Quest3:スケルトン・ジェネラルを討伐せよ【前編】
※
ゾンビが呻き声を上げながら近づいてくる。
リュックを背負っているが、食料の回収は諦めるしかないだろう。
と言うのも――。
「この臭い、マジでヤバいんだけど」
「見た目もヤバいけどな」
今にも吐きそうな表情を浮かべるユウカに同意する。
ダンジョン内の温度と湿度は快適に保たれている。
その快適さに助けられている部分もあるのだが、快適な温度とは死体が腐敗しやすい温度でもあるらしい。
現にこちらに近づいてきているゾンビは無惨に膨れ上がっている。
あちこちから腐敗汁を溢れさせていて見るに堪えない。
「動きが鈍いのは助かるんだけどな」
「フレッシュなゾンビの方がいいわよ」
ユウカは吐き捨てるように言った。
「あれじゃグールになれねーよな?」
「あたしが知る訳ないじゃない」
ゾンビが新鮮な内に進化を果たすとグールになるのではないかと睨んでいるのだが、即席魔法使いは答えを持ち合わせていないようだ。
「ユウカ、頼む」
「分かってるわよ。リュノ・ケスタ・アガタ。無窮ならざるペリオリスよ、燃えろ燃えろ炎の如く、我が敵を焼き尽くせ。炎弾」
ユウカの杖から炎が放たれる。
炎は地面に着弾、爆発的に膨れ上がり、ゾンビ達を呑み込んだ。
お~、お~、とゾンビ達は呻き声を上げていたが、一匹が倒れると、残る二匹も連鎖反応を起こしたように倒れた。
「あたしにばかり戦わせないで、アンタも戦いなさいよ」
「俺の炎弾は時間が掛かるんだよ」
「素手で戦えばいいじゃない」
「感染症に罹ったらどうすんだ」
こんな所で病気になったらアウトだ。
「チッ、役に立たないわね」
「フレッシュなゾンビの時は盾役を務めてやっただろ」
ユウカの言葉は刺々しいが、上司の罵倒に比べればそよ風のようなものだ。
まあ、立場が対等というのも大きいか。
その一方でクラスメイトは堪らなかっただろうなと思う。
こんな態度を取られたら普通は反感を持つ。
ユウカははぐれたと言っていたが、マコトはクラスメイトに置いて行かれたのではないかと睨んでいる。
もちろん、口にはしないが。
【ゾンビがスケルトンに変化しました】
御使いの声が頭の中に響く。マコトとユウカはゾンビの方を見た。
すると、三体のゾンビの背中が割れ、スケルトンが中から出てきた。
骨格に残っていた肉や内臓は塵と化し、スケルトンはカチカチと歯を打ち合わせながらこちらに近づいてきた。
「点火、炎弾」
漆黒の炎が右腕から噴き出し、渦を巻きながら球体を形成する。
それらしい名前も思い付かなかったので、炎弾と呼んでいるが、いつか格好いい名前を付けたい。
オーバースローで炎弾をスケルトンに投げつける。
炎弾は胸骨に触れた瞬間、爆発的に膨れ上がり、スケルトンを塵に変えた。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く、我が敵を貫く礫となれ! 顕現せよ、魔弾!」
ユウカの魔弾がスケルトンの頭を砕く。
頭を砕かれたスケルトンはバラバラになって地面に落ちた。
どうやら、変化しても強くはならないようだ。
残るスケルトンは一体。カチカチと歯を打ち合わせながら近づいてくる。
「……点火」
マコトはスケルトンの懐に飛び込んで顔面に拳を叩き込む。
頭蓋骨が吹っ飛び、壁に当たって粉々に砕ける。
「レベル10ともなると、余裕が出てくるな」
「だから、ぶん殴ってるのね」
ユウカは棘のある口調で言った。
楽に勝てるようになった途端、調子に乗ってみたいなことを考えているのだろう。
勝てるか分からない時は慎重に、勝てそうな時はそれなりに戦う。
それだけのことなのだが、理解してもらえないようだ。
「これなら少しは無理できるか?」
「命大事にじゃなかったの?」
