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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest28:群体ダンジョンを再攻略せよ その1



 城門近くの空き地――マコト達はユウカを中心に円陣を組んだ。

 視線を巡らせ、仲間の様子を確認する。

 ユウカとフェーネはいつも通りだが、リブ、ローラ、フジカは興奮した面持ちだ。

 リブとローラは新装備の力を試したいのだろう。

 フジカはよく分からない。


「フジカ、調子はどうだ?」

「バッチリだし!」


 マコトの問いかけにフジカは親指を立てて答えた。


「練習の成果を見せたくて仕方がないのよ、ったくガキなんだから」

「ガキなんだからは余計だし」


 ユウカがうんざりしたように言い、フジカは唇を尖らせた。

 どうやら、二人は魔法の訓練をしていたようだ。

 いや、ユウカがフジカに付き合ってやっていたと言うべきか。


「意外に面倒見がいいな」

「貶すのか、誉めるのかどっちかにしなさいよ」

「意外だな」

「貶すんじゃなくて誉めなさいよ!」


 どっちかにしろと言ったのでその通りにしたのだが、お気に召さなかったようだ。


「けど、まあ、意外だってのは本心だぜ」

「OK、アンタがあたしのことをどう思っているのか分かったわ」

「動物に喩えるなら温泉卵だな」

「温泉卵は動物じゃないわよ!」


 ユウカは声を荒らげた。


「それを言うならヤマアラシみたいな?」

「傾げた首をへし折るわよ」


 ユウカは可愛らしく首を傾げるフジカに杖を向けた。


「ヤマアラシほどの攻撃力と防御力はなく、中身は柔らかすぎるくらい柔らかい」

「ピュアガールみたいな」

「カレーによく合うぞ」

「勝手なことを言ってるんじゃないわよ!」


 ユウカは顔を真っ赤にして叫んだ。


「ピュアガールとか、カレーとか、どっちに突っ込めってのよ」

「好きな方に突っ込めよ」

「誰がピュアガールよ!」


 ユウカはフジカに向かって叫んだ。


「なんだ、カレーには突っ込まねーのか」

「どうやって、カレーに突っ込めってのよ」

「そこは頑張るんだよ」

「だ、誰がカレーよ?」


 ユウカは困ったように眉根を寄せて突っ込んできたが、その口調は弱々しい。


「やっぱり、カレーと温泉卵はよく合うよな」

「頑張って突っ込んだんだからスルーしないで」

「カレーだけに華麗にスルーしたんだよ」

「……これだからアラフォーは」


 ユウカは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「親父ギャグは嫌いか?」

「好きなヤツがいるなら見てみたいわ」

「なかなか面白いと思うし」

「面白いと思ってるヤツがいたぞ?」

「おめでとう。アンタの感性はアラフォーレベルだって証明されたわ」


 ユウカは虫でも見るような目でフジカを見た。


「文学作品を引用されるより分かり易いし」

「はいはい、アンタの金持ち自慢はもう結構よ。日常会話で文学作品を引用とか、いつか口の中にパンをねじ込んでやるわ」


 パンがなければケーキを食べればいいじゃないと言ったとされる人物はギロチンにかけられたので穏当と言えなくもない。


「で、お前はどう思う?」

「何がよ?」

「カレーと温泉卵の組み合わせについてに決まってるだろ」

「……どうって言われても」


 ユウカはチラチラとフジカに視線を向けながら答えた。


「そんなに庶民であることを恥ずかしがるなよ」

「恥ずかしがってないわよ」

「本当か?」

「ほ、本当よ」


 ユウカは上擦った声で答えた。


