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Quest26:パワーレベリングをせよⅡ その3

聖撃を聖光弾に修正しました。



 カチカチと歯を打ち鳴らしながら一体のスケルトンが近づいてくる。

 リブが右に、ローラが左に一歩だけ踏み出して射線を確保する。

 フジカは深呼吸を繰り返し、錫杖をスケルトンに向けた。


「ペリオリス様! 邪悪を退ける力を下さいみたいな!」


 祈りと呼ぶにはおざなりな言葉を吐き出した。

 それでも、効果はあるらしくフィンガーリングブレスレットに淡い光が灯る。


聖光弾ホーリー・ブリット!」


 フジカが叫ぶと、錫杖から光弾が放たれた。

 光弾が頭蓋骨を粉砕し、スケルトンはバラバラになった。


「一撃で倒せたし!」


 フジカは錫杖を抱き締め、ぴょんぴょんと跳ねた。

 そのたびにスカートが捲れ上がるのだが、見えそうで見えない。


「止めなさいよ、そういうの」

「そういうのって何だ?」


 ユウカは不愉快そうに呟き、マコトは疑問を投げかける。

 もちろん、本当に疑問に思っている訳ではない。

 誤魔化せたらいいなと思ったのだ。


「舐めるような目でフジカの太股を見るなって言ってるのよ」

「見てねーよ」

「そう思ってるのはアンタだけよ。女はね、視線に敏感なの」

「そうか?」


 マコトはローラの尻を見つめた。

 鍛えているだけあって引き締まった尻だ。


「気付かねーぞ」

「例外もいるわ。多分、騎士として修業しすぎたせいで女らしい感性が死んでるのね」

「婚期を気にしてるみたいだし、生きてるだろ」


 多分、と心の中で付け加える。


「分かってないわね。婚期を気にするのと、感性は別物なの。アンタにも分かるように言えば同じコンプレックスでも童貞とハゲは別物ってことね」

「ますます分からねーよ」

「え?」


 ユウカはギョッとした表情でこちらを見た。

 と言うか、マコトの頭を見た。


「なんで、俺の頭を見る」

「見てないわよ、全然」

「いや、見てただろ」


 ユウカが気まずそうに視線を逸らそうとしたので、マコトは回り込んだ。


「俺はふさふさだぞ、ふさふさ」

「……今はそうだけど」


 ユウカは言いにくそうに口籠もった。


「いつもズケズケと物を言うくせに何を遠慮してるんだよ」

「あたしはあたしなりに考えてるのよ。不治の病に罹っている人をお見舞いする時に盆栽やシクラメンを持っていく人はいないでしょ?」

「お前ならやるんじゃねーか?」

「やらないわよ!」


 マコトが問い返すと、ユウカは声を荒らげた。


「いや、でも、クラスメイトの不幸を喜んでただろ?」

「それは……それよ」


 ユウカはそっぽを向いた。

 わざわざ言わなくてもいいじゃないと言わんばかりに唇を尖らせている。


「とにかく、あたしは追い打ちを掛けるような真似はしないの」

「次に会ったら罵ってやるって言ってなかったか?」

「下らないことばかり覚えてるわね」

「お前が本当に罵ろうとしたら止めなきゃならねーからな」

「チッ、何様のつもりよ」


 ユウカは舌打ちし、吐き捨てるように言った。

 舌打ちか、吐き捨てるかのどっちかにして欲しいものだ。


「お――」

「俺様、神様、仏様はなしだからね」

「よく分かったな」

「長い付き合いだもの、アンタの思考はお見通しよ」


 ふふん、とユウカは鼻で笑った。

 すごい洞察力だが、どうしてそれを人間関係に活かそうとしなかったのだろう。


「まあ、何様と言われると困るんだが、チームのリーダー……兄貴分としてって感じか」

「兄貴?」


 ユウカは露骨に顔を顰めた。

 ちなみに言い方は『あにぃきぃぃぃ?』である。


「ったく、いくつ歳の差があると思ってるのよ」

「突っ込むのはそっちなのか」

「そこ以外に何処を突っ込むのよ?」


 ユウカはきょとんとした表情で首を傾げた。


「対等って言ってただろ?」

「ああ、確かにそんなことを言ったわね」

「好きだぞのインパクトが大きくてど忘れしたのか?」

「それ、禁止! 蒸し返さないで!」


 ユウカは顔を真っ赤にして言った。

 照れてるのか、怒っているのか今一つ分からない。


「……兄貴なんて図々しすぎるでしょ、年齢的に」

「まあ、確かに」