独り言のつもりだったのだが、ユウカは問い返してきた。
「そうしたいのはやまやまだが、食料の方がな」
「まだあるでしょ?」
「節約して4日って所だ」
食料だけではなく、スマホのバッテリー残量もヤバいことになっているが。
「まだ何とかなるわよ」
「だから、何とかなる内に無理をしようって言ってるんだよ」
「具体的にどうするのよ?」
マコトがうんざりした気分で言うと、怒ったのか、ユウカは眉根を寄せて問い掛けてきた。
「活動時間を延ばすくらいだな」
「無理って言うほど無理じゃないような気がするけど?」
「ちょっとした無理が積もり積もって大事故に繋がるんだよ」
「経験則ってヤツ?」
「まあ、な。頑張らなくても仕事がスムーズに回るのが理想だ」
「頑張らなくていいって、社会人なんでしょ?」
「残業残業で無理矢理回している職場なんて碌なもんじゃねーよ」
やはり、うんざりした気分で言う。
「アンタと話してると、将来に夢を抱けなくなりそうだわ」
「悪ぃな」
マコトは自分の非を認めた。
若者の夢を摘み取りたい訳ではないのだが、ブラック企業に勤めていた経験がそうさせるのだろう。
過酷な経験を積んだせいで人間が駄目になっているのかも知れない。
「取り敢えず、進もうぜ」
「そうね」
ユウカは溜息交じりに言った。
※
普段ならば休憩を取っている時間だが、マコト達はダンジョンの探索を続けた。
出てくるのはゾンビではなく、スケルトンだ。
マコトは漆黒の炎に包まれた拳で何匹目かのスケルトンを殴り飛ばす。
見事、スケルトンの頭は吹っ飛び、残った骨がバラバラになって地面に落ちる。
炎を消すと、御使いの声が頭の中に響いた。
【レベルが上がりました。レベル11、体力16、筋力15、敏捷15、魔力22。ボーナスポイントが1付与されました】
レベルは上がったが、疲労感は消えない。
この疲労感が精神的なものなのか、漆黒の炎を使ったせいなのか分からない。
分からないということは不安に繋がる。
もう少し楽観的に考えられればいいのだが、自分がそういう人間ではないと気付いている。
「ユウカ、大丈夫か?」
「……大丈夫よ」
ユウカは沈んだ口調で答えた。
「もう少し探索したら休憩にするからな」
「分かったわ」
頑張れとは言わない。
ユウカが頑張っているのは分かっている。
それなのに頑張れなんて口にしたら傷付くだろう。
その時、ダンジョンの奥から悲鳴が聞こえてきた。
「心持ち急ぐぞ」
「急ぐぞ、じゃなくて?」
「横道から飛び出してきたスケルトンに攻撃される方が怖ぇ」
はいはい、とユウカは呆れているかのような口調で言った。
早足で通路を進み、開けた空間に出ると、子どもがスケルトンに追われていた。
スケルトンは十体――戦うには勇気がいる数だ。
少年がちょこまかと逃げ回っているせいで一列になっている。
さらに言えば子どもに近いグループと遠いグループに別れている。
「知り合いじゃないよな?」
「見覚えはないわ」
ユウカが知らないということは騎士団とは別口でダンジョンを探索していたのだろう。
「早く助けましょう?」
「ユウカは炎弾で第二グループを攻撃してくれ」
「第二? ああ、そういうことね」
ユウカが呪文の詠唱を開始し、マコトは通路から飛び出した。
「点火、炎弾」
右腕から噴き出した漆黒の炎が手の平の上で炎弾を形作る。
マコトは第一グループに向けて炎弾を投擲、スケルトンの一体が炎に包まれる。
「点火!」
第一グループに飛び込み、近くにいたスケルトンをぶん殴る。
立ち止まって、スケルトンと戦えば格好いいんだろうな、と考えながら走り抜ける。
スケルトンの動きが止まる。
マコトと子どものどちらを追うべきか迷っているのかも知れない。
「炎弾!」
そこにユウカの魔法が降り注いだ。
炎弾は地面に触れると膨れ上がり、棒立ちになっていた第二グループを呑み込んだ。