「お前はカレーが好物だなんて頭がフットーしちゃいそうだよとか考えてるんだろ?」

「考えてねーわよ。何よ、その、頭が沸騰しちゃいそうだよって」

「沸騰じゃなくて、フットーな」

「どうでもいいけど、カレーはあたしの好物じゃないわよ」

「じゃ、何が好物なんだ。ハンバーグか?」

「べ、別にハンバーグじゃないから」


 ユウカは顔を背けながら言った。


「お前の好物がカレーとハンバーグってのは分かった。お子ちゃまめ」

「うちのカレーとハンバーグは美味しいわよ」

「……悪ぃ」

「なんで、急に謝ってるのよ?」

「…………お母さんのカレーとハンバーグは美味しいだなんて言われると、な」

「言ってないわよ!」

「無神経なことを言ってごめんな。おじさん、泣いちゃいそうだよ」


 本当に泣いてしまいそうだ。


「歳を取ると、涙腺が緩くなってな」

「体は若いでしょ、体は」

「歳を取ると泣くポイントが増えるんだよ。子どもの頃は何でもなかったアニメで泣いたりよ」

「アンタ、その歳でアニメ映画を見てるの?」

「悪ぃかよ」

「気持ち悪いわ。おまけにアニメ映画を見て、泣くとかありえないわよ」

「お前も俺くらいの歳になれば分かるよ」

「そうかしら?」

「そうだよ」


 訝しげな表情を浮かべるユウカに答える。


「で、カレーと温泉卵の組み合わせはどうだ?」

「話が戻ってるんだけど?」

「お前が答えなかったら戻したんだよ」

「ま、まあ、好きよ」


 恥ずかしいのか、ユウカは頬を赤らめている。


「カレーと温泉卵?」

「ったく、これだからお嬢様は嫌なのよ」


 フジカが可愛らしく小首を傾げ、ユウカは吐き捨てるように言った。


「それは偏見だし。私だってカレーくらい食べるし」

「じゃ、質問するわ」

「バッチ来いみたいな」

「カレーと言えば?」

「インドみたいな」

「はぁぁぁ、アンタってそういうヤツよね」


 フジカがさも当然のように言い、ユウカはこれ以上ないくらい大きな溜息を吐いた。


「……タイ?」

「分かってないわね」

「ミャンマー? それともベトナムみたいな?」

「わざと言ってるの?」

「……スープカレー?」


 ユウカが苛立った様子で言い、フジカは何処となく怯えた様子で答える。


「カレーって言ったらバー●ント・カレーに決まってるじゃない!」

「決まってるはいいすぎだろ」

「あたしはバー●ント・カレーの甘口以外認めないわ」


 一応、突っ込みを入れたが、ユウカは頑として譲らなかった。


「我が家の味よ」

「メーカーの味だし」

「は? 我が家の味に文句を付けるっての?」

「そんなつもりはないし」


 ユウカに凄まれ、フジカはあっさりと白旗を揚げた。

 こんな所でカレー論争を繰り広げたくなかったのだろう。


「マコトもバー●ント・カレーの甘口は好きよね?」

「なんで、俺を仲間に引き入れようとするんだよ」

「いいから答えて!」

「まあ、好きだよ」


 マコトの家もカレールゥはバー●ント・カレーの甘口だった。

 もっとも、それを口にするつもりはないが。


「……ふ」

「そんなに勝ち誇らなくていいし」

「勝ち誇ってなんてないわ」


 言葉とは裏腹にユウカは勝ち誇ったように髪を掻き上げた。


「つか、バー●ント・カレーを使わずにどうやってカレーを作るのよ?」

「ヱ●ビーじゃねーの?」

「うちはコッ――」

「それ以上、言わなくてもいいわ!」


 ユウカがフジカの言葉を遮る。


「いや、うちはコッ――」

「だから、言わなくてもいいわよ。分かってるのよ。うちはコックが作ってくれるみたいなことを言おうとしてることくらい。分かってるのにわざわざ言おうとするなんていやらしい女ね、このなんちゃってビッチ」


