Quest26:パワーレベリングをせよⅡ その2
聖撃を聖光弾に変更しました。
※
城壁の外――ユウカの声が朗々と響き渡る。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、繋がれ繋がれ回廊の如く、我が歩く道となれ! 顕現せよ! 転移!」
詠唱が完成し、マコトは目眩にも似た浮遊感に襲われた。
濃霧の中で車を走らせている時のような気持ち悪さだ。
目を閉じ、足を踏ん張る。
「キャッ!」
可愛らしい悲鳴を聞いて目を開けると、そこは森の中だった。
視線を巡らせ、ユウカ、フェーネ、リブ、ローラの姿を確認する。
どうやら、転移は成功したよう――。
「フジカはどうしたんだ?」
「足下よ」
ユウカは親指を下に向けた。
こういう時は人差し指ではないかとも思ったが、親指を下に向ける仕草が恐ろしいほどサマになっていた。
視線を落とすと、フジカが尻餅をついていた。
スカートが捲れ上がり、ショーツが露わになっている。
清楚かつ華やかなショーツだった。
眼福眼福。
「見ちゃ駄目だし!」
恥ずかしいのか、フジカは顔を真っ赤にしてスカートを押さえた。
「ほら、恥ずかしがってる暇があるんならさっさと立ちなさいよ」
「あんまりだし」
フジカはしょんぼりとした様子で立ち上がり、スカートに付いた土を払った。
「もう少し言葉を選んでくれてもバチは当たらないみたいな」
「キリスト教徒なのにバチって。つか、見られたくないなら下げておきなさいよ」
「どういうことだ?」
「こういうアホみたいに短いスカートを穿いているヤツはウェストを内側に折って調整してるのよ」
「ふ~ん、そうなのか」
まあ、言われてみればという気はする。
業者は制服のスカートを短くしないだろうし、全ての女子高生が丈を詰める裁縫のテクニックを持っている訳でもないだろう。
「ほら、さっさと下げなさいよ」
「それが、その、できないし」
「なんでよ?」
「……自分で裾上げしたから」
「布用接着剤じゃないわよね?」
ユウカは自分とフジカのスカートを見比べた。
「裁縫道具とミシンを使ったし」
「は?」
「だから、裁縫道具とミシンを使って――」
「二度も言わなくて大丈夫よ。自分で裾上げって……」
「これくらい誰でも――」
「できないわよ!」
「ヒィッ!」
ユウカが声を荒らげると、フジカは悲鳴を上げた。
「チッ、何気にハイスペックね。このなんちゃってビッチ」
「どっちも余計だし」
フジカはボソボソと呟く。
「よければ教えるし」
「結構よ! 裁縫なんて必要ないわ!」
「で、でも、子どもが生まれた時に毛糸の靴下を編んだり、帽子を編んだり――」
「アンタ、編み物までできるっての!」
「こ、これくらい普通だし」
「何処の世界に裾上げできて、編み物までできる女子高生がいるってのよ!」
「いや、ここにいるだろ」
「こいつは例外!」
マコトがフジカを指差しながら言うと、ユウカは叫んだ。
「お菓子を作ったり、日舞をやってたり、陰でこっそり勉強してたり、何気にできることが多いのよね」
「そ、そんなことないし」
フジカは恥ずかしそうに頬を朱に染め、身を捩った。
「料理まで作れるなんて言わないでしょうね?」
「簡単なヤツなら作れるし」
「見た目はギャル、中身は良妻賢母って、どんだけあざといのよ!」
「落ち着け! 家庭科で習ってるんだから料理を作れるのは普通だ!」
「そ、そうね。落ち着くべきだわ」
マコトの言葉に従い、ユウカは深呼吸を繰り返した。
「それで、得意料理は? 懐石料理なんて言ったら脳みそが飛び散るわよ」
「お味噌汁とか、肉じゃがとか……家庭料理なら一通り作れるみたいな」
