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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest27:新スキルを取得せよ



 朝、マコトは自室のベッドで目を覚ました。

 正確には『黄金の羊』亭の101号室だが、自室と言ってしまってもいいだろう。


「……この生活にも慣れてきたな」


 独りごちて体を起こす。

 慣れない環境だとしっかり休んだつもりでも疲労が抜けきらないものだが、前日の疲れが尾を引くことはない。


「いや、若返った影響か。ヤバかったもんな、健康診断」


 毎年、健康診断の時期には戦々恐々としていたものだ。

 そのくせ、生活習慣を改めようとしなかった。

 慢性的な頭痛に悩まされていても、夏場に痛風で苦しみ、尿管結石の痛みにのたうち回っても、だ。

 あのまま元の世界で暮らしても定年まで生きられたかどうか。

 体を壊して会社を辞める羽目になり、再就職もままならず、路上で野垂れ死に――。

 考えすぎだと一笑に伏す者もいるだろうが、マコトにとってリアルな恐怖だ。

 転落して這い上がれなくなった人間を何人も見てきた。

 いや、とマコトは頭を振った。

 どんな結果が待ち受けているのか分かっているのに不摂生を改めなかったのだから現実感がなかったのだろう。


「……スローライフを実現するための金を稼がなきゃな」


 マコトは枕を見つめ、前髪を摘まんだ。


「大丈夫だよな?」


 少しずつ髪の毛が薄くなり、アラフォーで頭皮が見えるようになり、遂には――。

 これも恐怖には違いない。

 だが、本当に恐怖を感じているだろうか。

 自分は大丈夫だと楽観していないだろうか。


「……前に比べれば健康に気を遣ってるよな? 煙草は吸ってねーし、酒はシェリーが飲ませてくれねーし」


 俺は大丈夫だ、とマコトは自分に言い聞かせながらベッドから立ち上がった。

 机の上に置かれた服に着替え、部屋を出る。


「旦那、おはようございます」

「おはよう」


 いつものように階段の途中で声を掛けてきたシェリーに挨拶を返す。

 いつものように指定席――カウンター席の端に座る。

 いつもなら冷たいレモン水が出てくる所だが――。


「……」

「何だよ?」


 シェリーは無言でマコト――正確にはマコトの頭を見ていた。

 もしかして、と心臓の鼓動が速まる。


「ん~、ちょいと失礼しますよ」

「お、おう」


 シェリーはカウンターから身を乗り出した。


「……やっぱり」

「や、やっぱり?」

「寝癖が付いてますねぇ」


 マコトはホッと息を吐いた。


「どうかしたんですか?」

「い、いや、よく分かったなと思って」

「こんな目ですけど、ボンヤリとは見えるんですよ」


 シェリーは体を起こし、人差し指で目を指差した。


「反応に困るから自虐的なネタは止めてくれ」

「自虐のつもりはないんですけどねぇ」


 シェリーは困ったように笑い、体を起こした。


「皆は?」

「もう出掛けましたよ」


 シェリーは溜息交じりに言い、カウンターにグラスを置いた。


「皆、早起きだな」

「旦那が遅いんですよ」

「申し訳ないとは思うんだが、早起きが辛くてな」


 やはり、自分は強制されなければ駄目になってしまう質のようだ。


「まあ、旦那はそれでいいのかも知れませんねぇ」

「早起きして欲しいのか、して欲しくないのかどっちなんだよ」

「ちょっとは駄目な所を見せて欲しいですね」

「……駄目な所ね」


 ふとリブの言葉を思い出す。


「やっぱり、適度に面倒臭くて、適度に頼りがいがあるのがいいのか?」

「そりゃ、そうですよ。旦那が一人で何でもできたら困ります」

「そんなもんかね?」

「これでも、私はこの宿の店主ですからね」


 そう言って、シェリーは胸に手を当てた。


「また絡みづらいことを」

「何処が絡みづらいんですか?」

「……線引きは必要だと思うんだけど、店主として発言されるとな」