 こんなに劣等感が強いのに、どうして金持ちが集まる学校を選んだのだろうと思わないでもない。

 この劣等感がユウカの能力を伸ばしたのだろうが、残念ながら人間的な成長に結びついたとは言い難い。


「一体、どんな心境の変化で練習に付き合ったんだ?」

「練習に付き合えってしつこかったから付き合ってやっただけよ」

「大した理由じゃねーな」

「あたしに何を期待してるのよ?」

「発作に襲われて、目が覚めたらフジカに好意を持っていることに気付いたとか?」

「はッ、冗談。殺されたって、この女に好意を持つことはないわ」


 ユウカは鼻で笑った。

 パウロの回心的な出来事は起きなかったようだ。


「なんだかんだと付き合ってくれたから面倒見はいいと思うし」

「付き合ってやらなかったらレストランに居座りそうだったからよ」

「ユウカが窓際の席で寂しそうにしてたからだし」

「寂しそうになんてしてないわよ」

「いや、寂しそうにしてたし」

「あんまりしつこいとアンタだけ置いていくわよ」

「分かったし」


 ユウカが低い声で言うと、フジカはあっさりと引いた。


「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ――」

「ちょっと待った!」

「何よ!」


 リブが手を上げ、ユウカは詠唱を中断して叫んだ。


「昨日、昔馴染みと飲んだんだけどよ。その時に群体ダンジョンはアンデッドが強くなってるって話を聞いてさ」

「アンデッドが……成長するわね」

「忘れるなよ」

「うっかりしてただけよ」


 マコトが突っ込むと、ユウカはムッとしたように言い返してきた。


「アンタこそ、今日の目的を言い忘れてるんじゃないの?」

「言い忘れた訳じゃねーんだが……」


 前回――パワーレベリングの続きなのだ。

 言わなくてもと思ったが、すぐに考えを改める。

 分かり切っていることでも確認をしておくべきだ。


「今日の目的はパワーレベリングだ。俺としてはフジカをレベル20くらいまで引き上げたいと思ってるんだが、アンデッドが強くなってるんならフェーネとローラのレベル上げも同時進行してみるか」

「はぁぁぁ、あたいのレベル上げはまだ先か。折角、武器を新しくしたのによ」


 リブは深々と溜息を吐き、ポールハンマーを撫でた。


「悪ぃな」

「ま、仕方がねーか。それがチームってもんだもんな。それに前衛だから丸っきりレベルが上がらねーって訳じゃねーし」

「もういいわね?」


 ユウカは視線を巡らせる。


「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、繋がれ繋がれ回廊の如く、我が歩く道となれ! 顕現せよ! 転移テレポーテーション!」