「炎弾!」
第二グループのスケルトンは炎から抜け出そうとしたが、ユウカは追い打ちを掛けるように炎弾を放つ。
炎弾が降り注ぎ、スケルトンは勢いを増した炎の中で頽れた。
残りは三匹、とマコトはこちらに向かって歩き出したスケルトンに拳を叩き込む。
骨が地面に落ちる乾いた音を聞きながら二匹目のスケルトンを殴りつけ、突進してきた三匹目に拳を叩き込む。
我ながら惚れ惚れするような動きだ。
高校の時にこれができれば違った人生を歩めていただろう。
そんな愚にも付かないことを考えつつ、子どもに視線を向ける。
子どもは少なくとも日本人ではなかった。
背は低く、痩せている。髪は地毛と思われるブラウン。
目が大きく可愛らしい顔立ちをしている。
子どもはこちらの視線に気付くと短剣を鞘に収めた。
どうやら、敵意はないようだ。
声を掛けようと口を開き、すぐに閉じる。
果たして日本語が通じるだろうか。
「……ハロー、マイネームイズマコト」
「二人とも強いんスね。おっと、名乗らないのは失礼ッスね。おいらはフェ……じゃなくてトムって言うんス」
英語で話しかけたのに日本語で返されてしまった。
「普通にコミュニケーションを取れるわよ」
「それを先に言ってくれよ」
「説明するタイミングがなかったのよ」
マコトがぼやくと、ユウカはムッとしたように言い返してきた。
「二人とも喧嘩は止めて欲しいッス」
「……喧嘩してる訳じゃないんだが」
「まあ、ここじゃなんスね」
そう言って、子ども――トムは腰から釘のように細い短剣を引き抜き、正方形を描くように地面に突き刺した。
「これでアンデッドには察知されないッス。ささ、中に入って欲しいッス」
マコトとユウカは促されるままに正方形の内側に入った。
「いや~、さっきは死ぬかと思ったッスよ。地獄に仏とはまさにこのことッス」
「こっちも下心があったから気にすんな」
「やっぱ、そうッスよね」
トムが地面に座ったので、マコトもそれに倣う。
やや遅れてユウカも座った。
「ダンジョンから脱出する方法を知らないか?」
「もちろん、知ってるッス。おいらはダンジョンの探索で弟を養ってるんスから」
「ダンジョンを攻略する時は戦闘チームと支援チームに分かれるって聞いたんだが、探索チームもあるのか?」
「ダンジョンを攻略する時は本隊を投入する前に下っ端に下調べさせるもんスよ。おいらみたいに地図を作って売るヤツもいるッスけどね。こんな当たり前のことを知らないってことは……」
トムは憐れんでいるかのような目でこちらを見た。
「……二人とも騙されたんスね」
「どういうことよ?」
「ホントのことを言わずに冒険者をダンジョンに送り込むなんてよくある手ッスよ」
「騎士団の仕事なのに?」
「教会を経由しない仕事は引き受けない方がいいッス」
ユウカが尋ねると、トムはしたり顔で言った。
「酷い騎士団もあったもんだな」
「騙されるヤツが悪いんスよ」
「騙すヤツが悪いに決まってるだろ」
マコトが言い返すと、トムは意外そうに目を見開いた。
「そうッスね。騙すヤツが悪いッスね」
チラリと視線を向けると、ユウカは怒りを堪えるように唇を噛み締めていた。
自分達が捨て駒にされたと言われたのだから当然と言えば当然だ。
「他に冒険者をダンジョンに送り込む理由ってあるか?」
「う~ん、騎士団の入団試験でダンジョンを探索させるって聞いたことはあるッスけど」
「……あたしはそんな説明を受けてないんだけど」
「おいらに言われても困るッス」
トムは困ったように眉根を寄せた。
可能性としては国王に騙された、コウキが嘘を吐いた、連絡ミスが考えられる。
しかし、事実確認ができないのだから考えるだけ無駄だ。
「とにかく、俺達はダンジョンから脱出したいんだ。地図と食料があるなら分けてくれないか?」
