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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest28:群体ダンジョンを再攻略せよ その2



 マコト達は隊列を組み直してダンジョンを進む。

 新しい通路ではなく、元からあった通路だ。

 と言うのも新しい通路は腕の長いスケルトンがいた空間で行き止まりだったのだ。

 不意にフェーネが口を開いた。


「さっきのスケルトンの名前ッスけど、マンティスって言うのはどうッスか?」

「いきなり何を言ってんだ?」

「いきなりじゃないッス。さっきからずっと考えてたッス」


 リブが呆れたような口調で言い、フェーネはムッとしたように言い返した。


「兄貴、どうッスか?」

「なんで、マンティスなんだ?」

「そりゃ、蟷螂かまきりっぽかったからッス」

「バグじゃ駄目なのか?」

「他にむしっぽいヤツが出たら困るッス」

「いいんじゃねーの」


 この世界の言語はどうなってるんだ、と思いながら答える。

 言語を習得しなくて済んだのはラッキーだったが、どういう理屈で翻訳されているのか少しだけ気になる。


「どうッスか、おいらのセンスは」

「へいへい、すげぇすげぇ」


 フェーネは誇らしげに胸を張ったが、リブはどうでもよさそうだ。

 実際、どうでもいいんだろう。


「脳筋のバイソンホーン族においらのセンスは分からないッス」

「多分、こいつも分かってないわよ」

「……姐さん」


 ユウカが親指でマコトを指し、フェーネは呻くように言った。


「兄貴は分かってるッスよね?」

「もちろんだ」

「へ~、何処がいいの?」


 ユウカが茶化すように言った。

 恐らく、ニヤニヤと笑っているに違いない。


「…………分かり易くていい感じだ」

「安直ってことじゃないッスか」

「もしくは陳腐ね」


 ユウカが追い打ちをかけ、フェーネはがっくりと肩を落とした。


「そういうことを言っちゃ駄目だし」

「別にあたしは何も言ってないわよ」


 フジカが責めるように言い、ユウカは顔を背けた。

 唇を窄め、ふゅ~、ふゅ~という音を出す。


「口笛が吹けねーんなら吹こうとするなよ」

「吹けるわよ!」

「じゃ、吹いてみろよ」

「……今日は体調が悪いから止めておくわ」

「吹けねぇんじゃねーか」

「体調が悪くて普段できることができなくなることってあるでしょ!」

「体調の善し悪しでできなくなるもんじゃねーよ」


 世界大会の出場者ならばともかく、マコト達のレベルでは関係ない。


「とか言って、アンタだって吹けないんでしょ?」

「吹けるっての」

「どんな曲が吹けるのよ?」

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

「吹かなくていいわ」


 ユウカは顔を顰めた。


「念のために説明するし! ニュルンベルクのマイスタージンガーは――」

「説明しなくていいわよ」


 ユウカは苛立ったように言った。


「どうして、アンタがそんなもんを知ってるのよ?」

「まあ、俺にも芸術に触れる機会はあるってことだな」


 実際はライトノベルで知ったのだが、面白そうなので説明はしない。


「チッ、芸術の何がいいのよ」

「お前の劣等感は際限がないな」

「うっさいわね! どうせ、あたしのうちは平均的な家庭よりちょっとだけ貧乏よ!」

「平均的なご家庭よりちょっとだけ貧乏って」


 ちょっとだけという言葉に少しだけプライドを感じる。


「家庭よ、『ご』は付かないの!」

「どっちでもいいじゃねーか」

「すごい違いよ!」

「分かった分かった」

「何よ、その聞き分けのない子どもに対するような口調は!」

「いや、そこまで考えて言ってねーから」

「ちゃんと考えて発言しなさいよ!」

「分かったよ。ところで、家庭とご家庭はどう違うんだ?」

「……」


 ユウカは答えない。

 マコト達は無言でダンジョンを進む。

 そして――。


