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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest24:色欲を討伐せよ その6



 カンカンという音が響き、マコトは薄らと目を開けた。

 部屋の入口にはフェーネがフライパンとフライ返しを持って立っていた。

 エプロン姿がキュートと言えばキュートだ。


「兄貴、朝ッスよ」

「……お、おう」


 マコトは欠伸を噛み殺しながら体を起こした。

 昨夜は早めにベッドに入ったのだが、十分に休んだという感じがしない。

 ベッドから下りて首を回す。


「やっぱり、防具を身に着けて眠るもんじゃねーな」

「そうッスね」


 マコトがぼやくと、フェーネは同意した。

 人面兎の再襲撃を警戒して装備を身に着けて――流石に籠手と脚甲は外したが――寝たのだが、失敗だったかも知れない。

 十分に休んだ感じがしないばかりか、肩が妙に凝っている。


「モンスターを撲殺できる力があるのに、どうして肩が凝るんだか」

「だから、宿屋がなくならないんスよ」

「それもそうだな」


 的外れな回答だったが、レベルが上がって平気で野宿できるようになるのなら行き着く先はホームレスだ。

 どんなに強くなっても人間は一人では生きていけないのだ。


「兄貴、朝食が冷めちゃうッス」

「ああ、分かった」


 マコトは首を左右に振りながら部屋を出た。

 部屋を出た先はリビングだ。

 いや、竈もあるのでリビング・ダイニング・キッチンと呼ぶべきだろうか。

 ちなみにこの家には三つの部屋があり、リビングと繋がっている。

 部屋割りはマコト、ユウカとフェーネ、リブとローラだ。

 ユウカ、リブ、ローラの三人はすでに席に着いているが、料理はまだできていないらしくテーブルの上には何もない。


「……おはよう」

「おう!」

「おはようございます」

「……」


 マコトがコキ、コキと首を鳴らしながら空いている席に座る。

 リブとローラは挨拶を返してきたが、ユウカは無言だ。

 面白くなさそうな表情を浮かべている。

 悪い予感がすると言うか、悪い予感しかしない。


「面倒臭ぇ」

「何がよ!」


 マコトが呟くと、ユウカは声を荒らげた。


「突っかかってくると思ったから先手を打ったんだよ」

「マジでムカつくわね!」

「二人とも朝から元気ッスねぇ」


 フェーネは鍋に歩み寄り、スープを小皿に注いだ。

 小皿に口を付け、難しそうに眉根を寄せる。

 どうやら、まだ完成ではないようだ。


「で、何があったんだよ?」

「喧嘩を売る前に何があったかを聞きなさいよ!」

「リブ?」


 建設的な話し合いはできないと判断し、リブに視線を向ける。


「ユウカはマコトを取られたくないんだよ」

「お前にも――」

「違うから!」


 可愛い所があるんだなと言い切る前にユウカに言葉を遮られてしまった。


「今日もチヤホヤされると思ったら、俺のことばかり聞かれて面白くないって感じか?」

「よく分かるな」

「付き合いが長いからな」


 と言うか、それ以外に心当たりがない。


「ックショ、昨日はチヤホヤしてきたくせに……アイツらマジで最悪ね」

「お前も大概だと思う」


 マコトはこめかみを押さえ、半眼で呻いた。

 昨日はチームを抜けたいみたいなことを言っていたのに見事な手の平返しだ。


「……コークスクリューコースターか」

「何よ、それ?」


 誉めていないことだけは分かったのか、ユウカはムッとしたような表情を浮かべた。


「お前の性格」

「なんで、あたしがコークスクリューコースターなのよ?」

