【幕間3:ユウカとフジカ】
※
ユウカは自室――獅子の毛皮亭のベッドで目を覚ました。
獅子の毛皮亭は表通りに面した宿だ。
正確にはその端っこにある宿だが――。
部屋のレイアウトは黄金の羊亭にそっくりだが、表通りに面しているだけあって豪華だ。
天井は高く、染み一つない。
備え付けられている家具も高級感がある。
ベッドのヘッドボード部分が棚になっているのもポイントが高い。
何よりお風呂――シャワーではなく、浴槽がある所が気に入っている。
残念ながら今は部屋の様子を確認できない。
視界がぼやけている。
近眼のせいだ。
眼鏡なしで本を読むのも難しい。
「ふぁぁぁ……」
ユウカは天井を見上げたまま欠伸をし、頭上に手を伸ばす。
手を右へ左へとさまよわせ、ようやく指先が眼鏡に触れる。
眼鏡を掴み、天井に翳す。
やはり、ぼやけてよく見えない。
ふとフトシに捕まった時のことを思い出す。
殴られ、骨を折られた。
人生最悪の痛みだ。
できれば二度と経験したくない。
畜生、と呟く。
あの時、ユウカは観念してしまった。
それが口惜しい。
次は絶対に――、とユウカは歯軋りし、眼鏡を掛けた。
視界はぼやけたままだ。
しばらくぼやけていたが、急に鮮明になる。
日陰から日向に出たような劇的な変化だ。
当たり前のことだが、普通の眼鏡では有り得ない。
見た目は眼鏡でもマジックアイテムということだ。
「デザインは気に入ってるし、便利だけど、これって眼鏡的な理屈で視力を矯正しているのかしら?」
ユウカは体を起こし、眼鏡のフレームに触れた。
レンズが自動的に屈折率を変更していればいいが、それ以外――直接、網膜に映像を映しているとか――だと怖すぎる。
「流石に元の世界じゃ使えないわよね」
ユウカは小さく溜息を吐いた。
近眼は徐々に進行していく。
度が進むとも言う。
当たり前のことだが、度が進めば眼鏡を買い換えなければならない。
「……フレームはともかく、レンズが高いのよね」
普通のレンズだと分厚くなり、かなりフレームからはみ出してしまう。
そのため屈折率の高いレンズにしているのだが、これが少し高めなのだ。
母は気にしなくていいと言うが、1年ごとに3万円近い出費を強いるのは心苦しい。
だが、この眼鏡――マジックアイテムなら買い換える必要がない。
「お母さん、元気にしてるかな」
母のことだから半狂乱になって探しているかも知れない。
そんな母の姿を想像すると、胸が痛む。
もし、このまま帰れなかったら――。
「あ~、止め止め! あたしは絶対に帰るんだから!」
ユウカはベッドから降り、頬を叩いた。
バスルームに向かい、途中にある鏡を一瞥する。
そこに映っているのはスリップを着たユウカだ。
元の世界では寝る時にパジャマを着ていたが、これはこれで悪くない。
バスルームの扉を開け、ぶるりと体を震わせる。
冬ということもあってか、バスルームの空気は凍て付いていた。
「う~、寒い、寒い」
蛇口を捻る。
勢いよく水が溢れ出し、しばらくして湯気が立ち上る。
バスルームの扉を閉め、部屋に戻る。
「……着替え、着替えと」
机の上に重ねておいた下着と服の中から着替えを選ぶ。
シンプルなデザインの物ばかりなので悩む必要はない。
下着はシンプルなデザインであっても割高だ。
特にショーツ――正確にはある素材を使ったショーツが高い。
「……紐パンは安いのに、なんでゴムは高いのよ」
異世界なのだから物の価値が異なるのは当然なのだが、それが分かっていても釈然としない。
「まあ、文句を言っても仕方がないんだけど」
ユウカはベッドに座り、魔道書を手に取った。
今日はオフだ。
皆は教会に行くと言っていたが――。
「あたしはどうしようかな」
ユウカは天井を見上げた。
※