ユウカは口惜しげに呻き、地団駄を踏んだ。
「何よ、それ? 金持ちのくせに庶民派をアピールしてるの?」
「もう何を言っても駄目な気がしてきたし」
「ユウカは心に地雷原を持ってるからな」
「誰が地雷原よ!」
「心の地雷原!」
「……」
マコトが叫ぶと、ユウカは気圧されたように押し黙った。
まあ、いきなり心の地雷原なんて叫んだら誰でも黙り込むだろうが。
「だから、それがどうしたってのよ!」
「いい響きだろ?」
「響かないわよ!」
「知ってるか?」
「知らないわ!」
そりゃそうだ、とマコトは同意する。
「地雷ってのは設置するのは簡単なんだ」
「それなら知ってるわよ。安価で簡単に設置できるのに撤去するのが難しいから悪魔の兵器なんて言われてるんでしょ?」
「そうだ。中にはプロが仕掛けたトラップがあって、それが撤去を難しくしてるんだ」
「蘊蓄はいいわ」
ユウカがうんざりしたように言い、マコトはホッと息を吐いた。
ここで突っ込まれたら底の浅さが露呈してしまう所だった。
「で、何が言いたいのよ?」
「先生は何年掛かってもお前の心の地雷を撤去してやるからな」
「回りくどいのよ! つか、先生が地雷除去ってどういうシチュエーションよ!」
ユウカは声を荒らげた。
昔のマンガにそういうシーンがあるのだが、やはり通じないようだ。
「つか、お前って金持ちが嫌いなのか?」
「嫌いに決まってるでしょ」
「俺は今の小金持ちな自分が好きだぞ」
「あたしも今の小金持ちな自分は好きよ」
マコトが笑うと、ユウカは微笑んだ。
「二人とも……人の生くるはパンのみに由るにあらずみたいな」
「はっ、不自由なく生きてきたアンタに言われても響かないわ」
ユウカは鼻で笑い、髪を掻き上げた。
「姐さん、姐さん」
大人しくしていたフェーネがユウカに話しかける。
「何よ?」
「裁縫や料理ができるって普通じゃないッスか?」
「私もできますよ」
「聞いてないわよ」
ローラが手を上げて女子力の高さをアピールするが、ユウカは聞く耳を持たない。
「聞いて下さい」
「まあ、別にいいけど……で、何ができるの?」
「裁縫と料理ができます!」
「それは聞いたから」
「はい、繕い物と編み物ができます。破損した鎖帷子の修理もお手の物です。料理は獲物を狩る所からスタートです」
「へ~、凄い……ん?」
ユウカは訝しげに眉根を寄せた。
「染み抜きも得意です」
「何処で習ったの?」
「はい、騎士として修業を積んでいる時に習いました」
「却下」
ユウカは親指を下に向けた。
「待って下さい! 私の何処が駄目なんですか?」
「女子力じゃなくて騎士力をアピールしてどうするのよ!」
「同じ裁縫! 同じ料理じゃないですかッ!」
「絶対に違うわ!」
「何処が違うのか教えて下さい!」
ローラは涙目でユウカに縋り付いた。
「ちょっと離れなさいよ!」
「嫌です!」
「だったら、実力行使になるわよ?」
「死んでも――ッ!」
ローラは最後まで続けることができなかった。
ユウカに振り解かれたからだ。
しかも、力任せに。
「……騎士である私を振り解くとは」
「地力が違うのよ」
ユウカは腕を組み、ローラを見下ろした。
まあ、レベルが50近く違えばこうなるだろう。
「最後に……何処が違うのか教えて下さい」
「アンタ達はイモリとヤモリほど違うわ」
「分かりません!」
「イモリは両生類、ヤモリは爬虫類よ!」
「それは知ってます!」
「蛙や鼠を料理しても女子力は高まらないのよ」
「あ、ああ!」
ローラは手で顔を覆った。
指の隙間からこちらを見ているので放っておくべきだろう。
「ったく、どいつもこいつも女子力の高さをアピールしてムカつくわ。リブもそう思わない?」