 親友だと思っていた相手が自分を親友だと思っていなかったような苦しさがある。


「何て言えばよかったんです?」

「恋人じゃねーの、やっぱり」

「恋人ですか」


 よほど驚いたのか、シェリーは目を見開いた。


「いや、恋人だろ?」

「あ、ええ、恋人ですね、恋人」


 マコトが祈るような気持ちで言うと、シェリーは頬を朱に染めながら答えた。


「なんで、照れてるんだよ?」

「口にされると恥ずかしいんですよ。旦那は上に行く人なんだからって何度も言っちまいましたし」

「言われてみればそうだな」


 マコトは責任を取ろうと考えていたが、シェリーはそれを望まなかった。


「次のステージに進む気になったか?」

「どうでしょうねぇ」


 シェリーは困ったように眉根を寄せた。


「この関係を続けたいって気持ちも嘘じゃないんですよ」

「俺は微妙に居心地が悪ぃけどな」

「そうですか?」


 シェリーは訝しげな視線を向けてきた。


「何と言うか、落ち着きたいって気分なんだよ。まあ、昔はそんなことを考える余裕がなかったけどな」

「旦那は若いのに色々と経験してるんですねぇ」

「これでも、アラフォーだぜ」

「何度か聞きましたけど、なかなか信じられるもんじゃないですよ」

「だろうな。俺だって信じられない」


 本当の自分は公園で死にかけていて、これは末期の夢なのではないか。

 そんな風に思うことがある。


「今も若い旦那は、どうしてもっと若い頃に居心地の悪さを感じたんです?」

「これも言ったかも知れねーが、若い頃は借金があってな。将来のことを考える余裕がなかったんだよ」

「そいつは辛いですねぇ」

「まあ、な」


 マコトはグラスを手に取り、口元に運んだ。


「若い頃の話はともかく、今の旦那は急ぎすぎてますよ」

「そうか?」

「ええ、色々な人と付き合って……」


 シェリーは思案するように唇に触れた。


「ハーレムを築いてからでも遅くないと思いますけどね」

「ハーレム前提かよ」

「それくらいの覚悟は必要ってことですよ」


 シェリーは溜息交じりに言った。


「どっちに覚悟が必要なんだ?」

「私に決まってるじゃないですか」


 分かってないですね、と言わんばかりの口調だ。


「普通はハーレムを築かないでくれじゃねーの?」

「旦那には無理です」


 シェリーは断言した。


「それでいいのか?」

「旦那は貴族様ですからね」

「名誉騎士の件だな」


 マコトはうんざりとした気分で溜息を吐いた。

 名ばかりの役職だと思っていたら実体があったのだ。


「やられたよな~」

「旦那みたいに強い人を囲い込もうとしない領主なんていませんよ」

「脇が甘いって聞こえるな」

「そう言ったんですよ」


 シェリーは呆れたと言わんばかりの口調だ。


「ところで、俺って有名なのか?」

「いきなり何です?」

「いや、旦那みたいに強い人って言ってただろ? だから、俺……つか、俺のチームはそれなりに有名なのかと思ってよ」

「チラホラと噂を耳にしますね」

「ってことはかなり有名なんだな」


 シェリーの耳に噂話が届くのだから有名なのは間違いない。


「……そんなに嬉しそうにして」

「知名度が上がれば仕事がしやすくなるだろ?」

「だから、脇が甘いんですよ」

「そうか?」

「領主様が意図的に噂を広めているとは考えないんですか?」

「……自分では警戒しているつもりなんだけどな」


 とは言え、自分で完璧だ思っても他人が見たり、時間が経ってから見直したりするとミスがあるというのはよくある話だ。


「それにしてもそこまでやるかね?」

「囲い込まれた人の言うこととは思えませんね。まあ、私はクリスティン様がしっかりしてて安心している部分もありますけどね」

「そりゃ、領民はな」

「嫌なら文句を言えばよかったじゃないですか」

「下心があって名誉騎士になったからな」


 マコトはレモン水を飲み、空になったグラスをカウンターに置いた。


「何と言うか、こっちが断れないって部分まで見透かされたような気がするんだよな」

「旦那はお人好しですからねぇ」