「…………ごはんがはんになるくらい違うわ」


 長考の末、ユウカは拗ねたような口調で言った。


「お前こそ、もっと考えて発言しろよ」

「あ、あたしは常に考えてるわよ」

「じゃ、はんって何だよ?」

「……」


 やはり、無言である。


「脊髄め」

「何よ、脊髄って!」

「脊髄反射で発言すんなって意味だよ」

「分からないわよ! つか、脊髄反射で発言できる訳ないでしょ!」

「お前なら間脳くらい持ってるだろ」

「あたしは恐竜じゃないわよ! あたしは……」


 ユウカは顔を真っ赤にして叫び、またしても黙り込んだ。


「あたしはアレよ、ほら、アレアレ」


 言いながらユウカはぎこちない動作を繰り返した。

 ロボットだってもっと滑らかに動くだろう。


「あたしはアレよ、アレ……そ、そう! 意味が通じなくなるくらいの違いがあるって言いたかったのよ!」

「今考えたのが丸分かりじゃねーか! もう少し考えてから突っかかってこいよ!」

「アンタの百倍は物事を考えてるわよ!」


 ユウカは叫び、喉が渇いたのか、水筒の水を飲んだ。


「ユウカ、芸術は心を豊かにしてくれるみたいな」

「その話はもう賞味期限切れよ」


 マコト達はさらにダンジョンを進み――。


「そう言えば芸術鑑賞会で寝ちゃったって言ってたわよね?」

「その話は賞味期限切れみたいな」

「は? 話に賞味期限がある訳ないでしょ?」


 うひぃ、とフジカは肩を竦めた。


「まあ、それは、立場的に仕方がなかったみたいな」

「アンタのは立場じゃないわよ。つか、寝ちゃったとか言いながら、ちゃっかり楽しんでた訳ね」

「その言い方は卑猥だし」

「アンタ、欲求不満なんじゃないの?」

「そ、そんなことはないし」

「まあ、いいけど」


 セクシャルな話題になったら困ると考えたのか、ユウカはあっさりと退いた。


「腕長の名前が決まったのはいいんだけどよ」


 リブが思い出したように呟き――。


「腕長じゃないッス」

「マンティスだろ、マンティス」


 フェーネの抗議に発言を改める。


「そんなに名前に拘ってどうするんだよ?」

「名前が残るかも知れないッス」

「お前って、そんなに自己顕示欲が強かったっけか?」

「最近、将来のことを考えるんス」


 フェーネの耳と尻尾が力なく垂れる。


「多分、黒炎は伝説的なチームになると思うんスよ」

「まあ、今でも割と有名だしな」

「そんなに有名なの?」

「割とだよ、割と」


 ユウカの質問にリブは頭を掻きながら答える。


「割とって言うけど、どんな感じなのよ?」

「できたばっかのチームにしちゃ知名度があるって感じか?」

「メジャーとインディーズの中間みたいな?」

「ちょろちょろとテレビに出るようになった芸人みたいな感じか」

「なんで、芸人に喩えるのよ」

「私はバンドだし」

「どうせ、ライブになんて行ったことないんでしょ?」


 ユウカは小馬鹿にするように言った。


「けど、興味はあるみたいな」

「興味のあるバンドの名前は?」

「……」


 フジカは無言だ。

 余程の通でもなければインディーズバンドの名前なんて分からないだろう。


「ライブハウスに興味があるみたいな」

「それはバンドに興味がないって言うのよ。ライブハウスに憧れてるなんて、アンタはお嬢様かっての」

「お嬢様だし」

「チャラ男に引っ掛かって、酷い目に遭え」


 ユウカは呪いの言葉を吐いた。


「ユウカのことが分からないし」

「前にも言ったが、ユウカは心に地雷原を抱えてるんだよ。右を見ても、左を見ても地雷だらけだ」

「マコトさんにも協力して欲しいみたいな」

「自分で撤去しなさいよ」

「本当はユウカに協力して欲しいみたいな」

「なんで、あたしが協力しなきゃならないのよ。大体、地雷ってのは敵を近づけさせないためのもんでしょ」

「敵じゃない人が踏んだら大変だし」

「そう思うんなら、まず条約を締結するか、国連に訴えるかしなさい。でも、あたしは生半可な条件じゃ折れないし、国連が拘束力のある決議をするまで止まらないから。徹底的にやるわよ」