「サラッと凄いことを要求するッスね」
「出口まで案内してくれてもいいぞ」
う~ん、とトムは迷っているとアピールするように唸った。
殺して奪い取るという選択肢もあるが、それは最後の手段にしたい。
「命の恩人スからね。地図の写しと食料くらいなら分けてあげるッス」
「助かっ――」
「その代わり!」
トムはマコトの言葉を遮って言った。
「ダンジョンから脱出したら地図を焼き捨てて欲しいんス」
「約束する」
トムは真意を探るようにこちらを見て、小さく溜息を吐いた。
リュックを下ろし、中から食料と地図を取り出した。
マコトは食料を受け取り、自分のリュックに押し込んだ。
「中身を確認しないんスか?」
「命の恩人を騙すような真似をしないと信じてるよ」
「あとはナイフも欲しいんだが?」
「どんだけ要求するんスか」
トムは呆れたような表情を浮かべながらナイフを差し出してきた。
「お前のか?」
「拾い物ッス」
マコトはナイフを受け取り、鞘から引き抜いた。
まあ、これといって特徴のないナイフである。
「ダンジョンで拾った、ね」
「深く考えちゃ駄目ッスよ」
顔を見合わせて笑う。
トムが死体からナイフを奪っていることに気付いたが、マコト達にはそれを咎める資格はない。
「こいつで干し肉を削って大丈夫だと思うか?」
「どうッスかね? 刃が脂で汚れてないから大丈夫だと思うッスけど、自己責任で使って欲しいッス」
しげしげとナイフを見る。確かに刃は脂で汚れていない。
刃こぼれもしていないので、新品かも知れない。
マコトはナイフを鞘に収め、地図を見た。
地図は全部で十枚あり、右隅に数字が振られている。
地図によれば、このダンジョンは細い通路がホールと呼ぶべき空間を繋ぐ構造になっているようだ。
「現在地は何処なんだ?」
「ここッス」
トムは10と数字の書かれた地図の一角を指差した。
「上に続く縦穴はどっちだ?」
「それはここッス」
「案外、近いな」
「印を描いておくッスね」
そう言って、トムはペンで地図に丸を描いた。
「ああ、それと九階層に上がる時は気を付けた方がいいッスよ」
「どうしてだ?」
「大きな穴があるんス。何処まで落ちるか分からないッスよ」
脅かしているつもりか、トムは低い声で言った。
「穴なんてなかったわよ?」
「ダンジョンには縦穴がいくつもあるんスよ。それじゃ、おいらはこれで失礼するッス」
「地図と食料、サンキューな」
「ナイフもッスよ」
トムは不満そうに唇を尖らせる。
マコトは立ち上がり、ガッチリと握手を交わした。
こんな仕事をしている割に柔らかな手だった。
「ダンジョンを脱出して、また探索する機会があったらおいらを雇って欲しいッス」
「約束するよ」
「それじゃあッス」
トムは釘のように細い短剣を回収するとマコト達が通ってきた通路に向かった。
そのまま通路の奥に消える。
「どう思う?」
「信用していいと思うわ。職業は盗賊だったけど、ステータスは青表示だったし」
「青表示?」
「戦争以外で殺人を犯した人間のステータスは赤で表示されるの」
「どうやって区別してるんだ?」
「戦争をする時は教会で儀式を受けるらしいわよ。儀式を受けてない相手を殺したら殺人犯って寸法ね」
「もうスポーツで決着を付ければいいじゃねーか」
「あたし達から見れば不自然だけど、それがこっちでは普通なのよ」
「……そうかもな」
中世の戦争は日時を示し合わせた上でやっていたという話を聞いたことがある。
現代の感覚では変でも当時はそれが普通だったのだ。
ましてや異世界だ。現代人――それも日本人の感覚で物事を考えてはいけないのかも知れない。
「で、どうする?」
「どうするって、目と鼻の先なんだから進むに決まってるじゃない」
本当に目と鼻の先なのかね? とマコトは内心首を傾げた。