 詠唱が終わり、マコトは目眩に襲われて目を閉じた。



 目を開けると、そこは第2階層に続く縦穴の傍だった。

 すぐに仲間――ユウカ、フェーネ、リブ、ローラ、フジカがいることを確認する。


「隊列は――」

「先頭がリブとローラ、二列目がフェーネとフジカ、三列目があたし、最後尾がマコトでしょ?」

「その通りだ」

「当然よ」


 ふふん、とユウカが鼻で笑う。


「じゃ、下にアンデッドがいないか確認するッス」


 アンデッドを警戒してか、フェーネは四つん這いになって縦穴を覗き込んだ。

 ピク、ピクッと耳が動く。


「大丈夫ッスね」

「よっしゃ!」


 フェーネが安全を確認すると同時にリブが飛び降りる。

 ズンという音が響き、フェーネは溜息を吐いた。


「二度目とは言え、もっと慎重に行動して欲しいッス」

「あれでアンデッドを呼び寄せたかも知れませんね」


 ローラは鎖を掴み、するすると第2階層に下りていく。


「次はおいらッス」

「フジカが先よ」


 ユウカが鎖を掴もうとしたフェーネを手で制した。


「どうしてッスか?」

「この女は絶対に落ちるわ」

「レベルが上がってるから自分の体重くらい支えられるし」

「どうだか」

「ユウカはもう少し私のことを信じてもいいと思うし」

「信じる?」

「お、下りるし」


 ユウカが口角を吊り上がると、フジカは慌てふためいた様子で鎖を掴んだ。

 そのまま下りていったのだが――。


「痛いしッ!」


 しばらくして悲鳴が聞こえた。


「途中で滑り落ちたッスね」

「ローラを巻き込んでないわよね?」

「単独ッス」

「予想通りね」


 やれやれと言わんばかりにユウカは肩を竦めた。


「じゃ、おいらも下りるッス」


 フェーネが鎖を掴み、第2階層に下りていく。

 パンパンに膨らんだリュックを背負っているのにびっくりするほど身軽だ。


「次はあたしの番だけど……」

「だけど、何だよ?」

「あたしが下りてる途中で飛び降りるの禁止!」

「飛び降りねーよ」

「念のためよ、念のため」


 ユウカはマコトを睨みながら鎖を下りていく。

 下りきったのを確認して飛び降りる。

 着地と同時に膝を屈め、衝撃を逃がす。


「……あたしが鎖で下りてきたのによくも軽々と」

「どうしろってんだよ。つか、そんなにパンツを見られるのが嫌ならスパッツを穿けよ」

「マコトを喜ばすつもりはないわ」

「俺はスパッツ派じゃねーよ」


 マコトは溜息を吐きながら周囲を見回した。

 仲間は――フジカが涙目で腰を擦っているが――無事だ。

 縦穴に繋がっている通路は一カ所だけだ。

 首筋がチクッと痛む。


「来るッスよ!」


 カチカチという音が響き、剣と鎧で武装したスケルトン――スケルトン・ウォーリアが駆けてくる。

 リブとローラが身構え――。


「任せて欲しいし!」


 フジカが通路の正面に立ち、錫杖を構えた。


「ペリオリス様、邪悪を退ける力を下さい! 聖光弾ホーリー・ブリットみたいな!」


 錫杖から魔法が放たれる。

 聖光弾が頭蓋骨に炸裂し、スケルトン・ウォーリアのスピードががくんと落ちる。


「やったし!」

「んな訳ないでしょ」


 フジカがガッツポーズを取り、ユウカが呆れたと言わんばかりに溜息を吐く。

 カチカチという音が響く。


「効いてないし!」

「狙撃ッス!」


 フェーネが片膝を突き、スリングショットでミスリル合金の礫を放つ。

 礫はスケルトン・ウォーリアに命中、頭蓋骨を粉砕した。


「相変わらず、フェーネはいい腕をしてるわね」


 ユウカが声を掛けるが、その目はフジカを見ている。


「姐さん、誉め方に悪意を感じるッス」

「フェーネを誉めただけよ、フェーネを」

「あんなに努力したのに」


 フジカがしょぼ~んと項垂れる。


「元々、アンタはスケルトン・ウォーリアを一撃で倒せなかったし、練習したのは撃ち方なんだから倒せなくて当たり前じゃない」

「じゃ、どうして私の腕が悪いみたいな言い方を……」

「あたしはフェーネを誉めただけよ。アンタの腕が悪いとは一言も言ってないわ」


 オーホッホと笑い出しそうな態度だ。


「まあ、確かに言ってねーけど」

「言ったも同然ッス」


 マコトとフェーネは同時に溜息を吐いた。


「そういやスゲー落ち方してたけど、大丈夫なのか?」

「……お尻が超痛いし」


 リブが思い出したように言い、フジカは呻いた。


「でも、自分で――」

「ここは私の出番ですね」


 ローラがフジカの言葉を遮って前に出る。


治癒ヒールが使えるようになったので試させて下さい」

「もう少し言葉を飾れよ」