「何だか、すごいことを言ってるし」

「ユウカが総理大臣になったら国が滅ぶな」

「我が国は名誉ある孤立を選ぶわ」


 ユウカは鼻息も荒く言い放った。


「やっぱり、ユウカの頑なな心を開くのはマコトさんの力が不可欠だと思うし」

「だから、他力本願は止めなさいよ。つか、なんでマコトなのよ」

「好きだぞって――」

「わーーーッ!」


 ユウカは顔を真っ赤にして叫んだ。


「駄目! それ! あの時のことは禁止! でないと――」

「でないと?」

「死ぬわ」

「死ッ!」


 ユウカが真顔で呟き、フジカはギョッとした顔で振り返った。


「こんなことを言ってるし」

「だから、マコトに頼るんじゃないわよ!」


 フジカが肩越しにこちらに視線を向け、ユウカがすかさずブロックする。

 子どもみたいな二人を見ていると、生温かな感情が湧き上がる。

 頭を撫でてやろうかと考えたその時、ユウカが振り返った。


「どうしたんだ?」

「邪気を感じたのよ」

「おいらは何も感じないッス」

「あたいもだ」


 フェーネとリブは耳を動かしながら言った。


「ローラはどうよ?」

「私も感じませんでした」


 ローラが神妙な面持ちでリブに答える。


「アンタ、あたしに何かしようとしたわね?」

「何もしようとしてねーよ。つか、邪気ってなんだよ」

「邪な気配よ。あたしのうなじを見ながらよからぬことを考えてたに違いないわ」

「逞しい妄想だな」

「前にアンタがうなじにエロスを感じてるって言ってたからよ」

「そういう言い方はしてねーよ」

「あたしなりにオブラートに包んだのよ」

「包むんなら――」

「マコトさんマコトさん!」


 フジカが割って入り――。


「うなじみたいな!」

「何をやってるのよ、アンタは!」


 フジカがうなじを露出させ、ユウカが叫んだ。


「こんな所でうなじを見せて恥ずかしくないの!」

「うなじを見せただけだし」

「あー! 何が私はふしだらな女じゃないよ! このビッチ!」

「う、うなじを見せたくらいでこんなに声を荒らげられるとは思わなかったし」


 ユウカに罵られ、フジカはしょぼんと俯いた。

 どう見てもユウカがおかしいのだが――。


「今、勢いだけで怒っただろ?」

「べ、別に勢いで怒った訳じゃないわよ」


 ユウカはそっぽを向きながら言った。


「た、多分、ローラあたりならうなじを見せることに抵抗してくれると思うのよ」

「え?」


 驚愕にか、ローラが振り返る。


「こ、こう、『うなじをみせるなんてふしだらな真似できません。堪忍して下さい』みたいな感じで」

「微妙に声色を変えている所は評価したいが、お前に物まねの才能はないと思う」


 巻き込まれないようにか、ローラはそっと前を向いた。


「まあ、そんなこんなで黒炎は伝説になると思うんス」

「……お」


 マコトは思わず声を上げた。

 まさか、このタイミングで話が戻るとは思わなかったのだ。


「話が終わるのを待ってたんス」

「そうなのか」

「そうッス」


 フェーネは力強く言った。


「多分、兄貴や姐さん、リブは伝説に残ると思うんス」

「あの、私は?」


 ローラが遠慮がちに手を上げた。


「ローラさんとフジカはおいらと一緒ッス。あまり活躍できずに歴史に埋もれるタイプだと思うッス」

「結構、私は活躍していると思うんですが?」

「三人とも歴史に埋もれるタイプだと思うんス!」