 ユウカが頬を朱に染めながらぼやくように言い、マコトは頷いた。

 年齢が二十歳以上離れているのだ。

 流石に兄貴は図々しすぎたか。


「じゃ、叔父さんだな」

「叔父さんって言われても分からないんだけど」

「親戚付き合いとかねーの?」

「って言うか、親戚に会ったことがないもの」

「……そうか」


 母子家庭と言っていたから色々あったのだろう。


「叔父さんって何してくれるの?」

「お小遣いくれたり、プレゼントを買ってくれたり、そんな感じだな。俺はやったことねーけど」

「貧乏だって言ってたもんね」

「貧乏だった、な」

「はいはい、貧乏だったんでしょ」


 マコトが指摘すると、ユウカはおざなりに訂正した。


「甥っ子が悪いって訳じゃねーんだけど、どうしても愛せなかったんだよな」

「ま、仕方がないんじゃない」


 ユウカは軽い調子で言った。

 借金があったことは話しているので、察してくれたのだろう。


「つまり、マコトはあたしを甘やかしてくれるのね? 報酬アップを要求するわ!」

「要求するなよ」

「何よ、甘やかしてくれないじゃない」


 チェッ、とユウカは可愛らしく舌打ちした。


「叔父さんは駄目だな。だから、父親のように時に厳しく、時に優しく接したいと思う」

「ち、父親?」

「父親だ」


 マコトは腕を組み、鷹揚に頷いた。


「お父さんと言ってみろ」

「……」


 何故か、ユウカは顔を真っ赤にしている。


「さあ、お父さんだ」

「……お、お父さん」


 ユウカはボソボソと呟いた。

 恥ずかしいらしく耳まで真っ赤になっている。

 何だか、こっちまで恥ずかしくなってくる。


「か、顔が真っ赤なんだけど?」

「お前もな」


 マコトが顔を背けると、ユウカは俯き、髪を指に巻き付けた。


「二人とも何のプレイをしてるんスか?」

「何もしてないわよ!」

「プレイじゃねーよ!」


 フェーネの突っ込みが入り、マコトとユウカは声を張り上げた。


「そんなにムキにならなくても全部聞いてたから大丈夫ッス」

「聞いてたんなら止めなさいよ!」

「二人が甘酸っぱい空気を醸し出してたから止めなかったんスよ。と言うか、あの空気の中に踏み込めるほどおいらは勇者じゃないッス」

「……甘酸っぱい雰囲気」


 ユウカは目眩を起こしたかのように後退った。


「俺達には破壊力がありすぎたな」

「アンタのせいでしょ、アンタの!」

「ユウカの言葉おとうさんにあんな破壊力があるとは思わなかった」

「忘れなさいよ!」

「本当に父親だったら――」

「それはないわ」


 ユウカは一転して冷静な声で言った。


「ないのか?」

「ないわよ」


 断言するということは証拠が残っていると言うことか。


「そうか、ないのか」

「なんで、残念そうに言うのよ?」

「なんでって言われても困るんだが、父性愛に目覚めつつあるのかも知れねーな」

「……気色悪い」


 ユウカは顔を顰めた。


「気色悪くねーよ」

「でも、マコトの場合は複雑なんじゃない?」

「何が?」

「甲斐性がなかったことを後悔しそうじゃない」

「まあ、そうだな」


 彼女はマコトの重荷になりたくなくて身を退いたに違いないのだ。


「……ユウカ」

「何よ?」

「不甲斐ないお父さんでごめんな」

「そのネタはもういいわよ!」


 ユウカは声を荒らげた。


「なんで、あたし達はこんな話をしてるのよ」

「髪の話から病気の話になって、そこから話がどんどんズレたんスよ」

「よく覚えてるな」

「これでも記憶力には自信があるんス」


 フェーネは指でこめかみを突いた。


「ああ、そうだったわね。マコトがハゲてるって話だったわね」

「お見舞いに盆栽やシクラメンを持っていったりしないって話だよ」

「分かってるわよ、細かいわね。つまり、何が言いたかったかと言えばいくらあたしでもハゲてる人にハゲなんて言えないって言おうとしてたのよ」

「今、ハゲって言ったじゃねーか。いや、待て。俺はハゲなのか? 若返ったのにハゲてるのか?」

「今はふさふさよ、今は」


 ユウカは憐れむような視線を向けてきた。


「意味深な態度を取るなよ」

「う~ん、見せてもらった免許なんだけど……」

「お、おう」

「かなりヤバいわ」


 ユウカは深刻そうに呟いた。


「え? マジで?」