「いや、俺も数えるほどしか乗ったことがないんだけどよ」


 最後に遊園地に行ったのはいつだったか。

 多分、中学一年生くらいだと思うのだが――。


「ジェットコースターって高い所から落ちるじゃん?」

「あたしが気分屋だって言いたいの?」

「捻りが足りねーぞ」

「はいはい、あたしが気分屋で捻くれ者だって言いたい訳ね!」


 ユウカは苛立ったように叫び、そっぽを向いた。


「マコト、チームを解散するとか言い出さないでよね」

「……お前」


 自分の事を棚に上げてよくぞ言ったものだ。


「連中はアンタの力だけ見てるわ。あたしには分かるの」

「お前はおばちゃんか」


 幸い、リアルでは見たことがないが、出世する人が分かると主張するおばさんが言いそうな台詞だ。


「誰がおばちゃんよ!」

「お前しかいないだろ」


 疲労感が増していくような気がする。

 つまらない話を聞かされると疲労物質である乳酸が生成されると聞いたことがあるので、それかも知れない。


「あたしがおばちゃんならローラはどうなのよ!」

「おい!」

「……あ」


 思わず声を荒らげると、ユウカは気まずそうにローラを見つめた。


「わ、私は二十歳を少し超えたくらいですよ」

「ご、ごめんなさい」

「謝らないで下さい」


 うう、とローラは力なく頭を垂れた。

 異世界基準では結婚適齢期を過ぎているかも知れないが、マコト的には問題ない。

 そんなことを言ったら言質を取ったと思われかねないので黙っているが――。


「心配しなくてもチームを解散するなんて言わねーよ。もっと金を稼がねーとだし、チームを解散してまで連中を助ける義理もねーし」

「信じてるわよ」

「分かってる」


 お前が俺を信じてないって、と心の中で付け加える。


「ハニートラップに気を付けて。アンタみたいなアラフォーおっさんは女子高生にチヤホヤされてすぐにその気になっちゃうものなのよ」

「スゲー偏見だな」


 信じているという言葉は何処に行ったのだろう。


「つか、ハニートラップって……お前のクラスメイトは諜報部員か」

「追い詰められたら人間は何でもやるし、何でもするのよ! だから、アラフォーおっさんと寝るくらいのことはするわ!」

「支離滅裂なことを言いやがるな」


 その理屈だとユウカと肉体関係を持っていないとおかしいのだが――。

 あれだけの修羅場を経験しながら余裕があったということか。


「ん~、でも、引き抜きはありじゃねーの?」

「引き抜き?」


 リブの言葉にユウカは顔を顰めた。


「あたいらのチームに加わりたいってヤツがいてもおかしくねーだろ?」

「あたしは嫌だからね」


 リブは苦笑した。


「で、マコトはどうよ?」

「回復魔法が使えるヤツが欲しいっちゃ欲しいな」

「嫌! あたしはぜ~ったいに嫌! 回復魔法を使えるヤツって言ったら、キララか、フジカじゃない!」


 キララ――昨日まではホシノさんと言っていたような気がするのだが、手の平返しされたことで好感度が下がってしまったようだ。


「なんだ、二人しかいないのか」

「だから、あたしは嫌だから!」

「積極的に引き抜こうとは思ってねーよ」


 本人の意思を確認し、話を通す必要がある。


「ローラ! 聖騎士にクラスチェンジして!」

「あ、あの、ジョブというものはそう簡単にクラスチェンジできるものでは――」

「マコト、ゴー!」


 ユウカはローラを指差して叫んだ。


「何がゴーなんだ?」

「は? 鈍いわね。フェーネがアンタとキスしてパワーアップしたんだから、ローラもパワーアップできるはずでしょ? ちなみにあたしは嫌よ! 死んでもアンタとキスなんてしないから!」