ユウカは風呂から上がると、普段着――オフの時にしか着ないので普段着と言っていいのか迷うが――に着替えてフロントに向かった。
獅子の毛皮亭の一階は半分ほどがレストランになっている。
半分と言っても黄金の羊亭の食堂よりも広い。
すっかり顔見知りになったフロントの女性が恭しく頭を垂れる。
「ユウカ様、おはようございます。お出かけですか?」
「朝食を食べてからね」
ユウカはフロントに制服と下着の入った布袋、部屋の鍵を置いた。
「洗濯でよろしいですか?」
「ええ、よろしく」
「10Aになります」
「分かってるわよ」
フロントの女性は手の平サイズのタブレットを操作し、ユウカに差し出した。
そこには『洗濯代として10A』と表示されている。
左手を置くと、ウィンドウがポップアップし、金額が減る。
「ありがとうございます。お食事は?」
「いつもと同じメニューで」
「承りました」
「じゃ、よろしく」
ユウカはレストランに移動し、窓際の席に座る。
いつも同じ席に座る訳ではないが、窓際の席は気に入っている。
ほどほどの距離感と言えばいいのだろうか。
適度な無関心が心地よい。
「ゲッ!」
道を行く人々の中に見知った顔を見つけ、慌てて顔を背ける。
来るな、来るな、こっちに来るな、と心の中で繰り返す。
しばらくして――。
「やっぱり、ユウカだし!」
「――くッ!」
脳天気な声が響き、ユウカは呻いた。
憩いの一時が台無しになった。
最悪だ。
声の主――フジカは対面の席に座った。
何を考えているのか、冒険に行く時と同じ格好をしている。
「ここに泊まってるのみたいな?」
「なに、勝手に座ってるのよ?」
「ここはレストランだし」
「同席していいか尋ねるのが筋ってもんでしょ?」
「断られるに決まってるから尋ねたくないし」
「それが分かってて、どうして座ってるのよ」
「同じチームの仲間だし」
「答えになってないわ」
嫌われていると分かっているのに、どうして近づいてくるのか理解できない。
マゾなのだろうか。
それとも、本当に友達になれるとでも――分かり合えるとでも思っているのだろうか。
本当にめでたい女だ。
きっと、おめでたい人生を歩んできたに違いない。
「お待たせいたしました。モーニングセットになります」
ウェイトレスが料理の載ったトレイをテーブルに置く。
メニューはトースト、サラダ、ベーコンエッグ、豆茶だ。
豆茶はコーヒーのような色の飲み物だ。
「そちらのお客様は?」
「私もモーニングをお願いみたいな」
「かしこまりました」
「お代は別で」
「……かしこまりました」
ユウカの言葉にウェイトレスは苦笑じみた表情を浮かべた。
軽く頭を下げ、テーブルから離れる。
「はぁ、憩いの一時が台無しだわ」
文句を言いつつ、豆茶を口に運ぶ。
芳ばしい匂いが鼻腔を刺激するが、コーヒーのような苦みはない。
「それ、美味しいの?」
「美味しくなけりゃ飲まないわよ。つか、あたしが本を読んでいる時にも似たような質問をしてきたわよね? アンタには学習能力がないの?」
「そんなことを言われても話の枕だし」
「で、あたしが美味しいって答えたら、どうするのよ?」
「ウェイトレスに同じ物を頼むみたいな」
「もう頼んでるじゃない」
「ユウカ、会話はキャッチボールみたいな」
「だったら、あたしが捕りやすい球を投げなさいよ」
「私にも捕りやすい球を投げて欲しいし」
「無理ね」
「歩み寄る姿勢が大事みたいな」
「歩み寄り、ね」
ユウカはカップをテーブルに置き、トーストを小さく千切って口に運ぶ。
塩気と甘味が口に広がる。
「どうして、ユウカはここに泊まってるのみたいな?」
「藪から棒に何よ?」
「チームなら同じ宿に泊まっていた方がいいし」
「お子ちゃまじゃないんだから宿くらい自分で決めるわよ」
チームなんだから同じ宿に泊まるべきという発想の方がおかしい。