「あ~、ハゲって言ってる訳じゃないのよ。ほら、アンタって猫っ毛だし、歳を取って脂っぽくなったせいで――」

「脂っぽいってなんだ、脂っぽいって」

「歳を取ると、皮脂とか皮脂とか皮脂とかあるでしょ」

「皮脂しかねーよ」


 仕事のストレスによるものか、過食、飲酒、喫煙と体によさそうなことは全くしてこなかった。

 強いてあげるとすれば駅まで歩いていたくらいだ。


「そのせいで頭皮が……」

「マジかよ」

「気付いてなかったの?」

「いや、ちょっとヤバいかなとは思ってたんだよ」


 ちょっと、とマコトは親指と人差し指で五センチメートルくらいの幅を作った。


「ちょっとじゃないわよ。超ヤバいわ」

「ああ、クソ。目を逸らし続けてきた事実なのに……やっぱ、頭皮のケアをしないと駄目か?」

「この世界で頭皮のケアってできるのかしら?」

「頼むから気休めを言ってくれ」

「わかめを食べれば大丈夫よ」

「全然、気が安まらねーよ。ここは内陸で、輸送手段も発達してないのにどうやってわかめを食えばいいんだよ」

「自分で考えなさいよ、自分で」

「そんなのパッと考えついたら流通革命だよ。冒険者じゃなくて商人でスローライフを実現できるっての」

「二十年のサラリーマン経験ってあまり役に立たないのね」

「だから、中高年の再就職は難しいんだよ」


 転職したことねーけど、と心の中で付け加える。


「ったく、気休めを言ったら言ったでグチグチと」

「だから、安まってねーんだよ」

「兄貴はハゲてないッスよ?」


 免許証を見ていないフェーネは不思議そうに首を傾げる。


「これからハゲるのよ」

「せめて、ハゲるかもって言えよ」

「二十年後に頭皮が透けて見えるようになるわ」

「ハゲでいいよ」

「このハゲ!」

「なんで、いきなり罵倒するんだよ!」


 いきなりハゲ呼ばわりはない。


「間違えたわ」

「何と言い間違えたんだよ?」

「気を遣って欲しいのか、欲しくないのかはっきりしてって言おうと思ったのよ」

「言い間違えすぎだろ!」

「……お父さん」

「うるせぇ、引っぱたくぞ」

「畜生、覚えてなさいよ」


 ユウカは頬を押さえながら恨み言を口にした。

 もちろん、マコトは暴力を振るっていない。


「え? 何だよ、それ?」

「幼い頃から父に虐待を受けて――」

「殴ってもねーのに人聞きの悪いことを言うなよ!」

「お望みの親子プレイよ」

「そんな親子関係は望んでねーよ。つか、なんで、俺達はダンジョンで漫才をやってるんだよ」


 こういう変化球は止めて欲しい。


「よく分からないッスけど、兄貴は二十年後にハゲるかも知れないんスね?」

「まあ、そういうことよ」


 う~ん、とフェーネはマコトの頭を見上げて唸った。


「大丈夫ッス! おいらは気にしないッス!」

「はっ、そんなこと言って、ハゲたら手の平を返すんでしょ」

「や、姐さん。いつの間に兄貴の代弁者に?」

「何となくよ」


 ユウカは髪を掻き上げた。


「三人とも何の話をしてるんだよ?」

「二十年後にマコトがハゲるかもって話をしてたのよ」


 リブが何処となく呆れたように問い掛け、ユウカはニヤニヤ笑いながら答える。


「二十年後の心配なんてしなくてもいいじゃねーか」

「だそうよ?」

「……男にとってはリアルな恐怖なんだよ」


 マコトは前髪を摘まんだ。


「ローラはどう思う?」

「…………二十年後は私も歳を取っていると思うので」


 リブの問い掛けにローラは眉根を寄せて答えた。


「ハゲでもいいのか?」

「二十年後の心配より結婚できるかが心配です」


 ローラは溜息交じりに言った。

 何だか、深刻そうだ。


「私は気にしないし!」

「さっさと先に進むわよ」

「もう少しくらい相手をしてくれてもいいっしょ!」


 フジカがユウカのケープを掴んだ。


「アンタがハゲ好きなのは分かったわよ」

「ハゲが好きなんて言ってないし」

「加齢臭が好きだなんてマジで病気ね」

「そんなこと言ってないし!」


 ユウカが虫でも見るような視線を向けると、フジカは悲鳴じみた声を上げた。


「はいはい、分かってるわよ。アンタは人は見た目じゃないとか言い出すのよね。学校でイジメられるのが怖くてビッチ・ロールなんてアホな真似をしていたヤツがよりにもよって人は見た目じゃないとか……片腹痛いのよ!」