「他人を犠牲にすることに躊躇がねーな」


 視線を向けると、ローラは恥ずかしそうに頬を赤らめていた。

 チラチラと視線を向けているのは満更でもないということなのだろう。


「……パワーアップしなかったらどうするんスか?」


 フェーネがテーブルに料理を並べながら尋ねる。


「どうもしないわよ」

「貴族が軽々しくキスなんてマズくないッスか?」

「小学生みたいな貞操観念ね。減るもんじゃないんだからキスくらいさせてやればいいじゃない」

「……姐さん」


 フェーネは微妙な表情を浮かべた。



「……ふぁぁぁ」


 マコトは民家から出て、大きな欠伸をした。


「眠そうですね?」

「眠そうじゃなくて眠いんだよ。肩凝りも酷いしな」


 目を擦りながらローラに答える。


「ローラは大丈夫なのか?」


 メンバーの中で彼女が最も重装備だ。

 かなり消耗しているはずだが――。


「私は慣れているので大丈夫です」

「慣れの問題か?」

「はい!」


 ローラは意気軒昂と言わんばかりに答え、可愛らしく力瘤を作った。


「立ったまま熟睡できます」

「慣れ?」

「慣れです!」


 立ったまま熟睡できるなんてのは特殊技能の領域だと思うのだが、ローラは慣れと言い張った。

 小さい頃から騎士としての修業を積んでいるらしいので、本人も知らない内にスキルを身に付けている可能性はある。

 ジョブの中に立ったまま熟睡できるスキルが含まれている可能性も否定できない。


「ローラ以外に立ったまま熟睡できるヤツはいるのか?」

「もちろんです!」

「そうか」


 マコトは指揮所として使われている教会に向かう。

 しばらくしてローラは思い出したように口を開いた。


「ああ、いえいえ、自分以外に立ったまま熟睡できる人は知りません」

「そうか」

「私の、数少ない特技ということになりますね」

「数少ないって……ふぁぁぁぁ」


 言い切る前に欠伸を一つ。


「顔を洗ってはどうですか?」

「そうだな」


 これからルーク――上役に会うのだから身嗜みは整えなければならない。

 マコトはポケットに触れ、顔を顰めた。

 ハンカチを忘れてしまったようだ。

 取りに戻るべきか考えていると、ローラがハンカチを差し出してきた。


「マコト様、ハンカチでしたら私のものを使って下さい」

「サンキュ。井戸は?」

「井戸は教会の前ですよ」


 ローラはクスクスと笑った。

 これだけの美人なのに結婚適齢期を逃してしまうとは世の中は不思議なものだ。


「あれです」

「気付かなかったな」


 確かに教会の前に滑車式の井戸があった。

 マコトは井戸水を汲み上げ、手を浸した。

 意外に冷たい。

 両手で水を掬い、顔を洗う。

 何度か繰り返してローラに借りたハンカチで顔を拭った。


「びしょびしょにしちまって悪ぃな」

「いえ、すぐに乾きます」


 濡れたハンカチを丁寧に折り畳んで渡す。


 ――!