「……いえ、何でもないです」


 フェーネが力強く言い放ち、ローラは気圧されたように退いた。


「そうならないためにモンスターの発見者として名前を残しておきたいんス」

「努力の方向性が違くね?」

「分かってないッスね。こういう小さな努力が積もり積もって大きな差になるんス」


 リブが突っ込みを入れたが、フェーネは自分の正しさを疑っていないようだ。


「塵が積もってゴミの山って感じね」

「それを言うなら塵も積もれば山となるみたいな」

「分かってて言ったのよ」


 フジカが無邪気に指摘し、ユウカはムッとしたように答えた。


「努力を否定するのはよくないし」

「見当違いの努力は意味がないって言いたかったのよ」

「きっと、フェーネちゃんの努力は報われるし」

「フジカは分かってるッスね」


 よほど嬉しかったのか、フェーネの鼻息は荒い。

 ちゃん付けされたことは気にならないようだ。


「文献を調べて知識の幅を広げるともっと役に立つかもみたいな」

「それもそうッスね。けど、それだとおいらの戦闘スタイルと同じように器用貧乏な感じにならないッスかね?」

「一芸に特化するのも大事だけど、色んな分野に精通してるのも強みみたいな」

「言われてみればそうかも知れないッスね」


 フェーネはやる気になっているようだが――。


「兄貴はどう思うッスか?」

「スペシャリストに憧れる部分はあるな」

「答えになってないわよ」


 正直な感想だったのだが、ユウカに突っ込まれてしまった。


「そう言えばマコトって何の仕事をしてたの?」

「派遣会社の内勤営業だよ。景気が悪い時には現場で働かされたけどな」

「なんちゃらショックってヤツね」

「そうだよ」

「ってことは営業のスペシャリストってこと?」

「いや、どうだろうな?」


 ユウカは歩調を落とし――。


「本人が分からなくてどうするのよ」


 手の甲でマコトの二の腕を叩き、再びスピードを上げた。


「わざわざ突っ込みを入れるのにスピードを落とすなよ」

「で、実際はどうなのよ?」

「スペシャリストって言うか、ガラパゴスって感じだったけどな」

「環境が変化した途端、絶滅しそうね」

「まあ、似たようなもんだな」


 マコトは苦笑した。


「経理や法務、SEみたいな技術職はスペシャリストってイメージがあるんだが……」

「イメージ?」

「詳しい業務内容なんて分からねーし」


 マコトに限らず他部署の業務内容を把握している人間なんていないだろう。


「会社の一部署で仕事をしてきただけだからな」

「その仕事に特化してるって訳ね。でも、長いこと仕事をしてたんなら他所でも通じるんじゃないの?」

「通じないんじゃねーの?」


 マコトは頭を掻いた。


「どうしてよ?」

「他の会社でも活かせる能力はあると思うけどよ。二十年分の経験が他の会社でも活かせるかと言えば難しいような気がするんだよな」

「そんなに特殊な仕事だったの?」

「いや……多分、誰にでもできる仕事だよ」


 自嘲気味に答える。


「仕事ができる、デキるヤツって評価は会社の制度や企業文化みたいなものが噛み合った結果だと思うんだ」

「ああ、確かにガラパゴスね」

「ヘッドハンティングされたのに結果を出せなかったヤツも見てきたけど、そういうのは会社と噛み合わなかった結果だと思ってる。まあ、俺はヘッドハンティングされたことねーけどな」

