマコトの二の腕を叩いた。
「何だよ?」
「免許免許、こいつの目を覚まさせてやるわ」
ユウカは邪悪な笑みを浮かべた。
「宿に置いてきたよ」
「なんで、免許を置きっ放しにしてるのよ?」
「財布を替えたからだよ」
この世界には紙幣がないので、日本で使っていた長財布より革袋の方が便利なのだ。
物を買ったり、宿代を払ったりする時は板を使うので、現金を持ち歩く必要があるのか少し悩むが。
「不用心ね」
「用心しなくても悪用される恐れがないからな」
元の世界ならば盗まれた免許証でキャッシングされる可能性もあるが、この世界では何の役にも立たない。
「まあ、とにかく、あたしが親なら自分の娘がアラフォーのおっさんに惚れてるなんて言ったら蹴りを入れるわ」
「うちの親はそんなことしないし」
「蹴りを入れる前に心臓が止まるかも知れないわね」
ユウカは神妙な面持ちで言った。
「マコトはどう思う?」
「……反対はされるよな」
愛に年齢は関係ないと言いたい所だが、現実はそうもいかない。
「そうじゃなくて、マコトはどう思ってんのよ?」
「元の世界なら美人局を疑うな」
「これが現実ってヤツよ」
「今のマコトさんは若いし。むしろ、こっちが現実みたいな」
「ああ言えばこう言うわね」
「ユウカには負けるし」
フジカはそっぽを向いた。
「結局、くッ殺展開って何なんスか?」
「エッチな言葉ってフジカが言ってただろ」
フェーネの疑問にリブが答える。
「それは分かってるッスけど、具体的にッス」
「私は分かりました」
「何なんスか?」
「恐らく、私のような女騎士が捕虜となり、敵兵に陵辱されるのではないでしょうか?」
「くッ殺は何スか?」
「そりゃ、陵辱するくらいなら殺せって意味だろ?」
「なるほど、『くッ、殺せ』って意味ッスね」
フェーネが合点がいったとばかりに手を打ち鳴らす。
「杉田玄白みたいな会話だな」
「蘭学事始ね」
「解体新書じゃねーの?」
「それは解剖学の本で、蘭学事始は解体新書の元になったターヘル・アナトミアを翻訳する時の苦労譚よ」
「そこまで覚えてねーよ」
「だったら、言わなきゃいいじゃない」
ユウカは小さく肩を竦めた。
マコト達は路地に入る。
一気に暗くなるが、暗視を取得しているマコトに影響はない。
しばらく進むと、フジカが近づいてきた。
「暗いのは苦手だし」
「暗いなら手を引いてあげるッスよ」
「……ありがとうみたいな」
「いいんスよ。新入りの面倒を見るのは当たり前ッス」
フェーネは薄い胸を張って言った。
「フジカのヤツ、どさくさに紛れてアンタの手を握ろうとしてたわよ」
「よく分かるな」
「当たり前でしょ」
ふふん、とユウカは鼻を鳴らした。
「女の子っぽさまでアピールしてきたわ。あざとい女ね」
「ある意味、ユウカも女っぽいぞ」
「気色悪いことを言わないでよ」
ユウカは胸を庇うように両腕を交差させ、マコトから少しだけ離れた。
「参考までにあたしの何処が女っぽいのよ?」
「陰湿で、粘着質で、自意識過じょ――」
「アンタの女性観はおかしいわ!」
ユウカは柳眉を逆立て、ビシッとマコトを指差した。
ふと既視感を覚えた。
「江がし――」
「真似じゃないわよ!」
ユウカは声を荒らげた。
「そんなに怒らなくてもいいだろ」
「怒るに決まってるでしょ」
「決まってるのか?」
「決まってるのよ」
ユウカは不機嫌そうに言った。
「それにしてもフェーネもなかなかやるわね」
「何がだよ?」
「手を繋ごうとしたフジカを見事にインターセプトしたわ。先輩として後輩の世話をするふりをして……怖い子ね」
「お前が怖ぇよ」
「あたしの何処が怖いのよ?」
「お前を通すと何でもないことが悪意で歪むんだよ」
「そうだし! フェーネちゃんが親切にしてくれたのにあんまりだし!」
マコトの言葉にフジカが同意する。
「おいらは気にしてないッス」
「フェーネちゃんはいい子だし」
フジカがフェーネの頭を撫でる。
だが、マコトはフェーネがニヤリと笑ったのを見逃さなかった。
口にはしないが――。
「精々、あとで悔いるといいわ」
「どうでもいいんだが……」
「何よ?」
「足下に気を付けろ」
「足――ヒッ!」