「そこまでお人好しじゃないつもりなんだが?」

「十分過ぎるくらいお人好しですよ。あんな真似をした私を助けに来るんですから」

「……どっちにしても嫌な思いをするんならシェリーが無事な方がいいと思ったんだよ」


 マコトは頬杖を突き、顔を背けた。

 何がおかしいのか、シェリーはクスクスと笑った。


「心境の変化は俺が貴族になったことが原因か?」

「貴族様に見初められたと思えば色々と諦めがつきますから」

「……諦め、ね」


 まあ、シェリーが普通の結婚生活を夢見ていたのなら――その可能性は非常に高いが――諦めさせてしまったことになる。


「ええ、諦めですよ。旦那の気が変わって捨てられても貴族様の気紛れだったんだって思えば諦めがつきます」

「人聞きの悪ぃことを言うな。俺は責任を取る気満々だぜ?」

「責任を取る気がないんならトレイの角で殴ってますよ」


 シェリーはトレイを手に取り、軽く振った。

 なかなか見事なスイングだ。


「俺の足を引っ張りたくないんじゃなかったのか?」

「それは私が言うことで、旦那が言うことじゃありませんよ」

「複雑……でもねーか」

「ええ、単純なことです」


 店員、店主がお客様は神様ですと言うのと客が自分は神だと言うのは違うのだ。


「……少し気になることがあるんだが」

「何です?」

「納得じゃなくて諦めなのか?」

「これでも私は自分が年増だって自覚してるんですよ」

「俺の感覚からすれば十分若いんだけどな」

「そいつは……返答に困りますねぇ」

「見た目は子どもだからな」


 子どもに若いと言われてもシェリーは――と言うか、大抵の大人は喜べないだろう。


「自覚はあったんですねぇ」

「一応な。見た目で得した記憶はねーけど」

「そうですか?」

「得したことがあるように見えるか?」

「その見た目ですからね。大抵の人間は油断しますよ」

「シェリーも?」

「旦那がもう少し大人びてたら警戒してましたよ」


 シェリーは拗ねたように唇を尖らせた。


「……その子どもに夜這いを掛けた訳だが」

「あの時は気持ちに区切りを付けたいってのもありましたし、もう少し与しやすいと思ってたんですよ」


 シェリーは顔を背け、笑みを浮かべた。

 多分、自分では邪悪な笑みだと思っているだろう。


「年齢のことは分かったんだけどよ。何を諦めるんだ?」

「若い娘と比べられることですよ」

「やっぱ、そういうのって気になるか?」

「当たり前ですよ」

「まあ、そういうものだよな」


 マコトだって他の男と比べられたら嫌だ。


「そんな訳で私はしばらく気楽な関係を続けたいですねぇ」

「それはアランのせいか?」

「なくはないと思いますよ」


 無神経すぎるかと思いながら尋ねると、シェリーは溜息を吐くように言い、ほつれた髪を掻き上げた。


「居心地が悪いのは分かりますけど、歩調を合わせて欲しいですねぇ」

「分かったよ」


 自分勝手と言われたようで少しバツが悪い。

 末期の夢なんて感じるせいで少し焦っていたのかも知れない。


「……ところで、今日はどうするんです?」

「シェリーにサービスをしようと思ってる」

「真っ昼間から止めて下さいよ」


 もう! とシェリーは怒っているとアピールするように腰に手を当てた。


「…………教会に行こうと思ってる」

「なら、今日は早いですね」


 シェリーはマコトに背を向け――。


「そういうことは冒険が一段落した時に言って下さいね」


 囁くような声音で言った。



 コートを着てきて正解だったな、とマコトはそんなことを考えながら大通りを歩く。

 時折、冷たい風が吹くが、多くの人々が大通りを歩いている。

 早朝や夕方以降に街を歩くことが多いので少しだけ新鮮な気分だ。

 もう少し温かくなったら無目的に散策するのもいいかも知れない。

 そんなことを言いながら何もしないんだろうけどな、と笑う。

 元の世界でも散歩するのもいいかもとか、花見に行くのもいいかもとか考えながら何もしなかった。

 休日になると途端に外に出るのが億劫になるのだ。


「マコト様!」