「あたいも裁縫と料理くらいならできるぜ」
「冗談はいいから」
「冗談じゃねーよ。いや、まあ、刺繍はあんま得意じゃねーけど」
リブは照れ臭そうに頭を掻いた。
「え? アンタ、傭兵でしょ?」
「傭兵が裁縫と料理できちゃおかしいのかよ」
「おかしいに決まってるでしょ」
「いや、おかしくねーよ」
「傭兵に裁縫と料理の腕なんて必要ないじゃない」
「いやいや、あたいは生まれた時から傭兵だった訳じゃねーし。小さい頃はちゃんと家の手伝いをしてたんだよ」
「家の手伝い?」
「何だよ、その顔は」
「とか言って、傭兵一家なんじゃないでしょうね?」
「この先の草原地帯で牧畜してるっての!」
「なんで、刺繍が出てくるのよ?」
「なんでって……そういうもんだから」
リブは間を置いて答えた。
口調は弱々しい。
多分、バイソンホーン族では子どもに刺繍を教えるのが当たり前なのだろう。
なんでと言われてもそういうものだからとしか答えようがない。
「バイソンホーン族の伝統なんだから突っかかるなよ」
「そう! 伝統なんだよ、伝統!」
ユウカに言ったつもりなのだが、リブが乗ってきた。
「お前だって裁縫や料理くらいできるだろ?」
「で、できるわよ」
ユウカは上擦った声で答えた。
目が泳いでいる。
「じゃ、そんなに突っかかるなよ」
「分かったわよ」
ユウカは溜息を吐くように言った。
溜息の主成分は安堵に違いない。
「じゃ、群体ダンジョンに行くッスよ。ローラさんも泣いたフリをしてないで立って欲しいッス」
「……はい」
フェーネに促され、ローラは立ち上がった。
涙の痕はない。
「はぐれないように付いてきて欲しいッス」
フェーネが歩き出し、リブ、ローラ、フジカがその後に続く。
マコトとユウカはやや遅れて付いて行く。
「……マコト」
「何だよ?」
こいつはこいつで女子力が低いことを気にしてるんだろうな~、とそんなことを考えながら問い返す。
次の台詞はマコトは裁縫や料理のできない女の子をどう思う? に違いない。
「あたしの弱みを握ったと思ったら大間違いよ」
地の底から響いてくるような声にマコトは自分の過ちを悟った。
※
マコト達は隊列を組み、群体ダンジョンを進む。
先頭はリブとローラ、二列目はフェーネとフジカ、三列目にユウカ、最後尾がマコトだ。
フェーネとリブは耳を動かし、ローラは視線を巡らせて周囲を警戒している。
マコトとユウカはいつも通り。
フジカは――。
「アンタね、もっとシャキシャキ歩きなさいよ」
「しゃ、シャキシャキ歩いてるし!」
フジカは言い返したが、腰が引けているその姿はシャキシャキとは程遠い。
錫杖を抱き締めていることも手伝い、お婆ちゃんみたいだ。
「つか、クラスでダンジョンを探索している時は無警戒でガシガシ歩いてたじゃない」
「あの時は!」
「あの時は?」
「……怖いって感じがしなかったし」
フジカはボソボソと呟いた。
ユウカも殺し合いに対して恐怖を抱いていなかった。
それを考えると、二人ともスキルの影響を受けていたのかも知れない。
怪しいのはコウキか、キララなのだが――。
「戦いが怖くなったのはいつからだ?」
「いつからって言われても気付いたらって感じだし」
「自分のことくらい覚えておきなさいよ」
ユウカは自分のことを棚に上げて言った。
「クラスメイトが死んでからちょっとずつ違和感が大きくなっていった感じ。今はどうして怖くなかったのか分からないし」
「スキルの影響下にあったのかも知れないわね」
「ユウカも?」
「あたしはアンタ達と違って影響を受けてないわ。そうよね?」
「そーだな」
ユウカが鬼のような形相で睨んできたので仕方がなく頷く。