「オチが自虐ってのは何なのよ」


 ユウカは小さく溜息を吐いた。


「こうなると、もう一つについても肯定的な意見が出そうにないわね」

「……兄貴」


 フェーネがボソッと呟いた。


「どっちも駄目ってことッスか?」

「否定したい訳じゃねーんだが」


 マコトはバツが悪くなって頭を掻いた。


「否定は駄目だし」

「なんで、アンタが割って入るのよ」


 ユウカはうんざりしように言った。


「子どもは誉めて伸ばす主義みたいな」

「フェーネ、格下と思われてるわよ?」

「格下だなんて思ってないし!」

「子ども扱いしておいて格下と思ってないなんてよく言えたもんね。フェーネはアンタの先輩なんだからちゃんと敬いなさいよ」

「……はい」


 思う所があったのか、フジカは頷いた。


「ペッ、新入りが図に乗ってんじゃないわよ」

「ユウカが図に乗ってるし」

「あたしは平常運転よ」


 はっ、とユウカは鼻で笑った。


「そういう所は直すべきだと思うし」

「あたしは人に好かれるために自分を曲げる愚を悟ったのよ」

「地雷を撤去する日は遠そうみたいな」

「そんな日は来ないわ」


 はっ、とユウカは再び鼻で笑い、髪を掻き上げた。


「マコトさんはどう思うみたいな?」

「またマコトに頼って、このクソビッチ」

「まあ、ユウカはこういう生き物だからな」


 付き合いが長くなると、なかなか味わいがあると思う。


「ムカッとさせられることはあるが、それとは別の所で感心と言うか、尊敬と言うか、とにかくスゲーと思わされることはある」

「それは少し分かるみたいな」


 うんうん、とフジカは何度も頷いた。


「私にはありのままのユウカを受け入れる覚悟がなかったかもみたいな」

「勝手に悟りを開いてるんじゃねーわよ」


 ユウカは溜息交じりに言った。


「兄貴、おいらの目指すべき所は何処なんスかね」

「特化型を目指すにせよ、汎用型を目指すにせよ、チームの一員としてなのか、個人としてなのかを考えるべきじゃねーの?」

「チームと個人ッスか」

「簡単に分けられるもんじゃねーけど、そういう視点で考えるのも大事だってことだな」

「難しいんスね」

「まあ、尻は拭いてやるから安心して失敗しろ」

「失敗は嫌ッスけど、頑張るッス」


 フェーネはピンと耳を立てて言った。


「……それにしても」

「他にも何かあるのか?」

「アンデッドが出てこないッスね」


 フェーネが耳を動かし――。


「悪い予感がするッス」


 不安そうに呟いた。



「悪い予感がするって言ったけど、敵に会わなかったじゃねーか」

「……ぐぐ」


 リブが責めるように言い、フェーネは口惜しそうに呻いた。

 マコト達がいるのは第三階層に続く縦穴だ。


「で、どうするのよ?」

「……そうだな」


 マコトは腕を組んだ。

 マンティスを倒してからアンデッドと遭遇していない。

 そのお陰で体力と魔力は温存できている。

 さらに探索時間を節約できた。


「探索を継続したいと思う」

「分かったわ」

「了解ッス」

「いいぜ。マジックアイテムもあと二回使えるしな」

「私も構いません」

「少し不安だし」


 ユウカ、フェーネ、リブ、ローラは賛成、フジカは反対とまでは言わずとも賛成とも言い難いようだ。


「何が不安なのよ?」

「見たことのないアンデッドが出てきたし、このまま進んでいいのかなって」

「びびり過ぎでしょ」

「命が懸かってるんだから慎重に考えろって言ったのはユウカだし」

「チッ、よく覚えてるわね」


 今回はユウカの負けか。


「ひとまず、ここに転移ポイントを設置して、問題があればダンジョンから脱出するってのはどうだ?」

「それならOKだし」

「じゃ、ポイントを作るわよ」


 そう言って、ユウカは杖を構えた。


「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、導け導け灯火の如く、我を導く灯火となれ! 顕現せよ! 灯火ライト!」