 リブが溜息交じりに突っ込む。


「そうね。いざと言う時のために試しておくべきね。さ、お尻を突き出して、スカートとショーツを下ろしなさい」

「え?」


 フジカは一瞬だけマコトに視線を向け――。


「いや、恥ずかしいし」

「何を恥ずかしがってるのよ。これは治療なんだから恥ずかしがらずにスカートとショーツを下ろすのよ」

「で、でも……」


 フジカはスカートを掴み、もじもじしている。


「姐さん、水薬にしても、治癒の魔法にしてもスカートとショーツを下ろす必要はないッスよ」

「……チッ」


 フェーネに指摘され、ユウカは舌打ちをした。


「こんな時に私を陥れようとするとかどうかしてるし!」

「人聞きが悪いことを言うんじゃないわよ。あたしはアンタの恥ずかしい姿が見たかっただけよ」

「それを陥れるって言うし!」

「すみません。治療させて下さい」

「わ、分かったし」


 フジカはローラに向けてお尻を突き出した。


「ペリオリス様、癒やしの力を、治癒」


 ピアスにぼんやりとした光が灯り、ローラはフジカの腰に手を翳した。

 マジックアイテムの力で無理に魔法を使っているせいか、かなり弱々しい光だ。


「どうでしょうか?」

「こう、じわじわと痛みが引いてるみたいな?」

偽薬効果プラシーボじゃないの?」

「や、そんなはずはないはずだし」


 しばらくして不意に光が消える。


「……これで大丈夫だと思うのですが」

「痛みが引いてるし」

「確認するわよ」

「ギャァァァッ!」


 ユウカがいきなりスカートを引っ張り、フジカは悲鳴を上げた。


「お尻が青いわよ?」

「嘘だし!」

「うん、まあ、綺麗に治ってるわ」


 ユウカが手を離すと、フジカはスカートを押さえながら反転した。

 フー、と警告音を発している。


「初めて魔法を使った感想は?」

「かなり疲れました」


 ローラは手を握ったり、開いたりしながらマコトに答えた。


「実戦で使えるか?」

「温存しないとすぐに戦えなくなってしまうと思います」

「文字通り、切り札だな」


 ローラの魔法に頼らざるを得なくなった時点で敗北に等しい状況と言える。


「さて、進むか」

「おうよ」

「分かりました」


 リブとローラが先頭に立ち、歩き出した。



 カチカチと歯を打ち鳴らしながら四体のスケルトン・ウォーリアが迫る。

 前に二体、後ろに二体だ。


「一列に並んでくれてりゃ、あたいのマジックアイテムが火を噴いたのによ!」

「あの程度の相手には必要ありません」


 リブは口惜しげだが、ローラは淡々としている。


「ローラは無駄に使ったじゃねーか」

「あれは実験です」


 二人は軽口を叩きながら壁際に寄る。

 その間を縫うように――。


「聖光弾!」


 フジカが魔法を放つ。

 聖光弾がスケルトン・ウォーリアの頭蓋骨に直撃し、スピードが落ちる。


「狙撃ッス!」


 フェーネがスリングショットでミスリル合金製の礫を放ち、スピードを緩めたスケルトン・ウォーリアの頭蓋骨を砕く。

 バラバラになった仲間の骨を蹴散らしながら背後にいたスケルトン・ウォーリアは通路を駆ける。

 だが、隊列は乱れ、片側の二体だけが先行してしまっている。


「オラァァァァッ!」


 リブが先頭のスケルトン・ウォーリアにポールハンマーを振り下ろした。

 頭蓋骨が、背骨が砕け、乾いた音を立てて骨が地面に落ちる。

 さらに――。


「オラァァァァッ!」


 その背後に控えていたスケルトン・ウォーリアに蹴りを入れる。

 スケルトン・ウォーリアは吹っ飛び、地面に叩き付けられると同時にバラバラになった。


「まだ一体、残ってますよ」

「そっちはお任せだ」

「もう!」


 ローラはリブの脇を擦り抜け、最後の一体に向かう。

 スケルトン・ウォーリアが剣を振り下ろす。

 ローラは剣を避け、脇に回り込む。

 そして――。


「はッ!」


 盾を構えたまま体当たりし、スケルトン・ウォーリアを壁に押し付ける。

 一昨日の再現だ。


「聖光弾!」


 フジカは壁際に移動し――射線を確保して魔法を放つ。

 聖光弾が直撃し、頭蓋骨に亀裂が走る。


「聖光弾!」


 二発目の聖光弾が頭蓋骨を粉砕、骨がバラバラと地面に落下する。

 前回は三発撃っていたが、今回は二発だった。


「……フジカさん」

「な、何?」


 ローラに見つめられ、フジカが背筋を伸ばした。


「見事です」

「あ、ありがとうございます!」


 よほど嬉しかったのか、フジカは勢いよく頭を下げた。


「あたしが練習に付き合ってやったことを忘れないでよ」

「それは分かってるし」