「や、やっぱり、マコトさん絡みみたいな?」
「何でも恋愛に結びつけるんじゃないわよ」
「恋愛なんて言ってないし」
「言ったも同然でしょ」
ユウカはサラダを食べる。
「宿を出た理由が気になるし」
「マコトとシェリーの仲が拗れたから宿を出たのよ」
「拗れた?」
フジカが身を乗り出す。
好奇心にか、瞳が輝いている。
「シェリーが元彼とよりを戻すとか戻さないとかで一悶着あったのよ」
「それでそれで?」
「ちなみにシェリーの元彼は俺はビッグになるって出て行って、犯罪者に身を窶したDQNよ」
「それは予想外の展開」
フジカはパチ、パチと目を瞬かせた。
「仲間を連れて宿に押し入ったみたいなことを言ってたわね、確か」
「ますます予想外みたいな」
「そう? ビッグになるって出て行った時点で予想できそうなもんじゃない」
ビッグになると言っているヤツは碌でなしに決まっている。
「つか、何年も連絡を寄越さなかったくせに恋人が自分を待っててくれると思う思考が理解できないわ」
「きっと、それは恋人を信じてたから……」
「ただの自己中でしょ」
「やっぱり、ハッピーエンドが好きみたいな」
「アンタの好みなんて聞いてないわよ」
うんざりした気分で返す。
数年ぶりに戻ってきた恋人を笑顔で迎える。
やむにやまれぬ事情があったのならばともかく自分のために出て行ったのだ。
笑顔で迎えろと言われても無理だ。
「なんで、それが宿を出ることに繋がるか疑問だし」
「どうして、アンタが疑問に思うのか理解できないわ」
「それは……知り合いだし」
「それはそれでしょ。お金を払って泊まってるのに恋愛沙汰で振り回されたくないわ」
「ユウカは恋バナが苦手だったり?」
「娯楽としては好きよ。対岸の火事みたいなノリね。こっちに火の粉が飛んできたら楽しむどころじゃないわ」
「対岸の火事って表現はどうかと思うし」
「アンタだって似たようなもんでしょ」
対岸の火事として楽しむユウカと他人の恋愛に一喜一憂するフジカの何処が違うのか。
「私はそこまでドライじゃないし」
「って言っても刃傷沙汰になったら逃げるでしょ」
「そ、それは、まあ、逃げるしかないみたいな」
フジカは口籠もった。
「やっぱり、似たようなものじゃない」
ユウカは切り分けたベーコンエッグを口に運ぶ。
「お待たせしました。モーニングになります」
「ありがとうございますみたいな」
ウェイトレスが料理の載ったトレイをテーブルに置き、フジカは嬉しそうに礼を言った。
子どもみたいに無邪気な表情だ。
「ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスは軽く頭を下げ、別のテーブルに向かった。
「いただきます!」
「アーメンじゃないの?」
「うちはそこまでうるさくないし」
「そんなものなの?」
「大切なのは感謝の気持ちだし」
フジカはパクリとトーストに齧り付いた。
うちがフジカの家なのか、宗派なのか少しだけ気になる。
「ん~、ほんのり甘味があって美味しいみたいな!」
「アンタはグルメ番組のレポーターか」
「こっちのサラダは瑞々しくて美味しいし!」
フジカはサラダを食べ、満面の笑みを浮かべる。
「サラダで幸せになれるって羨ましいわ」
「お肉を食べても、魚を食べても幸せだし」
「はいはい、そうやって最後は豚になるのよね」
ユウカは豆茶を口にする。
フジカのせいですっかり温くなっている。
「……豚」
「折角、スルーしたのに豚とか言わないで欲しいし!」
「仲間が痛い痛いって泣いてるわよ」
「仲間じゃないし!」
フジカはベーコンエッグを食べ――。
「ふぐッ!」
口の中を噛んだらしく目を白黒させた。
「ちょ、超痛いし」
「仲間の復讐よ」
「だから、仲間じゃないし」
フジカはナイフとフォークで器用にベーコンエッグを切り分け、口に運んだ。