「マコトさんは関係ないっしょ?」
「コイツとはアンタ達が攻略に失敗した骸王のダンジョンで知り合ったのよ。つまり、あたしのことを一番よく知っている相手ってことね」
「何気に馬鹿にされてるし」
「ま、アンタ達は攻略に失敗したけど、あたし達は二人で攻略を成し遂げたわ」
「……お前ね」
マコトは手で顔を覆い、深々と溜息を吐いた。
「何よ? 本当の――ッ!」
「兄貴、兄貴が骸王のダンジョンを攻略したって本当ッスか?」
「そうか! マコトが攻略したんだな! くぅぅぅぅ、あたいの見る目は間違ってなかったぜ!」
「マコト様、マコト様が強いのは骸王のダンジョンを攻略されたからなんですね! 素晴らしいです!」
ユウカを突き飛ばし、フェーネ、リブ、ローラの三人がマコトに詰め寄った。
「ま、まさか、兄貴がおいらを助けてくれたのは罪悪感からッスか?」
「おっしゃぁぁぁ! あたいはやるぜ! 英雄の傍で新しい伝説の誕生を見るんだ! いや、あたい達が伝説を作るんだ!」
「マコト様! 私は下級貴族ですが! お、恐らく、マコト様に言い寄ってくる女の中ではとうが立っている方だと思いますが! 何卒、何卒、私を正妻に! 誠心誠意、貴方にお仕えします! 短剣を受け取ってもらえたので婚約は成立したと考えても構いませんよね!」
三人は口々に喚いた。
ローラがどさくさに紛れてとんでもないことを言っているが――。
「落ち着け。俺は聖徳太子じゃないから同時に喋られても聞き取れないぞ。それに隊列が乱れてる。宿に戻ったら話すから――」
「結婚式はいつにしますか!」
「その話はしない」
「……はい」
ローラはしょんぼりと俯き、リブと共に元の位置に戻った。
彼女のことは嫌いではないのだが、ちょっと対応に困る。
「痛ッ、油断したわ」
「口は災いの門、だな」
「心配くらいしなさいよ」
ユウカは舌打ちし、鼻を撫でさすった。
「赤くなってない?」
「壁の方が砕けるだろ」
「聞いたあたしが馬鹿だったわ」
ユウカはポーチから手鏡を取り出し、覗き込んだ。
「……よかった」
「そんなに気になるのか?」
「気になるに決まってるでしょ。これだからアラフォーは」
「アラフォーは関係ねーよ」
「デリカシーが足りないのよ」
ユウカはぶつくさと文句を言いながら手鏡をポーチにしまった。
「ダンジョンを攻略したくらいで突き飛ばされるとは思わなかったわ」
「姐さん、ダンジョンを攻略したくらいじゃないッスよ。分かってて黙ってたんじゃないんスか?」
「機会がなかったから言わなかっただけよ」
ユウカは拗ねたように唇を尖らせた。
「やっぱり、マコトさんって凄い人なんだ」
フジカは恋する乙女のように瞳を輝かせる。
まあ、悪い気はしない。
「なに、うっとりと呟いてるのよ。ヤクでも決めてるの?」
「違うし!」
ユウカの一言によって、フジカは現実に引き戻された。
「マコトさんは凄い人なんだって感動してただけだし!」
「感動?」
ユウカはおとがいを反らし、フジカを睨み付けた。
「なんで、そんな目で見るのか教えて欲しいし」
「これだからお嬢様は惚れっぽくて嫌なのよ。ちょっと優しくされたり、頼れる人が現れたくらいで運命を感じたりして」
「そ、そそ、そんなことないし!」
「は~ん、図星ね」
ユウカはニヤリと笑った。
まるで獲物をいたぶる肉食獣のような目だ。
「あ~、マジで嫌になるわ。こんな世界に来てまで、やれ惚れただの、やれ運命だの。恋愛脳ってヤツね」
「ユウカにそこまで言われる筋合いはないし! つか、こんな世界なんだから優しかったり頼りになったりする人に好意を抱いても仕方がないし!」
流石に我慢できなくなったのか、フジカは声を荒らげた。