「行動を決めつけられた上にキレられてるし」


 フジカはがっくりと頭を垂れた。


「行動を決めつけた? じゃあ、アンタは何て言うつもりだったのよ?」

「大事なのは愛だし!」

「予想の範囲を出ないわね。もっと面白いことを言いなさいよ」


 ユウカはやれやれと言わんばかりに首を左右に振った。


「別に面白いことを言ったつもりはないし」

「真面目に愛が大事って言ったのね? 面白いわ、面白くてお腹が捩れそうよ」


 と言いながらユウカは笑っていない。


「言葉の不完全さを思い知るみたいな」

「言葉よりもアンタの未熟さを思い知りなさいよ」

「ユウカのことが分からないし」


 ユウカは鼻で笑い、フジカは深い溜息を吐いた。


「まあ、根本的に価値観が違うしな」

「価値観が違っても話し合えば分かり合えるし」

「……フジカはスゲーな」


 こんな扱いを受けているのにまだ諦めていないことに感心する。


「え? そんなことないし」

「多分、誉められてないわよ」


 恥ずかしそうに身を捩るフジカにユウカは突っ込んだ。


「多分、脳みそお花畑的なアレよ」

「お前のフィルターを通すと現実が歪むな」

「アンタもでしょ」


 ユウカはムッとしたように言い返してきた。


「つか、宗教やってるヤツに分かり合えるって言われると、何を言ってるんだかって気分になるわ」

「そう言えば何か言ってたよな」


 ユングだか、フロイトだかの言葉を引用していたと思うが――。


「うう、きっと、分かり合えるはずだし」

「ちょっと、アドバイスしてやりなさいよ」


 流石に言い過ぎたと思ったのか、ユウカは手の甲でマコトの二の腕を叩いた。


「……フジカ」

「マコトさん」


 フジカは顔を上げ、マコトを見つめた。


「ああいうのをまともに見るな」

「ああいうのって何よ! ああいうのってッ!」


 反応したのはフジカではなく、ユウカだった。


「アンタ、さっきまで保護者としてみたいなことを言ってたわよね!」

「いや、俺はちゃんと見てるぞ」

「本当に?」


 ユウカは不信感に彩られた眼差しを向けてきた。


「俺が対応してきたクレーマーに比べれば可愛いもんだ」

「く、クレーマーッ?」

「ああ、質の悪いヤツは本当に質が悪いぞ。怒鳴ったり、喚いたりするくらいなら可愛い方で、理屈をこねたり、言質を取って誠意を要求してきたり……」


 できないことはできないと突っぱね、不確かなことは上司に確認するのが鉄則だ。

 もっとも、この方法は社内クレーマーには通用しないが。


「……お前って可愛いヤツだったんだな」

「クレーマーと比べられても嬉しくないんだけど」


 ユウカは呻くように言った。


「自分の価値観に当て嵌めようとするから苦労するんだよ。ユウカはこういう生き物なんだって理解するだけでいいんじゃねーの?」

「それは……失礼なような気がするし」

「失礼でも何でもねーよ。お前達はまだ友達って段階でもなさそうだし、どんな相手なのか理解しておけば十分だろ」


 フジカは理性が尊ばれる環境で育ったのだろう。


「そういうのは寂しすぎるし」

「先は長そうだな」


 マコトは天を仰ぎ、ぼやいた。



 カチカチと歯を打ち鳴らしながら二体のスケルトンが突進してくる。

 手に剣を持っている。

 リブとローラがフジカのために射線を確保し――。


「邪悪を退ける力を与えて下さいみたいな! 聖光弾!」


 フジカは魔法を放った。

 光弾が頭蓋骨を直撃し、スケルトンは仰け反った。

 だが、死んではいない。

 歯を打ち鳴らしながら近づいてくる。


「き、効いてないし!」


 フジカは上擦った声で叫んだ。

