Quest25:新奥義を会得せよ【前編】【修正版】
※
「……朝か」
マコトは天井を見上げ、小さく呟いた。
カーテンの隙間から柔らかな光が差し込み、小鳥の鳴き声が聞こえる。
爽やかな朝だが――。
「はぁ、やっちまった」
昨夜のことを思い出し、暗澹たる気持ちになる。
このままの流れに沿って死のうと考えてはみたものの、覚悟を決めたり、開き直ったりするのは難しいようだ。
それにしても寒ぃな、と頭を上げる。
すると、自分の裸が見えた。
布団の端っこが申し訳程度に股間を隠している。
隣を見ると、リブがこちらに背を向けて眠っていた。
肩や尻は剥き出しだが、マコトよりも温かそうだ。
「結構、日焼けしているのか」
しげしげと後ろ姿を眺める。
全体的に浅黒いが、服に隠れている部分――胸や尻は色合いが薄い。
「う、う~ん」
「――ッ!」
リブが寝返りを打ち、マコトは息を呑んだ。
改めてみると、凄い巨乳――いや、爆乳である。
彼女ほど体を鍛えていても重力には抗えぬのか。
そんな気持ちを抱いてしまう。
「……いや」
マコトは小さく頭を振った。
重力に負けた姿こそ天然物の証だ。
人工的な胸は重力に抗えるが、負けた姿にこそ美を感じるべきではないだろうか。
そう、目の前にある胸は尊く美しい。
それで十分ではないだろうか。
そっと手を伸ばしたが、胸に触れることはできなかった。
リブの手が当たったのだ。
起きているのか、と顔を見る。
だが、リブは目を閉じ、安らかな寝息を立てている。
マコトはホッと息を吐き、胸を触ろうとした自分を恥じる。
男女の関係になったとは言え、了解なしに胸を揉むのは問題ではなかろうか。
「……いかんな」
マコトは体を起こし、軽く頭を振った。
もしかしたら、まだ色欲を取り込んだ影響が残っているのかも知れない。
「……シャワーでも浴びるか」
独りごちてベッドから下りる。
「着替えは?」
視線を巡らせると、机の上に着替え――下着と服が置かれていた。
どうやら、シェリーが寝ている間に用意してくれたようだ。
迷惑を掛けてばかりだ。
「やっぱ、レベルが上がったからって何でもできる訳じゃねーんだな」
頭を掻きつつ、シャワールームに向かう。
シャワールームは部屋に入ってすぐの所にある。
扉が二つ並んでいるが、一方はトイレだ。
「狭いけど、トイレとシャワーが分かれているのは地味にありがたいよな」
元の世界で借りていたアパートは三点ユニット――洋式トイレ、洗面所、バスタブが一つに纏められていた。
アパートを借りる時は気にしていなかったのだが、いざ住んでみると風呂に入った後は床が水浸しになるのでカビが生えやすかったり、冬場はすぐにお湯が冷たくなったりと不便な所が多かった。
それでも、住み続けたのは引っ越しに関わる費用と手間が惜しかったからだ。
不動産屋を訪ね、下見をして、親に保証人を頼み、引っ越し業者の手配をする。
こんな面倒臭いことを短期間に二度もするくらいならと我慢する方を選んだのだ。
シャワーのノズルを反対側に向け、蛇口を捻る。
しばらくすると湯気がシャワールームを覆った。
手で温度を確認し、頭からシャワーを浴びる。
体が冷えていたせいか、少し熱く感じる。
「……ヒリヒリする」
頑張りすぎだろ、と股間を見つめる。
体が温まってきた頃、冷気が流れ込んできた。
振り返ると、リブが立っていた。
「起こしてくれてもいいじゃねーか」
「気持ちよさそうに寝てたから気を遣ったんだよ」
「愛し合った仲なのにつれねーな。もう少しイチャイチャしてもいいんだぜ」
リブは後ろ手に扉を閉め、シャワーのノズルを自分に向けた。
「体が冷えちまうだろ」