「ユウカだって、本当は好意を抱いているに違いないし!」
「はっ、へそが茶を沸かすわ」
ユウカは鼻で笑った。
「自分はふしだらな女じゃないって言ってたくせに好意を持ってるとか、どこまでチョロいんだか」
「チョロくないし! ユウカの方こそ、マコトさんに世話になってるくせに好意を抱いていないとかあんまりだし!」
「あたし達は対等なの! パートナーなの! 共に死線を乗り越えてきた戦友なの! アンタの薄っぺらい好意と一緒にしないで!」
フジカが怒鳴り、ユウカが怒鳴り返す。
対等、パートナー、戦友――この場限りの言葉でなければな~と思う。
「助けてもらったのにマジでありえないし」
「だから、あたし達はパートナーなの。今回は助けられる側だったけど、逆の立場なら命懸けで助けに行くわよ」
ユウカは胸を張って言った。
「本当に好意はないの?」
「ないわ。だから、マコトが誰と何をしてても平気よ。ま、それ以前にマコトがあたしに好意を抱いてる訳ないけどね。ね、そうよね?」
「う~ん、好意か」
マコトは腕を組んで唸った。
「ほら、見なさい。マコトはあたしに好意なんて――」
「好きか嫌いかで言ったら好きだぞ」
「――ッ!」
ユウカはギョッとした顔で壁際まで跳び退った。
「そんなに驚くなよ」
「お、驚くわよ!」
恥ずかしいのか、ユウカは顔を真っ赤にして言った。
「は~、兄貴がそんな風に思ってるなんて気付かなかったッス」
「まあ、好きじゃなきゃ一緒にいねーよな」
「ま、まさか、二人がそんな関係だったなんて……けれど、納得はできますね」
「ユウカは不誠実だし」
フェーネ、リブ、ローラは納得しているようだが、フジカは渋い顔をしている。
「自分を愛してくれる者を愛したからとて、どれほどの手柄になろうかってアンタの神様も言ってるでしょ!」
「ユウカを愛してるマコトさんはいと高き者みたいな」
「くぅぅぅぅッ!」
ユウカは顔を真っ赤にして唸った。
「な、な、ななんで、あたしを好きとか言ってるのよ! アンタ、馬鹿なのッ!」
「姐さん、告白ッス!」
「応援してるぜ!」
「頑張って下さい!」
「ユウカ、今こそ素直になる時みたいな!」
フェーネ、リブ、ローラ、フジカが応援するが、ユウカは涙目だ。
「……む」
「む?」
「無理ッ!」
ユウカは大声で言い、両腕を交差させた。
「アンタはこの世界で暮らしたいんでしょうけど、あたしは元の世界に戻りたいの! お母さんの所に戻って、学校に通って、進学して、就職して……お母さんにあたしは幸せだったって、幸せだって言うのが夢なの! だから、無理!」
ユウカはその場にへたり込み、杖に縋り付いた。
「いや、俺は女としてお前が好きとか言ってねーし」
「はッ?」
マコトがパタパタと手を振って言うと、ユウカは驚いたように目を見開いた。
「仲間として、人間として、まあ、嫌いじゃねーよって意味で」
「な、な、何よ。ビックリさせないでよ」
ユウカは眼鏡を外し、服の袖で乱暴に目元を拭った。
眼鏡を掛け、マコトから顔を背ける。
恥ずかしいのか、真っ赤になっている。
「で、あ、アン、アンタはあたしの何処が好きなのよ?」
「男女の好きじゃねーって」
「何処よッ!」
「何つーか、いい性格してるなーって」
「それ、絶対に誉め言葉じゃないわ」
「誉めてねーから」
口が悪い上、自分本位、さらに金に汚い。
全方位に喧嘩を売っているような女だ。
けれど、生まれの不幸をものともせず、嫌われても自分を曲げず、進もうとしている。
元の世界に戻りたいと、母親に会いたいと思っている。
長所も短所も引っくるめて凄いヤツなのだと思う。
俺とは違うんだな、とマコトは溜息を吐いた。
「なんで、溜息を吐いてるのよ!」