 聖光弾の一撃でスケルトンを倒してきたので動揺しても仕方がない。


「いい加減に祈るから神様に見捨てられたんじゃないの?」

「そ、そ、そそんなことないしッ! ないはずだし! な、ないといいなみたいな……」


 自信がないのか、フジカの声は尻すぼみに小さくなる。


「あれはスケルトン・ウォーリアだから仕方がないッス」


 フェーネが呟き、マコトは目を細めた。

 確かに肋骨の内側にビー玉サイズの魔石がある。


「上位種だったからだし!」

「あたしにはスケルトンに見えたのよ」


 フジカが声を荒らげ、ユウカはそっぽを向いた。


「あたいらが倒しちまっていいのか?」

「足止めを頼む。フジカはトドメ、ローラは――」

「足止めですね?」

「その通りだ」

「よっしゃ! 行くぜ!」


 流れるように段取りが決まり、リブが飛び出した。


「地震撃ィィィィッ!」


 リブがポールアクスを振り下ろし、激震がダンジョンを襲った。

 二体のスケルトン・ウォーリアは動きを止め、そこに――。


「聖光弾!」


 フジカの魔法がスケルトン・ウォーリアの頭蓋骨を粉砕する。

 そこで地震撃の効果が切れ、もう一体が自由を取り戻した。


「スイッチです!」

「おうよ!」


 リブが跳び退り、ローラが前に出る。

 アンデッドは最も近くにいる生者に襲い掛かるという習性を持つ。

 そのために前に出たのだ。

 スケルトン・ウォーリアは剣を振り上げる。

 盾撃シールド・バッシュを使うつもりか、ローラはわずかに体を沈ませた。

 スケルトン・ウォーリアが剣を振り下ろす。

 だが、攻撃は空を切った。

 ローラは剣が振り下ろされるタイミングを見極め、スケルトン・ウォーリアの脇に回り込んだのだ。


「はっ!」


 ローラが盾を構えたまま突進し、スケルトン・ウォーリアを壁に押し付ける。


「どうぞ!」

「せ、聖光弾!」


 聖光弾がスケルトン・ウォーリアの頭蓋骨に直撃するが、倒すには至らない。


「もう一度!」

「聖光弾!」


 再び聖光弾が頭蓋骨を直撃する。

 カチカチと歯を打ち合わせる音が響く。


「もう一度!」

「聖光弾!」


 フジカは声を張り上げ、魔法を放った。

 三発目にしてようやくスケルトン・ウォーリアの頭蓋骨が砕けた。

 骨がバラバラと地面に落ち、ローラは小さく息を吐いて壁から離れた。


「……フジカさん」

「な、何でしょう?」


 ローラに呼ばれ、フジカは上擦った声で応じた。


「もう少し自信を持って魔法を使って下さい」

「そ、その、ケガさせちゃうとマズいし」


 フジカはチラチラとローラに視線を向けた。

 頬に赤い筋が走っている。

 恐らく、聖光弾で砕けたダンジョンの破片が当たったのだろう。

 どうやら、気を遣ったせいで狙いが甘くなり、三発も聖光弾を撃つことになったようだ。


「この程度なら問題ありません」


 ローラは親指で血を拭った。


「あ、あの傷を治し――」

「必要ありません。この程度くらいの傷なら魔法を温存すべきです」

「おいおい、もうちょっと優しく言えよ。新入りがビビってるだろ」


 そう言って、リブはローラの尻を叩いた。

 パンッ! とかなり大きな音がした。


「……大事なことです」

「言い方ってもんがあるんだよ、言い方ってもんが」

「……む」


 ローラは考え込むように眉根を寄せた。


「そうですね。少し言い方がキツかったかも知れません。すみません」

「いや、私が悪いし」


 ローラが頭を下げると、フジカは両手を振った。

 リブがフジカの肩を軽く叩いた。


「ま、気にすんな」

「……はい」


