Quest26:パワーレベリングをせよⅡ その1
※
マコトは欠伸を噛み殺しつつ階段を下りる。
疲労が残っていたのか、昨夜はベッドに入ってすぐに眠りに落ちた。
階段の半ばまで下りた所でシェリーがこちらを見上げる。
「旦那、おはようございます」
「おはよう」
手で口元を覆い、欠伸をする。
「もう集まってますよ」
「そうだな」
食堂の中央に視線を向けると、仲間――ユウカ、フェーネ、リブ、ローラ、フジカの五人が席に着いていた。
「おはよう」
「おそよう」
ユウカと挨拶を交わし、空いている席に着く。
「アンタ、もう少し早く起きられないの?」
「なんでか、起きられないんだよな~」
サラリーマン時代は電車の事故以外で遅刻したことはないのだが、この世界に来てからは早起きができなくなっている。
「旦那、どうぞ。ユウカさんも」
「サンキュ」
「ありがと」
シェリーがマコトとユウカの前にレモン水を置いた。
少しだけレモン水を飲み、グラスをテーブルに置く。
「起きられないって、ヤ……」
「ヤ? 何だよ?」
「察しなさいよ!」
ユウカは顔を真っ赤にして言った。
自分から絡んできた癖に理不尽だ。
「マコトは鈍いな~」
そう言って、リブはイスの背もたれに寄り掛かった。
「つまり、ユウカはマコトがあたいらとヤりまくってるせいで起きられないんじゃないかって言ってんだよ。な?」
「そこまで分かってるんなら黙ってなさいよ!」
「自分から切り出したんじゃんよ」
ユウカが顔を真っ赤にして叫び、リブは拗ねたように唇を尖らせる。
まあ、リブのは演技だろう。
「ま、安心しろよ。普通にヤッた後ならあたいが起こしてやるし」
「普通じゃない……待った! 今のはなし!」
ユウカは失敗したという表情を浮かべ、両腕を交差させた。
リブはニヤリと笑った。
獲物を弄ぶ肉食獣のような笑みだ。
「マコトがはっちゃけてる時は――」
「聞いてないから!」
「はっちゃけた翌日は少なくともあたいとマコトは遅れてくるな。シェリーは……普通に店を開けてるイメージだな」
ユウカの叫びを無視してリブは続けた。
「いや、遅れてくるのは三人かもな~」
「わ、私は関係ないし!」
リブに意味深な視線を向けられ、フジカは慌てふためいた様子で叫んだ。
直後、ガタッという音が響いた。
音のした方を見ると、ローラが目を見開いていた。
「ま、まさか、なか、仲間になったばかりなのに」
「ご、誤解だし! わ、私はこんなんだけど、清い体だし!」
「やっぱりね。そういう女だと思ってたのよ」
「ビッチ・ロールだって説明したし! うわべで人をさばかないで、正しいさばきをするがよいみたいな!」
ユウカが顔を顰めて言い、フジカは大声で反論した。
多分、後半部分は聖書の引用だろう。
「外見は内面の表れよ」
「お前はドラマに出てくる生活指導の先生か」
「説明がくどいのよ!」
「お前は先生か」
「それじゃ短すぎて分からないでしょ!」
ユウカは吠えた。
「あたしはその人がどう見られたいかが外見に表れるって言いたかったのよ。で、ここからが本題なんだけど……」
「ほ、本題?」
フジカが緊張した様子で呟き、ユウカは静かに息を吸った。
「ビッチ・ロールか何か分からないけど、ビッチのフリをしてたくせに本当の自分に気付いて欲しいなんて厚かましいのよ!」
「ふぇ、ふぇぇぇ」
「何が『ふぇぇぇ』よ! かわいこぶってんじゃねーわよ! あれなの? 次はそっち方面でキャラ付けするつもり? ビッチ・ロールと言い、清純派アピールと言い、あざといのよ!」
ユウカはビシッとフジカを指差した。
いつもより気合が入っている。
「朝からテンションが高ぇな」
「誰のせいよ!」
ユウカは叫び、レモン水を飲んだ。
プハーーーッ! と親父っぽく息を吐く。
「ああ、そういうことか」
「何を納得してるのよ?」
「いや、シェリーがレモン水を置いた理由にようやく気付いたんだよ」
「ん?」
ユウカは不思議そうに首を傾げた。
まあ、分からなければ分からないでいいのだが――。
「で、遅れてくるのが三人ってどういう意味なの?」
「あたいらが励んだらフジカが寝不足になるって意味だよ」
「違うし! 聞き耳なんて立ててないし! ふしだらなことなんてしてないし!」
再びリブに意味深な視線を向けられ、フジカが叫んだ。
「どうでもいいわよ」
「よくないし! 名誉の問題だし!」