「溜息くらい吐かせろよ。ほら、手を貸してやるからさっさと立て」
「自分で立てるわよ」
マコトは手を差し出したが、ユウカは自力で立ち上がった。
チクッと首筋が痛んだ。
「来るッスよ」
顔を上げると、二体のスケルトンがこちらに接近していた。
とは言え、まだ猶予はある。
「リブは地震撃で足止め、ローラは漏らした時のバックアップ、ユウカは捕縛陣で足止めしてくれ。フジカはトドメを担当してくれ。タイミングは任せる」
「応よ!」
「分かりました」
「パワーレベリングが目的だもんね」
マコトが指示を出すと、リブがポールハンマーを担ぎ、ローラが盾を構える。
ユウカは溜息交じりに言い、杖をスケルトンに向けた。
「スキル・並列起動×2! リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、縛れ縛れ縄の如く――」
ユウカの声がダンジョンに響き渡る。
二体のスケルトンはカチャカチャと音を立てながら近づいてくる。
距離が十メートルを切り、リブが動いた。
リブは大きく踏み込み、ポールハンマーを振り上げた。
「普通の! 地震撃ィィィィィッ!」
ポールハンマーが地面を打ち、ビリビリと大気が震える。
何とも間の抜けた掛け声だったが、効果は変わらない。
地震撃によってスケルトンの動きを止め――。
「捕縛陣!」
ユウカの魔法が完成し、光の帯が二体のスケルトンを絡め取る。
スケルトンは無様に転倒した。
「バックアップは必要ありませんでしたね」
「備えあれば憂いなし、だろ?」
「そ、そうですね!」
ローラは活躍の場がなかったことを残念がっていたが、マコトが声を掛けると、すぐに上機嫌になった。
「フジカ、出番だぞ」
「ど、どうすればいいし?」
「思いっきり殴ればいいのよ。簡単でしょ?」
錫杖を抱き締めるフジカにユウカはこともなげに言い放つ。
「言うは易しみたいな」
「案ずるより産むが易しって言葉があるでしょ!」
「分かったし」
フジカはスケルトンに歩み寄り――。
「許して欲しいし」
「どうせ、許してもらえないんだからさっさと殴っちゃいなさいよ」
「ふぐぅ!」
ユウカの身も蓋もない一言にフジカは呻き、躊躇いながら錫杖を振り上げた。
錫杖を振り下ろすと、スケルトンの頭蓋骨に亀裂が走った。
「一撃で砕きなさいよ、一撃で。躊躇うと余計に苦しませるだけよ」
「アンデッドだし!」
「アンデッドだから苦しまないって保証が何処にあるのよ。つか、何も傷つけたくないなんて思ってるんなら、冒険者なんて辞めちゃいなさいよ」
ユウカの言葉は辛辣だが、同意できる。
「辞めてもいいの?」
「構わないわよ」
「勝手に話を進めるなよ」
こういう話は上長である自分を通して欲しい。
「まあ、辞めたいってんなら止められねーな」
「で、でも、装備とか高かったし」
「惜しくないって言えば嘘になるけど、嫌がってるヤツを無理に働かせてもどっちも不幸になるだけだからな」
同僚の話でもあるし、仕事を紹介した時の話でもある。
仕事をすることを納得していなければどうにもならない。
逆に言えば納得していれば多少は耐えられるのだ。
まあ、肉体的にも、精神的にも限界はあるが。
「どうするの?」
「……」
ユウカに促され、フジカは杖を握り締めた。
※
ダンジョンに打撃音が響き渡る。
「こんにゃろ!」
フジカは捕縛陣によって拘束されたスケルトンに錫杖を振り下ろす。
だが、一撃で頭蓋骨を粉砕することはできない。
武器が錫杖であることに加え、筋力値が低いからだ。
「こんにゃろッ! こんにゃろだしッ! こんにゃろッ!」
フジカは二度、三度と錫杖を振り下ろし、四度目でスケルトンの頭蓋骨が砕けた。