 名前を呼ばれて顔を上げると、ローラが駆け寄ってきた。

 オフなのに制服っぽい服を着て、腰から剣を提げている。


「おはようございます」

「おはよう」


 そろそろ昼になりそうだが、どんな時間帯でも挨拶は『おはようございます』と教育されているのかも知れない。


「これから教会ですか?」

「ああ、新しいスキルを取得しておこうと思ってな。ローラは……」


 マコトは頭の天辺から爪先まで時間を掛けて見る。

 舐めるような視線を揶揄されることもあるが、ローラは平然としている。


「どうかしましたか?」

「いや、買い物の帰りかなと思ったんだけど」

「マジックアイテムですね」


 そう言って、ローラは顔を横に向けた。

 花をあしらった銀色のピアスが輝いている。


「へ~、小さいんだな」

「指輪にするべきか悩んだのですが、籠手を付けなければならないので」

「まあ、そうだよな」


 装飾品ではなく、実用品なのだ。

 装備との組み合わせを考えなければならない。


「それで魔法が使えるのか?」

「……はい、魔力強化のスキルを取得したので治癒が使えるようになりました」


 ローラはこちらに向き直って答えた。


「装備は新調しなかったのか?」

「あの鎧と盾は曾祖父が叙爵された際に国王陛下より賜ったものですから」


 ローラは困ったように笑った。


「そんなに古いものなのか」

「私に合わせて調整しているので当時のままではありませんが」

「……確かに」


 マコトはローラの胸を見る。

 シェリーやリブに比べると小振りだが、調整は必要だろう。


「貴族ならその辺は大事にするか」

「……貴族というより我が家の台所事情ですね」


 ローラは恥ずかしそうに肩を窄めた。


「貴族も色々あるんだな」

「はい、色々あるんです」


 ローラは溜息交じりに言った。


「けど、台所事情は改善されただろ?」

「はい、マコト様のお陰で。ただ、冒険者としては成功しましたが、貴族としては……」

「没落したも同然か?」

「ぼ、没落はしてませんよ、没落は!」


 ローラは顔を真っ赤にして反論してきたが、クリスティンに暇を出されているのだからクビになったも同然だ。

 彼女もそう感じているからこそ前回の報酬を受け取ったのだ。


「クリスティンの所に帰る算段はあるのか?」

「マコト様の才を受け継ぐ子どもを授かればいつでも返り咲けます」

「もう少し言葉を飾ってくれ」

「結婚して下さい」

「……飾っても同じか」


 マコトは溜息を吐いた。


「何故、溜息を吐くのですか?」

「……何となく」


 初めて会った時は怜悧な美人という印象だったのだが、どうしてこんなになってしまったのかと思わなくもない。


「本当に俺のことが好きなのか?」

「もちろんです。初めて出会った時からお慕いしております」

「ビビってたよな?」

「記憶にありません」


 怯えたような目で見られた記憶があるのだが、ローラは否定した。


「マコト様は私のことをどう思いますか?」

「嫌いじゃねーよ」

「それは好きということですね?」

「まあ、どちらかと言えば」

「両思いということですね」


 いつもと違って、ぐいぐいくる。

 いや、普段通りか。

 多分、いつもはユウカがバリアになっていたのだろう。


「私も次の段階に進みたいと考えています」

「俺のペースに合わせて欲しいな」

「お断りします」


 ローラはきっぱりと言った。


「なんでだ?」

「マコト様のペースに合わせていたらいつまでも前に進めない気がします。敵に主導権を握られたら勝利は覚束ないのです」


 なるほど、と喉元まで迫り上がった言葉を呑み込む。


「友人の言葉ですが、恋愛とは戦いなのだそうです」

「俺はそこまでアグレッシブに捉えてねーんだが」

「私もそうですが、既婚者なので一理あるのではないかと」

「情熱的な人なんだろうな」

「いえ、どちらかと言えば物静かなタイプです」


 恋愛脳の持ち主かと思いきや、まさかの陰キャ。

 兵は詭道なりとか言ってそうだ。


「旦那さんは幸せそうか?」