「アンタの名誉のためにどうでもいいって言ったんでしょ! つか、セクシャルな話題は禁止! セクハラで訴えるわよ!」
フジカがバシバシッとテーブルを叩き、ユウカが負けじと吠える。
「ストレスがなくなったせいかも知れねーな」
「ん?」
「俺が早起きできない理由だよ」
ユウカが首を傾げたので、補足しておく。
「元の世界の方がストレスが多かったって、どんだけブラックな環境にいたのよ」
「あれが普通だったとは思わねーけど、他の会社のことなんて知らねーし。考えてみりゃ二十年も同じ会社で働いてたんだな。あんな人生だったけど、そこだけは誇ってもいいのかもな」
「飼い慣らされてどうするのよ。まったく、社畜は嫌ね。あたしは絶対に大企業に就職するか、公務員になるわ」
「どっちもホワイトとは限らないだろ」
大企業でもブラックな職場環境はあるだろうし、公務員だからと言って定時出勤、定時退社ができるとは限らない。
「不安を煽るの止めてよ」
「事実を口にしてるつもりなんだが」
「アンタが自分の経験を口にすると、何か、こう、歪むのよ」
ユウカは顔を顰めた。
「何が歪むんだよ?」
「現実って言うか、認識って言うか、希望に満ちた未来が悪意で塗り潰されるの」
「別に悪意がある訳じゃねーよ。自分の経験を語ってるだけだし」
「余計に悪いわよ。アンタの経験って悲惨すぎて、聞いてて心が折れそうになるのよ」
「ユウカなら大丈夫だろ」
「どういう意味よ?」
「そのままの意味だよ」
何しろ、半殺しにされても折れない女だ。
どんな目に遭っても突き進んでいくに違いない。
「一応、あたしは女なんだけど?」
「……私のことは厚かましいって言ったし」
フジカがボソリと呟く。
多分、都合のいい時ばかり女であることを主張するなと言いたいのだろう。
だが――。
「あ゛?」
「な、何でもないし!」
ユウカに睨まれ、フジカは慌てて顔を背けた。
「まあ、いい大学を出れば大丈夫なんじゃねーの?」
「ますます不安になるわ」
「どうしろってんだよ」
マコトはイスの背もたれに寄り掛かり、レモン水で喉を潤した。
「一段落した所で次の予定ッス」
「フジカさんのレベルアップですね」
フェーネが話を切り出し、ローラが補足する。
「僧侶が加わったことだし、ここは――」
「死霊王ダンジョンは駄目ッス」
フェーネはリブの言葉を遮り、両腕を交差させた。
「え~、何でだよ」
「死霊系の敵が多いダンジョンだからッスよ!」
「新奥義を身に付けたから心配すんな」
「本当ッスか?」
「おうよ」
フェーネが訝しげな視線を向けるが、リブは疚しい所はないとばかりに胸を張る。
「……遠距離攻撃ッスよね?」
「近距離と中距離だな」
「話にならないッス!」
「馬鹿にするなよ! 武器に炎を纏ったり、地震撃で攻撃ができるようになったりしてるんだからな!」
「遠距離攻撃が欲しいんス! 遠距離攻撃がおいらと姐さんだけじゃ打つ手なしッス!」
「一応、俺も使えるんだが?」
マコトは怖ず怖ずと手を上げた。
攻撃を放つまでにタイムラグは生じるが、できないことはない。
「お前達がガードを固めてくれれば俺が離れた敵を倒せるし」
「却下ッス」
「却下だな」
フェーネとリブの声が重なり合う。
「なんでだ?」
「兄貴が倒したらフジカがレベルアップしないからッス」
「マコトにおんぶにだっこはちょっとな」
「だったら、死霊王ダンジョンに行きたいって言うなよ」
「あたいは戦士として高みを目指したいんだよ」
リブは拗ねたように唇を尖らせた。
「より過酷な環境に身を置くことで強さを磨くんだよ」
「それで死んだら意味がないじゃない」
「死は結果に過ぎねーんだよ」
ユウカが呆れたように言い、リブは分かってねーなと言わんばかりに肩を竦めた。
「自殺願望でもあるの?」
「そんな願望ねーよ!」
ユウカの言葉にリブは声を荒らげた。
「でも、死にそうな目に遭いたいんでしょ?」
「だから、それは手段であって――」
「実力に見合わないダンジョンに行ったら死ぬじゃない。それが自殺願望じゃなくて何なのよ?」
「いや、そうじゃなくて、そうなのか?」
リブは首を傾げた。
どうやら、混乱しているようだ。
「姐さん、バイソンホーン族はノリで生きてる所があるから突っ込んだら駄目ッスよ」
「よく今まで滅びなかったわね」
ユウカは呆れたように言った。
「レベル上げは群体ダンジョンでいいんじゃねーか?」