ユウカは悲鳴を上げた。
「な、何か踏んだ!」
「鼠の死体だ」
「踏む前に言いなさいよ!」
ユウカは涙目で言った。
鋼の心を持つ女にも苦手なものはあったようだ。
「ああ、もう、最悪!」
「手を貸してやろうか?」
うぐぐ、とユウカは苦しげに呻いた。
即答しない所に懊悩を感じられる。
「ユウカさん、よろしければ私の手をどうぞ」
「ありがとう……って、アンタは暗視を持ってなかったわよね?」
ユウカは隣にやってきたローラに尋ねる。
「一緒に踏めば怖くありません」
「盾役のアンタが踏むべきでしょ!」
「あ、や、止めて下さい!」
ユウカは背後に回り込んでローラを押す。
ローラは必死に踏ん張るが、レベル差は如何ともしがたい。
脚甲でガリガリと石畳を削りながら前に進む。
「アーッ! 何か! 何かを踏みましたッ!」
ローラの悲鳴が路地に響き渡った。
※
「旦那、お帰りなさい。今日は遅かったんですねぇ」
マコト達が『黄金の羊』亭に入ると、シェリーはいつものように出迎えてくれた。
この時間なので休憩を取っていると思っていたのだが――。
「ユウカさんとローラさんの食事も用意して構いませんね?」
「よく分かるな」
「あれだけ騒いでりゃ誰だって気付きますよ」
シェリーはクスクスと笑った。
マコトが中央のテーブルに着くと、フェーネとローラは左右に、ユウカ、リブ、フジカは対面の席に座った。
「味噌汁を温め直すんで、ちょいとお時間を頂きますよ」
「お味噌汁か」
ユウカがホッとしたような表情を浮かべる。
「お前の泊まってる宿じゃ出してくれないのか?」
「メニューにはあるけど、高いのよ」
「金はあるだろ?」
「一食に15Aも出したくないわ」
元の世界の価値に換算すれば1500円、いや、それ以上かも知れない。
「それって定食だよな?」
「当たり前でしょ。味噌汁一杯に15Aは出せないわよ」
「まあ、そうだな」
マコトは元の世界での食生活を棚に上げて頷いた。
昼は会社近くのレストラン、夜はコンビニ飯だった。
夜は1500円を超えることがザラにあった。
休みの前日は酎ハイも買い込んでいた。
今にして思えばアルコール依存症一歩手前だったのかも知れない。
「どうしたのよ?」
「そう言えば酒を飲んでねぇなって」
「シェリーが出してくれないからでしょ」
「旦那に酒は飲ませられませんよ」
シェリーがカウンターで料理をしながら言った。
「残念だな」
「別に構わねーよ」
ニヤニヤと笑うリブに答える。
「強がるなよ」
「強がってねーよ。昔ほどストレスを感じてねーし」
もう9%の酎ハイは必要ない。
「マコトは元の世界の方が辛かったんですって」
「ど、どうして、私にそんなことを言うのか、ぎ、疑問だし」
ユウカが肩に腕を回し、フジカは肩を窄めた。
「上に立つ人間は自分を支えてくれる人間の苦労を理解すべきだと思うのよ、あたしは」
「わ、私もそう思うし」
「アンタの所で働いてるヤツがこの世界に来ないかしらね」
ユウカは邪悪な笑みを浮かべた。
「お前は楽しそうだな」
「ゾンビのドラマが流行った理由が分かるわ。無人島に取り残された金持ち連中が殺し合う映画とかないかしら?」
「そんなピンポイントな映画はねーよ」
「楽しそうですねぇ」
いつの間にかやって来たシェリーがテーブルにレモン水を置く。
「ありがとうな」
「レモン水で感謝されると照れますねぇ」
シェリーははにかむように笑い、カウンターに戻っていく。
マコトはグラスを口元に運んだ。
冷たい水が疲れた体に心地よい。
「プハーーッ!」
ユウカはレモン水を半分ほど飲み干し、息を吐いた。
「下品だし」
「うっさいわね。水くらい好きに飲ませなさいよ」
フジカはユウカを横目で見ながらレモン水を口に含み、ホッと息を吐いた。
「やっぱり、レモン水は格別ッスね」
「ああ、仕事をやり終えたって感じがするな」
「そうですね」
フェーネがしみじみと呟き、リブとローラが同意する。
間延びした空気に身を委ねていたいが、そうもいかない。
「今日は第二、第三階層を探索した訳だが、どうだった?」
「マンティスが気になるッス」
「ま~だ、発見者として名前を残してぇとか言ってるのか?」