「ところで、今日の予定は?」
「アンタには関係ないでしょ」
「もし、暇だったら――」
「あたしは忙しいのよ」
「魔法の練習に付き合って欲しいみたいな?」
先回りして答えるが、フジカは物ともせずに言った。
「あたしは、忙しいの」
「ユウカが私と一緒にいたくなくてそんなことを言ったのはお見通しだし」
「見通してるんなら諦めなさいよ」
「諦めたらそこで――」
「はいはい、試合が終わっちゃうんでしょ。つか、なんで、あたしがそんなことをしなきゃならないのよ」
「同じチームの仲間だし」
「他の連中に頼みなさいよ」
「他の人達とは戦闘スタイルが違いすぎるし」
「……」
ユウカはうんざりした気分でフジカを見つめた。
※
「なんで、こんな所にいるんだか」
ユウカはぼやき、周囲を見回した。
そこは城門の近くにある空き地だった。
「やっぱり、持つべきものは友だ――」
「友達?」
「ち、チームメイトみたいな」
ユウカが睨み付けると、フジカは顔を背けつつ言った。
「まあ、ここなら誰にも迷惑が掛からないわね。多分、あの魔法が……」
ユウカはポーチから取り出したメモ帳を捲り、目的のページ――土壁の魔法で止める。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、阻め阻め壁の如く、我が敵を阻む壁となれ! 顕現せよ、土壁!」
詠唱を終えると、土の柱が三角形を描くように突き出す。
やや遅れて、その中央に土の柱が生まれる。
ユウカは三角形から10メートルほど離れた所で立ち止まり、足で線を引いた。
「ここから中心の柱を撃って」
「いや、無理だし」
フジカは手を左右に振った。
「なんでよ?」
「標的が別の柱と重なってるし」
「ちょっとズレてるでしょ?」
「ギリギリ見えるだけだし」
「文句ばっかり言ってないでやりなさい」
「わ、分かったし」
フジカは渋々という感じで線の位置に立った。
ユウカは近くの岩に腰を下ろした。
「ペリオリス様、邪悪を退ける力を下さいみたいな! 聖光弾みたいな!」
フジカが魔法を放つ。
白い光は真っ直ぐに突き進み、土の柱を粉砕した。
ただし、砕けたのは手前の柱だ。
「再詠唱」
砕けた土の柱を指差す。
すると、時間を巻き戻したように土の柱が元に戻った。
「もう一回」
「絶対に当たらないし」
「付き合ってやってるんだから文句を言わずにやりなさい」
「分かったし! 聖光弾!」
フジカが再び魔法を放つが、結果は同じ。
手前の柱が砕けただけだ。
「再詠唱」
「だから、無理だし」
「いいからやる!」
「分かったし! 聖光弾!」
フジカが魔法を放つが、やはり結果は同じだ。
「再詠唱」
「う~、無理だし」
土の柱が元に戻り、フジカは唸った。
「いいからやる!」
「聖光弾!」
自棄っぱち気味に魔法を放つが、結果は同じだ。
それから二十回ほど同じことを繰り返し――。
「こんなの当たらないし」
「もうギブアップ?」
「休憩だし!」
フジカは錫杖を引き摺ってユウカの隣にやってくるとしゃがみ込んだ。
「こんなの絶対に当たらないし」
「そりゃそうでしょ」
「――ッ!」
フジカがギョッとした顔でこちらを見上げた。
「あんなのあたしでも当てられないわよ」
「当たらないって分かってるのにあんまりだし!」
フジカは立ち上がり、駄々っ子のように地団駄を踏んだ。
「だから、どうやったら当たるのか考えるのも訓練の内でしょ」
「言ってくれないと分からないし!」
「だから、足下の線を長めに引いてやったじゃない」
「……」
フジカは線を見つめた。
「分かった?」
「…………分からないし」
「アンタね」
ユウカは深々と溜息を吐いた。
「射線って分かる?」
「?」
フジカは訳が分からないと言わんばかりに首を傾げた。