 リブは軽い口調で言ったが、フジカの声は重く沈んでいる。


「アンタ、ビビってるの?」

「覚えたばかりの魔法だし」

「あたしなら遠慮なくぶっ放すわ」

「あ、あの、ユウカさんは遠慮して下さると嬉しいのですが……」


 胸を張るユウカにローラはおずおずと声を掛けた。


「何でよ?」

「ユウカさんの魔法が当たったら死んでしまいます」


 ローラは呻くように言った。


「当てたことはないから大丈夫よ」

「けど、外したことはあるよな?」

「チッ、過ぎたことをグチグチと」


 マコトが指摘すると、ユウカは不愉快そうに顔を顰めた。


「そう言えば魔法って補正機能とかないのか?」

「基本的にマニュアルよ。でなけりゃ追尾弾みたいな魔法は存在しないわよ」

「じゃ、練習あるのみだな」


 マコトは乱暴にフジカの頭を撫でた。


「……マコトさん」

「頭を撫でられたくらいでうるうるしてどうすんのよ。これだからお嬢様は」

「何を言ってもディスられるし」


 フジカは深々と溜息を吐いた。


「……変ッスね」


 フェーネが魔石を拾い、小さく呟いた。


「何がだ?」

「スケルトン・ウォーリアのことッス。本当なら二階層から出現する敵ッスよ?」

「這い上がってきたんじゃねーの?」

「そこまでの知能はないはずッス」


 フェーネは魔石をポーチにしまい、もう一つの魔石を拾い上げる。


「這い上がってきたんじゃないとしたら?」

「ダンジョンが成長したのかも知れないッス」

「成長するもんなのか?」

「ダンジョンはアンデッドが作ったもんスからね」

「確かにありそうだな」


 ダンジョンを作ったアンデッドがレベルアップするなり、他所からアンデッドが流入してくれば成長するかも知れない。


「縦穴はもっと先か?」

「この先ッス」

「じゃ、確かめてみるか」

「よし! 隊列を整えて出発しようぜ!」


 マコト達は隊列を整え、ダンジョンの探索を再開した。

 しばらく無言で進み――。


「……もうそろそろッス」


 フェーネが呟き、首筋がチクッと痛んだ。


「……気を付けろ」

「ああ、分かってるって」

「音はしないッス」


 マコトが声を掛けると、リブは武器を握る手に力を込め、フェーネはピクピクと耳を動かした。

 どうやら、二人とも敵が近くにいると分かっているようだ。


「慎重に進むぞ」


 マコト達はゆっくりと通路を進む。

 突然、壁から半透明の人影が飛び出した。


点火イグニッション

「ホォォォォッ!」


 マコトが炎を纏った拳で殴りつけると、人影は耳障りな悲鳴を上げて消滅した。

 カチッという音が響く。

 足下を見ると、魔石が転がっていた。


「ってことは?」

「ゴースト・メイジだ!」


 リブが叫び、それを合図にしたかのようにゴースト・メイジが通路のあちこちから飛び出してきた。


「点火!」


 マコトは思いっきり地面を踏み締めた。

 地面に亀裂が走り、漆黒の炎が真上に噴き上がった。


「ホォォォォッ!」

「ホォォッ!」

「ホァァァァッ!」


 マコト達の近くにいたゴースト・メイジは炎に触れ、悲鳴を上げながら消滅した。

 取り敢えず、これで攻撃を凌げる。


「ユウカ!」

「分かってるわよ! スキル・並列詠唱×10 リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ――」


 詠唱がダンジョンに響き渡る。


「――追尾弾ホーミング・ブリット!」


 呪文が完成し、杖から光弾が放たれた。

 光弾は無数に枝分かれしながらゴースト・メイジを追跡する。


「ホァァァッ!」