 呪文が完成し、杖が閃光を放つ。

 強烈な光に目が眩む。

 マコトは軽く頭を振って、目眩を振り払う。


「下が安全か確認するッス」


 フェーネは四つん這いになり、穴の縁から第三階層の様子を確認する。

 ピク、ピクと耳が動く。

 目だけではなく、耳も使って気配を探っているのだろう。


「大丈夫ッス」

「じゃ、あたいが一番乗りな」

「鎖を――」


 フェーネが言い切る前にリブは虚空に身を躍らせた。

 しばらくしてドンという音が響く。


「ったく、これだから脳筋は」

「では、次は私が」


 そう言って、ローラは鎖を握り、下りていった。


「今度は落ちるんじゃないわよ」

「浮遊の魔法とか――」

「覚えてないわよ」

「残念だし」

「まとまったお金が入ったらマジックアイテムでも買うことね」

「……はぁ」


 フジカは溜息を吐き、鎖を握り締めた。

 恐る恐るという感じで下りていく。


「じゃ、次はおいらッスね」


 しばらくしてフェーネが第三階層に下りる。

 パンパンに膨らんだリュックを背負ってるのに危なっかしさがない。

 流石、盗賊と誉める所だろうか。


「いつも通り、アンタが最後よ」

「分かってるよ」


 ユウカは鎖を掴み、するすると下りていく。

 同じ女子高生のはずなのだが――。


「同じじゃねーか」


 ユウカは庶民、フジカはお嬢様だ。


「……友達と遊び回ってる姿が想像できねーな」


 単に運動神経がいいのかも知れない。

 マコトはユウカが第三階層に下りたのを確認し、地面を蹴った。

 ぐんぐんと地面が迫ってくる。

 着地すると、軽い衝撃が伝わってきた。

 マコトは視線を巡らせ、ユウカ、フェーネ、リブ、ローラ、フジカの五人が肩を寄せ合うように集まっていることに気付いた。


「どうしたんだ?」

「血よ」


 五人に歩み寄って尋ねると、ユウカが答えた。

 地面を見ると、血痕があった。

 少量なので致命傷ではないと思うが――。


「い、嫌な予感がするし!」

「死体があればどんな攻撃を受けたのか分かるのにこれじゃ分からないわね」

「――ッ!」


 フジカがギョッとした顔でユウカを見た。


「ひ、人でなしだし」

「アンタに言われるとムカッとするのよね。何度も同じ話をしたから言わないけど、何度も同じ話をしたから言わないけど!」


 ユウカは嫌みったらしい口調で言った。

 まあ、フジカに人でなしと言われたくない気持ちは分かる。


「どうする?」

「血痕があっただけで撤退するのはな」


 マコトは頭を掻きながらリブに答えた。


「マンティスの件もあるし、慎重に進もうぜ」

「分かった」


 マコト達は隊列を組み、通路に入る。

 いつも通り、一列目がリブとローラ、二列目がフェーネとフジカ、三列目がユウカ、最後尾がマコトだ。


「ダンジョンの構造はどうなってる?」

「探索を始めてから聞いてどうするのよ」


 フェーネに尋ねたのだが、答えたのはユウカだ。


「ダンジョンの構造に変化はないッスね。構造に変化があれば地図が売れるんスけどね」

「第二階層は変化してたが?」

「あれくらいじゃ高値は付かないッス」


 フェーネは溜息交じりに言った。


「道が一つ増えただけだからな」

「珍しいものを見ることができたと思って納得するッス」

「構造が変わるのって珍しいのか?」

「そんなに構造が変わったら攻略なんてできないッスよ」


 フェーネは地図を見ながら答える。

 確かにダンジョンの構造が頻繁に変わっていたら単独で探索するのは難しいだろう。


「骸王のダンジョンが攻略されたからそのせいかも知れないッスね」

「……そうか」


 魔石を回収しなかったせいかも知れないが、知らなかったのだから仕方がない。

 首筋がチクッと痛んだ。


「オオ、オオオッ!」

「アアア、アーーッ!」


 呻き声がダンジョンに響き、二体のゾンビが姿を現した。

 革鎧を着た戦士風の男達だ。

 見た所、死んだばかりのようだ。


「フレッシュなゾンビだから気を付けろ」

「アアアアッ!」

「オオオオッ!」


 マコトが警告した直後、二体のゾンビは駆け寄ってきた。


昇天ターン・アンデッド!」


 フジカが魔法を放つ。

 祈りを捧げていなかったので走るゾンビに驚いて使ってしまったのだろう。

 錫杖とフィンガーリングブレスレットが光を放ち、二体のゾンビは糸が切れたように倒れ込んだ。


「祈りを捧げなくても魔法って使えるもんなんだな」

「使えないわよ」


 ユウカは吐き捨てるように言った。


「僧侶系ってマジでチートよね。祈りを捧げなくても発動できるとかふざけてるわ」

「そこまでチートって感じでもねーけどな」


 攻撃魔法を覚えるまでは不遇職だと思う。


「はいはい、アンタに比べりゃチートじゃなくなるわよ。この変身ヒーローが」