「射線ってのは乱暴に言えば魔法の軌道、アンタと標的を結ぶ線のことよ」
「それがどうかしたのみたいな?」
「だから! その射線を確保するために動くの!」
「撃ちやすいように動く的な?」
「だから、そう言ってるじゃない」
ユウカは溜息を吐いた。
「絶望的に察しが悪いわね」
「……普通だと思うし」
フジカは再びその場に座り込み、ブツブツと呟いた。
「ユウカは一人で気付いたのみたいな?」
「訓練で習ったのよ」
「教えてもらったくせに随分な態度だし」
フジカはムッとしたように唇を尖らせた。
「重要性に気付いたのは実戦……マコトと戦っている時よ。ただ、教えてもらっただけじゃ理解できないこともあるのよ」
「それは分かるけど」
「射線を確保する重要性が分かったら、さっさと練習しなさい」
「もう少し休憩させて欲しいし」
フジカは錫杖に縋りながら言った。
「根性がないわね」
「もう少しレベル差を考えて欲しいし」
「分かったわよ」
時間がもったいないので、メモ帳に書いた魔法を読む。
「……ユウカ」
「何よ?」
「ユウカは誰が好きみたいな?」
「張り倒すわよ」
「やっぱり、マコトさんにラブみたいな?」
「なんでもかんでも恋愛に結びつけて恋愛脳ってヤツね」
ユウカは深々と溜息を吐いた。
「マコトさんに好きって言われた時、乙女モードだったし」
「あれは……びっくりしたのよ」
「図星みたいな?」
フジカは挑発的な目でこちらを見た。
「頭をかち割るわよ」
「それは勘弁だし」
ユウカが拳を握り締めると、フジカは慌てて身を退いた。
「つか、こんな時に恋バナって馬鹿じゃないの」
「愛は大事だし」
「元の世界に戻ることの方が大事でしょ」
「むふふ、私がマコトさんと付き合ってもOKみたいな?」
「好きにすればいいじゃない。つか、キリスト教的にハーレムってどうなのよ?」
「ここは地球じゃないし」
「なんちゃってビッチだけじゃなく、なんちゃってキリスト教徒でもあった訳ね」
フジカが開き直ったように胸を張り、ユウカは溜息を吐いた。
「まあ、期間限定の相手としては十分じゃない。でも、避妊だけはしておきなさいよ。妊娠して地球に戻ったらパニックよ」
「添い遂げてもいいかなと思ってるし」
「自分が何を言ってるのか分かってんの?」
「……分かってるし」
フジカは拗ねたように唇を尖らせた。
「とんだ親不孝者ね」
「お兄ちゃんと妹がいるから問題ないと思うし」
「そういう問題じゃないでしょ」
こいつは自分がいなくなって家族がどれだけ悲しむか分かっていないのだろうか。
「私なりに考えたし」
「ちゃんと考えなさい、ちゃんと」
「元の世界に戻ってもレールの上の人生が待ってるだけだし」
フジカは溜息を吐き、空を見上げた。
「レールの上の人生の何処が悪いのよ」
「私の人生にはポイントの切り替えがないし」
「そう思い込んでるだけじゃないの?」
「思い込みじゃないし」
「……そう」
ユウカはフジカの説得を諦めた。
家族、元の生活、将来――自分には価値のあるものが二人には無価値なのだ。
いや、そうじゃない。
無価値なものに成り果ててしまったのだ。
やはり、フジカとは分かり合えない。
そう確信した時、自分でも意外なほどショックを覚えた。
心の何処かで同志――元の世界に戻りたがっていると思っていたのかも知れない。
「……あたしって」
馬鹿だわ、と心の中で付け加える。
いつも間違ってから気付くのだ。
「念のために避妊をしときなさいよ」
「ユウカはお節介だし」
「赤ちゃんを抱いて冒険なんてできないでしょ」
「一理あるし」
「100パーセント正論よ」
あと、とユウカは続けた。
「家族に手紙を書いておきなさいよ。あたしが届けてあげるから」
「ユウカは……」
「あたしは絶対に元の世界に帰るわよ」
ユウカは改めて決意を口にした。