「…………幸せそうです」

「幸せならいいんだが」


 答えるまでに間があったせいか、幸せそうな感じがしないが、先入観はよくない。


「マコト様は結婚に否定的なのでしょうか?」

「そういう訳じゃねーよ」

「やはり、重いですか?」

「…………子どものことを言われると少しな」

「一応、私は貴族ですので」

「いや、貴族の義務ってのは分かるんだけどよ。ローラとクリスティンは俺の才能を受け継いだ子どもが欲しいんだよな?」

「ええ、まあ、そうです」

「自分の子どもが道具扱いされるのはどうかなと思うんだよ」

「お言葉ですが、義務と権利は表裏一体です」

「それは分かってるんだが、どうも感覚的にな」


 マコトは頭を掻いた。


「それに道具扱いはしません。しっかり愛します。これでも、駄目ですか?」

「駄目というか」


 う~ん、とマコトは唸った、


「……分かりました」

「念のために言っておくけど、嫌いって訳じゃねーからな」

「分かっています。恋愛は戦い……つまり、そういうことです」


 ローラは胸に手を当てて言った。

 胸を見ていたことに気付いたのだろうか。


「では、失礼します」


 ローラは軽く頭を下げ、その場から立ち去った。



「お、フェーネだ」


 マコトはカフェテリアにフェーネがいることに気付き、足を止めた。

 弟――レドも一緒だ。


「……そう言えば」


 神官見習いが外部の人間と接触できるのは精霊祭の時だけというルールを思い出す。

 恐らく、二人はお忍びで会っているのだろう。

 声を掛けたらマズいことになるかも知れない。

 ここはスルーするのが吉だ。


「あ! 兄貴ッス! 兄貴~ッ!」

「……フェーネ」


 立ち上がり、ぴょんぴょんと跳ねるフェーネに視線を向ける。

 レドがペコリと頭を下げる。


「兄貴、一緒にお茶するッス!」

「……」


 いいのだろうか、と少しだけ迷う。

 だが、ここで無視すれば大騒ぎになりかねない。

 フェーネが泣きながら追い掛けてきそうだ。

 仕方がない、とマコトは溜息を吐き、フェーネ達の下に向かった。


「……よ、よう」

「兄貴、おはようッス! どうぞ、どうぞッス!」

「お、おう」


 フェーネに促され、マコトはイスに座った。


「マコトさん、姉がいつもお世話になってます」

「世話になってるのはこっちだよ」

「……あ、兄貴」


 深々と頭を垂れるレドに返したつもりなのだが、反応したのはフェーネだった。

 潤んだ瞳でこちらを見ている。


「何だよ?」

「兄貴に評価されていることが嬉しいんスよ」

「俺は皆を頼りにしてるぞ」


 戦闘能力はマコトとユウカが突出しているが、それ以外の能力――情報収集能力などはフェーネ達の方が上だ。


「……皆ッスか、そうッスか」


 フェーネは拗ねたように唇を尖らせた。

 お前を頼りにしている、と言うべきだっただろうか。

 仕方がなく、レドに話を振る。


「……神官見習いは外部と接触できないんじゃなかったのか?」

「教会の仕事で外に出る時は別なんです」

「教会にも出張があるんだな」


 神官見習いなのだからずっと教会にいるとばかり思っていた。


「出張の目的は?」

「遺跡の調査です。街の南東に星を奉った遺跡があって、最近そこにアンデッドが出没するようになったらしいんです」

「遺跡って言うよりもアンデッドの調査だな」

「そうですね」


 レドは苦笑じみた表情を浮かべる。


「大丈夫なのか?」

「護衛に腕のいい冒険者を雇うので大丈夫ですよ。それに、これでも、僕は治癒の奇跡を賜ってますから」


 レドは誇らしげに胸を張った。

 正直、死亡フラグを立てているように見える。


「俺達も応募してみるか?」

「いいんスか?」

「……それは難しいと思います」


 フェーネは嬉しそうに顔をこちらに向けたが、レドは難しそうに眉根を寄せている。


「なんでだ?」

「黒炎は一流の冒険者ですけど、実力がありすぎると言うか、そういう人達を安く使うのは色々と問題があると思うんです」

「金額を設定してる訳じゃねーんだけどな」