「変身ヒーローだと罵倒されてる感がねーな」

「……変態」

「昆虫系じゃねーよ」


 ユウカが低く押し殺したような声で呟いたので、こちらも真剣に突っ込んでおく。


「その内に二段変身とか、フォームチェンジとかしそうね」

「微妙に変化してるッスけどね」


 フェーネが倒れているゾンビに歩み寄る。


「病気になるわよ!」

「危ないし!」


 ユウカとフジカが同時に叫ぶ。


「む、首筋に傷があるッスね」

「そんな生易しいもんじゃねーけどな」

「抉れてますね」


 リブとローラがゾンビを覗き込む。


「そこそこ装備がいいから不意打ちを受けるようには見えねーんだけどな」

「特殊なスキルがあるのかも知れませんね」


 首筋がチクッと痛み、リブとローラが武器を構える。

 カチカチという音が響き、スケルトン、いや、マンティスが姿を現す。


「腕長じゃねーな」


 リブが小さく呟く。

 そいつはマンティスと同じように手を上げていたが、手首から先が一体化し、さらに長く伸びていたのだ。

 第二階層で遭遇した個体よりも遥かに蟷螂らしい。


「下がってろ」

「了解ッス」


 リブの指示に従い、フェーネは下がり、スリングショットを構えた。

 マンティスがカチカチと歯を打ち鳴らし――。


「――ッ!」

衝撃反転リフレクション!」


 マンティスが口を開き、ローラが盾を構えて飛び出した。


「痛ッ!」


 痛みが走り、マコトは耳を押さえた。

 スキルの影響を受けているにもかかわらず、この威力だ。

 いや、音としての性質が強いからこそ威力があるのかも知れない。

 爆音が止み、リブがローラの陰から飛び出す。

 マンティスが拳――指が一体化しているので、そう呼んでいいものか分からないが――を繰り出した。

 届かないかと思いきや腕が伸びる。

 第二階層にいた個体と同じく腕を折り畳んでいたのだ。


「はッ! 種の割れた手品は怖くねぇっての!」

「危ないッス!」


 リブが攻撃を躱した直後、フェーネが叫んだ。

 マコトはマンティスの手を見る。

 一体化した手――その内側には鋭い棘が並んでいた。

 マンティスが体を捻りながら腕を折り畳む。

 鋭い棘の並んだ手が引き戻され、リブの首筋に迫る。

 突然、甲高い音が響いた。

 ローラが割って入り、盾で攻撃を防いだのだ。


「本体を倒して下さい!」

「悪ぃ!」


 リブはポールハンマーを振りかぶりながら距離を詰める。

 突然、マンティスが口を開く。


「狙撃ッス!」


 フェーネがスリングショットでミスリル合金製の弾を放つ。

 弾が下顎に命中し、マンティスは下を向いた。


「オラァァァッ!」


 リブがポールハンマーを振り下ろす。

 鈍い音が響き、マンティスの体が傾く。

 傾いただけだ。

 今まで使っていた武器に比べて攻撃力が低いのか。

 それとも、マンティスの耐久力が高いのか。

 マンティスが手の甲でリブを突き飛ばす。

 リブは転倒こそ免れたが、後退を余儀なくされた。

 マンティスが再び口を開き――。


「昇天みたいな!」


 フジカが魔法を放つ。

 光がダンジョンを照らし、マンティスは痙攣でも起こしているかのように震えた。

 昇天は低位のアンデッドに即死効果、高位のアンデッドに行動阻害効果を持つようだ。


「ドラドラ! ドラァァァァッ!」


 リブがポールハンマーをマンティスに叩き付ける。

 力任せの三連撃だ。

 マンティスの頭蓋骨が砕け、骨がバラバラになって地面に落下する。


「プハァァァッ!」


 リブは天を仰ぎ、息を吐いた。


「ほら、おいらの予感が当たったッス」

「……からかって、悪かったよ」


 リブはマンティスの魔石を拾い、フェーネに向かって投げる。

 フェーネは難なく魔石をキャッチし、ポーチに入れた。


「先程の冒険者はマンティスにやられたのかも知れませんね」


 ローラはマンティスの骨に歩み寄り、爪先で突いた。


「そうか?」

「死にかけた女が何か言ってるッスよ」

「だから、悪かったって」


 リブは拗ねたように唇を尖らせる。


「昇天はかなり使えるみたいな」

「射線とか関係ないしね、チッ」

「わ、私が戦力になれそうなことを素直に喜んで欲しいし」


 ユウカとフジカが話ながらマンティスに近づく。


「縦穴にあった血痕もそうかも知れねーな」

「でも、血の量は少なかったわよ」

「そいつは対応できたんじゃねーの?」

「対応できないと死ぬってあんまりだし」

「ゲームだとよくあるけどな」


 事前知識がなければ確実に全滅する――所謂、初見殺しだ。


「どうするの?」

「試してみたいこともあるし、もう少し進むか」

「試してみたいこと?」


 ユウカは不思議そうに首を傾げた。

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