「それもちょっとはあるッスよ」
リブがうんざりしたように言い、フェーネは親指と人差し指の間に空間を作る。
「ゾンビがスケルトンになる所は見たことがあるんスけど、あれは一気に変わるじゃないッスか」
「確かにゾンビがグールに進化するのとも違うな」
マコトはグラスを弄びながら同意する。
「進化にもパターンがあるんじゃないの? ローラ、何か知らない?」
「少しずつ進化していくという話は聞いたことがありませんが、調べておきます」
「OK、あたしも調べておくわ。念のために言っておくけど、あたしは勉強好きだから」
「何にも言ってねーよ」
「邪気を感じたわ」
「それは被害妄想だし」
フジカがボソッと呟いたが、ユウカは無視した。
「そう言えばマンティスって、あれで終わりなのか?」
「どういう意味ッスか?」
フェーネがリブに問い返す。
「もう進化しねーのか、まだ進化するのかって意味だよ」
「おいらに聞かれても分からないッス」
「まだ進化すると考えた方がいいのではないでしょうか?」
「うぇ、マジかよ」
「バイソンホーン族のくせに弱気ッスね」
「マンティスの能力が分かってねーから警戒してるんだよ」
「腕が長い、ちょっと頑丈、天井に張り付く、声がヤバいみたいな」
フジカがマンティスの能力を指折り数える。
「あたいはスケルトン・ウォーリアが集まって来たのもマンティスの能力だって思ってるんだけど、どうよ?」
「タイミング的にありそうだな」
騎士にだって敵を引き付ける声があるのだ。
敵が仲間を呼ぶ声を出せても不思議ではない。
「ステータスはどうだった?」
「表示はされてなかったけど、よくよく考えてみると種族スキルやジョブスキルって表示されないものがあるのよね」
ユウカは難しそうに眉根を寄せた。
「そう言えばステータスを見ることができるんだったな」
「忘れてたの?」
「あまり活用する場面がないからな」
「どうせ、あたしのステータスを見る能力はおまけよ」
ユウカは拗ねたような口調で言った。
「つか、スキルなんてなくてもアンデッドは生き物を殺すようになってるんだから騒がしくしたら近づいてくるんじゃない」
やはり拗ねたような口調で続ける。
「そういう考え方もあるか」
「スキルにしても、勝手に寄ってくるにしても囲まれるのはマズいし」
「あ~、あれはヤバかったな」
「買ったばかりのマジックアイテムを使っちゃったッス」
リブが何処か楽しそうに頷き、フェーネは悲しげに溜息を吐いた。
「ああ、あの炎か。そんなに高いマジックアイテムだったのか?」
「結構な値段がするッス」
「そんなに高いなら経費みたいな感じで処理するか?」
「それは止めて欲しいッス」
フェーネは首を左右に振った。
「なんでだ?」
「正直、おいらはもらいすぎなくらい報酬をもらってるッス」
「そんなことはねーだろ?」
「もらい過ぎッス」
フェーネはやや強めの口調で言った。
「普通のチームはどうやってるんだ?」
「基本的には報酬の中でやりくりする感じだな」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんだよ。たとえば、あたいが新しい鎧を買いたいから金を出してくれって言ったらふざけんなってなるだろ?」
「まあ、そうだな」
マコトは頷いた。
「報酬に不満がなけりゃ言わなきゃよかったんじゃない?」
「ふぐッ!」
ユウカの言葉にフェーネは呻いた。
それだけではなく、二本の尾がピンと立ち、爆発したかのように毛が逆立っている。
「そ、その、おいらは金銭感覚が貧乏人なんでちょっと愚痴が出ただけッス」
「確かに破格の報酬を頂いてますね」
ローラが神妙な面持ちで頷く。
「まあ、そう――ハッ!」
ユウカは頷きかけ、マコトの方を見た。
「何だよ?」
「な、何でもないわよ」
ユウカは頬杖を突き、そっぽを向いた。
「十分な報酬をもらってるんだから割り勘的な発言を危惧したみたいな」
「分かってるなら黙ってなさいよ!」
「つい、うっかりみたいな」
「チッ、わざとらしいわね」
フジカが自分の額を叩き、ユウカは舌打ちをした。
「割り勘……憧れる台詞だし」
「これだからお嬢様は」