「どうだか」


 ふん、とユウカは鼻を鳴らした。

 心なしか、表情が柔らかい。


「おいおい、あたいの活躍も誉めてくれよ」

「ナイス脳筋ッス!」

「そりゃ、貶してるだろ!」

「誉め言葉ッスよ」


 フェーネは地面に落ちている魔石を拾い、ポーチに収める。

 もちろん、礫を拾うことも忘れない。

 襲撃を警戒してか、リブはフェーネの背後に立つ。


「貧乏ったらしいな。もっと一流の冒険者らしくしろよ」

「いつまでもあると思うな、金と親ッスよ」

「違ぇねぇ」


 リブはニヤリと笑った。


「兄貴!」

「皆、隊列を組み直してくれ」

「はいはい、分かってるわよ」

「了解だし」

「分かりました」


 マコト達は隊列を組み直し、ダンジョンの探索を再開する。


「フェーネ、ダンジョンの構造はどうだ?」

「今の所、変わってないッス」


 フェーネは地図を見ながらマコトの質問に答えた。


「このまま進むと?」

「広い空間に出て、通路が一つ……おいら達が歩いている所も含めれば二つッスけど、通路が一つある感じッス」

「嫌な会話ね」

「何がだよ?」

「フラグを立ててるとしか思えない会話じゃない」

「考えすぎじゃねーの?」

「……ますますフラグが立ってるような気がするわ」


 ユウカは呻くように言った。


「むしろ、お前がフラグを立ててるんじゃねーの?」

「あたしのせいにしないで。と言うか、普段は割と慎重なのに今のアンタは浮かれた大学生みたいよ」

「浮かれた大学生なんて言われても分からねーよ」


 最終学歴は高卒なのだ。


「洋画のB級ホラーに出てくるでしょ? アメフトやってて、車を汚すとオヤジに殺されちまうとか言うヤツ」

「いや、俺は日本人だから」

「言われないでも分かってるわよ。とにかく、思慮分別に欠けるヤツは死ぬのよ。ホラーの法則ってヤツね」

「勉強ばっかりしてたんじゃないんだな」


 何気に趣味の幅が広い。

 ユウカの場合、自分からマイナーな方向に突き進んだ可能性が高いが。


「けど、楽しいバケーションに来てるのに浮かれないのも変だと思うぜ」

「そこが生死の境ね。あたしは絶対に生き延びてみせるわ」

「浮かれない役って言ったら文学少女だな」

「文学少女?」


 ユウカは思案するように首を傾げ――。


「文学少女ってアレよね? 一人で本を読んでたり、いきなり霊感があるとか言い出したりするヤツよね?」

「霊感があるかは分からねーよ」


 特殊能力のあるなしは作品によるだろうが、文学少女は仲間を不安がらせるような発言をする。


「死ぬじゃない!」

「生き残るのは一人か、二人だからな」

「嫌! 絶対に嫌! やり直しを要求するわ!」

「そこまで必死になるなよ」

「それもそうね」


 ユウカはあっさりと矛を収めた。

 そう思ったのだが――。


「何の話みたいな?」

「アンタみたいな女が真っ先に死ぬホラー映画の話よ」


 ユウカの炎はフジカを巻き込んで再び燃え上がった。


「私みたいな?」

「ホラー映画くらい見たことあるでしょ? いえ、見たことがなくてもいいわ。アンタはビッチよ。序盤でアメフトやってるチャラ男といちゃついて死ぬの」

「私はそんなふしだらな女じゃないし」

「貞淑さをアピールして最後まで生き延びるつもりね? そうはいかないわよ。プロデューサーと監督が許してもあたしが許さないわ」

「現実と空想の区別が付かなくなってるぞ」


 登場人物が殺されるパターンを論じて回避するために動き始めたら、それはホラーではなく、コメディだ。


「まあ、つまり、あたしが何を言いたかったかと言えば――」

「お前がホラー映画を愛してるってことは分かった」

「白黒映画も見るわよ」


 ユウカはムッとしたように言った。


「要するに通路を抜けた先で異変が起きてたらどうするかってことよ」

「そんな話だったか?」

「そんな話だったのよ。たとえば通路の先がモンスターハウスだったら――」

「俺とユウカの出番だな」

「それじゃ、パワーレベリングにならないでしょ」


 ユウカは呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。

 マコトはリブを見る。

 リブの地震撃は移動を阻害できるが、通路ならともかく開けた空間では難しい。


「ユウカの魔法で足止めをすればいいし」

捕縛陣バインドはそんなに拘束できねーぞ」

「ユウカは土で壁を作ることができるみたいな」

「そうなのか?」

「……そうよ」

「どう……」


 理由を尋ねようとして思い直す。

 使えない理由があるから黙っていたと考えるべきだ。


「実戦レベルじゃないのか?」