 マコトは頭を掻いた。

 とは言え、もっともな意見だとも思う。

 一流の冒険者が安く仕事を請け負っていたら、他の冒険者はもっと安く仕事を請け負うことになる。


「フェーネはどう思う?」

「値切ろうとするヤツは出てくると思うッス」

「そうか、失敗したな」


 クリスティンの依頼で大金を稼ぐことはできたが、依頼料が高いという評判は必ずしもプラスに働かない。


「気にしなくてもいいと思うんスけど?」

「無駄に敵を作りたくねーんだよ」

「おいらもそうッスけど、気にしすぎじゃないッスか?」

「性分でな」


 それなりに実力はあると思っているが、何があっても対応できると思うほど自惚れてはいない。


「つか、俺達ってそんなに有名なのか?」

「ええ、活躍が僕の耳に届くくらいですから」

「そこまで活躍してねーと思うんだが」

「兄貴はどれだけ自分がすごいか分かってないんスね」


 フェーネは小さく溜息を吐いた。

 耳と尻尾も垂れ下がっている。


「姉さんが黒炎のメンバーで僕も誇らしいです」

「おいらはそこまで役に立ってる訳じゃないッスよ」


 フェーネは謙遜したが、頬が赤くなっている。

 弟に誇らしいと思われて満更でもないようだ。


「姉さんの名前に恥じないように僕も頑張りたいと思います」

「……そうか」


 一流の冒険者を安く使うのは問題があるという言葉の裏にはフェーネの力を借りたくないという気持ちが働いているのかも知れない。

 使えるものは何でも使えばいいのにと思うが、その一方で自分の実力を試したい気持ちも分かる。

 自分の力で勝ち取ったものはたとえば安いアパートを借りただけだったとしても誇らしく感じる。

 つまり、そういうことだ。


「頑張れよ」

「はい、頑張ります」


 マコトは笑い、立ち上がった。



「……今日は混んでるな」


 マコトは教会に入り、そんな感想を漏らした。

 待合室には大勢の冒険者がいて、受付には長蛇の列ができている。

 その先――ホールはいつも通り閑散としている。


「よう、マコト!」


 声のした方を見ると、リブがソファーに座っていた。

 武器だろうか、布で包まれた棒状の物を肩に立てかけている。


「……もう少し声を抑えろよ」

「気にしてるヤツなんていねーよ」

「もうスキルを取得したのか?」

「朝一でスキルを取得して、買い物も済ませたっての」


 ほれ、とリブがコートをはだける。

 そこにあったのはコルセット状の金属鎧だ。

 サイズが合っていないのか、胸元が窮屈そうだ。


「……大丈夫か?」

「ベルトを締め過ぎちまっただけだよ」

「よかった」

「なんで、マコトが安心してるんだよ」


 マコトがホッと息を吐くと、リブが突っ込んできた。


「いや、な」


 チラチラと胸元に視線を向ける。

 サイズの合っていない鎧を着て、胸の形が崩れたら嫌だなと思ったのだ。


「な~んとなく言いたいことは分かったぜ」

「そりゃ、よかった」

「あれだろ? 次は胸で挟んで欲しいんだろ?」

「違ーよ」

「そうなのか?」

「そうだよ」


 胸の形が崩れたら嫌だなという気持ちと胸で挟んで欲しいという気持ちは別物だ。


「スキルは予定通りか?」

「ああ、あと1ポイントあればスキルを取得したんだけどよ」


 リブは少しだけ口惜しそうに言った。

 魔法耐性と状態異常耐性を取得したと言わなかったのは周囲を警戒してのことだろう。


「武器は?」

「籠手と脚甲、新しい武器だな」


 リブは軽く手を上げ、足を踏み鳴らした。

 腕には指の根元から肘までを覆う籠手、足には爪先から膝の少し上までを覆う脚甲を身に着けている。


「……鑑定」


 無駄だと思いながら呟くと、籠手に筋力強化というウィンドウが表示された。


「マジックアイテムか?」

「お、分かるか?」


 リブは身を乗り出し、お気に入りの玩具を見せびらかす子どものように笑った。


「鑑定を使ったからな」

「何だよ、スキルかよ」

「見ただけじゃ分からねーよ」


 リブがふて腐れたように唇を尖らせ、マコトは苦笑した。