「ホォォォッ!」

「ホァァァッ!」


 三匹のゴースト・メイジが光弾に貫かれて消滅するが、残りは壁の中に飛び込んだ。

 光弾がダンジョンの壁にぶつかり、破片が飛び散る。


「壁の中に逃げるなんて反則でしょ!」

「リブ、無駄打ちは止めろよ?」

「分かってるよ」

「やっぱり、遠距離は必須ッス!」


 リブがムッとしたように言い、フェーネはスリングショットでミスリル合金製の弾を放つ。

 ミスリル合金の弾に貫かれたゴースト・メイジは悲鳴を上げて消滅するが、いかんせん数が多い。


「このままだと動けねーな」

「そうね」

「ユウカ、魔法」

「あたしが杖を構えると、壁の中に逃げ込むのよ」

「脳みそがないのに考えてるんだな」

「ムカつくことにね」


 ユウカは吐き捨てるように言った。

 負けることはないだろうが――。


「何とかなるかもみたいな」

「は? 危機的状況下で新たな力に目覚めたっての?」

「スケルトン・ウォーリアを倒した時にレベルが上がって、新しい魔法を覚えたみたいな」

「だったら、その時に言いなさいよ!」

「タイミングがなかったし!」


 ユウカが怒鳴り、フジカは悲鳴じみた声を上げた。


「さっさと使いなさいよ!」

「……マコトさん」

「やるだけやってみようぜ」

「了解みたいな!」


 フジカは元気よく返事をし、錫杖を地面に突いた。


「ホォォォォッ!」

「ホァァァァッ!」

「ホ、ホーーーッ!」


 ゴースト・メイジはマコト達の周囲を回る。

 昔、水族館で見たイワシ玉のようだ。


「ペリオリス様、不死王に捕らわれた魂をお救い下さい! 昇天ターン・アンデッド!」


 フィンガーリングブレスレットと錫杖が眩い光を放った。


「ホォォォォッ!」

「ホァァァァッ!」

「ホォォォォッ!」


 周回していたゴースト・メイジが耳障りな悲鳴を上げて空中で身を捩り、壁の中に隠れていた連中も苦しそうに飛び出してきた。

 近くにいた何匹かが消滅するが、それ以外は苦しんでいるだけだ。


「地震撃・改!」

再詠唱リピート!」


 地面から噴き出した漆黒の炎が、無数の光弾がゴースト・メイジに襲い掛かる。

 ゴースト・メイジは一斉に悲鳴を上げて消滅した。


「……倒せたみたいだな」


 マコトが足を上げると、炎の壁が音もなく消えた。


「はぁぁぁぁ、疲れたし」

「お疲れさん」


 マコトは錫杖に寄り掛かるフジカを労った。


「もう少しだけ歩けるか?」

「大丈夫だし」


 よし、とマコト達は魔石を拾いながら前に進んだ。

 通路が途切れ、そこにあったのは――。


「縦穴があったッスね」

「そうだな」


 マコトは縦穴を見下ろした。


「どうするッスか?」

「一時撤退だな」


 今回の目的はフジカのレベル上げで、ダンジョンの攻略ではない。


「……ユウカ」

「分かってるわよ。リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、導け導け灯火の如く、我を導く灯火となれ! 顕現せよ! 灯火ライト!」


 魔法陣が展開され、眩い光を放つ。

 灯火は転移魔法の目印だ。

 恐らく、ユウカは前回の灯火が無効化されたと考えたのだろう。


「続けていくわよ。リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、繋がれ繋がれ回廊の如く、我が歩く道となれ! 顕現せよ! 転移テレポーテーション!」


 呪文が完成し、マコトは目眩に襲われた。

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