「そうね。あそこは予想外のことが起きなかったし」
「他にもいくつか調べたんスけど、安全策ッスかね」
「私もそれでいいと思います」
マコトの提案にユウカ、フェーネ、ローラが同意する。
ちなみにリブはまだ混乱中だ。
「でも、あそこは敵が強くないからレベルが上がらないのよね」
「そりゃ、俺達はな」
ユウカはレベル73、リブはレベル40だ。
ここまでレベルが上がると雑魚狩りではレベルが上がらなくなってくる。
「けど、今は三人のレベルを上げるべきだろ?」
「復活の魔法はない……はずよね?」
「どうなんだ?」
「ペリオリスの下に召されるか、アンデッドになるかだし」
マコトとユウカが視線を向けると、フジカは申し訳なさそうに俯いた。
流石にそこまではゲームっぽくないようだ。
「そう言えば、どうやって魔法を覚えてるの? アンタ、勉強してないでしょ?」
「勉強してないは余計だし。つか、勉強はする方だし」
「あ~、それで」
「どういう意味?」
「勉強してない、してないって言ってるけど、一度も補習を受けたことがなかったから」
フジカが問い掛けると、ユウカは嫌みったらしい口調で言った。
なかったからの部分に力を込めているせいか、余計に嫌みったらしい。
「いるのよね。勉強してないって言って、きっちり勉強してるヤツ」
「いや、それは何処にでもいるだろ」
マコトの時代も同じようなヤツがいた。
フジカの場合はビッチ・ロールの一環なのだろうが。
「そう言えば聖書に偽証しちゃいけないってあったわよね?」
「……ぐッ」
ユウカがこれまた嫌みったらしい口調で言い、フジカは呻いた。
「なんで、そんなことを知ってるんだ?」
「偶々、読んだのよ」
ふっ、とユウカは笑い、髪を掻き上げた。
「お前も厨二病に罹っ――」
「ないから」
マコトの言葉はユウカに遮られた。
「けど、それ以外に聖書を読む機会なんてないだろ?」
「アンタ、真顔で凄いことを言うわね」
「そうか?」
「そうよ。厨二病に罹患してなくても人生で一回くらいは聖書を開くことがあるものよ」
「なんで、聖書を読んだんだ?」
「しつこいわね。どうでもいいでしょ」
「いや、気になるって」
夜も眠れないとまで言うつもりはないが、スルーできない程度には気になる。
「仕方がないわね」
ユウカは溜息交じりに言った。
「あたしが聖書を開いたのは勧誘のババアがムカついたからよ。また来たら論戦を吹っ掛けてやろうと準備をしてたの」
「な~んだ」
「そのガッカリした顔は何よ。アンタが教えて欲しいって言ったから教えてやったんじゃない。マジでムカつくわね」
「もう少し深刻な理由があると思ったんだよ」
「今の所、宗教も、カウンセリングも必要ないわ」
「一緒くたにしちゃマズいんじゃねーか?」
「どっちも自分を見つめ直すことだから変わらないでしょ」
「そういうもんか?」
「そういうものよ。宗教は神様を通して、カウンセリングは医学や心理学を通して自分を見つめるのよ」
「それらしく聞こえるな」
「ありがとう」
ユウカは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて言った。
「で、どうやって魔法を覚えるのよ?」
「レベルが上がると、声が聞こえて」
「何よ、そのチート!」
「私に言われても困るし」
「あたしは魔道書を買って地道に覚えてるってのに」
ユウカはプルプルと拳を震わせた。
「呪文は?」
「特に決まってないし」
「優遇されすぎでしょ」
「未だに攻撃魔法を授かってないし、一人じゃまともに戦えないし、どちらかと言えば不遇職っしょ」
ユウカがぼやくように言い、フジカは弱々しく反論する。
「ってことはレベル上げは必須だな。そう言えば、ユウカ?」
「何よ」
「いや、お前がレベルを上げたそうにしてたからさ」
「レベルを上げたいって言うか、ボーナスポイントが欲しいのよ」
ユウカはマコトから顔を背け、髪を弄りながら言った。
照れ隠しだろうか。
人に頼ることが恥ずかしいのかも知れない。
「スキルか?」
「そうよ」
「目当てのスキルは?」
「斬撃、打撃、刺突耐性を取っておこうと思って」
「魔法使いだろ?」
「いいじゃない別に」
ユウカは拗ねたように唇を尖らせた。
「今のスキルは?」
「並列詠唱、魔法極大化、再詠唱……」
ユウカは指折り数えながらスキルを上げていく。