「……なんで、目を背けてるんだよ?」
それは立派な胸が目に入るからだ。
「……お?」
リブはマコトの股間を見つめ、ニヤニヤと笑った。
「ど、何処を見てるんだよ!」
「マコトのチン――」
「言わなくていいっての!」
「だったら、聞くなよ。それにしても朝から元気だな」
「お陰様でな!」
「よし! じゃあ、やるか!」
「……やるかって」
「マコトの火付きが悪ぃから誘ってやってるんだろ」
分かってねーな、と言わんばかりの口調だ。
「リブは大丈夫なのか?」
「何が?」
「体だよ、体」
マコトはレベル100、リブはレベル40。
レベル差が60もあるのだ。
昨夜は色欲の影響もあり、気遣う余裕がなかった。
「体があちこち痛ぇけど、大丈夫だ」
「よかった」
胸を撫で下ろす。
「マコトは赤くなってて大丈夫じゃなさそうだけどな」
「もう少し恥じらえよ」
「いいじゃねーか」
リブは不満そうに唇を尖らせた。
「あと、その、昨夜は――」
「そっちは対応済みだ」
リブはニッと笑い、親指を立てた。
「どうやって?」
「ここに――」
ちゅ~も~く、と下腹部を指差す。
そこにはタトゥーのようなものが浮かんでいた。
淡く発光しているように見える。
「タトゥーは入れない方がいいんじゃねーの?」
「マコト、自分の腕を見たことがあるのか?」
問い返され、右腕を見る。
タトゥーが手の甲から肩口までを覆っていた。
どうやら、また範囲が広がったようだ。
「多分、これは他の七悪を取り込んだからだと思う」
「パワーアップしたってことか?」
「どうだろうな?」
マコトは首を傾げた。
取り込んだ七悪のスキルを使えるようになったのではないかと考えたこともあったが、今の所、使えていない。
「能力が上がったって感じでもねーんだよな」
「マコトが気付いてないだけじゃねーの?」
「そうかもな。で、そのタトゥーがどうしたんだよ?」
「避妊の魔法を掛けてもらったんだよ」
「そんな魔法があるのか」
まあ、そういう魔法があってもおかしくない。
「けど、強いヤツの血を云々って言ってなかったか?」
「あたいはもう少し戦っていたいんだ」
「バトルマニアか」
「それに実家に戻りづらくてよ」
リブはちょっとだけ顔を顰めた。
彼女にも色々あるらしい。
「それに、そういうことを気にすると思って先手を打ったんだよ。必要だったんだか、必要なかったんだか分からねーけど。だから、やろうぜ」
「微妙に繋がってねーよ」
マコトは突っ込みを入れた。
「昨夜は襲い掛かってきたのに何を言ってるんだよ」
「やろうぜとか気軽に言われるとな~」
恥じらいというものがないのだろうか。
「馬鹿、何を言ってんだよ。あたいは簡単に股を開く女じゃねーぞ。惚れた男だから言ってるんじゃねーか」
「惚れた男か」
「惚れた、男だ」
そう言って、リブは笑った。
※
マコトは一時間ほど掛けてシャワーを浴びるとすぐに一階に向かった。
「旦那、おはようございます」
「ああ、おはよう」
階段の途中で、カウンターの中にいたシェリーが声を掛けてきた。
カウンター席にはフェーネとフジカが座っていた。
ユウカとローラはまだ来ていないようだ。
「フェーネ、フジカ、おはよう」
「おはようッス」
「……おはようございます」
フェーネは不機嫌そうに、フジカは蚊の鳴くような声で応じる。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
マコトが指定席に座ると、シェリーはカウンターにレモン水を置いた。
「その、昨夜は悪かったな」
「本当ですよ。ああいうことはもうしないで下さいよ」