 不意に声が聞こえ、マコトは周囲を見回した。


「どうかしましたか?」

「ああ、声が聞こえたんだ」

「人面兎、ですか?」

「いや、違う」


 人面兎は衝動的だったが、今のは感情的だ。

 強いて言えば悲しみに近いだろうか。


「誰のこ――」

「あ!」


 声のした方を見ると、ポーチを持ったフジカが立っていた。

 昨夜は化粧をしていたが、今はすっぴんだ。


「おはよう」

「おはよう、ございます」


 警戒しているのか、フジカはゆっくりと近づいてきた。


「別に畏まらなくていいぜ」

「そういうことなら」


 マコトは井桁――井戸の縁を囲む煉瓦に腰を下ろす。

 フジカは桶を井戸に投げ入れ、綱で引き上げる。


「起きたばかりなのか?」

「なんで、そんなこと聞くワケ?」

「化粧をしてねーから」

「まあ、そんな感じ。朝食の準備とかで化粧する暇がなくて」


 フジカは頭を掻き、面白くなさそうに唇を尖らせた。

 地雷を踏んだかとも思ったが、原因は朝食の準備か、それに関わる出来事のようだ。


「化粧をしない方がいいと思うけどな」

「つっても、これは武装だし」

「武装?」

「化粧をしてると周りが遠慮してくれるし、ビッチって思われてる方が楽な時もあるんだよね。まあ、マコトみたいなガキに言っても分からないと思うけど」

「……ガキ」


 思わず呟くと、ローラが忍び笑いを漏らした。


「ガキって言われるほどの歳じゃねーんだけどな」

「もしかして、タメ?」

「アラフォーだよ、アラフォー」

「そこまで馬鹿じゃないから」


 本当のことなのだが、フジカはムッとしたような表情を浮かべた。

 苛立ちをぶつけるように水を顔に叩き付け、フェイスタオルで顔を拭う。


「やっぱ、化粧をするのか」

「だから、武装って言ったっしょ」


 マコトが呟くと、フジカはポーチに伸ばした手を止めた。


「つか、そんなに化粧をして欲しくないワケ?」

「しなくてもいいんじゃねーかって思う程度だな。アラフォーなんでギャルが近くにいると身構えちまう」

「まだ言ってるし」


 フジカは呆れたように笑った。


「って言うか、ギャルが近くにいて身構えるのは童貞っしょ」

「おっさんだって身構えるっての」


 童貞だろうが、おっさんだろうが、明らかに自分とは異なる価値観の持ち主が近づいてきたら身構えるだろう。


「身構えてるようには見えないけど?」

「人生経験を積んでるんだよ」

「そんなもん?」

「そんなもん……いや、ちょっと違うかもな。お前が話しやすいんだ」


 社交性を身に付けていようが、人生経験を積んでいようが、相手が話してくれなければそれまでだ。

 要するに発狂している相手に話は通じないということだ。


「そんなことを言われたの初めてなんだけど」

「まあ、ギャルっぽくても根っこはお嬢ちゃんってことなんだろ」

「お嬢ちゃん」


 フジカは露骨に顔を顰めた。


「大川学園に通ってるんだろ?」

「今は何の役にも立たないブランドだけど」

「ブランドは、な」

「お嬢ちゃんってのも役に立たないし」

「確かに」

「何にも役に立たないじゃん」

「異世界だからな」


 マコトはしみじみと呟いた。


「そっちはどう?」

「役立つスキルはなかったかもな」


 元の世界で身に付けたスキルがこの世界で役に立っているかと言えばあまり役に立っていないような気がする。

 高校時代に習得した拳法だって何度も死にそうな目に遭って、ようやく実戦で通用するようになったのだ。


「社会人経験と言うか、段取りを考える能力は役に立ったかもな」

「中卒で働いているんだ」

「高卒だっての」


 フジカが神妙な面持ちで呟き、マコトは訂正しておく。


「そんなに見栄を張らなくてもいいっしょ」

「見栄じゃねーよ」

「マコトは苦労してるんだ」

「まあ、それなりに苦労はしてるけどよ」

「やっぱ、苦労しないと駄目なのかな?」

「駄目ってことはねーだろ」


 苦労してても、してなくても能力のあるヤツは上に行くものだ。


「若い頃は色々と言われたもんだが、俺だってそれなりにやってるんだからフジカだってそれなりにできるんじゃねーか?」

「色々って?」

「そんなんじゃ社会で通用しないとか色々だな」

「それは言われたことがある」

「先輩風を吹かせたいヤツの常套句だから気にするな。極端に能力が低くない限り、何とかなるもんだ」

「そんなもんなの?」

「そんなもんだ」


 マコトの経験上になるが、本当に仕事ができる人間は会社で一握り――今まで会ってきた一割にも満たない。

 務めていたのが離職率の高いブラック企業だったので、社会全体で見ればできる人間の割合はもう少し増えるだろう。

 できる人間が社会の二割を占めているとして残り八割は凡人なのだ。


「じゃ、じゃあさ、私がチームに入れて欲しいって言ったら入れてくれる」

「ジョブは僧侶だったか?」

「うん、まあ、一応……傷を治したり、状態異常を回復できる程度だけど」


 フジカは自信なさそうに俯いた。


「俺に異論はねーよ」

「マジで!? けど……」


 フジカは嬉しそうに顔を上げたが、すぐに俯いてしまった。


「サトウが反対するっしょ」

「思う所があるみたいだけどな」


 戦力を底上げすると言えば文句を言いながらも受け入れるような気がする。


「聞いてると思うんだけど、サトウをダンジョンに置き去りにしちゃって。今にして思えばサトウは正しいことを言ってたと思うんだけど、あの時は懲らしめてやれみたいな空気感があって……」