「魔法強化、詠唱補助、物理耐性、状態異常耐性、筋力強化、全部で72ポイントね」
「物理耐性、状態異常耐性、筋力強化って」
「ゲームじゃないんだから物理耐性くらい取るわよ! つか、物理耐性がなかったらマジで死んでたわ!」
「物理耐性については分かったが、どうして筋力強化なんて取ったんだよ?」
魔力強化を取るべきではないだろうか。
「だから……よ」
ユウカはマコトから顔を背け、何事かを呟く。
「もっとはっきり言えよ」
「アンタに襲われた時に一矢報いてやろうと思ったのよ!」
ユウカは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「襲ったりしねーよ! つか、スキルを取ったのってダンジョンを攻略した後だろ! 一緒に死線を乗り越えたのに信用してねーのかよ!」
「ムラムラしてやったとか言って、3Pかますヤツの何を信じろってのよ!」
「やらかす前から信用してねーだろ!」
「結果から言えば正解だったでしょ!」
「襲ってないんだから不正解だ!」
マコトは怒鳴り、レモン水で喉を潤した。
「もっと信じろよ」
「信じてたわよ。3Pかます前までは」
ユウカはふて腐れたようにそっぽを向いた。
「……」
「なんで、黙ってるのよ?」
「悪ぃな」
「え?」
マコトが謝ると、ユウカは驚いたように目を見開いた。
「……お前の信頼を裏切っちまって」
「ま、まあ、あれは七悪の影響もあったんだろうし」
ユウカはそっぽを向いたまま横髪を人差し指に絡めた。
「人間不信のお前が勇気を出して信じてくれたのに裏切っちまってごめんな」
「謝りたいのか、貶したいのかはっきりしなさいよ!」
「別に貶してる訳じゃねーよ」
「あたしは貶されていると感じたわ」
チッ、とユウカは舌打ちした。
「まあ、でも、少しは信じてもらってたんだな」
「今、まさに、この瞬間も、信用度が下がってるけど」
「……昔やったエロゲーでな」
マコトは静かに話を切り出した。
「なんで、唐突に語り出してるのよ?」
「どうしても攻略できないキャラがいたんだよ」
「仕様だったんじゃないの?」
「メインヒロインだぞ?」
「それは変ね。って言うか、どうしてあたしはこんなクソみたいな話題に乗ってるのかしら」
ユウカは微妙な表情を浮かべた。
「まあ、メインヒロインの攻略が難しいゲームはザラにあったんだけどな。とにかく、そのゲームのメインヒロインは別格だったんだ。攻略サイトでは激論が交わされ、大勢の人間が攻略するために時間を費やした」
「……アンタ、何気に人生を楽しんでたんじゃないの?」
「ある日、公式の発表があったんだ」
「ふ~ん」
マコトが無視して続けると、ユウカは興味なさそうに頷いた。
「メインヒロインが攻略できなかったのはバグだったんだよ」
「あたしはバグってないわよ!」
バンッとユウカはテーブルを叩いた。
「だよな、状態異常耐性も取得してるし」
「残念そうに言わないでよね。ったく、マジで状態異常耐性を取得して正解だったわ。でないとアンタみたいなエロゲ脳の持ち主に何をされるか」
ユウカは腕を組み、ブルリと身を震わせた。
フジカは呆れたような表情を浮かべ――。
「それは自意識過剰だし」
「アンタ、あたしに何をしたのか忘れた訳じゃないわよね?」
「……ごめんなさい」
あっさりとユウカに迎撃され、フジカは力なく項垂れた。
「……そう言えば」
「何よ、まだ何かあるの?」
「状態異常耐性を取ったのっていつだ?」
「この街に来てからよ」
ユウカは訝しげに眉根を寄せつつ答えた。
「フジカは?」
「私は魔法強化と魔力強のスキルを取ってるし。それがどうかしたの?」
「状態異常耐性を取った方がいいのかと思ってな」
「今考えなくてもレベルを上げながら考えればいいじゃない」
「まあ、それもそうだな」
ユウカが呆れたように言い、マコトは頷いた。
先のことを考えるのは大事だが、今は目の前のこと――レベル上げに専念すべきだ。
「次の目的は群体ダンジョンでレベルを上げでいいな?」
マコトの言葉に仲間達――リブは未だに混乱していたが――は頷いた。
「あたしのレベル上げは?」
「それはフジカのレベルが上がってからだな」
「じゃ、おいらは次に探索するダンジョンを調べておくッス」
「まあ、それが一番ね」
安全マージンを取っておかないと、とユウカは小さく呟いた。