「まだ使い慣れてないし、ダンジョンでは効果が弱くなるって魔道書に書いてあったわ」


 ユウカはムッとしたような口調で言った。


「ダンジョンでは地形操作系の魔法は効果が阻害されると聞いたことがあります」

「ほらね」


 ローラがフォローし、ユウカはドヤ顔で言った。


「別に責めてる訳じゃねーよ」

「分かってるわよ」

「そろそろ、広い空間に出るッスよ」


 突然、視界が開ける。

 アンデッドの姿はないが、首筋がチクッと痛んだ。


「通路が二つに増えてるッス」

「ヤベぇな」


 フェーネがピクピクと耳を動かし、リブが獰猛な笑みを浮かべる。

 カチカチという音が響き、左右の通路からスケルトン・ウォーリアが飛び出してきた。

 その数は十体、いや、二十体以上はいるか。


「どうすんだ?」

「通路の奥まで一時撤退だ。リブ出番だぞ」

「ようやく、出番か」

「取り敢えず、走れッ!」


 一斉に踵を返して走り出す。

 ガチャガチャという音が背後から迫ってくる。

 肩越しに背後を見ると、スケルトン・ウォーリアは押し合いへし合いしながらも付いてきていた。

 知能と言うか、譲り合いの精神があればもっとスピードを出せるのだろうが、これがアンデッドの限界ということか。


「リブ、タイミングは任せるぞ」

「おうよ!」


 リブは反転し、スケルトン・ウォーリア達と対峙する。


「……轟け」


 リブがポールハンマーを振りかぶる。

 ギリギリまで引き付けるつもりなのか、そのままの姿勢を維持する。

 その時だ。

 壁際に追いやられていたスケルトン・ウォーリアが転倒した。

 急激にスピードが増す。

 恐らく、一体が転倒したことで空間に余裕ができ、走りやすくなったのだろう。


「うぇ! ちょ、速ぇよ!」

昇天ターン・アンデッドだ」

「ペリオリス様、お願いします! 昇天みたいな!」


 マコトの指示に従い、フジカが魔法を発動する。

 フィンガーリングブレスレットと錫杖が眩い光を放ち、すぐ近くにまで迫っていたスケルトン・ウォーリアが動きを止める。

 まだレベルの低いフジカでは昇天――不死王の呪縛からアンデッドを解き放つことはできないが、動きを止めることはできるのだ。


「轟け! 雷光ッ!」


 リブがポールハンマーを振り下ろし、雷が迸る。

 雷はスケルトン・ウォーリア達を貫き、通路を駆け抜ける。

 先頭に立っていたスケルトン・ウォーリアの体が傾き、その場に倒れる。

 乾いた音と共に骨がバラバラになり、それが合図となったかのようにスケルトンウォーリア達が倒れていく。


「すごい威力だな」

「マコトが機転を利かせてくれたお陰だっての」


 リブに歩み寄り、拳を打ち合わせる。

 背後からフジカの声が響く。


「私の活躍も忘れて欲しくないみたいな」

「そういうのは黙っておきなさいよ」

「アピールは大事だし」

「……要領がいいわね」

「魔石を拾うのが大変そうだ」


 マコトは骨の散らばる通路を見つめ、小さくぼやいた。



 前からある通路と新しく出現した通路のどちらに進むか。

 結論はすぐに出た。


「新しい通路って言っても代わり映えしないな」

「どんなアンデッドが出てくるか分からないので慎重に進みましょう」

「分かってるよ」


 そんなことを話ながらリブとローラはダンジョンを進む。


「……新しいアンデッド」

「ビビってんの?」

「び、ビビってないし」


 ユウカが茶化すように言い、フジカは否定する。

 だが、虚勢を張っているのは明らかだ。


「腰が引けてるわよ」

「……」


 フジカは無言で背筋を伸ばしたが、やはり腰が引けている。


「ユウカは大丈夫みたいな?」

「お陰様でね」


 ユウカは嫌味で答える。


「スケルトン・ロードを倒したんだもの。大抵のアンデッドは怖くないわ」

「そうか?」

「アンタがそんなんでどうするのよ」


 そう言って、ユウカは肩越しに睨み付けてきた。


「俺達は途中の階層をすっ飛ばして最下層まで行ったからな」

「それがどうかしたの?」

「どんな状況でも対応できるかって言ったら自信ねーな」


 アンデッドや魔法、ダンジョンの探索に関する知識と技術が欠けているのだ。


「確かに、そういう意味じゃフェーネは生命線ね」

「戦闘力も欲しいんスけどね」


 フェーネは小さく溜息を吐いた。


「素直に喜んでおけよ」

「どうしてッスか?」

「ユウカが他人を誉めることなんて滅多にないからな」

「それもそうッスね」

「失礼なことを言いやがるわね」


 ユウカがムッとしたように言った。


「あたしだって人を誉める時は誉めるわよ」