 どうして、あんなことをしちゃったんだろ、とフジカは呟いた。


「同調圧力ってヤツか?」

「同調圧力?」


 フジカは鸚鵡返しに問い返してきた。


「何と言うか、こうしなければならないみたいな暗黙の了解があって、それから外れているヤツを排斥するみたいなヤツだな」

「イジメみたいなもん?」

「原因に成り得るな」

「多分、そうだと思う」

「俺のチームに入りたいのはそれが理由か?」

「う、うん、空気がギスギスしてて……次は私がターゲットになりそうな感じがする」

「分かった。お前が俺のチームに移籍できるように動いてみる」

「マジ!? でも、どうするの?」

「フジカが俺の所に来たいって言ってるんだから、ルーク殿に根回しする感じだな」


 自分の手駒がなくなるのだからコウキはフジカがチームを抜けることを認めないだろう。

 つまり、交渉すべき相手はルークだ。


「ただし……分かってるな?」

「あ、うん、何でもするし」


 フジカは俯き、チラチラとローラに視線を向けた。


「性的なことはしなくていいからな」

「あ、そうなんだ」

「俺が言いたかったのは気をしっかり持てってことだ。フジカが辞めるとなったらグダグダと言ってくるヤツが出てくると思うし、恫喝されることもあるかも知れねーが、そいつらの意見は聞くな」