シェリーは小さく溜息を吐き、肩を落とした。
昨夜――リブが力尽きた後のことだ。
マコトは廊下にいたシェリーを部屋に連れ込んだ。
シェリーは堪忍して下さいと懇願してきたが――。
「分かった。もうしない」
「本当に分かってるんですか?」
「……分かってるよ」
そう答えたものの、ちょっと元気になっている自分がいる。
きっと、同じ過ちを繰り返すに違いない。
どうにかしねーと、とマコトはレモン水を口にする。
ギィッという音が背後から響き、振り返る。
すると、ユウカが入ってくる所だった。
黒縁眼鏡ではなく、銀色の眼鏡を掛けている。
「おはよう」
「おはよう。今日は調子がよさそうね」
「お陰様でな」
「あたしは何もしてないわよ」
ユウカは照れ臭そうにそっぽを向いた。
そのツンデレな姿にほっこりする。
「眼鏡を新しくしたんだな?」
「見る?」
「いいのか?」
「減るものじゃないからいいわよ」
ユウカはいつになく軽い足取りでカウンターに近づき――。
「二人とも元気がないけど、どうしたの?」
「さあ?」
「どうしたのよ?」
ユウカはフェーネとフジカに歩み寄った。
「何でもないッス」
「……し」
フェーネは顔を背けたが、フジカは何事かを呟く。
「は? 聞こえないんだけど?」
「だから……し」
ユウカが耳に手を当てて聞き返すと、フジカは耳まで真っ赤にして口を動かす。
残念ながら声が小さくて聞き取れない。
悪い予感がする。
「もう一回言って」
「だから! ……し」
「――ッ!」
ユウカは息を呑み、キッとこちらを睨んだ。
そして――。
「変態! 変態ッ! この……変態ッ!」
ユウカは顔を真っ赤にして叫んだ。
「体調が悪いって言うから先に帰したのに三人でって……返しなさいよ!」
「何をだよ?」
「あたしの気持ちに決まってるでしょ! 心配した気持ち! 感謝の気持ち! さっきまでのウキウキした気持ちを返しなさいよ!」
あー、もう! とユウカは頭を抱え、地団駄を踏んだ。
その時である。
「朝から何を騒いでるんだよ?」
リブがボリボリと頭を掻きながら下りてきた。
自然と視線が集中する。
「あん? 何を……って昨日は騒いじまったからな。いや~、凄かったぜ。もうヤりまくりでさ。こっちは意識を失いかけてるのにマコトが離してくれなくてよ。途中からシェリーも巻き込んでさらにヒートアップしてさ」
リブは軽やかな足取りで階段を下り、カウンターに寄り掛かった。
勝ち誇っているような、満ち足りているような顔をしている。
「普段の火付きの悪さが嘘みたいだったぜ。超サディスティックだし、角を掴まれて奉仕を強要されたりさ。ヤベー、ヤベー。あんなの知ったらマコトから離れられねーよ。つか、シェリーは堪忍してとか言いながら絶対に誘導してたね。だよな?」
「し、知りません!」
リブの問い掛けに答えず、シェリーは店の奥に引っ込んでしまった。
「シェリー、水」
「知りません!」
リブは哀れみを誘う声音で言ったが、シェリーは店の奥に隠れたままだ。
「言い訳は?」
ユウカは虫、いや、汚物でも見るような目でマコトを見た。
「聞いてくれるのか?」
「聞くだけね」
「……そうか」
マコトは小さく息を吐いた。
汚物でも見るような目で見られたが、名誉を回復する機会は残っている。
言葉を尽くせばユウカも分かってくれるはずだ。
そう、本当のことを話そう。
ほんの一、二分だったが、ユウカはデレていたではないか。
「ムラムラしてやった」
「言い訳しなさいよ!」
ユウカは顔を真っ赤にして叫んだ。
「いや、待て! 間違いだ!」
「分かった。もう一度だけチャンスをあげるわ」
「色欲を取り込んで……」