 とは言ったものの、値が張りそうなことは分かる。


「短所を補うんだろ?」

「スキルで短所を補いつつ、アイテムで長所を伸ばしたんだよ」

「ガキみたいな理屈だな」

「いいじゃねーか、別に」


 リブはうんざりしたように言った。


「防具って割にゴツゴツしてるな」

「そうか?」


 マコトが指摘すると、リブは少しだけ視線を逸らした。

 防具としてだけではなく、武器として使うことを念頭に置いているのかも知れない。

 次に手合わせする時は肘や膝に警戒した方がいいだろう。


「それで布に包まれてるのは?」

「へへ、こいつはあたいの新しい武器だ」

「形から察するにまたポールハンマーか?」

「またって何だよ、またって」

「じゃ、別の武器なのか?」

「や、ポールハンマーだけどよ」


 リブはふて腐れたように唇を尖らせた。


「けど、ただのポールハンマーじゃないんだぜ。ミスリル合金製で実体のないアンデッドにも攻撃できるし、なんと一日に三回も魔法を放てるんだぜ!」


 スゲーだろ、とリブは笑った。

 笑ったり、拗ねたり、子どもかと突っ込みたくなるが、そういう子どもっぽさもリブの魅力だと思えば気にならない。


「バイソンホーン族は魔法が苦手なんじゃなかったのか?」

「武器そのものに周辺の魔力を吸収してストックする機能があるんだよ」

「ふ~ん、すごいんだな」

「すごいんだよ」


 リブはムッとしたように言った。

 多分、マコトが羨ましがっていなかったり、驚いたりしていないことよりも“すごい”を共有できないことが面白くないのだろう。

 趣味人にありがちな性格だ。


「色々と考えてるんだな」

「あたいはいつだって考えてるっての」

「そうだな」


 マコトは素直に頷いた。

 フェーネに脳筋扱いされることもあるが、リブは名の知れた傭兵だったにもかかわらず偉ぶった所がない。


「今まで使っていたポールハンマーはどうするんだ? 下取りに出すのか?」

「出さねーよ。あれはあれで思い入れがあるし」

「傭兵なのに物持ちがいいんだな」

「言いたいことは分からなくもねーけど、全員が武器を消耗品って考えている訳じゃねーんだぜ」

「まあ、そうだな」


 武器を消耗品と考える傭兵もいるだろうし、武器に愛着を持つ傭兵もいるだろう。

 験を担いで古い武器を手元に置く傭兵もいるかも知れない。

 要は人それぞれということだ。


「そう言えば装備系のマジックアイテムってロジャース商会に売ってるのか?」

「品薄で高ぇけど、普通に扱ってるぜ。なんで、そんなことを聞くんだよ?」

「あるって言われなかったからよ」


 自分の時も、フジカの時も装備するタイプのマジックアイテムを勧められなかった。

 いや、フジカの装備はマジックアイテム扱いになるのだろうか。


「マコトは格闘家と精霊術士のジョブを持ってるんだったよな?」

「ああ、一応な」

「そのせいじゃねーの?」

「確かに魔法を使える相手にマジックアイテムは売りにくいな」


 汎用性の高そうな装備を勧めたということだろう。


「……マジックアイテムか」

「お、マコトも欲しくなったか?」

「浪漫があるよな」

「分かってるじゃねーか」


 リブは歯を剥き出して笑った。


「いや、あたいも前々から欲しいと思ってたんだけどよ。とにかく高ぇんだよな」

「そんなに高いのか?」

「最低でも1万Aねーと話にならねぇ」

「ってことは合わせて3万Aくらいか」

「そんな安物を買う訳ねーじゃん」


 はっ、とリブは笑った。

 この調子だと10万Aくらい使ってそうだ。


「なんつーか、いいよな。装備を新しくすると、立派になったような気がしてさ」

「まあ、そうだな」


 マコトの脳裏をかつての同僚の姿が過ぎる。

 彼は高い腕時計を買ったと喜んでいた。


「ところで、どうして教会にいるんだ? 用事は済んでるんだろ?」

「ちょっと情報収集にな」

「飲み会か?」

「……場合によっては」


 リブはバツが悪そうに頭を掻いた。


「明日も群体ダンジョンに行くんだから加減しとけよ。まあ、分かってると思うけどな」