「……」


 フジカは呆気に取られたような表情を浮かべていた。


「お前のことを一番に考えられるのはお前だけだ。お前が自分にとってベストだと思ったことがベストなんだからな」

「それは何となく分かる気がする」

「じゃ、決まりだな」


 マコトはゆっくりと立ち上がった。



 マコトとローラが教会に入ると、ルークは静かに立ち上がった。

 教会のホールは閑散とし、ルーク以外に誰もいない。


「マコト殿、会議までもう少し間があるが?」

「昨夜の件で詫びを入れておこうと思ったんだ」

「詫び?」


 怪訝そうに呟くルークにマコトは頭を下げた。


「昨夜は勝手に行動して済まなかった」

「詫びる必要はない。あれは私の指示だ」

「ありがとうございます」


 マコトは頭を上げ、軽く会釈した。


「……誰もいないから言うが、いいのか?」

「ルーク殿に貸しを作れたし、クリスティンの依頼も果たせた。損はしてない」

「はは、面白いことを言う」


 ルークが野太い笑みを浮かべ、マコトも笑う。


「今日の予定は?」

「それをこれから話し合うんだが……人面兎の拠点探しだな。これはコウキ達に任せようと思っている」

「大丈夫なのか?」

客人まれびとと言っても能力差が著しく違うみたいだからな。何とも言えん」


 ルークは唸るように言った。

 口ぶりから察するに彼自身はコウキ達に拠点探しを任せたくないと思っているようだ。


「俺達も参加していいか?」

「……構わんが」


 ルークは探るような視線を向けてきた。


「何が狙いだ?」

「同郷の人間が死ぬのは忍びない。それと、引き抜きたい女がいる」

「そっちが本命か。どいつだ?」

「フジカって僧侶だ」

「……ああ、いたな」


 思い出すのに時間が掛かったということは今までに目立った活躍をしたことがないのだろう。


「理由は?」

「戦力の充実、それに本人が希望してる」

「……」


 ルークは考え込むように押し黙った。


「移籍金が必要なら払うぞ」

「いらん」


 移籍金を賄賂と勘違いしたのか、ルークはムッとしたように言った。

 もっと俗なタイプだと思っていたのだが、お堅い性格らしい。


「客人を手放すのは痛いが、本人の希望ならば仕方がない」

「意外だな」

「断ると思っていたか?」

「いや、コウキと仲が悪ぃみたいだから勝算はあると思ってた」

「正直だな」


 そう言って、ルークは苦笑した。


「だが、仕方がないと言ったのは隔意があるからではなく、騎士には去就の自由があるからだ」

「そうなのか?」

「…………ええ、一応」


 視線を向けると、ローラはかなり間を置いて答えた。

 元の世界でも職を転々としていたらいい加減なヤツのレッテルを貼られたので、デメリットがあるのは当然か。


「だが、いきなり辞められるのはマズい」

「説得力はないかも知れねーけど、うちの戦力が足りてねーからフジカを貸し出すってのはどうだ?」

「……確かに説得力がないが」


 ルークは難しそうに眉根を寄せた。


「理屈としては通じるだろ?」

「犬も食わないと思うが、その理屈で押し通そう。ただし、これで借りはなしだ」

「また、貸しを作るよ」


 マコトは軽く肩を竦めた。


「どうやら、来たようだ。席に着け」

「ああ、ありがとう」


 前回座った席に座ると、しばらくしてコウキがやって来た。

 敵意を込めた視線をこちらに向けてくる。

 そんなに敵を作らなくてもいいのにな、とマコトは頭を掻いた。



 会議が終わり、マコトとローラは教会を出た。


「やっぱり、会議は面倒臭ぇな」

「……今日も肝を冷やしっぱなしでした」


 ふぅぅぅ、とローラは深々と溜息を吐いた。


「会議か、その前のことか?」

「どっちもです!」

「大したことは言ってねーんだけどな。まあ、でも、こっちの言い分は通っただろ?」

「うう、胃が痛いです」


 人面兎の拠点探しに参加することが決まり、本決まりではないとは言えフジカを引き抜くことができた。


「取り敢えず、家に戻って準備をしようぜ。その前にフジカを迎えに行かなきゃな」

「うう、胃が、胃が」


 マコト達は宛がわれた家に向かった。


 ――!


「ん?」

「また、声ですか?」

「ああ、この感じは……人間だな」


 マコトは足を止め、こめかみに触れる。

 これで精度が上がるわけではないのだが、癖みたいなものだ。


「何かゴチャゴチャしてるな」

「どうしますか?」

「一応、様子を見に行く」


 放置して大事になっても後味が悪い。

 細い路地を抜けて声の方に向かう。

 すると――。


「おい、分かってるのか?」

「……」


 タケシとキララ、他五名がフジカに詰め寄っていた。

 マコトは建物の陰に身を隠し、様子を見る。


「俺達は元の世界に帰るために協力して頑張ってるんだ。それなのに和を乱すような真似をするなよ」

「別に、そんなことをした覚えはないし」


 タケシが責めるように言い、フジカはふて腐れたようにそっぽを向いた。


「おい、ちゃんと聞けよ!」

「ちゃんと聞いてるから怒鳴らないで! つか、ちょっと話しただけっしょ? それをグチャグチャとウザったいから、そんなだからコウキ君に差を付けられるんだっての」

「話をすり替えるな。お前の話をしてるんだぞ? 俺は和を乱すなって言ってるんだ」

「だから、乱してないし」


 フジカはうんざりしたように言った。


「お前がマコトってヤツと一緒にいた所を見たヤツがいるんだからな」

「は? 誰、そいつ?」

「言う必要はないだろ」


 フジカが睨み付けるが、タケシ達は顔を背けもしない。


「裏切るつもりじゃないだろうな?」

「だったら、何?」

「裏切りを認めるんだな」

「どうして、そんな勝手なことばかり」

「大した魔法も使えないのに和を乱さないでよね」


 タケシが吐き捨てるように言うと、二人が追従した。


「皆さん、あまり責め立てるようなことはしては……」


 キララが止めようとするが、焼け石に水だ。


「つか、アンタらに従ったせいで何人も死んでるんだから身の振り方を考えてもおかしくないっしょ」

「皆で決めたことだろ!」

「皆? アンタら三人が決めてるだけじゃん! 少なくとも私は一度も相談を持ちかけられたことがないし! アンタらばっかりいい装備を身に着けてさ! もうちょい金を回してくれてたら誰も死なずに――」