そうだ。
色欲を取り込んだ影響が残っていたのだ。
それを正直に伝えるのだ。
「色欲を取り込んで?」
「ムラムラしてたんだ」
「同じじゃない!」
ユウカは再び叫んだ。
もし、帽子を被っていたら床に叩き付けていたことだろう。
「いや、ホント、ムラムラしてたんだよ。お前のうなじにエロスを感じるくらいムラムラしてたんだよ!」
「どさくさに紛れておぞましいことを告白してんじゃないわよ! つか、うなじって何よ、うなじって!」
「うるせーな! 後れ毛にエロスを感じるんだよ、俺は!」
「ローラを食い入るように見てるからおかしいと思ったらうなじに欲情してたのね!」
「匂いとか、尻とか色々だよ!」
「この変態! クズ! 地獄に落ちろ!」
「馬鹿、お前! 俺がどれだけ苦しかったか分かってねーだろ? 厄介な親知らずを抜いた後で麻酔が切れたくらいの苦しさだったんだぞ! 痛み止めの錠剤があったら噛み砕いて飲むレベルだ!」
「そんな限定的な痛みなんて分からないわよ!」
「二人とも落ち着けよ」
リブはグラスにレモン水を注ぎながら言った。
「アンタ達が原因なんだけど?」
「つか、なんで、ユウカがあたい達のことに口を出すんだよ」
ユウカが睨み付け、リブは不満そうに唇を尖らせた。
「普通は口を出すでしょ?」
「ユウカのいた所ではどうだか分からねーけど、こっちじゃ強いヤツが女を囲うなんて当たり前なんだよ。だよな?」
「なんで、おいらに振るんスか?」
リブは同意を求めたが、フェーネは渋い顔をしている。
「お前にもチャンスがあるじゃん?」
「割と傷付くッス」
はぁぁぁ、とフェーネは深々と溜息を吐いた。
「やっぱり、胸ッスかねぇ」
フェーネは両手で慎ましい胸を持ち上げようとした。
だが、悲しいかな。
手がスライドしているようにしか見えない。
「タイミングじゃねーの?」
「おいらの方が先に兄貴と会ったのに残念無念ッス」
フェーネはカウンターに突っ伏した。
二本の尻尾が力なく垂れる。
「まさに異世界ね」
ユウカは吐き捨てるように言った。
「ま、アンタなら馴染めるでしょ」
「わ、私はそんなふしだらな女じゃないし!」
ユウカが肩を叩くと、フジカは涙目で訴えた。
「アンタ、ビッチでしょ? 新しい彼氏が云々って教室で自慢気に話してたじゃない」
「ビッチじゃないから! 男の人となんて付き合ったこともないし!」
「マジで?」
ユウカは大きく目を見開き、よろよろと後退った。
そんなに驚くようなことだろうかと思わないでもない。
「私……無理だし。あ、あんな、一晩中獣みたいな声を上げて、無理だし、無理だし、あんなの絶対に無理だし! 汚れてるし!」
フジカは両手で顔を覆い、首を左右に振った。
アニメのキャラクターのようなリアクションだ。
「どんだけ純情なのよ」
「ユウカだって怒ってたっしょ!」
ユウカが呆れたように言うと、フジカは勢いよく顔を上げた。
「そりゃ、怒ってたけど、あたしが怒ってたのはマコトのちゃらんぽらんな態度にであって……つか、もう、二人が納得してるんならどうでもいいんじゃないかなって思い始めてるわ」
「そんなの駄目だし! 不誠実だし!」
「アンタに言われると、人殺しに殺人はいけないって説教されてる気になるんだけど?」
「だから、私はそんなふしだらな女じゃないし!」
フジカは立ち上がり、ユウカに詰め寄った。
「じゃあ、学校で言ってたことは何だったのよ?」
「あ、あれはビッチ・ロールって言うか」
恥ずかしいのか、フジカは頬を朱に染め、体を捩った。
「ビッチ・ロール?」
「……そんな怖い目で見ないで欲しいんだけど」