「上から目線で『アンタにしてはよくやったわね』とか言うんだろ」

「言わないわよ!」

「そう言えば練習の時に誉めてくれなかったみたいな」

「当たり前でしょ。わざわざ休日を潰して練習に付き合ってやったんだから、むしろ、あたしを誉めるべきよ」

「……ユウカらしいし」

「つか、やって当たり前のことをやって誉められようって魂胆が気に入らないわ」

「ゆ、ユウカらしいし」


 フジカが呻くように言った。


「誉めて欲しいんなら誉めてやるぞ?」

「いいわよ、別に。どうせ、『ユウカにしてはよくやったな』みたいなことを言うんでしょ?」


 先程の意趣返しのつもりだろうか。

 似たようなことを言うつもりだったのだが、そんなことをすれば『程度が知れるわね』と言うに違いないのだ。


「頭を撫でてやろう」

「子どもじゃないんだから」

「ヤッホー! 撫でて欲しいし!」


 フジカは反転するとマコトに歩み寄った。


「よくやったって誉めて欲しいみたいな」

「ああ、よくやったな」


 マコトはフジカの頭を優しく撫でた。


「えへへ、マコトさんに誉めてもらっちゃったし」


 フジカが無邪気に笑うと、ユウカは肩越しに視線を向けてきた。


「羨ましいっしょ?」

「べ、別に羨ましくなんてないわよ!」


 ユウカは前を向き、荒々しい足取りで歩き出した。

 フジカは歩調を早めて元の位置に戻り、ボソッと呟く。


「子どもみたいだし」

「誰が子どもよ!」


 チッ、とユウカは口惜しそうに舌打ちした。

 フジカの記念すべき初勝利ということになるのかも知れない。

 さらに進むと、広い空間に出た。

 その中央にはスケルトンがいた。

 いや、スケルトンらしきアンデッドと言うべきか。

 と言うのも普通のスケルトンよりも体が大きく、幽霊のように手を上げているのだ。


「敵ッスよ!」

「分かってるよ」


 リブとローラが武器を構えながら近づいていく。

 間合いが十メートルを切った時、スケルトンが口を開いた。


衝撃反転リフレクション!」

「――ッ!」


 ローラがリブを庇うように前に出て、スキルを発動する。

 直後、スケルトンが声なき声を上げた。

 大気がビリビリと震え、マコトは耳を押さえた。

 スケルトン・ロードの衝撃波は指向性があったが、この攻撃は爆発に近い。

 スケルトンが一気に距離を詰め、拳を繰り出す。

 タイミングが早い。

 これでは拳がローラに当たることはないだろう。

 そう思った次の瞬間、激突音が響いた。

 拳と盾がぶつかり合う音だ。

 よくよく注意して見ると、スケルトンの腕は長かった。

 幽霊のように手を上げていたのは長い腕のせいだったのだ。

 少し驚いたが、種が割れてしまえばいくらでも対処できる。

 ローラが盾で攻撃を捌き、その間にリブが距離を詰める。

 いくら腕が長くても飛び込んでしまえばこちらのものだ。

 いや、そう思わせることが敵の狙いだったのかも知れない。

 スケルトンが再び口を開き――。


「狙撃ッス!」


 フェーネがスリングショットで礫を放ち、スケルトンの下顎が割れる。

 そして――。


「ナイスアシスト!」


 リブがポールハンマーを振り下ろし、スケルトンの頭蓋骨を粉砕した。

 スケルトンが倒れ、地面に触れるやいなやバラバラになった。


「初めて見るタイプだな」

「進化の過程なのではないでしょうか?」


 リブとローラはしげしげとスケルトンの骨を見た。


「グールはゾンビからいきなり進化したぞ」

「進化にもパターンがあるのでは?」


 マコトが指摘すると、ローラは自信なさそうに言った。


「そういうケースもあるか」

「一応、記録を残しておくッス」


 フェーネはポーチから紙を取り出し、スケルトンの絵を描く。


「絵が上手いな」

「これくらい普通ッス」


 フェーネは淡々と絵を描いているが、尻尾をパタパタ振っているので嬉しくない訳ではなさそうだ。

 ユウカがマコトの隣に移動する。


「結構、厄介そうね」

「少なくとも初心者向けじゃねーな」


 腕が長いくらいなら何とかなりそうだが、範囲攻撃を使ってくるのが厄介だ。


「どうするの?」

「下を目指す。引き上げるには判断材料が少ないからな」

「分かったわ」


 ユウカは小さく溜息を吐いた。


「あとは連携も考えねーと」

「そうね」


 どうやってフジカを絡ませるか考えなければならない。


「ま、じっくりやろうぜ」

「また、方針が増えたわね」


 やれやれと言わんばかりにユウカは肩を竦めた。

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