「お前だってねーだろ?」
「うるさいわね! どうせ、あたしには友達がいないわよッ!」
ユウカは声を荒らげた。
「ユウカの寂しい告白はさておき、マコトさんに負担を強いるのは問題な気がするし」
「寂しくないわよ」
「別に負担って程じゃないんだけどな」
マコトは頭を掻いた。
「でも、負担はできるだけ同じくらいにしておきたいって言ってたし」
「マコトが立て替えて、キリのいい所で精算するようにするってのはどう?」
「立て替え?」
「いちいち首を傾げるんじゃないわよ」
フジカが首を傾げ、ユウカが突っ込む。
「領収書とか取っておいて、魔石を売った時とか、依頼の報酬を受け取った時にマコトの口座に振り込むのよ」
「まあ、それならいいし」
「三人もそれで文句ないわね?」
「そうッスね」
「仕方がねーか」
「そうですね」
フェーネ、リブ、ローラの三人が頷く。
「別に構わないんだけどな」
「だったら、領収書を捨てればいいじゃない」
「結構、考えて提案してたんだな」
「あたしはいつでも考えてるわよ」
ユウカはムッとしたように言った。
「そう言えば――」
「まだ何かあるの?」
ユウカはうんざりしたような表情を浮かべた。
「新しい戦い方についてだよ」
「指示と声かけは上手くいってたと思うッス」
「索敵のお陰で少し楽になったな」
「そうですね。どれくらい敵が来るのか分かっていれば対策も立てやすいですから」
新しい戦い方は上手くいったようだ。
「新しいポールアクスも役に立ったしな」
「私のマジックアイテムは今一つでした」
リブが胸を張り、ローラは肩を落とした。
「フジカって言うか、昇天を軸にした戦闘パターンは効果的なんだけど……」
「魔力か?」
「そういうこと」
ユウカは我が意を得たりとばかりに頷いた。
「最後のはキツかったし」
「魔法強化と魔力強化を取得してるから、地道にレベルを上げるしかないのよね」
ステータスを確認しているのか、ユウカは目を細める。
「ソウル・ヒールは使えないのか?」
「あれはあたしも疲れるのよ。それで、効果は気分が少し楽になった程度だもの。レア・スキルのはずなのにめげるわ」
ユウカは小さく溜息を吐いた。
「水薬を買えばいいんじゃないッスか?」
「あれって傷薬でしょ?」
「滋養薬ってのがあるんス」
「あれって魔力回復に使えるのか?」
リブが胡散臭そうな目でフェーネを見る。
「物は試しッス」
「今度、買って試してみるか」
「ムラムラしたら付き合うぜ」
リブがニッと笑う。
男前だな~と思わないでもない。
「あとは装備関け――」
「はい、食事の準備が整いましたよ」
マコトの言葉を遮り、シェリーがテーブルにトレイを置いた。
ご飯、味噌汁、唐揚げ、サラダというメニューだ。
「米か」
「味噌汁や醤油と違って、普通に買えますからね。熱い内にどうぞ」
そう言って、シェリーは微笑んだ。
※
マコトは一人でカウンターに座っていた。
店じまいはまだしておらず、シェリーはカウンターで食器を洗っている。
「……あ」
シェリーが小さく声を上げる。
「どうしたんだ?」
「いえね。閉めてなかったと思ったんですよ」
「俺がやっておくよ」
「窓もお願いしますね、旦那」
「へいへい」
シェリーが悪戯っぽく言い、マコトは店の窓と扉を閉めた。
元の席――カウンター席の端だ――に戻る。
「……シェリー」
「お酒は駄目ですよ」
「いや、酒は飲まねーから」
「ふふ、旦那は変わってますね」
シェリーは食器を水切り籠に入れ、身を乗り出してきた。
「変わってるか?」
「ええ、なんだかんだと言ってお酒を飲んでませんからね」
「他所で酒を飲んで入店拒否されたら困るからな」
「しませんよ、そんなこと」
「もう酒はいいや」
健康が一番だ。
「……シェリー」
「何です?」
「今夜、いいか?」
「そんなストレートに言われると照れちまいますね」
シェリーは視線を逸らしながら言った。
照れるという言葉は事実らしく耳まで真っ赤だ。
「返事は?」
「……」
「返事がないってことはOKって意味だな」
「もう、旦那は強引ですねぇ」
シェリーは眉根を寄せるが、ただのポーズだ。
マコトはゆっくりと立ち上がった。