ユウカが凄むと、フジカは怖ず怖ずと言った。
怖い目どころか、人殺しの目である。
まあ、それはマコトも同じだが。
「何よ、ビッチ・ロールって? コンビニでそんな菓子パン見たことないんだけど?」
「パンじゃなくて、ビッチを演じるって言うか、ロールプレイみたいな」
怯えているのか、フジカは身を縮めた。
「渋谷のクラブに行ったって話は?」
「その、行ったことないし」
ユウカは腕を組んだ。
「彼氏に買ってもらったブランド物のバッグは?」
「パパに――」
「パパ?」
「お父さんの出張土産です」
ユウカが言葉を遮って聞き返すと、フジカはますます小さくなる。
「クソ偉そうに語ってたファッション関係の話は?」
「お手伝いさんにファッション雑誌を買ってもらって必死に読み込みました。あとはネットで情報を収集して……」
「あの、クソみたいなビッチトークは?」
「それも本とネットで」
チッ、とユウカは舌打ちをした。
「で、趣味は?」
「お菓子作り」
「特技は?」
「特技って訳じゃないけど、日舞をちょっと」
「日曜日の過ごし方は?」
「教会で――」
「アンタはキリスト教徒か!」
「キリスト教徒だし!」
「……なるほど」
マコトは思わず呟いた。
「何よ?」
「二人の仲が悪かった理由が――」
「はいはい、あたしは聖なるオーラに弱いわよ!」
ユウカは苛立たしげにマコトの言葉を遮った。
「道理で初めて会った時から嫌な感じがしてたのよ。アレはビッチだからじゃなくて宗教関係者だったからね」
「相性が悪そうだもんな」
「その通りよ!」
ユウカはビシッとマコトを指差した。
「あのおばさんは最悪だったわ。聖書は今も昔も変わらない神の教えって言うから翻訳でニュアンスが変わるでしょって突っ込んでやったの。そしたら、何て言ったと思う?」
「地獄に落ちるぞ、か?」
「その通り! 塩を撒いてやろうかと思ったわ、マジで!」
当時の屈辱が甦ったのか、ユウカは口惜しそうに床を踏み鳴らした。
床が抜けないか心配だ。
「宗教は敵ね!」
「そうやって、敵を増やしていくんだな」
まあ、殺されそうになっても折れない女だ。
敵に囲まれても高笑いしているに違いない。
いや、ここまで突き抜けているのだ。
ユウカを悪のカリスマと信奉する者が出てきてもおかしくない。
「敵のためにも祈るべきみたいな」
「敵のために祈る時はそいつが死んだ時だけよ!」
フジカの言葉はユウカに届いていないようだった。
「人間観が違うんだから止めとけ」
「何よ、それ!」
「まんまだよ。お前は人間をどういう存在だと思ってる?」
「救いようのない存在に決まってるでしょ。少なくとも人間の本質は悪よ」
「人間は救われるべき存在だし」
「チッ、ぶってんじゃないわよ」
フジカがボソボソと呟くと、ユウカは吐き捨てるように言った。
「ユウカに神の愛を教えるのが私の使命かも知れないみたいな」
「アンタに面白い話をしてあげるわ」
ふ、とユウカは笑った。
「昔、アメリカに二人のカップルがいたの。男は面白半分に人を殺すようなクズ、女も似たようなものね。二人は逃亡中に老婆の世話になるの。その老婆は信心深い人で世話になっている内に女の方は信仰心に目覚めた」
「いい話だし」
フジカは祈るように手を組んだ。
興奮しているのか、目が潤んでいる。
「そして、女は男に言ったわ。自首して信仰の道を歩もうって。この後、男はどうしたと思う?」
「悔い改めてハッピーエンドに決まってるし」
ユウカはニヤリと笑った。
その邪悪な笑みを見て、マコトはハッピーエンドにならないと確信した。
「男は首を掻き切って女を殺し、世話になった老婆をぶち殺したのよ」