ホッと息を吐き、深呼吸を繰り返す。
「……あ」
フジカは小さく呟き、天を仰いだ。
どうやら、レベルが上がったようだ。
「レベルが15になったみたいな」
「随分、掛かったわね」
「聖光弾の魔法を覚えたみたいな~」
「ようやくね」
「いちいちぼやかないで素直に喜んで欲しいし」
「はいはい、おめでとうおめでとう」
「ぐ、ぐぅぅぅ」
ユウカがおざなりに拍手すると、フジカは口惜しそうに呻いた。
ユウカの反応は今一つだが、リーダーとしては喜ばしい。
これで攻撃の幅が広がった。
フジカが身を守れるようになったのも大きい。
「誰も傷付けたくないみたいな態度を取ってたくせに、よくもまあ……」
「躊躇うなみたいなことを言ってたのにあんまりだし!」
「順応の速さに呆れてるのよ」
「色々と考えた結果だし」
フジカは俯き、蚊の鳴くような声で言った。
「ふ~ん、どんな心境の変化があったの?」
「私は……この世界で生きていく術がないし」
「へ~、ふ~ん、そうなの」
ユウカはニタリと笑った。
実に邪悪な笑みだ。
きっと、悪魔はこんな笑みを浮かべるに違いない。
「おい、悪魔」
「誰が悪魔よ!」
マコトが声を掛けると、悪魔――ユウカは真っ赤になって叫んだ。
「自覚はあるんだな」
「チッ、マジでムカつくわね」
ユウカは不愉快そうに顔を顰めた。
「で、何なのよ?」
「他人の不幸を喜ぶのは止めろよ」
「ピンチの時に助けてやれば『ざまぁ』できるって、あたしに入れ知恵したのはマコトじゃない」
「言ってねーよ」
ピンチの時に助けてやれば屈辱を味わわせてやれると言ったのだ。
似たようなものかも知れないが、巻き込むのは止めて欲しい。
「マコトには御礼を言わなくちゃいけないわね。今、まさにあたしは喜びに打ち震えてるわ!」
ユウカは拳を握り締め、天井を見上げた。
打ち震えるほどと言っている割に震えていないが、そこはスルーしてやるべきだろう。
「そんなに他人の不幸が楽しいか?」
「ええ、もちろんよ!」
「……お前ってヤツは」
ユウカが断言し、マコトは両手で顔を覆った。
好きだぞと言った時は可愛かったのに、なんでこうなったのか。
「何て言うか、アレね! 革命万歳って感じね! いけ好かない金持ちが何もかも失った姿を見るのは最高の娯楽だわ!」
「革命を目指している連中はお前よりまともだと思う」
「……ふ」
マコトの突っ込みにユウカは口元を綻ばせた。
「世界史を勉強し直すことをお勧めするわ」
「革命がどんな結果をもたらすかは覚えてるけどよ」
「そ、そんなに恨まれてるとは思わなかったし」
フジカは力なく頭を垂れた。
「自覚のないヤツはこれだから」
「そりゃ、自覚なんてねーだろうよ」
案外、恨まれている自覚がないから革命は成功するのかも知れない。
「で、でも、でも、きっと、恨みは――」
「晴れてないわよ」
フジカの顔が絶望に歪む。
「タケシは骨を折られたし、フトシは死んだし、もう十分だし」
「コウキとやらも屈辱を味わったはずだぞ」
「死人はともかく、タケシは許せないわ! あたしをフトシに差し出したのよ! 次に会ったら罵ってやる! コウキとキララはこれからよ! 二人して地獄を味わわせてやるんだから!」
「こ、怖いし! ユウカが怖いし!」
底なしの悪意を垣間見て、フジカが錫杖を抱き締めて震える。
「まあ、でも、こんなもんだろ」
「そうッスね」
「そうだな」
「そうですね」
マコトの言葉にフェーネ、リブ、ローラが同意する。
「これからどうするんスか?」
「引き上げるには早いからな」
折角、フジカが攻撃魔法を覚えたのだ。
使い勝手を確かめておくべきだろう。