「チェッ、そんなことを言われたら深酒できねーじゃん」

「だから、言ったんだよ」


 マコトは唇を尖らせるリブを見ながら笑った。


「誰と飲む――」

「おう、リブ! 待たせたな!」


 何処かで聞いたような声が待合室に響き、マコトはゆっくりと振り向いた。

 すると、そこには褌姿の男――フランクがいた。


「お、マコトか。久しぶりだな」

「久しぶり」

「聞いたぜ。領主様から依頼を受けたんだってな。やっぱり、俺の目は間違っていなかったな」

「……そうだな」


 マコトは少し間を置いて答えた。

 フランクの目は節穴だと思っているのだが、それを言っても仕方がない。


「そっちは仕事か?」

「ああ、調査隊の護衛だ」

「星を奉った遺跡だったか?」

「なんだ、知っているのか」


 フランクは落胆したように言った。


「調査隊のメンバーに選ばれたヤツに聞いたんだよ」

「黒炎はどうするんだ?」

「今回は見送りだ」

「そうか」


 フランクはホッとしたように息を吐いた。


「な~に、ホッとしてるんだよ」

「ホッとしてねぇよ」


 リブが茶化すように言い、フランクはムッとしたように言い返した。

 さて、とリブは立ち上がった。


「じゃ、あたいらは行くぜ」

「楽しんでこい」

「ま、適度に楽しんでくるよ」


 リブはニヤリと笑った。



「ようこそ、七悪の使い手よ」


 マコトが祭壇に行くと、司祭はいつもと同じように艶然とした微笑みを浮かべて迎えてくれた。


「本日はどのような用件でしょうか?」

「新しいスキルを取得しようと思ってな」

「分かりました」


 司祭が胸の前で手を合わせ、開くと、ウィンドウが表示された。

 全てのスキルを覚えている訳ではないが、前回と変わっていないように見える。


「残りは――」

「30ポイントになります」

「なんで、分かるんだ?」

「それが私の役目ですから」


 司祭はクスクスと笑った。

 今まで気にも留めなかったが、秘密が多そうな女性だ。


「どのスキルを取得されるつもりですか?」

「耐性系をコンプリートしようと思ってる。だから、斬撃、打撃、刺突、火、水、土、風、精神、毒、麻痺、混乱、恐怖か」


 司祭に問い掛けられ、マコトはスキルを読み上げた。


「斬撃耐性、打撃耐性、刺突耐性、火耐性、水耐性、土耐性、風耐性、毒耐性、麻痺耐性、混乱耐性、恐怖耐性はそれぞれ2ポイント、精神耐性が10ポイントになります」

「ってことは……」

「合計32ポイントになりますので、2ポイント不足します」


 マコトが暗算するよりも早く司祭が答えた。


「こんなことなら鑑定なんて取るんじゃなかった。あ~、取得したスキルをポイントに還元することってできねーの?」

「できません」


 司祭の口調は普段と変わらなかったが、断固とした意思を感じさせた。


「……じゃあ、火耐性は取得しない方向で」

「よろしいのですか?」

「ああ、火耐性は装備で補うよ」


 火鼠の革で作られたコートには火耐性が備わっているので問題ないはずだ。

 ダメージを負うようなことがあればさらにアイテムで強化だ。


「……では」


 司祭が呟くと、ウィンドウに表示されたスキルの色が変わった。


「念のために確認しますが、斬撃耐性、打撃耐性、刺突耐性、水耐性、土耐性、風耐性、精神耐性、毒耐性、麻痺耐性、混乱耐性、恐怖耐性の取得でよろしいですね?」

「ああ、頼むよ」

「分かりました」


 マコトがウィンドウを確認して頷くと、司祭は胸の前で手を打ち合わせた。

 御使いの声が聞こえるかと思ったのだが、何も聞こえない。


「30ポイントを消費して斬撃耐性、打撃耐性、刺突耐性、水耐性、土耐性、風耐性、精神耐性、毒耐性、麻痺耐性、混乱耐性、恐怖耐性を取得しました。残り0ポイントになります」

「アナウンス担当は御使いじゃねーの?」

「サービスです」


 司祭は子どもっぽい笑みを浮かべた。

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