「全然、救いようがないし!」
「まあ、現実なんてこんなもんよ」
フジカが悲鳴じみた声を上げ、ユウカは満足そうに笑った。
これがマコトの知っている連続殺人犯の話ならば男は刑務所で信仰心に目覚め、死刑になる日まで懺悔の日々を送ると続くのだが――。
「ありえないし! ありえないし!」
「はっ、これが現実ってヤツよ。この世には救いようのない悪ってヤツがいるの。お花畑なアンタにこの言葉を贈るわ」
ユウカはフジカを見下すようにおとがいを反らした。
「宗教はたとえそれが愛の宗教であろうと! その外にいる人々には過酷で無情なものである! byジークムント・フロイト!」
「……ユウカは可哀想だし」
「――ッ!」
フジカがポツリと呟き、ユウカは凍り付いた。
「きっと、ユウカは辛い目に遭って人間が駄目になったに違いないし。強がってるけど、傷付いてるに違いないし」
「そ、そんなんじゃないから!」
聖なるオーラに耐えきれなくなったのか、ユウカは後退った。
見るな、あたしをそんな目で見るなとか、ぐぉぉぉぉ、力が、力が抜けていくとか言い出しそうな雰囲気だ。
「……ユウカは一定以上アライメントが善に偏っている相手と話すと拒絶反応が出るんだな」
「あたしは悪魔か!」
「受け入れてあげるし!」
「調子に乗りすぎでしょ」
手を広げ、歩み寄ってきたフジカの額にデコピン。
ゴンッ! という音が響き――。
「ひぎぃぃぃぃッ!」
フジカは屠殺される家畜のような悲鳴を上げて後退り、倒れ込むようにイスに座った。
ちなみにデコピンを受けた部分は真っ赤に染まっている。
「痛ッ! 痛ッ! 痛いしッ!」
フジカは涙目で額を押さえている。
「つか、何だって、そんなマズそうなものを食べてるのよ?」
「マズそうなもの?」
「ビッチ・ロールのことだろ」
キョトンとした表情のフジカに教えてやる。
「……スクール・カーストの最下層になりたくなくて」
「安い発想ね」
「ユウカには分からないし」
「分かるわけないでしょ。きっと、あたし達の所に来た本当の理由はビッチ扱いされて襲われそうだったからね」
「そ、そ、そんなことないし」
フジカは気まずそうに視線を逸らした。
「いるのよね。キャラ付けに失敗した挙げ句、止め時を逃すヤツが」
「まあ、芸能人にいるよな」
いたと言うべきだろうか。
何年もまともにテレビを見ていないので、今どうなっているか分からない。
ただ、あのハイテンションなキャラ付けは歳を取ってからキツいと思う。
本人だけではなく、視聴者も。
「はっ、残念ね! ここにはケダモノがいるわ!」
「ま、まさか……」
「襲わねーよ」
多分、と心の中で付け加える。
「マコトさんのこと、信じてるし」
「その言葉で牽制してるわよ」
「……お前は」
いつものユウカだ、とマコトは深々と溜息を吐いた。
「まあ、この偽ビッチのことはいいとして、お金……ローラはいつ来るの?」
「偽ビッチは酷いし!」
「うっさい! ビッチのフリをした女だから偽ビッチよ! でなけりゃ、なんちゃってビッチね!」
「……ビッチじゃない、ビッチじゃないし」
ダメージが限界に達したのか、フジカは力なく頭を垂れた。
「あんまりビッチ、ビッチって連呼すんなよ。可哀想だろ」
「この手の女は徹底的に言ってやらないと反省しないのよ」
「お前に反省を促して欲しいとは思ってないと思うが」
「で、ローラはいつ来るの?」
「そろそろ、来るだろ」
露骨に話題を変えやがったな、と苦笑しながら答える。
すると、背後からギィッという音が響いた。
「お待たせしました。クリス様が教会でお待ちです」
振り返ると、そこにはローラが立っていた。