「おい!」


 タケシが声を荒らげ、フジカを突き飛ばした。


「俺達はいつも最前線で体を張ってるんだ! 魔法もまともに使えないくせに男に色目を使っているお前に文句を言われる筋合いはない!」

「それが本心ってワケ?」

「俺は事実を言ってる」

「ふざけんなよ」


 フジカは小さく吐き捨てた。


「タケシさん、アヤネさんも悪気があった訳じゃないと思うんです」

「ここにいる皆に謝れ。謝ったら許してやる」


 キララが割って入り、タケシは地面を指差した。

 土下座をしろ、と言いたいのだろうか。


「は? 謝る理由がないし」

「じゃ、出てけ! 言っておくけどな、お前みたいなビッチが俺達から離れて生きていけると思うなよ!」

「……くッ」


 フジカは口惜しげに呻いた。


「このままだと土下座しちゃいそうだな」

「マコト様、止めに入るべきだと思います」

「そうだな」


 タケシが出て行けと言ってくれたお陰で引き抜きやすくなった。


「お~い、フジカ」

「――ッ!」


 間延びした口調で呼ぶと、タケシ達は一斉に振り返った。

 頭を掻きながらフジカの下に向かう。

 すると、タケシ達はマコトに道を譲った。


「ルーク殿が俺達のチームに加わっても構わねぇってよ」

「マジで!?」

「マジだ」


 マコトは苦笑した。


「行くぞ」

「分かった」


 マコトが踵を返すと、フジカが付いてきた。


「おい、待てよ」

「何だよ?」


 タケシに呼び止められ、マコトはうんざりした気分で振り返った。


「そいつは俺達のクラスメイトだ」

「許可はルーク殿に取ってる。それ以前に出て行けとか言ってたじゃねーか。何も問題ねーだろ?」

「フジカ、お前はそれでいいのか?」

「マコト、さんに付いて行くって決めたから」


 タケシは恫喝するように言ったが、フジカの気持ちは変わらなかった。


「行くぞ」


 マコトはタケシ達に背を向けて歩き始めた。



 マコト達がフジカの荷物を回収して家に戻ると、ユウカ、フェーネ、リブの三人はテーブルを囲んでいた。


「新入りッスね!」

「ま、気張らずにやろうぜ」

「……」


 フェーネとリブは歓迎ムードだが、ユウカはダース単位で苦虫を噛み潰してもこうはならないというくらい苦い顔をしている。

 もう猫を被るつもりはないらしい。


「どうして、そいつが――」

「待て、フジカは言いたいことがあるそうだ」


 マコトが横に移動すると、フジカは歩み出てユウカを見つめた。

 そして、深々と頭を下げた。


「……ダンジョンに置き去りにしてごめんなさい」

「は? 謝ってすむ問題じゃないでしょ」

「ごめんなさい」

「口ではいくらでも言えるわよ」

「ごめんなさい」


 フジカは言い訳をせずに頭を下げ続けている。


「あたしがどれだけ酷い目に遭ったと思ってるの? 下手すれば殺人よ、殺人」

「ごめんなさい」


 置き去りにされただけで酷い目に遭ってないが、フジカを庇うような真似はしない。

 そんなことをすればますます不機嫌になると分かっているからだ。

 それに同調圧力が働いたりしたにせよ、フジカがユウカをダンジョンに置き去りにしたのは事実なのだ。

 そこは非を認めるべきだ。

 さらにユウカはグチグチと文句を言い続けたが、大して酷い目に遭っていないので、底が浅い。

 十分ほど経過した所で割って入る。


「まあまあ、フジカも反省しているんだし、一度だけチャンスをやってもいいんじゃないか?」

「チャンス?」


 ユウカはマコトを睨み付け、思案するように黙り込んだ。


「……いい? あたしはアンタのことを信用してない。信用して欲しければ、信用されるだけの実績を積みなさい」

「はい、分かりました」


 どれだけ上から目線なんだと思わないでもないが、ダンジョンに置き去りにされた側にしてみればかなりの譲歩だろう。


「取り敢えず、これで手打ちだ」

「手打ち?」

「手打ちだ」

「分かったわよ」


 ユウカはそっぽを向いた。


「フジカ、頭を上げていいぜ」

「……はい」


 タケシと言い争った時の威勢のよさは何処に行ったのか、フジカはすっかり打ちのめされてしまったらしい。


「これからだ、これから」


 マコトはフジカの肩を軽く叩いた。

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